第五節 真の王

 オル・フェーズ正面通り。

 敵の勢いを止めることができずに押し返されたヴェスター達がルー・シンの前まで後退してきたのはつい今しがたのことだった。

 魔剣士は身体中が傷ついた状態で、それでも黒い剣を振り上げて味方を鼓舞するが、最早それに続ける者は余りにも少ない。

 大量に投入された新型魔装兵。そしてここが最後の正念場になると覚悟を決めた敵兵達。

 例え士気は低くとも、これに負ければ命がないと思い込み、死ぬ気で剣を握る者達の力は相当なものだった。

「魔剣士殿。無事か?」

「見ての通りだ。すまねえな。俺一人で全部片付けるつもりだったんだが」

 視界に入っているだけでも、魔装兵の数はまだ五体はいる。それらは味方の兵と足並みを揃えながら前進し、こちらの弓兵が射かける矢など意にも介していない。

「そうか。こちらは朗報が一つ。彼等が西門に到着したらしい。モーリッツ殿達の援護を受けて、王城へと向かったそうだ」

「はっ、そりゃあ何よりだ。それで軍師殿。ここを脱する作戦を授けちゃくれませんかね?」

「さて、どうかな。手前の仕事は彼等を王城に送り届けることと思っていたのでな。ここからの先のことは考えおらなんだ」

「おいおい……。俺が働いた分、てめぇも頭回せよ。まだなんか隠し玉があんだろ?」

「残念ながら、幾らかの予備兵力が残っているに過ぎん。それらを全て導入しても手前達がすり潰されるのは時間の問題だろうな」

「はっ、ご立派な軍師殿だぜ」

「せめてもの意地と言うわけではないがな」

 ルー・シンが手をやると、背後に控えていた兵達が一斉の武器を構える。

 ここが死地と定めているのはお互い様。後はどれだけ相手をここに食い止め、戦力を削ることができるかの勝負だった。

 可能な限り時間を稼ぐ、そうすれば中央を突破したモーリッツ達と合流し、状況を打開することも不可能ではない。

「頼りにしているぞ、魔剣士殿」

「はっ、任せとけ……って言いたいが、俺も大概ぼろぼろだぜ? 生命じゃねえあいつらには、魔剣の魂喰いが機能しねえ。戦えば戦うほどに否定してく。俺も普通の奴と一緒ってことだ」

「その状況で魔装兵を幾つか倒し、なおかつここに無事で戻ってこれるのを普通とは言わぬがな」

 生命ではない者達との戦いではその強みを生かせないというのは意外な弱点だった。とは言えそれを抜きにしてもヴェスターは既に怪物と呼んで差し支えない活躍を見せてはいるのだが。

 そんな話をしている間に、敵軍は目の前に迫っていた。

 瓦礫の山と化した中央通りを突き進む軍団。その先頭を魔装兵、背後を大勢の兵士達が固めている。

 彼等は決してエレオノーラには従わない。正当な王家の男児に付き従い戦うことを決めた男達だった。

 だからこそ、そんな彼等に取って最大の転機が今訪れる。

 背後から何かが近付いてくる。

 先頭を進むのは人を乗せた馬が二頭。その後ろに、決して多くはないが武装した兵士達が続いていた。

 砂埃を巻き上げながらそれらはルー・シンの隣までやってくる。

呆然とするルー・シンとヴェスターを、馬上から見下ろすのは、黒に近い赤毛の、精悍な顔つきの男だった。

 ヴェスターは何故かその隣にいる男を睨んでいるが、ルー・シンはすぐ傍のその馬上の男に見覚えがあった。

「随分と待たせちまったな! お前は確か、エーリヒ子飼いのエトランゼだろう? 頭が切れるとの話だったが、それは本当のようだな」

 ゲオルク・フォン・エルーシア・オルタリア。

 この国の正当な王位継承者にして、既に死んでいるはずの男。

 それが何故か、今目の前に立っていた。

 それに驚いているのはルー・シンだけでなく、敵味方の兵達も同様に言葉を失い、固まっていた。

 その中で、魔装兵だけが意思などはなく、瓦礫のバリゲートを乗り越えて、その剣を振り上げて襲いくる。

 それを留めたのは、何処からともなく現れた金属の巨人だった。

「フハハハッ! 驚いているばかりではないぞ、オルタリアの兵達よ! 貴様達の正当なる王であるゲオルクはその友である余、ベルセルラーデ・ソム・バルハレイアが救出した! 余が集めたこの精兵達と共に、今こそ馳せ参じた次第よ!」

 金属の巨人が、魔装兵に掴みかかり、その身体を薙ぎ倒す。

「トゥラベカ!」

 ベルセルラーデの言葉に答えるように、禿頭の女戦士が飛び出した。

 手に持った槍を一突きして一騎の魔装兵を貫き倒すと、そのまま迫りくる二騎三騎を猛然と捌いていく。

「……ふむ、確かに。死体が確認されていない以上、生きている可能性を考慮しなかった手前が浅はかだったか。ヘルフリート自身も捜索自体は行っていたようだが」

「お、もう冷静になってくれたか。そうなんだよ、ちょっとした隠れ家に引きこもっててな。しばらく出れなかったんだが、エトランゼに助けられたんだ? カナタって言うんだが、知らないか?」

「直接の知り合いではないが、知己の弟子になります。彼女ならば今頃城の中に入り込んでいるころでしょう」

「ほう! 流石はカナタだ。俺が見込んだ通りだな!」

 あのエトランゼの英雄と呼ばれている少女が、知らぬところでゲオルクを救いだすという大義を成していることは素直に驚きだったが、顔には出さずに話を続ける。

「それで、ゲオルク王。この者達は?」

「ベルのことは知ってるか?」

「確か、バルハレイアの王でゲオルク王の御友人でしたか?」

「そうだ。それでこのベルが、この国の一大事ってことで戦力を集めておいてくれた。それから道中でも大分掻き集めてきた。遅れたのはその所為だ、許せ」

「なるほど。では、手前の役割は決まりましたな」

 敵陣を見る。

 既に敵兵はゲオルクの登場で混乱し、また魔装兵も好き勝手に暴れるベルセルラーデとトゥラベカのおかげでその場に釘付けになっていた。

「王の露払いを。城まで貴方を送り届けることを最優先とします」

 馬上で、ルー・シンを見下ろしながらゲオルクが笑う。

「話が早くて助かる。やれるか、エーリヒの腹心。エトランゼのルー・シンよ」

「やって見せましょう」

 にやりと不敵に笑って見せると、兵達にすぐさま指示を出す。

 その傍らで、それまで事態に付いていけずに固まっていたヴェスターがルー・シンに声を掛けた。

「はぁ。運に助けられるとはいや、本当ご立派ですこと」

 その嫌味も、ルー・シンは涼しい顔で受け流す。

「なあに、これも織り込み済みと言うことだ」

「……マジかよ?」

「いいや。だが、こう言っておけば後の歴史書に手前の名が格好良く乗るかも知れん。言い得、と言うことだ」

「いい性格してんな、お前」

 呆れたように言ってから、ヴェスターは剣を握りなおして戦場を見やる。

 ゲオルクの登場で敵兵は完全に戦う理由を失い、剣を捨てて投降する者達まで現れていた。

 その中でまだ暴れまわる魔装兵に狙いを定めて、駆け出していく。

「オラオラ! 俺の獲物を全部取るんじゃねえ! こっちはまだ暴れ足りねえんだ!」

「……先程まで死にそうな顔をしていたのは何処の誰だったか」

 ルー・シンもヴェスターに呆れながら、即座に兵達に指示を出していく。

 陣形を整え、敵を囲み、息を吐かせぬ連撃で包囲した魔装兵に攻撃を加える。

 同時に投降した兵達を武装解除し、縛り上げて安全な場所に連れていくように指示も出す。中でも有用な情報を持っている者から話を聞きだし、少しでも状況を優位に進めるべく思案を巡らせる。

 それらを並行して行いながら、沸き上がる高揚感を拭えないでいた。

「運に助けられたが、手前はこれで無事に役割を終えられそうだ」

 その言葉は誰にも聞こえることなく、すぐに戦場の音に紛れて消えていった。

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