第三節 過ごした日々の欠片

 それからの日々に、特別なドラマがあったわけではない。

 別に、自分を色眼鏡で見る連中から大勢の前で庇ってくれたわけでもなければ、彼女達に対して胸のすくような仕返しができたわけでもなかった。

 当人達が驚くほど何事もなく、カナタとアリスは友人になっていた。

 そのことに関してカナタにも虐めや仲間外れの手が及びそうになったこともあったようだが、それはどうにか上手く片付いたようだった。それすらも、後になった聞いて知った話だ。

 だから、二人の間には特別な物なんて何にものなかった。

 あったのは片方が狭い島国の外で生まれた、彼等とは違う特徴を持った人と言うことだけ。

 普通に喋って、普通に漫画の貸し借りをして、普通に一緒に帰って、普通に休日を遊んで、普通に喧嘩をして。

 普通に、友人同士と言う間柄になっていた。

 結局朝寝坊をする彼女を起こすために、朝はカナタの家まで迎えに行くことになった。

 テスト前は成績の悪い彼女の勉強を見るためにどちらかの家に泊まって勉強をして、それが終わればまたどちらかの家で朝まで遊んでいた。

 本当に、特別なんてない。

 ただ偶然出会って、友人になった二人。

 なんとなく馬が合うなんてことだって何処にでもある話だ。それでも、何度も何度も喧嘩をした。理由はそれなりに深刻なことからくだらないことまで様々だった。

 ある冬の夜、到来した流星群が一番きれいに見えるとテレビに唆されて、二人で寒いなかベランダから空を見上げた記憶がある。

 お互いにパジャマの上からコートを羽織って、その上に毛布を被って、身を寄せ合いながら空を見上げていた。

 他の家でも同じようなことをしているようで、耳を澄ませば夜の静けさの中に人々の囁き声が聞こえてくる。

 気合いの入った家庭なんかは、屋根の上に望遠鏡を出してその時を待ち続けている。

 それを待ちながら、取り止めのない話をして、またくだらないことで喧嘩しそうになって、全然違う話が差し込まれて二人ともそれを忘れたりして。

 そんなことをしていると、遂にその時がやってきた。

 冷たい空気を切り裂いて空から降る光。

「来た!」と、カナタが叫ぶ。

 毛布と弾き飛ばすように立ち上がり、必死で背伸びをして、その瞬間を一秒でも見逃すまいと瞼に焼きつけている。

 星は一つではない。

 無数の星が先を争うように、空からぽつぽつと落ちていくる。

 それはやがて数を増やし、纏まって大きな一条の輝きとなった。

 感嘆の声をあげる。

 冬の寒さにも負けないほどに声を上げて、下の階から母親の怒りの声が聞こえてきてようやく彼女はその声を静めたほどだった。

 アリスはその姿をベランダにしゃがんだまま見ていた。

 空を駆ける星と、それに感動して我を忘れるほどにはしゃぐ友人を。

「アリス、お願いした?」

「……お願いって?」

「だって流れ星だよ? 消えるまでの間に三回。あれだけ沢山あったから、ボクはいっぱいしちゃったもんね」

 何を勝ち誇った顔をしているのだろうか。

「流星群でしょう? 有効なのかしらね?」

「さあ。でも言っておくだけタダだからね。うん」

 そう言って、自信満々に胸を張る。

 彼女のそう言ったところがどうしようもなく愉快で、愛おしい。

 だから、願い事は決まっていた。

「じゃあ、願い事をしようかな」

「……もう手遅れじゃない?」

「変わらないカナタでいてね。私も、できるだけ変わらないから」

「……いや、アリスは変わった方がいいと思うよ。いい加減友達作ったり……痛いっ!」

 頬に手を伸ばし、思いっきり引っ張る。人が恥ずかしいのを覚悟して言ったのに、ロマンの欠片もない返しもあったものだ。

「っていうか、ボクに願い事してどうするのさ! 星にしてよ、星に!」

「そんな迷信信じていないもの。貴方に言った方が幾らか現実的でしょう?」

「……そう言う考え方もあるのかな」

 腕を組んで考え込む単純な少女が一人。

 それすらも愉快で、アリスはまた一人で笑ってしまっていた。

「なんで笑うの!」

 頬に手が伸びてくる。

 負けじとそれを捕まえて、手を伸ばして近づけないようにしてやる。残念ながら、手足の長さではアリスに大きな利があった。

 そんなふざけ合いは、カナタの可愛らしいくしゃみで幕を閉じた。

 いい加減に周りのベランダや屋上、屋根からも人の気配が消えている。

 くだらないじゃれ合いをしていたのは、いつの間にか二人だけになっていた。

「中に入りましょう」

「そうだね」

 部屋の中へと二人は消えていく。

 その日は朝まで色々なことを話した。

 何を喋ったかなどロクに覚えていないが、その言葉の一つ一つが大切なものだったと、心に刻まれている。

 そんな日々を、糧にした。

 その日がまた来なくてもいいと、切り捨てた。

 かつてアリスと呼ばれていた少女の綴る長い歴史は、まだ終わっていない。

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