第六節 歪んだ祈り

 放り投げられた槍を極光の剣で逸らして、その間に距離を詰めて振り下ろされた紅い刃を、カナタは受け止める。

 並の刃ならばそのまま切り裂いてしまう光の剣でも、その剣を受け止めるだけしかできなかった。

 後ろに飛び、距離を離す。

 目の前に立つ紅い魔装兵。

 それは魔装兵と呼ぶにはやや小さく、人間大の大きさしかない。

 新型と言うことなのかも知れないが、見た目は紅いだけのただの鎧のようにも見えた。

「……いったい、誰が……!」

 勿論、それはカナタが知らない人物である可能性が高い。

 しかし、ここに来てたった一人でヘルフリートを守護するような人物に心当たりはなかった。

 唯一あるとすればそれはエーリヒ・ヴィルヘルム・ホーガンだが、仮に彼が敵だったとして無言でカナタに襲い掛かってくるとは思えない。

「……っ」

 目の前に迫る刃に、盾をぶつける。

 セレスティアルと紅い刃が、鍔迫り合い、雷のような火花を撒き散らす。

 その圧力は、カナタの中に強く訴えるものがあった。

 あれは同じものだ。あの異形の王達と同じ力が使われていると。

 だからこそそれを破壊しなければならないが、服の下に隠したイアが警笛を鳴らす。それにより無意識に紅いセレスティアルを使うことを避けることができた。

「力と力のぶつけあいじゃ、勝てない」

 また後ろに下がって、剣撃を回避。

 速度は速い、力も普通ではない。ただ、その戦いの精度は一ヶ月間の修行相手であったトゥラベカに比べて一歩も二歩も劣っている。

 ともすれば、あの鎧の中にいる人物は戦いを生業にしているわけではないのかも知れない。

 まるで鎧の力に振り回されているようにも、カナタには思える。

「だからって……!」

 カナタの横を滑り落ちた剣が、その一撃で絨毯ごと床を破壊する。

 油断はできない。例えそうだとしても、カナタが隙を見せた瞬間に充分に殺しきるだけの力はあるのだから。

「たあああぁぁぁぁぁ!」

 気合いと共に、横腹に一撃。

 硬い感触と共に、そこに触れたセレスティアルがまるで形ある金属のように砕けて散った。

「嘘っ、斬れないとか!」

 カナタを吹き飛ばすように、上半身ごと剣を持った腕が振るわれる。

 丸太のような腕がカナタの肩口を掠め、そのまま吹き飛ばされて床を転がった。

「……いった……!」

 致命傷ではない。

 即座に立ちあがり、敵の姿を視界に捉える。

 紅い魔装兵は、驚くべき行動に出ていた。

 前に突き出された腕に、魔方陣が浮かび上がる。

 嫌な予感が膨れ上がって、カナタは即座にセレスティアルで盾を作った。

 火球が幾つも生み出されて、カナタに向けて発射される。

 セレスティアルの盾に阻まれながらもそれは大爆発を巻き起こし、辺りに瓦礫と煙が舞い上がる。

 封じられた視界の中、目に入った塵を取りために手で擦ろうとすると、イアが動く。

 それが危機を訴えていると、即座に気が付いて上に向けて光の剣を横に倒す。

 ガギンと、金属音がした。

 続けて身体に強い圧力が掛かる。

 煙の中から伸びた剣は、真っ直ぐにカナタの脳天を捉えていた。

「お、もい!」

 下に力を逃がして、そこから脱出する。

 やはり、相手は戦いの技術に関してはそこまでではない。もし相手が達人だったら、カナタはそこから逃れることはできなかっただろう。

 再び擦れ違いざまに斬撃を見舞うも、セレスティアルは弾かれるように消失してしまい、その鎧にまともな傷を与えることはできない。

「硬い……!」

 追撃の魔法が放たれる。

 カナタはできるだけ大周りに廊下を走って、それを避けていく。

 あちこちに着弾した炎の弾が爆ぜて、振動が廊下を包み込む。

「今だ!」

 魔法を撃ち終えた瞬間。

 剣を持ち帰るその隙に、カナタは一気に相手の上空に飛び上がる。

 セレスティアルを翼のように背に展開し、浮力と加速を得てその頭上に。

 両手で握った光の刃を、真一文字に身体ごとぶつけた。

 光が飛び散って、辺りを閃光が包む。

「避けられた!」

 相手が咄嗟に頭を逸らしたことで、カナタの一撃はその肩を掠める結果に終わったが、確実に一太刀を浴びせた場所には傷がついている。

 距離を取ってよく観察してみれば、痛みも内部に伝わっているのか動きも鈍い。どうやら、絶対無敵の鎧と言うわけではないようだった。

 セレスティアルの剣を両手で握って、正眼に相手を見る。

 強力な一撃を叩き込めば傷が付くならば、後はカナタの体力が尽きるかどうかの勝負となる。

「貴方が何者か知らないけど、ボクは負ける気はないよ」

 紅い魔装兵が、その剣を床に突き立てる。

 そこにまた魔力光が生まれ、床が下から突き上げられるように隆起し、先端が尖った石柱が何本も生えてくる。

 それは床を伝い、カナタに向かって真っ直ぐに突き進んできた。

 それを避けることができず、セレスティアルの壁でそれを防ぐ。

 結果、傷こそ負わなかったものの、足が崩れた床に取られて、その場から逃げることができなくなった。

 そこに、紅い鎧が迫る。

 上空から、先程カナタがやったように剣を真っ直ぐに振り下ろして。

 身体に衝撃と、振動が来る。

 両刃の剣と化したセレスティアルでどうにかそれを受け止めたものの、その圧力は尋常ではなく、全身の骨が押し潰されるような痛みが走った。

 顔を顰めながら、カナタは上から掛けられる力を押し返すが、体重を乗せた剣がじりじりと極光の剣ごとカナタを押し潰そうと迫ってくる。

「負けない……!」

 己を鼓舞するために叫ぶ。

 足を踏ん張って、力を込めた。

 こんなところで負けるわけにはいかない。

 例えヨハンが勝っても、カナタがいなければ駄目だ。またきっと彼はあの悲しい顔をしてしまう。

 だから、死なない。

「絶対に生きて帰る……。色々なものを背負ってるんだから!」

 イブキも同じように託してくれた。

 カナタにはそれに応える義務がある。

 セレスティアルの出力を上げる。

 白い極光が光を増して、紅い剣を押し返そうとする。

「……き、さまだけが……!」

「えっ……?」

 声がした。

 しわがれた女の声。

 兜の下から聞こえてきたそのくぐもった声は暗く濁り、そこに強い怒りを秘めている。

「貴様だけが何かを背負っているわけではない! エトランゼ!」

 力が増す。

 拮抗する力はぶつかり合い、周囲の余波を巡らせる。

「誰……!」

「貴様達だけがアアァァァァァァァ!」

 振動はやがて轟音に変わる。

 その衝撃は戦いによって崩れかけていた廊下の床を破壊して、二人の身体が虚空に投げ出される。

 オルタリア城の地下。

 煌びやかな城の真下に作られた暗部。

 その闇の中に、二人の身体は真っ直ぐに落ちていった。


 ▽


 長い廊下を抜け、階段を駆け上がる。

 背後で轟音が響いたが、最早立ち止まっている時間はない。

 エレオノーラの手を引いたまま、ヨハンは目の前に立ち塞がる大きな扉に手を掛ける。

 本来なら兵士が二人掛かりで開けるその扉は、王の威光を示すためにわざわざ設えたものだった。

 小さな軋み音を立てて、扉が開かれる。

 一階から伸びた深紅の絨毯。

 天窓から差し込む光によって照らされたその部屋は広大で、異様な静寂に満ちていた。

 両脇に立ち並ぶ柱を通り過ぎて、二人は歩く。

 そうして数歩進んで、同時に足を止めた。

 ここに来て、ヨハンは手を離す。

 後は何をせずとも彼女自身で前に踏み出していった。

 視線が結ばれる場所は一つ。

 絨毯が途切れる場所。この部屋の奥に置かれた、一際目立つ絢爛な椅子。

 白い鎧と、その横に置かれた兜。

 それを着込んだ人物は、エレオノーラの姿を認めるとそれまでの彼とは全く別人のような仕草で立ち上がる。

 その目は鋭く、この場に現れた簒奪者を睨みつけている。

 しかし同時に何処か冷静で、すぐに斬りかかってくるような狂気を見て取ることはできない。

「来たか」

 一言、先んじて呟いた。

 それが耳に届いて、呆気に取られてから約一秒後、エレオノーラが勢いよく口を開く。

「兄上! もう、ここまでです。兵を引き、降伏を」

「降伏だと? 何故その必要がある? 俺はまだ負けていないぞ」

「ヘルフリート。例えこの戦いを制したとしても、既にお前には人心も兵力もない。どちらにせよ、お前の統べるオルタリアはお終いだ」

「ふんっ、魔導師風情が。知ったような口を叩くな」

 ヘルフリートは笑っている。

 それは狂気に犯されたわけではなく、何処か挑戦的で、己を鼓舞するような表情だった。

「例え人心がなくとも、兵がいなくとも、王がここにいる。この俺が、オルタリアの王であるヘルフリートがここに立っているのだ! ならば負けではない! 俺の国は、俺のオルタリアは負けてなどいないのだ!」

「兄様……!」

 最初から最後まで、エレオノーラの声が彼に届くことはなかった。

 この状況にあってもまだ、ヘルフリートは己の勝利を見つめている。

 だが、それは決して自暴自棄などではない。

 彼はまだ、ここからやり直そうとしていた。この国に入り込んだ異物を排除して、歪んだ王国を再び自らの手に再建する夢を見ている。

「さあ、魔導師よ! 決着を付けるぞ。俺が勝ち、オルタリアは滅びぬ。俺の国はこれから栄光の道を歩み出すのだ!」

 兜を被り、それが引き金となって鎧の表面に走った青いスリットに光が灯る。

 形状こそ違うがそれはやはり魔装兵だった。恐らくは最新の技術を使い、自分専用に作り上げた最強の魔装兵。

 背中に装備されていた大剣を抜き払い、それを構えてその視線はヨハンを射抜く。

 ヘルフリートの計算を狂わせた者。エレオノーラを担ぎ上げ、何もかもを台無しにしたその張本人を。

 腕を伸ばして、エレオノーラを後ろに下がらせる。

 懐から拳銃を取り出して、それをヘルフリートに向けた。

 王座を蹴るようにして、ヘルフリートが走りだす。

 その間に放たれた銃弾を剣で逸らしながら、その鎧は重さを全く感じさせない速度でヨハンの目の前にまで接近してきた。

「貴様達エトランゼの技術は役に立ったぞ! 魔法の知識こそないが、基礎を知りそれを応用することに掛けてはやはり貴様達の方が優れていた!」

「なら、その鎧も!」

 斬撃を避けて、距離を取る。

 弾倉を吐きださせ、代わりを装填。

「……やはり」

「そうだ! 魔法学院の知識に、貴様達エトランゼの技術で作り上げたものだ! もっともそいつらも全て、あの怪物の餌にしてやったがな」

「貴様……!」

 着弾した弾丸が爆ぜて、見えない衝撃がヘルフリートの身体を吹き飛ばす。

 一発で人体を破壊するほどの威力があるその弾丸も、彼の着る鎧の前では足止め程度の役割しか果たせていなかった。

「ふんっ、何を怒っている? 俺は王だぞ? 利用できるものをして何が悪い? 用済みになったら処分するのもまた、王の自由だろうが」

「人の命を何だと思っている!」

 再び両者は至近距離で対峙する。

 ヨハンは開いている方の片手で、ローブから短剣を取り出してヘルフリートの攻撃に備えて横に構えた。

「エトランゼなどと言う異邦人の保護を訴える狂った小娘のために、多くの命を犠牲にした貴様に言えたことか!」

「貴様のそれとは話が違う!」

「死んだ連中もそう思ってくれているといいがな! 剣での戦いは俺に分があるようだが!」

 短剣の先から伸びた疑似セレスティアルの刃が、ヘルフリートの斬撃を受け止める。

 一撃、二撃目をどうにか捌くことはできたが、続けざまに繰り出される攻撃を受けきれず、ヨハンの身体が後退していく。

 元々剣で戦うのが得意な質ではない。このまま斬りあっていては、いずれ押し切られるのは必定だった。

「俺達の行いが犠牲を生んでいたとして……。貴様の行いは浪費だろう!」

 一歩分距離が離れたところで銃撃を放つ。

 鎧の胴体部分に着弾した弾丸が衝撃を放って、お互いの身体が宙を舞うようにして吹き飛んでいった。

「死んだものにとってはどちらも変わらんと、言っているのだ!」

「だからと言って……!」

 復帰はヘルフリートの方が早かった。

 同じだけの衝撃を受けているのだから、鎧で全身を覆っている方が被害が少ないのは当然だが、ヨハンにとってはそれでいい。

 狙いはお互いの距離を離すこと。

 幸いこちらもローブによって相当な防御を得ている。その程度で動けなくなるほどではない。

『雷光よ集え』

 起き上がりかけの姿勢のまま、言霊を紡ぐ。

 既にヘルフリートは臨戦態勢を整えており、ヨハンに向けて剣を振り上げた姿勢で突進してきていた。

 呪いがヨハンの魂を蝕む。

 例えイグナシオが消えても、その呪詛は未だヨハンの中に残り、魔法の力を奪い続けていた。

 しかし、それが今は緩和されている。サアヤのギフトと、ヨハンの中に宿ったイブキのおかげだった。

「貴様に何の信念がある! 俺は王だぞ。王としてこの国を導くのだ! 貴様はその邪魔をした! たかがエトランゼの分際で! この国で浪費されるだけの存在であればよかったのに!」

「この国をあるべき姿に戻す、それが俺の信念だ」

 オルタリアは、変わらなければならなかったのだ。

 エトランゼと言う力を持つ来訪者が現れた時点で。

 御使いと言う人を裁く使途が降り立ったその時に。

 それまでの体制に、外から来た大きな力が作用する。それこそが国が変わる一つの節目となる。

 なのにそれをしなかった。あろうことかエトランゼを黙殺し、結果として彼等の不満を溜め込むことになった。

 これからこの国は変わらなければならない。

 異世界人と共存できる社会へと。

「それこそが俺が王となる国ではないか!」

 今更否定の言葉を口にすることもない。

 もしそれを良しとするのならば、二人がここで対峙することもないのだから。

 地面に付けたヨハンの手から、雷光が迸る。

 それは何本もの糸のように広がって、ヘルフリートの身体を絡め捕るように取り囲んだ。

「ちっ、小賢しい!」

 雷の糸は収束し、やがてはヘルフリートを取り囲む渦となる。

 そしてそこに、一際大きな雷が降り注ぎ、全ての糸が爆ぜるような大爆発が巻き起こった。

 閃光に視界が白く塗り潰される。

 一瞬の後に目を開けると、そこには倒れたヘルフリートと、その周囲で未だ蒼雷が幾つも火花を散らしていた。

「兄様……」

「エレオノーラ、まだだ!」

 前に踏み出そうとしたエレオノーラが、ヨハンの言葉を受けて立ち止まる。

 その言葉通り、ヘルフリートはまだ生きていた。

 その魔装兵はどれだけの耐久性を誇っているのだろうか。

 剣を床に付いて、力を込めるように、ヘルフリートは立ち上がった。

「俺は、負けんぞ。負けてなるものか。王になるのだ……。いや、王になったのだ! それを、それを貴様如きに簒奪されてなるものか! そうだ! 俺は、このヘルフリートはオルタリアの王なのだぞ!」

「兄様! 何をそこまで王権にこだわるのですか! 別にそうでなくとも、こんなことをせずにゲオルク兄様の片腕として力を振るえば、誰もが兄様を尊敬したでしょうに! 偉大な人物とは、王だけではないでしょう!」

「黙れ! 女に何が判る! 俺は王になるのだ、王でなければならないのだ!」

 ヨハンの魔法は、全く効果がないわけではないようだった。

 ヘルフリートの動きは先程に比べて鈍い。ようやく剣を構えて、戦う姿勢を取った。

 仕切り直すように、ヨハンも銃を構える。

 二人が再度ぶつかり合おう時に、謁見の間によく通る声が響いてそれを押し留めた。

「その戦い待て! ヘルフリート、既にお前が戦う理由は消えた!」

 開け放たれた扉を潜り、偉丈夫が現れる。

 その姿にはヘルフリートも、エレオノーラも言葉を失っていた。

 今この場に、本来居るべき人物が到着した。

 死んだと思われていた長兄。最も王位を継ぐに足る人物。

 ゲオルク・フォン・エルーシア・オルタリアがそこに立っていた。

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