第二節 超銀河なんとか団再び
オルタリア領内の街道から外れた草原に、カナタとアルスノヴァの二人は訪れていた。
目の前には堅牢な城門を備えた砦が聳えており、そこから顔を出した見張りが二人の姿を見つけて慌てて砦の奥に飛び降りていくのが見えた。
「こういうのこそ、政府がやるべき仕事だと思うのだけれど。それを冒険者に任せるのってどうなのかしら?」
「今は復興中で人がいないんだって。それに、こういう事件も増えたっぽいし」
エレオノーラが語った真実の告白は、何もいい方にばかり作用したわけではない。
もう元の世界に帰れないと自暴自棄に陥ったエトランゼが、こうして反乱のような真似をすることもあった。
その大半はすぐに捕らえられているのだが、時折こうして周りの賊やヘルフリートの敗残兵達を巻き込んで肥大化することもある。
その討伐任務が冒険者に下されて、それを受けたのが今回のカナタ達と言うことだった。
「大概、こういう場合の指導者はこの世界の住民だったりするのよね。心が弱ったエトランゼに甘言を吐きかけて」
「……よく知ってるね」
「ちょっと考えれば判るものよ。人間は傍にいる人の性質でいい方にも悪い方にも簡単に染まる。特に心が弱っている時はね」
砦のあちこちに、武装した兵達が配備されていく。その装備もまばらで、正規兵が来ているような立派なものもあれば、その辺りから拾ってきた廃品を継ぎ接ぎした物まで様々だった。
城門に開けられた射撃用の穴からは簡素ながら銃までもがその先端を伸ばしている。
「相手が二人だからって油断はしない。エトランゼとか、魔導師とか……。そう言う人種相手に戦い慣れているのかしら?」
アルスノヴァが分析する。
相手もそれは充分に理解しているのだろう。向こうの緊張が伝わって来て、それがびりびりと空気を揺らしている。
砦の門が開く。
正規軍のように統率されているわけではなく、一人一人ばらばらの装備を纏った兵士達を引き連れて現れたのは、モヒカン頭に肩に棘付きのプロテクターを付けた大男だった。
「なんか凄いのが出てきたわね」
隣でアルスノヴァがその見た目に気圧されている。
男は背負っていた巨大な槌を振りかぶり、己の力を誇示するために地面に叩きつけた。
大地が揺れて、敵方の兵士達が興奮の声をあげる。
それがまるで戦いの儀式であるかとも言わんばかりに。
「原始的ね」
姿を見るに敵の大半はヘルフリートの敗残兵。加えてエトランゼも交じっているようで、その混成軍となっている。
人数は目の前に展開している者達で百名余りだろうか。砦の中にはそれ以上の人数がいるのかも知れない。
何にせよ、放っておけば大事になる可能性がある。
一先ずは説得すためにカナタが前に踏み出して、その先頭に立つ男の顔に見覚えがあることに気が付いた。
「あ、あれ?」
「あぁん! 来やがったな国の犬が! この俺様を前にして、女二人で掛かってきたその度胸は褒めてやる! だからってわけじゃねえが、俺様にも慈悲がある。どうだ、俺様の部下にしてやろうじゃねえか!」
その声に、周囲が騒めき立った。どうやら、この男の器量の深さを湛えているようだ。
「女は決まりで飯炊きと買いだしと洗濯が仕事だ! 三食昼寝付きでおやつも出るぜぇ! エトランゼの世界ではそれは普通らしいからなぁ!」
「流石ボス!」「最高ですぜ!」「おやつの代金は給料から引かれるけどなぁ!」
「ハッハッハッハッハッ! 野郎共、あんまり褒めるな! それで、どうだ? 一つ言っておくが俺様に油断なんか期待するんじゃねえぞ。例え相手が女二人だろうと全力を尽くす! 油断はしない、それが俺様元超銀河伝説無敵紅蓮団の団長グレン様よ!」
「ボス、格好いい!」「まさに超銀河!」「でもその団の名前はだせぇ!」
モヒカンを揺らして宣言する男、グレン。
アルスノヴァを見上げると、指を額に当てて頭痛を抑えるような仕草をしている。
カナタは一歩前に踏み出して、声を上げて目の前の男に呼びかける。
「グレンさん! ボクのこと覚えてない?」
「あぁん? ……残念ながらなぁ! 俺は一週間以上前の出来事は覚えていないのよ!」
「ボス、男らしい!」「ありえないぐらい馬鹿!」「だから給料ちょろまかせる!」
超銀河伝説無敵紅蓮団。以前ちょっとした縁があって関わったことがある組織で、継承戦争の間はオル・フェーズに潜む地下組織として追われているエトランゼの保護などに活躍してくれていたはずなのだが。
そのリーダーであるグレンは、構成員であるアツキと彼が逃がそうとしたエトランゼを助けるために行方不明になったと聞いている。それがどうしてこんな場所で悪事を働いているのか。
「それで! お前等には二つの選択肢がある! 俺達の部下になって毎日楽しい生活を過ごすか、それともここで死ぬか、もしくは黙って帰るかだ! 俺は背中を向ける奴を斬りはしねぇ」
「選択肢、三つなんだけど?」
「細かいことはいいんだよぉ! いいからさっさと選べぇ!」
「……知り合い? 私は貴方の交友関係に疑問を抱き始めているわ」
「でも、この人いい人だよ。馬鹿だけど。元々はオル・フェーズの人達を護ってくれてたんだもん」
「でも今は違うみたいだけど?」
こちらが相談している間にも、グレンは槌をぶんぶんと振り回して力を誇示している。それをやる度に後ろの部下が囃したてるものだから、うるさいことこの上ない。
「あの、グレンさん。いったい何が目的でここに立てこもってるんですか?」
「目的ぃ? そりゃ……。なんだっけ? あぁ、思い出した! ヘルフリートの野郎の内乱で国や街を追われた奴等を匿ってるのよ! こいつらは戦犯として追われたり家もなくしちまった奴等ばっかりだ。だから俺が面倒見てる! 超銀河伝説無敵紅蓮団はなくなっちまったが、俺がいる限りその場所が超銀河伝説無敵紅蓮団だからなぁ!」
「匿ってるって……」
「話がややこしくなってきたわね」
それだけを聞けばグレンは間違ったことをしていないようにも思えるが、実際のところ彼が匿っている人物の中にはヘルフリートの部下として非道な行為の指揮を執った者も確認されている。
エトランゼとしても、盗賊として村や街に被害を出して指名手配されている顔もいるはずだった。
彼等の行いの理由が食うに困ってだったとしても、それらの行為を黙認するわけにはいかない。
「そうだそうだ! おれ達は一度だって略奪なんかしてねぇぞ!」
「誰にも迷惑かけてねぇんだ、放っといてくれ!」
「この前村の畑から盗み食いしたのは秘密だけどな!」
「やっぱり犯罪者じゃん!」
思わずカナタが叫ぶ。
「ああ、そうかよ。嬢ちゃんも俺達を犯罪者扱いするのか……。行き場のない連中を集めて、こうして楽しくやってただけだってのによ!」
「楽しくって……。そんな人数集められたならなんかみんなで仕事でもすればいいのに。今は何処も人が足りてないんだからさ」
「……その手があったか! だが、俺も男だ。お前みたいな女子供に言われてはいそうですかと意見は変えられねぇ。悪いがお前等はここで終わりだ」
そう言って槌を構えるグレン。
それに応えるように、後ろの部下達も一斉に武器を持って戦闘準備に入る。
「夢見が悪いから女子供は殺すんじゃねえぞ!」
「判ってますぜ、ボス!」「捕まえたら後はいつもの通り、ですね?」
部下の一人が下品に笑う。
「そうだ! 飯を食わせて風呂に入れて、三日三晩寛いでもらってから王都に返す! するとそいつは王都で俺の素晴らしさを讃える。それが続けばどうなるか判るかぁ?」
その問いかけに、答えに窮してアルスノヴァに視線で助けを求めると、彼女は関わりたくないと言わんばかりに頭を横に振った。
「王家の信頼は地に落ちて、誰もが新生超銀河伝説無敵紅蓮団に入りたくなるって寸法よ!」
「ボス、賢けぇ!」「よっ、時代が生んだ天才児!」「その前に城から討伐隊が来るのは内緒だぜ!」
「そんなわけで、てめぇには痛い目を見てもらう! 悪く思うんじゃねえぞ!」
先頭をグレンが走る。
同時に後ろの兵達も一斉に駆け出した。
「で、やっていいの?」
「うん。でも殺しちゃ駄目だからね。方向性は変だけど、多分いい人だから」
「……いや、ここまで度を越えた馬鹿だともう悪人認定でいいと思うけど」
アルスノヴァが掌を上に向ける。
戦いはそれだけでもう終わっていた。
「うええあぁぁあええぁぁぁ! なんだぁ!」
見えない力場が広がって、この周辺の重力が全て彼女の管理下に置かれた。
グレン達の身体は不格好に舞い上がり、驚いて手放した武器達は瞬く間に際限なく空へと吸い込まれるように舞い上がって行く。
「ボス! 何ですかこれ!」「身体が浮かぶぅ!」「ちょっと気持ちいいぃぃ!」
突然の異常事態に慌てて後方から放たれた銃弾も弓も、こちらに届く前に同様に力を失って空へと落ちていく。
「それで、責任者さん?」
浮かんだまま空中で制止するグレンに、アルスノヴァが声を掛ける。その声色は静かだが強い威圧感を秘めていた。
「このままみんなで空の旅行を堪能して、それから仲良く潰れた野菜になるのと、降伏するのどっちがいい?」
「ふ、ふざけんな! 俺はまだ負けてねえぞ! 正々堂々と勝負しやがれ!」
「馬鹿ね」
アルスノヴァが拳を握る。
グレン以外の彼の部下達が一斉に、砦の城門や壁に貼り付けになっていった。
死なない程度に拘束しているのか、彼等の中からは苦しそうな呻き声も聞こえてくる。
「こうやって纏めて相手をしてあげていることに感謝なさい? もし一対一で、貴方の言う正々堂々の勝負をしたのなら、瞬く間に貴方達はああなっているのだから」
背後で何かが砕ける音がした。
砦の一部、一番高くなっている部分が見えない力によって拉げて潰れていく。一瞬にして小さな石の欠片になって、それからゆっくりと地面に降りていった。
「ああなりたいの? 私は別にこの子ほど優しくないから、別に纏めて潰してあげてもいいのだけど?」
それ以上は言葉もなかった。
こくこくと無言で頷いたグレンを地上に降ろして、戦いは終結する。
あれだけの力を見せられては抵抗するつもりも起きないようで、彼が率いていた連中は武器を捨てて集合する。
「さて、それでは連れていきましょうか。……いえ、面倒ね。自分達で出頭なさい」
最早アルスノヴァの命令に逆らえるものはこの場にはいない。
言われるままに彼等はぞろぞろと列を作って、王都までの道を歩き始めた。
その最後尾に並んだグレンの顔をカナタは見つめる。
彼にどんな言葉を掛けていいのか、何も思いつかなかった。そんな複雑な表情を見て何かを感じ取ったのか、グレンは爽やかに笑ってみせる。
「グレンさんは、行き場がない人を助けるためにこんなことをしたんだよね? 自分を犠牲にして、犯罪者になることも構わないで」
「あん? 何言ってんだ?」
カナタの問いに対して、グレンは呆けた顔で答える。
「オル・フェーズで死にかけて、ようやく目が覚めたらなんだか死にそうな顔をした連中がいる。俺は俺の前で死にそうにされるのが一番気に入らねえんだ。それがエトランゼであろうと、オルタリア人だろうとな。だからそいつらを纏めて助けてやろうとしただけさ。ま、俺は馬鹿だからやり方をミスったみたいだがな」
両手に掛けられた縄を見せて、グレンは自虐的に笑った。
「自分がやりたいことをやるだけだ。お前だって一緒だろうよ、おチビちゃん?」
「……グレンさん!」
「思い出したぜ。俺のことを弱いって言ってくれたおチビちゃんよ。あの時の虚勢張った勇気じゃなくて、本物の強さって奴を手に入れたみたいだな」
「今回はボクは何もしてないけど」
「そうじゃねえよ。噂は聞いてるぜ。オル・フェーズでの内乱を終わらせた立役者、エトランゼの英雄って呼ばれてた小さなお嬢ちゃんだってな。誰かのために、じゃねえ。自分がやりたいことをやって誰かを助けられたんだろ? 上出来じゃねえか」
グレンのその言葉は、カナタの心に触れる。
とてつもなく馬鹿だが、自分のやりたいことをやるグレン。その生き方は、ある意味ではカナタによく似ているのかも知れなかった。
「じゃ、元気でな」
敗北の悔しさもなく、これからの日々に対する恐れもなく、グレンは手を上げて別れを告げる。
そうして、彼は早足でその集団の先頭に立つと彼等を率いて真っ直ぐに王都まで向かって行った。
その後ろ姿を見送るカナタに、アルスノヴァの声が掛かる。
「なんかいい話みたいになってるところ悪いけど、多分彼すぐに出てくるわよ」
「……え?」
「だってこの集団小さな悪事しか働いてなかったみたいだし、以前から犯罪行為をしていた連中は出てこれないでしょうけど……。どうやら彼は違うようだしね」
「……なーんだ」
感傷的になって損をした、とは考えまい。
だとしても、グレンはカナタに強い言葉をくれた。心に残ったその一言は、これから大きな力になってくれるだろう。
「よかった」
胸に手を当てて、心の底からそう呟いた。
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