第三節 森少女と王様

 燦々と太陽の光が降り注ぐ荒野を、一人の男が歩いてくる。

 褐色の肌に黒髪、鍛えられた身体に薄布を纏っただけのその男の姿を見て、トゥラベカは膝を追って頭を垂れた。

「戻ったぞ、トゥラベカ! ……カナタの姿が見えぬようだが?」

 その男の名はベルセルラーデ。この荒野の国であるバルハレイアの第一王子であり、トゥラベカの主だった。

 彼は今辺りをきょろきょろと見回して、カナタの姿を探している。

「ふむ。奴は小さいからな。大方何処かの岩陰にでも隠れてしまっているのだろうが……? しかし妙だな、余の記憶が正しければこのぐらいの時間は既に修練を始めていたようだったが?」

「先日で丁度一月になりましたので、一先ずはこれで修練は終了と致しました」

 顔を上げてそう答える。

 ベルセルラーデはカナタが目覚めたその数日後から、彼女の前から姿を消していた。

 彼が今日まで行っていたことに、本来ならばトゥラベカも手を貸すべきではあったのだが、それを拒否してカナタに修行を付けさせるように言ったのは他でもないベルセルラーデ本人だった。

「なるほど。如何ほどの力を手に入れたのか楽しみだな。奴の持つ力は称賛に値するほどのものだが、担い手の実力としてはまだまだ甘い」

「はい。ですがそれはそれでいいのでしょう。彼女は戦士ではなく、王でもないので」

 立ち上がって、そう意見する。

 彼女は目の前にいる主とも、その戦士であるトゥラベカとも違う。

「フハハッ。貴様がそう言うか、トゥラベカ。彼奴を気に入ったか?」

「……ええ。短い間ですが、娘との語らいをしている気分を味わえました」

「……そうか。ならばよかった。それで、彼奴は今何処に?」

「ラス・アルアから使いが来たものですから」

「なんと! ラス・アルアの古代樹か?」

「人の姿をしていましたが、間違いないかと。その荘厳な気配は、私が幼い頃に見たあの古代樹に相違なく」

 ラス・アルアの樹海。

 その奥にある巨大な一つの木。

 ラス・アルアの古代樹と呼ばれるその木は、この世界にまだ御使いがいたころから長い年月を生きていた。

 元々はラス・アルアに暮らす部族であったトゥラベカは、カナタがイアと名付けたその少女を見て、一目で彼女がそうだと理解した。

「しかし、何故古代樹がカナタを?」

「さあ。それは私には。ですがわざわざラス・アルアから距離を歩いてきたのです。彼女が必要だったのでしょう」

 夜明け前に、彼女はトゥラベカの前に姿を現した。

 そして言葉もなく、カナタのことを指して何かを訴えかけていた。

「思い切ったものよな! 修行を付けた娘をそう簡単に渡してしまうとは。余の側室候補であるぞ?」

「ラス・アルアの古代樹が彼女に危害を加えるとは思いませんでしたので。あれは人を見守り、包み、導く者と教えられてきましたから」

「それもそうか! フハハッ、世界にはまだ余の知らぬことが沢山あるな」

 何故か上機嫌そうに、ベルセルラーデは笑っていた。

「それにまぁ、最悪のことがあってもそれも修行のうちとなるでしょう。少なくとも私の部族では、そう教えられていました」

 道があれば進め、導きがあれば従え。例えその先に苦難があろうとしても、それらは全て神が与えたもうた試練である。

 そして神は超えられぬ試練は決して与えず、その先を見る者を求め福音をもたらすのだ。

 そう、トゥラベカの部族ではずっと語られてきた。

 だから今回も、その在り方に従ったまでの話だ。


 ▽


 さくさくと二人分の足音が、草花を踏みしめながら樹海へと響く。

 流れてくる木々の香りは、生命の匂いと言ってもよく、その中に活力を秘めているようにも感じられる。

 足元を引っ掛けそうになりながら四苦八苦して歩くカナタには裏腹に、その少し前を進むイアはどうやっているのか、全く引っかかる様子もない。

「ねー。まだなの?」

『マダ』

 振り返りもせず、頭の中に直接思念が飛んでくる。

 時を遡ること数時間前。

 カナタはイアに帰り道の案内をにべもなく断られた。

 多少の混乱を交えつつもその理由を聞くと、どうやらイアにはカナタにやって欲しいことがあり、その為にこの森に連れて来たというのだった。

「ボクで力になれるならいいけどさ。だったらトゥラベカさんも一緒の方がよかったんじゃない? 一緒にいたんでしょ?」

『イヤ』

「嫌じゃなくてさー。困ってる時はちゃんと頼った方がいいよ」

『セイイキ、ハイッテホシクナイ』

「ボクはいいの?」

『シラナイヒトハダメ』

 その話で言えば、間違いなくカナタも知らない人ではあるのだが。

 むしろ現地人であるトゥラベカの方が、カナタよりは近しい関係にあると言えるだろう。

 ただ、それを指摘したところでイアが考え方を変えてくれるとは思えないので、黙っておくことにした。

「うわっと」

 草の下に隠れた出っ張った岩に、足を取られる。

 危うく顔から地面に突っ込みそうになったが、寸でのところで伸びてきた植物の蔓がカナタの身体を受け止める。

 そのまま空中に持ちあげると、ご丁寧に直立の格好にして地面に立たせてくれた。

「あ、ありがと」

 前を見れば、イアが何処か誇らしげな顔をしてこちらを見ていた。

 そうして歩き続けていると、木々の間から差し込む光に、赤みが差してくる。

「うわっ、もう夕方なんだ。ここで野宿は嫌だなー」

 そもそも、野宿に仕える道具を何一つ持って来ていないことに、今更になって気が付いた。更に言えばもう長い間何も食べていない。

「ねー」

 そう声を掛けようとして、カナタは立ち止まる。

 なんと言うことはない。目の前でイアが立ち止ったから、それに合わせただけのことだ。

 彼女の横に並んで、前方に広がる光景を見て、カナタは言葉を失った。

 白い世界が目の前に広がっている。

 いや、正確にはそれは単なる錯覚。目の前に見えた光景に、そう感想を抱いてしまっただけのことだった。

「……これ」

 鳥の声がする。

 虫の羽音が聞こえる。

 風が流れるのに合わせて、草木が歌うように騒めく音が響く。

 その中に、その光景はあった。

 それは、樹海の奥にあるには似つかわしくない建造物だった。

 白い材質で作られたその建物は元は三階建てだったようだが、何らかの影響があったのか最上階は崩れて、二階部分も天井がない。

 森の中に埋もれるようにして足元から伸びているのは、土や草によって汚れてはいるが元は舗装された道のような地面。

 あちこちを周辺の木から伸びてきた蔓草に浸蝕されながらも、その白い建物は抜群の存在感を放ってそこにあった。

「これ、何?」

『イエ』

「家?」

 隣でイアが頷く。

『カミサマタチノ、イエ』

「神様の家ってこと?」

 一歩、踏み出す。

 硬質な地面が、靴の裏に当たる。

 夕日に照らされたその白い建物は、この世界の他の建物よりもずっと現代的で、むしろカナタが暮らしていた世界にこそあるようなものだった。

 仮に祠のような物を神様を奉るために家として名付けているのなら判るが、今目の前にあるのはそう呼ぶには少しばかり似つかわしくないように思える。

 なんとなくではあるが、それは宗教的なものではなく、実際に神様とやらが暮らしていた場所なのかも知れない。

「神様はいるの?」

『イナイ。モウイナイ』

「イアは会ったことがあるの?」

 こくり。

「どのぐらい前?」

『……ワカラナイ。ズットマエ』

「イア、何歳?」

『ゴヒャク……?』

「五百!」

 それは大層なお婆ちゃんと言うことになるが、そう言うこともあるのだろうと、カナタはすぐに納得する。

 目の前の大発見には心が躍るが、今はそれよりも大事なことがあった。

「ここが目的地であってるの?」

『ウン』

「で、ボクはここで何すればいいの?」

『コッチ』

 イアが先導して歩き始める。

 カナタは先程までと同じように、その後に続いていく。

 彼女は何の警戒もなくその白い建物に入って行った。

 建物の中はやはり外観から想像した通り、大分カナタの世界に近い造りをしていて、入ってすぐの広い部屋にあったテーブルも木や石ではなくプラスチックのような軽い材質でできていた。

 他にも壊れてはいるがモニターのようなものや、金属片のような物も転がっていて、ここが普段暮らしている場所とは異なる文明によって作られていたであろうことが判る。

 そこまで見てカナタは、ようやくあることを思い出した。

 この世界に似つかわしくない、奇妙な場所に以前一度行ったことがある。

 ヨハン達と探索したダンジョンの奥も、こんな造りになっていた。

「同じ時代のものってことなのかな? 多分、エトランゼが作った、とか?」

 立ち止まって思案してみるが、どれだけ考えても全く答えは見えてこない。思考材料もロクにない上にカナタの頭ではそれも当然ではあるが。

『カナタ?』

 先の部屋から催促の声が聞こえて、カナタは慌ててそちらに向かう。

 短い廊下を辿った先にあったのは、壊れたドアの横にレストルームと掠れた英語で書かれた部屋だった。

 壊れた扉から中に入ると、カナタを出迎えたのは先程までの樹海の静けさからは想像もつかないほどに賑やかな声だった。

「よぉー! やっと迎えが来てくれたようだな!」

 びくりと思わず身体を竦ませる。

 慌てて視線を向けた先は、既に長い年月によりぼろぼろに風化し、見る影もなくなった革張りのソファだった。

 そこに腰かけたその男は真っ直ぐにカナタを見て、にこやかに笑いかけている。

「……ん? なんだ、随分とちっちゃいな。これで俺が助かるのか?」

 そう言ってイアに視線を向けるが、イアは特に答える様子はない。どうやら彼女の思念のようなものはこの青年には届いていないようだった。

 黒に近い赤毛、整った顔立ちは精悍で、逞しさの中に確かな知性が見える。

 所々劣化しているがその服装は高級なもののようで、貴族か下手をすれば王族にも見える。

 その青年は立ち上がり、カナタを真っ直ぐに見据えて手を伸ばす。

「ともかく、来てくれて感謝する。ようやっとの助けだ、なんであろうと歓迎だ。俺の名はゲオルク・フォン・エルーシア・オルタリア。ここから北に行ったところにあるオルタリアの……まぁ、一応は王ってことになる予定だったんだがな」

「あ、どうも。えっと、ボクはカナタって言って、エトランゼです」

「エトランゼ……」

 そう言って一瞬、ゲオルクを名乗ったその男は顔を顰めるが、すぐに表情を元の穏やかなものに戻して、

「いや、すまん。エトランゼと聞くとついつい色眼鏡で見てしまう癖があるが……そりゃ駄目だな、妹にも何度も注意されていたんだが」

「と、とにかくよろしくお願いします」

 カナタはその大きな手を握ると、強い力で握り返されて大きく二度ほど二人の手が揺れた。

「ってゲオルク!? 王様!? オルタリアの!?」

 今頃になって、頭の名で先程ゲオルクが言った意味を理解し、驚きのあまり飛び上がる。

 その姿を見てゲオルクはまた愉快そうに笑って、握っていた手を離した。

「お、オルタリアを知ってるのか?」

「知ってるも何も……! エレオノーラ様とも知り合いですし」

「ほう。エレオノーラのか。確かにあいつはエトランゼ贔屓だからな。……それで、あいつは今どうなってるか判るか?」

「……それは、その」

 カナタはゲオルクに、彼が行方不明になってからのことを知っている限りを話した。

 先王が没し、その後をヘルフリートが継ぎ、彼が行った数々の暴虐。暴れ出した御使いに、目覚めた災厄。

 その内容は余りにも荒唐無稽過ぎて、ゲオルクは最初半信半疑だったようだが、カナタの態度を見てそれが自分を楽しませるための愉快な嘘でないことは理解してくれたようだった。

 ちなみにその間イアは二人が何の話をしているのかも判らず、蝶々を取って来てカナタに見せたりして、適度に話を腰を折ってくれた。

「……なるほどな。お前さんの話は正直なところぶっ飛び過ぎていてちょっと判らんところがあるが、俺がヘルフリートに命を狙われたのは事実だからな」

「そ、そうですよ! ゲオルクさん、じゃなくて……ゲオルク様はもう死んだってことになってて……」

「そりゃあそうだろうな。お前さんの話じゃ俺はもう何ヶ月も姿を見せてない。しかも最期に俺のことを見たのは、実の弟が放った刺客ってことになる」

「……それじゃあ、やっぱり」

 ゲオルクはさして気にした風もなく、強く頷いた。

 話に聞いてなんとなく判ってはいたが、やはりカナタとして実の兄に弟が刺客を送ると言う事態に、驚きを隠せない。

 エレオノーラの命を狙うことといい、果たして何故王位にこだわるのか、カナタには全く理解できなかった。

「色んな奴に迷惑を掛けちまったみたいだな。ここいらで一気に清算したいところなんだが」

「そうですよ! 早くこの樹海を出て、オル・フェーズに行きましょう。そうすれば……」

「行きたいのは山々なんだがな。言い訳に聞こえるかも知れないが、俺だって国のことは一瞬たりとも忘れたことはなかったんだぜ?」

 そう言って、ゲオルクはぼろぼろになった服を捲る。

 肌を曝け出すという突然の奇行に、カナタは反射的に顔を背けていた。

「なんですか!? 変態!?」

「違う違う。そんな趣味はないさ。事情を説明するより見てもらった方が手っ取り早いだろ?」

 カナタの隣にすすすと寄ってきたイアが、首を傾げながら、カナタの首に蔦を絡ませて向きを変えさせる。

 半ば無理矢理に視界に入って来たゲオルクの胸の部分を中心に、黒い渦のような染みが身体の外側に向けて広がっていた。

「……なんですか、それ?」

「ヘルフリートの奴は余程俺のことを仕留めたかったらしい。雇った暗殺者をどう説得したのかは知らんが、魔剣を使う奴がいた」

「魔剣って、確か普通の人が使うと危ないんじゃ」

 個人的には思いだしたくもない男ヴェスターはギフトによりその呪いを無効化できるが、それ以外の人間が魔剣を持つと強大な力を得る代わりにその呪いは使用者にも降りかかる。

「その通り! 散々追い回されて、傷つけられて、挙句の果てに魔剣を使った張本人が先に逝っちまったよ。俺もまぁ、かなり危なかったんだがそこは」

 イアに視線を向けて、手招きする。

 特に抵抗なくイアはゲオルクの隣にくっつくと、その頭の上にぽんと掌を乗せた。

「こいつが助けてくれたってことさ。俺はこいつの言葉は判らないからなんで助けてくれたのかは判らんが」

 イアに視線を送る。

『ナツカシイ、ニオイ』

「懐かしい匂いって言ってます」

「はははっ、なんだそりゃ? まあいいや、に言葉が判るなら伝えてくれよ。助けてくれてありがとうってな」

「イア。助けてくれてありがとうって、ゲオルク様が」

『カミヨノニオイ、スキ。イマノニオイ、キライ』

 今度はカナタが首を傾げる番だった。

「で、命を救われたのはいいがそいつが作ったこの聖域から外に出ると呪いが進行しちまうってことで、ここで助けを待ってたわけだ。そしてそこにお前さんが現れた」

「イア、なんでボクなの?」

『カナタスキ』

「それは嬉しいけど……」

 やはり複雑な理由を聞きだすのにはかなり無理があるようだった。

 そうなると自然と今後の行動についてはゲオルクと話し合うことになる。

「取り敢えずイアが助けてほしいことって、この人の呪いを解くことでいいのかな?」

 首肯。

『アト。コワイモノ、イル。マモッテ』

「怖いもの? あの大きい動物みたいな?」

 首を横振り、否定。

『モットオオキクテ、ワルイモノ。ココロヲウシナッタモノ。アレノセイ』

 彼女が指さした方向にあるのは、当然今いる建物の壁しかなかった。

 恐らく指し示しているのはその向こう、カナタにはその方向に何があるのかなんとなく判ってしまった。

 あの巨人。魔物達を凶暴化させるあれが、きっとイアに取って恐ろしいものなのだろう。

「判った。できるだけ護ってあげるけど……呪いも何とかしないと」

「心当たりはあるのか?」

「ボクの師匠的な人ならなんとなできるかも知れません。でも、うーん……。今は忙しいのかな?」

 取り敢えず困ったらヨハンを頼っておく。一人で悩んで先走ってもロクな結果にならないことは身に染みて判っていた。

「王の危機だぞ? 何とかしてもらおうじゃないか」

「そうするしかないですよね。それに王様がいれば戦いも終わるわけですし」

「その通り。理解が早いじゃないか」

「でも確実じゃないですよ。他に方法があるならそっちの方がいいかも」

「心当たりなんか他にはないぞ。……いや、待てよ。そいつは何か知らないのか? 俺じゃあ言葉が通じんからな、ひょっとしたら方法があるかも知れん」

「イア。なにかない?」

『アル』

 特に勿体ぶることもなく、淡々とその一言が返ってくる。

「本当! どうやるの?」

『イノチノミ。イアガウメル。ノロイトケル』

 それを通訳すると、ゲオルクは勢いよく立ち上がってイアの両手を掴む。

「そりゃ本当か!? ならさっさと作ってくれよ。まったく、言葉が通じないってのは不便なもんだ。こんなすぐ近くに解決方法があったってのに」

「イア。お願いできる?」

『ヤダ』

「なんで!」

『イノチノミ。ツクリカタワカラナイ』

 今度はそれをゲオルクに伝える。

 期待があった分反動も大きいのか、がっくりと肩を落として再びぼろぼろのソファに座り込んでしまった。

「……そんな甘い話はない、かぁ。いや、落ち込んでても仕方ない。取り敢えずはカナタ、お前に勅命だ。樹海の外に出てそのお師匠とやらを連れてくるんだ」

「はい!」

 気合いを入れて返事をする。

 何はともあれ、ここで彼を助け出せれば戦いの終わりに大きく貢献できる。

 カナタには難しいことは判らないが、本来王位を継ぐべきゲオルクが生きていることが判れば、これ以上争いを続ける人の数は減るはずだ。

 本来の王家に忠誠を尽くしているエーリヒなどは、きっと味方になってくれるだろう。

 勇んで出だそうとしたカナタの足に、イアが伸ばした蔦が絡み付く。

 それに突っかかって顔から床に倒れ込もうとしたところで、また別方向から幾つもの蔓が絡んでカナタの身体を空中でぶら下げるようにして留めた。

「なんなの!?」

『イッチャダメ。ワルイモノ、クル』

 ゲオルクに視線を向けると、彼は大きく溜息を付いて、

「一先ずはこっちの頼まれごとをやる必要がありそうだな」

「イア。その怖いものって、すぐ近くにいるの?」

『イル。キョウハコナイ。デモアシタハワカラナイ』

 そのことをゲオルクに伝えると、「なら、明日の夜までは待機だな」との達しが出た。

 何となしに窓から外を見れば、いつの間にやら夕日がすっかり消えて、辺りは夜の闇に包まれている。

 虫の声も昼間の喧しいものから、夜の何処か寂しげになくか細い声へと変貌していた。

 話も一段落したところで、全身が重いことに気が付いた。今日一日樹海を歩き通しだったのだから、そろそろ体力の限界が来ている。

「イア。ボクが寝るところある?」

『コッチ』

 くるりと蔦がカナタを絡め捕り、優しく持ち上げる。そのままイアに運ばれて、カナタはゲオルクがいる部屋から出ていく。

「俺はここにいるからな。何かあったら声を掛けてくれ!」

「はーい!」

 元気よく返事をしながら、イアによって輸送されていくのだった。

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