第八節 古代樹の夢

 一本の木がそこにあった。

 その後千年以上の時を経て、古代樹と呼ばれるようになった樹木。

 今はまだ、若木に過ぎないその周囲は焼け野原だった。

 奴等がそうした。

 地上に住むありとあらゆるものを焼き払う災厄が、彼女の仲間達を惨たらしく殺し尽くしてしまった。

 その正面に立つ少女が一人。

 眩い光の盾で彼女を護ってくれた、空から降りてきた人。

 彼女が護ったその一本の木は、やがて象徴として扱われた。

 そこを中心に、外の世界から来訪者達は傍に家を作り、その再生を見守っていく。

 しかし、いつからかその家には人が余り来なくなった。

 たまにやってくるのは男女一組と。あの時空から降りてきた少女だけ。

 その少女は特に変わっていた。

 家の中に入るわけでもなく、ただぼうっと、一本の木の傍に座り込んで眠るのだ。

 まるで母親に抱かれているかのように、安らかな笑顔で。

 後にカナタによってイアと呼ばれることになる彼女は、少女が傍に来る時が好きだった。

 二人は通じ合うように、同じ時間を過ごす。

 でも、イアには一つ気になることがあった。

 虚ろな瞳の少女は、どうして来る度に傷ついているのだろうか。

 ぼろぼろの身体で、イアに寄りかかって眠る。

 それを見つめる、恐らく彼女を連れてきているであろう金髪の女性は、とても悲しそうな目で二人を眺めている。

 少女が来るのは嬉しかったが、その原因が判らず、また救ってあげることもできないことがイアには悲しかった。

 もし、動くことができたのだとしたら。

 喋ることができたのだとしたら。

 少女の痛みを和らげてあげることもできたかも知れないというのに。

 イアには時間の流れは判らない。

 ただ、長い時が経ったように思える。

 ――気付けば、少女は来なくなっていた。

 待てども待てども彼女は現れない。

 そればかりか、家にも誰も来なくなっていた。

 少しだけ寂しいが、そう言うものだと、イアは知っている。人間の命は短い。いずれはやってくる別れだっただけの話。

 そう言い聞かせて、また長い時間が流れた。

 ある時、すっかり森が元の姿を取り戻したころになって、ふらりとそこに現れた女がいた。

 金色の髪をしたその女は、憔悴した様子で、イアの傍に立つ。

 勿論言葉を発することも、意思を表すこともないイアだが、少しだけ驚いたことがある。

 昔、少女を連れて来ていた女と同じだった。

 細い手が伸びて、イアの身体に触れる。

 しなやかな指先がくすぐるようにイアの身体を撫でる。

 心地よい。

 人の熱が気持ちいい。

 あの少女と同じ、人間の持つ温かさだ。

 何年経って姿が変わらなかったとしても、そこにいる女はイアにとっては人間だった。

 だって彼女は悲しんでいる。

 痛いほどにその気持ちがイアにも伝わってくる。

 空気が小さく震えた。

 彼女の唇から零れた声が、消える寸前でイアに伝わってくる。

「……私が、救うから。例えどれだけの時間を経たとしても、どんな手段を使ったとしても」

 それは祈りか、願いか、はたまた呪いか。

 イアには判らない。そんなことを知ってもどうにもならない。

 ただ、女は言葉を紡ぐ。

 自分に言い聞かせるように、他の誰かへの免罪となるように。

「だから待っていて。カナタ」

 涙に交じって、消えてしまった最後の言葉。

 その響きをイアが知るのは、それから千年以上も後の世界でのことだった。

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