間奏 異世界転生したんだけどボクの友達がチート過ぎて(略)

第一節 小さな再会

 魔人アルスノヴァとの戦いから、一ヶ月が経過していた。

 あれから王都に戻り報告を受けたエレオノーラは、彼女の証言を元にした真実を白日の下に晒した。

 エトランゼは神話の時代にこの世界に現れ、そして世界を救うために戦った。

 その魂と肉体は一度朽ちたものの、再び紅い月によって蘇らせられてこの世界に転生したのだと言う事実。

 その真実を開示するには多くの反対意見や懸念があったらしい。数日に渡る長い議論が交わされたとも聞く。

 しかし、エレオノーラはエトランゼに当人達のことを秘密にし続けることを拒んだ。彼女は情報を公開し、それは物凄いスピードでこの大陸を巡っている。

 そのことに対するエトランゼと、この世界の住人の反応は様々だった。

 エトランゼがかつてこの大地を護るために戦ったという事実は多くの人の心に響いたのか、それまで余所者とエトランゼを排しようとしていた声も多少は収まりを見せる傾向にある。

 それはいい方の変化で、問題はそちらの方ではない。

 何よりも衝撃を受けたのは、エトランゼ当人達だろう。

 いつかは帰れる、帰る方法を見つけると自分に言い聞かせ生きてきたエトランゼも大勢いる。

 彼等に突き付けられたのは帰還する方法はない――仮に今後もし見つかったとしても、元の世界では千年以上の時が過ぎているという事実が重く圧し掛かっていた。

 もう家族には会えない。

 血縁すらも残っているか判らない。過ごした場所も形を変えてしまっていることだろう。

 万が一に元の世界に帰還を果たしても、出迎えてくれるものは何一つない、

 絶望する者もいただろうし、開き直る者もいた。

 とは言え、それはほんの一部の者達の話。

 多くはそれまでと変わらない。毎日を生きていくので精一杯の日々を過ごしていたのはある種の救いだったのかも知れない。

 カナタだってそうだった。その事実で、何かが変わったわけではない。

 もし、何かが変わったとすればその要因は別にある。

 それ自体ではなく、それを企てた張本人。

 エトランゼに対する救世主か、それとも彼等を苦しめる元凶かそのどちらとも呼べない人物。

 カナタの友人であり、魔人を名乗るエトランゼ。

 禁忌の地と呼ばれる北の大地を出た彼女がここオルタリアの首都、オル・フェーズにはやってきた。

 今カナタがいるのはオル・フェーズの冒険者ギルド。

 いつの間にか政府の管轄となったこの施設は、街の大通りから一本入った路地に立っている三階建ての大きな建物だった。

 石造りの堅牢な造りで、一階がロビー。二階が依頼の斡旋所となっている。三階は事務室で、関係者以外は立ち入り禁止となっている。

 カナタが今いるのは二階の広い部屋で、奥にはカウンターがあって大勢の人がそこに詰めかけている。

「それで、今日はどれにするの?」

 隣でそう声がする。

 カウンターとは対角線に位置する掲示板に張られた依頼の書かれた紙を目の前に、腕を組んだ美女がそう尋ねていた。

 黒いローブを纏った金髪の女性。その美貌は通りすがる冒険者達が高確率で二度振り返るほどに輝いている。

「んー……」

 結局のところ、何も変わらない。

 冒険者達はギルドにこうして張られる依頼をこなして日銭を稼いで暮らしている。

 それはカナタとて同じだった。

「貴方の立場なら幾らでも食べていく方法はあると思うのだけど? そもそも貴方の功績を鑑みれば一生働かなくていいぐらいの報酬を貰っても誰も文句は言わないわよ」

 オルタリアの動乱での活躍。

 人に仇なす御使いの討伐。

 そして、多くのエトランゼを巻き込んだ魔人の凶行阻止。

 それだけのことを成し遂げたカナタは間違いなく英雄で、そんな彼女がこうしてここで未だに冒険者をやっているというのは、当事者とその親しい人以外からは不思議がられている。

「前言ったじゃん。それはなんか嫌なの。みんなが一生懸命頑張ってるのに、ボクだけ楽するなんて」

「……楽どころか普通の人百人分の痛い目を見てる気がするけど。まあいいわ、説得しても無駄だろうし。でも別に依頼なんてどれでもいいじゃない。適当に報酬が高そうなのをこうして」

 カナタが何かを言う前に、アルスノヴァが高い位置にある依頼書に手を伸ばす。

 赤字で殴り書きされた報酬は非常に高額で、そこに書かれている内容もまたそれに値するだけのものだった。

「それは」

「おっと。姉ちゃんたち。そいつは俺達みたいに力がある冒険者集団がやることだぜ?」

 横合いからアルスノヴァの腕に手が掛かる。

 不愉快そうに眉を顰めた彼女が視線を動かすと、そこには鎧に身を包んだ逞しい体格の男が立っていた。彼の後ろには恐らく仲間と思わしき者達が男女数名、こちらを見ている。

「あら、そうなの? それじゃあ、これは貴方達が受けるつもり?」

「まー、そう言うこったな。どうしてもってんなら一緒に連れてってやってもいいが……。子守代が必要だぜ?」

 カナタを見て笑いながらそう言う。

 不愉快な態度ではあるが、苛立ちは感じない。

 そんなことよりも対処しなければならない事態が目の前に迫っている。目の前にいる彼は自分がどれだけ危険なことをしているのか今一つ理解していない様子だった。

「エトランゼのトマスって言ったら多少は有名なもんだ。今のうちに仲良くしといた方がいいともうがね」

 トマスさんはその目線を隠そうともせずに、アルスノヴァの身体を下から上までなぞるように観察する。

「アリス、行こう。今日は別の依頼でいいから」

「待てよ嬢ちゃん。俺は今お前さんのママとお喋りしてんだ。なぁ?」

 アルスノヴァが短く息を吐く。

 トマスとやらはアルスノヴァの表情が苛立ちに変わったことにはまだ気が付いてないようだった。

 そしてそれが、彼にとってのとびっきりの不幸を意味することにも。

「私にとってはこんな依頼はどうでもいいの。別段、譲ってあげることに異論はないわ」

「そりゃ優しいことで。俺もこう見えても、女には優しいんだぜ?」

「でもね。私に不愉快な思いをさせたこと、黙って私に触れたこと、何よりも私をこの子の母親扱いしたことは許せないわ」

「ああ、そうかい。それで」

「アリス!」

 カナタが咄嗟に叫んだのは男にとっては幸運だっただろう。

 もしそれがなければ、アルスノヴァは勢いあまって彼を殺していたかも知れない。

 トマスの身体が急に浮かび上がり、そのまま吹き飛んで、彼の取り巻き数人を巻き込んで、部屋の壁に激突する。

 それだけではすまず、その間も横方向に凄まじい圧力を掛けられ、喉からは悲鳴にもならない声が弱々しく漏れていた。

 周りのエトランゼ達が喧嘩を囃したてるために集まり、逆にギルドの職員達は乱闘を止めるためにカナタ達を取り囲む。

「どうしたの? 急に声を掛けるから手元が狂ったじゃない。手のひらサイズにしてあげようと思ったのだけど」

「そんなことしちゃ駄目! 言ったでしょ、騒ぎを起こさないって!」

「仕掛けてきたのは向こうなのに。……まあいいわ。見ての通りよ、か弱い女性に絡む男が間抜けな目にあっただけよ。いちいち取り押さえるほどのことでもないわ」

 両手を挙げて、これ以上は何もするつもりはないとの意思をアルスノヴァは告げる。

 ギルドの職員達も乱闘には慣れているのか、軽く注意だけをしてその場から去っていこうとした。

 そこで、トマスの方に向かって行ったギルドの職員から悲鳴が上がる。

 アルスノヴァの一撃に完全に頭に血が上ったのだろう。トマスは背中に背負っていた剣を抜いて、憤怒の表情で彼女を睨みつけていた。

「ほら。中途半端に情けを掛けるから面倒なことににある」

 ぼそりと呟いたアルスノヴァを睨むと、彼女は視線を逸らした。

「仕方ないわね。取り押さえればいいのでしょう?」

 トマスが駆け出す。

 それをアルスノヴァが重力の網で絡め捕ろうとする前に、別方向から伸ばされた腕が彼の肩を掴んでその突進を止めた。

「邪魔するんじゃねえ! てめぇも殺されてえのか!」

「……あの人……!」

 思わず、カナタはそう声を上げていた。

 割り込んだその人物は長身で整った顔立ちだが、依然あった時に比べて何処か精悍な印象を受ける。

「シュンさん……!」

 アシュタの村で敵対してそれ以降再会することがなかったエトランゼである彼が、何故かここにいてトマスの蛮行を片腕で止めていた。

「やめとけ。あっちの金髪は知らないが、もう片方のチビもお前等が束になっても勝てないぞ」

「……あんたは……!」

「俺ことを知ってるんだろ? その俺が言うんだ、素直に従っとけ」

 シュンにそう言われて、トマスは完全に意気消沈したようだった。

 武器を収めて、気まずそうな手下達を引き連れてそそくさと下の階へと降りて行ってしまう。

 彼等がいなくなったことで問題も解決したと思ったのか、ギルドの職員達も同じように自分の仕事へと戻って行った。

 ここで冒険者達が揉め事を起こすことは決して珍しくはない。喧嘩が終われば野次馬達も何事もなく自分達が元居た場所へと戻って行った。

「シュンさん!」

 早足で横を通り抜けようとしたシュンに声を掛ける。

 彼はまさかカナタの方から話しかけられるとは思っていなかったのか、立ち止まってバツが悪そうな顔で振り返った。

「ちっ。なんだ?」

「カナタ。この無礼な男はなに?」

「この人はシュンさん。……えっと、知り合いかな?」

 お互いの関係を説明するのは非常に難しい。ありのままをここで語れば、またアルスノヴァの頭に血が上る可能性もある。ここは適当に誤魔化しておくのが得策だった。

「でも、無事だったんだ……。よかった」

「よかったって……。俺がお前達に何をしたか忘れたのか?」

「……なんかされたっけ?」

 正直なところ記憶にない。カナタが覚えているのは何故か辛そうな顔で襲い掛かって来て、それから色々あり過ぎてシュンがどうなったかすらも気にしていなかったほどだ。

「ちっ、眼中にないってことか。だが、これで借りは返したぞ」

「借りって?」

「覚えてないなら気にするな! 俺が惨めになる!」

 そう叫んで、肩を怒らせて出ていこうとする。

 カナタはまだ聞きたいことがあって、その後ろ姿を呼び止めた。

「シュンさん!」

「なんだ!」

「……どうかな? 今のこの世界、やっぱりエトランゼには暮らしにくいかな? まだ、支配が必要だと思う?」

 彼は以前、そう主張していた。

 この世界でエトランゼが生きていくためにはそうするしかない。エトランゼの国を作るしかないと。

 その考えに賛同はできないが、カナタも知っている。

 エトランゼに対する差別の数々。それはそんな思想を抱かせるには充分なほどに辛いものだったことを。

 今は、少しは状況が変わってきている。

 エレオノーラやヨハンの尽力で、ほんの僅かにではあるが世界はいい方に向かっていると思える。

 だから、彼の意見が聞きたかった。

「……知るか」

「……シュンさん」

「生意気ね。潰す?」

「アリスは黙ってて」

「……もし、何も変わっていなかったら。これまでと同じようにここがくそったれな世界だと思っていたら、俺はここには来なかっただろうよ」

 振り返って、鋭い目でカナタを睨む。

 そこに込められた感情は複雑で、決して親愛や感謝などではないのだろう。

「アシュタの村にも国から警備が回されるようになった。俺には結論は出せない、一度は馬鹿なことをしちまったからな。だからこれは保留にしてるだけだ。間違っても自分達が正しいなんて思うなよ」

「思ってないよ。いつも、自分ができることをやってるだけ。ボクも、ヨハンさんも」

「……俺はやっぱりお前等のことは嫌いだ」

「あはは……」

 今度こそ、シュンは去って行く。

 その背にカナタは最後に声を掛けた。

「今度、ヨハンさんのところに遊びに来て。きっと喜ぶと思うから」

「冗談じゃない!」

 大きな足音を立てて、シュンは階段を降りていく。

 この世界のことを、オルタリアを嫌っていた彼がこうしてここに来て冒険者として生活している。

 決して楽な暮らしではないし、不満も多いのだろう。それでも少しでも色々な物が前に進んでいるような気がして、カナタは嬉しかった。

 いつまでも感傷に浸っているわけにもいかないと視線を巡らせると、いつの間にやらアルスノヴァがカウンターに立っている。

 手続きを終えて、心配そうな顔のギルド職員に見送られてカナタの下に歩いてくる。その手には先程手に取った依頼書が握られていた。

「お話は終わった? 依頼、これでいいわよね?」

「……まあ、いいけど」

 どうやらその依頼は二人では困難だろうと判断されたのか、きっとギルド職員にも反対されたところで無理矢理押し切って来たのだろう。

「訳ありのお友達のようね」

「まあね。……でも、ちょっとは仲良くなれたみたい」

「そう。それならよかったわね」

 そう言ってカナタを見下ろすアルスノヴァの表情は、言えば本人は怒るだろうがまるで母親のように慈愛に満ちたものだった。

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