第七節 彼方の地
その翌日。
早朝からヨハン達は、大聖堂の三階にある部屋の前に集められた。
広々とした廊下の前には、顔覆うようなフード付きの神官服を着た護衛達が腰に剣を持って立ち、巨大な扉を護っている。
その中央に立つイザベルは、神妙な顔つきでヨハンを見て頷く。
高い天井から伸びる鎖と、その先に照らされたランプが映し出す扉には絵が描かれており、それだけでまるで絵画のようにも見えた。
廊下の高所には色の付いたガラス窓があり、そこから差し込む太陽の光を様々に彩っている。
イザベルは法衣の懐から幾つもの鍵を取り出すと、慣れた手つきで扉の鍵を開けていく。
それは一つではなく、幾つもの鍵が重なって厳重に閉じられており、その部屋が如何に重要であるかを物語っているかのようだった。
滅多に開かれることはない扉。
法王にしか閲覧が許されない、聖遺物を保管する神聖な間。
そこに立ち居ることができる好奇心と、喜びと、果たして何が起こるのか判らない緊張でカナタの身体は小さく震えている。
「エイス・ディオテミスの奥、大聖堂の三階にある、聖遺物の保管庫。ここは法王とその忠実なる使徒にしか開くことが許されない部屋」
言いながら、イザベルが鍵を開けていく。
やがて最後の一つが、大きな音を立てて開いた。
下に落ちた錠を、すぐに横に立つ神官が拾い上げる。
神と人が描かれた扉が、大きな軋みを上げて二つに開かれる。
その奥には闇があった。灯りを付けていないのだから当然なのだが、それすらも最奥にある何かに対する畏怖を煽る。
「ここは彼方の地。そう呼ばれていた、かつての残照」
イザベルが踏み入る。
神官達はそこから動かず、ただ黙ってヨハン達が立ち居るのを促す。
暗いその空間はひんやりとした空気が立ち込めており、今が冬と言うこともあってか少し肌寒い。
「今、灯りを付けるわね」
イザベルが何かを呟くと、周囲に一斉に灯りが灯る。
幾つもの淡い光が積み重なって、部屋の中を照らし、そこにあるものをヨハン達の前に見せつける。
「……これは」
そう声が上がった。
円状の部屋は壁際に幾つもの台座が置かれ、その上に聖遺物と呼ばれるものが置かれていた。
それは剣であったり槍であったり、或いは盃のような物から何かの破片まで。
様々な品が並べられているが、ヨハンの目を引いたのは正面の壁に掛けられた一枚の絵画だった。
「救いの光」
そう、イザベルの声が題名を読む。
「これは神と悪魔の戦いが終わった後に、ここに逃げて来た人が描いたものよ。彼はその救いを忘れてはいけないと、この地を中心としてエイスナハルを開いた」
それを見上げながらイザベルが説明する。
そこに描かれているのは、ローブを来た青年と並ぶ金髪の女。
所々掠れてしまったその絵からは正確な情報を読み取ることはできないが、優しい表情をして何かを見ているようだった。
「綺麗な絵……」
カナタが熱に浮かされたようにそう呟く。
それだけではなく、彼女にはまた別の何かが見えているのか、そこからしばらくの間視線を外すことはなかった。
そうして長い時間が流れ、やがて三者はその視線を絵画から外す。
他の聖遺物を見ようと部屋の中を見渡していたカナタの視線が、ある一ヵ所で止まる。
息を呑むような声と共に、おぼつかない足取りでそれがある場所に向かって歩いていく。
無意識にそれを掴み取って、カナタはイザベルとヨハンの前に差し出すと、それを見たイザベルはその行動を咎めることもなくただ静かに頷いた。
それを見せることこそが、ヨハンをここに呼んだ理由であると言わんばかりに。
そこにあったのは武器や防具、祭具などではない。
恐らくはこの世界の人々にはどう使っていいのか見当もつかず、だからここに納められていたのだろう。
彼等がいた場所、いた時代に流行っていたマスコットキャラクターのストラップやキーホルダー。
もう絶対に使うことのない車や家の鍵。
元の世界の写真がしまわれた風化してぼろぼろになったパスケース。
その他にも様々な、カナタ達の世界に在った品がそこには並べられている。
そして今カナタが持っているのは、手のひらサイズの平らな何か。
恐らくは一定の年齢以上ならば大抵の人が持っていた、爆発的に普及した携帯端末。
それがカナタの手の中で淡い光を放ち続けていた。
まるで、長年待ち続けていた客人を歓迎するかのように。
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