第四節 アニメ談義

「英雄と言っても、期間限定のようなものではあるがな」

 この場にいない男は、トウヤに誘いかけた後にそう言葉を続けていた。

 今トウヤが歩いているのはオル・フェーズのとある区画。貴族街からは遠く離れ、人の通りが多い大通りからも外れた場所にある寂れていた地域だった。

 それが過去形な理由としては、今この場所には多くの人が集っている。ヘルフリートによる重税によって家を追われた人々は、この場所に集まって生活を続けていた。

 まともな家もろくに立っておらず、何らかの災害でもあったのだろうか、そのまま修理されていない崩れかけた建物や強い風が吹けば飛ばされてしまいそうなテントの中で人々は暮らしている。

 道端には倒れている人は果たして寝ているのかそれとも死んでいるのか、それを確かめる勇気はトウヤにはなかった。

「……英雄か」

 ルー・シンの問いにトウヤは「なれるものならば」と答えた。

 別に誰かに認められたいわけではない。地位や名誉が欲しいわけでもない。

 ただ、英雄と呼ばれたあの少女に近付きたかっただけのことだ。あの男の甘言によってそれが成されるかどうかは正直なところ半信半疑ではあるが。

 それでも、現状を何とかしなければならないというお互いの気持ちに偽りはないと、彼を信じることにした。

 そうして既に三日ほど時間が経っている。ルー・シンの指示によりエトランゼとラウレンツが率いる部隊はオル・フェーズ領内でゲリラ戦を展開、相手の物資を奪うことで戦力の低下を図っている。

 作戦は上手くいっている。あくまでも表面上は。だからと言って勝利を確信できるほど事態を楽観する気にはなれない。

「……何やってんだろ、俺」

 そんな呟きが出てしまう。

 イシュトナルはどうなっただろうか?

 巨人の出現により、戦いは滅茶苦茶になったと聞いた。

 ヴェスターは殺しても死なないだろうが、他の人がどうなったのかは心配でもある。

 幾つもの顔が浮かんでは消えていく中、やはりトウヤの心の中に最後までとどまったのは、あの少女だった。

「……カナタ」

 もう随分と彼女と会っていない、声を聞いてもいない。

 いつもの能天気な顔が、不思議と頭から離れない。

「くそっ、俺は……!」

 地面を蹴飛ばそうとして、脚を止める。

 見れば石畳の舗装が剥がれ、そこから露出した土から一輪の花が咲いている。

 別段、普段から自然に対して配慮をしているわけではない。むしろトウヤの持つギフトはそれを破壊することに掛けては大得意と言ってもいい。

 それでも、ここで健気に咲く花を踏み躙る気にはなれなかった。

「ちょっと、そこの御仁」

「誰だ!」

 振り返りざまに剣を抜いて、それを相手の首もとに突き付ける。

 油断していたとはいえ、背後からこうまで接近を許すとは、不覚だった。

「ひいいぃぃぃぃいいいい! 殺さないで欲しいでござるよ! せ、せせせせ、拙者は見ての通りなんの害もない男でござるぅ! オタクは別に犯罪者じゃないでござる!」

 片足を上げて、後退りそうな奇妙なポーズで、太った男が固まっている。

 脂ぎった顔にぼさぼさの髪。頭には何故か巻かれている白い鉢巻はバンダナのつもりなのだろうか。

 取り敢えずその怪しさ全開の男は、片足でピョンピョンと跳びながらトウヤと距離を取って、改めてキメ顔を作った。

「おぬしがイシュトナルからの使者でござるかな?」

「イシュトナルからの使者?」

「あれ、違かったでござるか? 昨日届いたお手紙にはそう書いてあったでござるが」

 ぺらりと渡された紙には確かに、走り書きでそう書かれていた。文字は日本語だが、所々のたくっていて、誤字もある。多分、これを書いたのは日本人ではない。

「ここでイシュトナルの使者と合流できるから待てと書いてあるでござるよ。日系人を寄越すってあるし、多分おぬしでござろう?」

 ここでようやく、トウヤは今日ここに来た目的を思い出した。

 ルー・シンに言われてここにやって来たのだ。目的を同じくする組織の長と会う約束を取りつけたと言っていたが。

「……じゃあ、お前がその超銀河なんとか団の?」

「そう! 超銀河伝説紅蓮無敵団の団長代理でござるよ。イシュトナルのヨハン殿とはご贔屓なお付き合いをさせてもらってるでござる」

「……本当かよ?」

 目の前のこの男を一目見て疑ってしまったのは自分の所為ではないと、トウヤは思いたい。

「酷いでござる! やっぱり君のようなリア充っぽい男は見た目で拙者達を判断するでござるね! 忘れはしないあの日の帰り道、拙者は迷子の女の子に声を掛けて、ご両親を探していただけだと言うのに無駄な正義感を滾らせたあの体育教師のような男は……!」

「いや、ちょっと待ってくれよ!」

 その話はそれ以上聞いてはいけない。悲しくなってしまいそうだから。

 そう思ってトウヤは、慌てて目の前の男の言葉を遮る。

「超銀河なんとか団の団長ってのは認めるよ、認める。でも……」

 本当にこの男と、そのふざけた名前の軍団の力をルー・シンが必要としたのだろうか?

 幾ら何でもお互いに違いがあり過ぎる。まさかトウヤをからかっているということもないだろうが。

「ふっふーん。心配せずともルーたんとは以前も一緒に仕事をしたことがある仲でござるよ。あ、その時の話聞きたいでござるか? うーん、仕方ないでござるねぇ、話してあげるでござるよぉ」

 ねっとりとした口調で話し始める男。すぐにでも止めたいが、止める理由が思い浮かばない。ルー・シンにここに来いとは言われていたが、具体的に何かをしろと言う指示はなかった。

「そしてその時、拙者のギフトによって放たれた眩い光が彼女を襲う! しかし、拙者は寸止め! 何故かってそれは簡単、可愛い女の子の顔を傷つけるぐらいなら、拙者は神様にだって喧嘩を売る男でござるからねぇ」

 どうにも男の話によればルー・シンの依頼を受けて行き違いになった際、光のギフトを持つ女の子と戦うことになって、後一歩のところまで追い詰めて、今話した展開になったようだった。

「……で、その女の子はどうなったんだよ?」

「んー? さあねぇ、拙者は普通にしてるだけで多くの女の子を虜にしてしまうでござるからねぇ。他にももう一人可愛いロリっ子魔法少女にも言い寄られて大変だってござるが」

「嘘くさ」

「がびーん! 嘘じゃないでござるよ!」

 幾ら何でも話が出来過ぎてると言うか、そんな漫画みたいな展開がそうそうあるわけもない。全部否定するほどではないが、少なくとも内容に何らかの盛りがあるのは間違いないだろう。

「だいたいさ、その神様にだっての下り、アニメの台詞だろ? 鉄腕のアルケミスト。俺見てたから知ってるよ」

「なんとぉ! 鉄アルを知っているでござるかぁ? それは僥倖、拙者遠いこの地に来て初めて知己を得たでござるよ!」

 鉄腕のアルケミストとは、向こうの世界にいたときにやっていたアニメである。トウヤは別段、アニメを好んでみるようなタイプではなかったが、それだけは中学生の頃から追っていたのもあって単行本も全巻揃えるぐらいには好きだった。

「そ、そ、それで鉄アルの何編が一番好きでござるか?」

「んー……。俺が読んでたところまでだとあれかなぁ、天空城編」

 そう言ったとたん、トウヤの手ががっしりと目の前の男に掴まれた。

 両手で包むようにトウヤの手を握り、目の前まで持ってくると男は何かに祈るように頭を下げた。

「同志よ! 拙者もずっと天空城編のストーリーは秀逸だと言い続けていたでござる! 仲間の裏切りから始まるハードな展開、そして今までにない強敵、次々と倒れていく仲間達! 確かに途中だるいのは認めてやってもいいでござるが、それがあってこそのあの結末、そして新たな旅立ちへの……」

「ちょ、ちょっと落ち着けよ!」

「これが落ち着いていられますか! いいですかな、少年。拙者はこの遠い世界で初めて天空城編が好きという仲間に出会えたのでござるよ! その辺りの軟弱なオタク共と来たらやれストーリーが暗いから嫌だとか、やれ展開が遅いだとか、過去編が長いだとか……奴等には芸術を愛する心がないのでござろうか!」

 果たしてそんなものだろうか?

 トウヤの周囲では特に何事もなく普通に受け入れられていたような気がする。別段、雑誌で連載しているときもだから読むのをやめたような声は聞かれなかったし。

 トウヤは知らぬことだが、それが一般の意見とインターネットの悪意の違いというやつでもある。

「いやぁ、鉄アル好きに出会えるとは今日は良い日でござるなぁ。で、おぬし名前は名前は何でござる? ハンドルネームでもいいでござるよ?」

「ハンドルネームなんかないよ。俺はトウヤ、そっちは?」

「アツキでござる。同じ鉄アル好きとして、ヨロシク」

 にかっと笑うがなかなかに気持ち悪い。それを口に出すほど非道ではないが。

「早速交友を深めているようで何よりだ」

 声がして、二人はその方向を振り向く。

「遅いぞ、ルー……シン?」

 長身痩躯に怜悧な風貌。一見すると氷のようなその男は、声がした通りにそこに立っていた。当然、幻術の類を使われたわけではない。

 ただ、トウヤが言葉を失ってしまったのには理由がある。それは彼の足元にしがみつくように立っている、小さな女の子のことだ。

「ぬほおおおぉぉぉぉぉぉぉ! 幼女でござるうううぅぅぅ! ルーたん、いったいどこで誘拐してきたんでござるかぁ!」

「人聞きの悪いことを言うな。そして大声を出すな」

 アツキの声にその女の子はすっかり怯えてしまったのか、ルー・シンの後ろに隠れてしまう。トウヤからすればその男の方がアツキよりもよほど得体が知れず恐ろしいが、彼女の気持ちまぁ、判る。

「すまぬな。予定より遅れてしまった」

「……それって、その足元の子が理由か?」

「そう言う時は思っても口にしないことだ。紳士でありたいのならばな」

 柄にもなく気取った口調で、そう注意される。格好付けているというよりは、彼女に非難されたと思わせないためなのだろう。

「話の盛り上がりから既にお互いに判っているだろうが、一応言っておく。トウヤ、こちらがアツキ殿と言って超銀河なんとか団の団長代理をしている」

 果たして何の略称か判っているのかいないのか、さらりとその名を言ってのける。

「そしてアツキ殿。こちらがトウヤ少年。……新たな英雄候補だ。期間限定のな」

「そうだよ。聞きたかったんだ、それってどういう……」

「で、アツキ殿。ここ数日の貴殿の働き、実に見事なものだ。真、心服させられる」

「い、いやぁ、拙者はそれほどでも……。ルーたんこそ、オル・フェーズの食糧庫を片っ端から襲って食べ物を奪っているようでござるな? それさえあれば拙者達の食糧危機も解決されるでござる。既に二日ほど何も食べていない人もいて……」

「ふむ。それは問題だな。では、一先ずは案内してもらおう」

「こっちでござる。いやー、本当に、捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったものでござる。拙者達を救ってくれる人がいるとは……」

 アツキの話を聞き流しながら、ルー・シンは彼の横を歩いていく。その足元には相変わらず女の子がちょこちょこと付いて回り、トウヤはその後ろを慌てて追いかけた。

「……ところで、ルーたんは見てないでござるか? 鉄アル?」

「知らんな」

「じゃあ、何かアニメとかは……」

「……超電磁合体ボルト・セブン」

「あー! 確か何処かの国で大人気だった昔のロボットアニメでござるね!」

「あればかりはな。そんなものを見る年ではない自覚はあったが、級友も親ですらも家事を忘れて見入るものだから、ついな」

「うーん。ボルトセブンは子供にはハード過ぎるストーリーでちょっと国内では売れなかったでござるよ。それで、ルーたんはどうでござった?」

「――好ましい話だったよ」


 ▽


「今のはどういう意味でござるか!」

 アツキが管理する、エトランゼ達の生き残りが身を寄せ合い、どうにか生活をしている区画。

 広場のような場所にテントが並び、そこでようやく僅かばかりの安寧を手に入れたエトランゼ達の中心で、そこを護っていたはずの人物、アツキの怒声が響く。

 その正面に立ち、彼の言葉が凪の如く受け流しながら、ルー・シンはもう一度アツキが激昂する原因となった一言を吐いた。

「食料や医薬品が欲しければ戦力の提供を要求すると言った」

「足元を見ているつもりでござるか?」

「何のことはない。ただの交換条件だ。お互いにとって利のある話だと思うが?」

 ルー・シンの足元には、相変わらずリーゼロッテがしがみついている。アツキが声を上げた所為でますます怯えてしまい、その場から動けないでいる。

 一緒にいたトウヤも、彼の怒りの形相には何も言えなくなってしまい、どちらの味方をすればいいのか判らない様子だった。

「ここにいる人達はオルタリアによって理不尽に奪われ、虐げられ、挙句に訳も判らず殺されそうになって、ようやくここまで逃げてきた人達だ! この人達を助けるために、拙者達も多くの仲間が犠牲になった!」

 周囲にはアツキの声によって、どう見ても堅気ではない格好をした者達が集まりつつある。彼等が元々、団長であるグレンと言う男が集めた超銀河なんとか団の団員達だ。

 その大半はエトランゼではなく、言ってしまえば社会から弾き出された連中の集まりであるとも言える。それが国と言う社会が崩壊仕掛けた時に頼られるというのは、なんという皮肉だろうか。

「そうだろうな。団長代理殿。グレン殿はどうした?」

「……団長は……、行方不明なだけでござる。きっと、いつか帰ってくるでござるよ」

「それは結構。ではやはり、この場で方針を決めるのは貴殿のようだ。……それで、できれば手早く返事が欲しいのだが?」

「この人達を見ても、そんなことが言えるでござるか?」

「――ああ、そうだな」

 ざっと辺りを見る。

 なんとか団の団員の外にはエトランゼが数十名ほど。ヘルフリートの追っ手を振り切ってどうにか逃げてきた、元々は貧民街に住んでいた者達だ。

 他にもエトランゼ以外にも多くの人がいる。どうやらここに流入してくる民達の数は、日ごとに増えているようだった。

「わざわざ殺されやすく一ヵ所に集めてやるとは、ご苦労なことだ」

 反射的に、アツキの手がルー・シンの胸倉に伸びる。

 首の辺りを締め付けられながら、流石に今のは失言であったと反省した。

「お、おい。アツキさん」

「……あんたは、人の心がないでござるか?」

 トウヤに止められて、アツキが手を離す。

 襟元を正しながら、ルー・シンは答えた。

「あるとも。だから生き延びるために最善を尽くしている。手前に言わせれば、ここでこうして何もせずに死を待つことに何の意味があるのか判らぬ。或いは、貴殿等はそれが人らしい死に方とでも言うつもりか?」

 ルー・シンは決して死が尊いものなどと思っていない。

 どれだけの誇りを持っていようと、本人の中に如何なる理由があったとしても、死んでしまえばそこで終わりだ。何も成せはしない。

「……拙者が戦うのは別に良いでござる。だからせめて、それでここの者達の生活を」

「それはできぬ。手前等とて慈善事業でもなければ決して余裕があるわけではない。むしろ、事態は楽観できぬのだから」

「でも、こうなったのは拙者の所為でござる! もし早く決断して、みんなを連れてオル・フェーズの外に逃げていたら……! あの巨人に怯えて、オル・フェーズの中でやり過ごそうとしたから!」

 ヘルフリートが結界を張り、結果として脱出は不可能な状況へと陥ってしまった。

 だが、その判断は決して間違っていはいない。得体の知れない巨人と、それが引き連れる軍勢が国内に跳梁跋扈している状態で街の外に出れば、下手をすれば今よりも悪い状況なっていたことは想像に難くない。

「それは不可能だ。貴殿の協力は必要だが、それだけでは足りぬ。圧倒的にな」

「でも……!」

「でもも何もない。話を簡略化して判りやすく言うとしよう。選ぶ道は二つだ。協力し万が一の勝利に賭けるか、何も選ばずに諸共に死するか」

 アツキにしても、ここにいる者達にしても、一方的に傷つけるつもりなど毛頭ない。共に傷つき、戦う仲間を求めているだけのこと。

「庇護はできぬ。そんな余裕はない。……ボルトセブンを見たことがあるか?」

「……あるでござる」

 ハッとした顔で、アツキはそう答えた。

 そのアニメは日本でも一部のマニアの間で人気を博している。

 子供向けでありながら圧倒的に暗く、ハードな展開が続き、最終的に主人公達は救われるのだが、その道中は悲惨な戦いが続く。

 中でも視聴者達に衝撃を与えたのが、侵略者に対抗する力があるからと無理矢理に戦わされる主人公達のその姿だった。

「残念なことに、手前は彼等のようにはなってやれはしない。自己犠牲、物語としてみれば美しいかも知れんが、実際にやってみればあれほど醜く愚かなこともない。喜んで死にに行くその姿も痛々しければ、それらに責任を押し付けてのうのうと生きる者達のなんと無様なことか」

 彼等は超人だった。だからこそ侵略者達と戦うことができた。

 ルー・シンは違う。エトランゼがギフトと呼ばれる力を持っていても、花を操る程度の大した役にも立たない力だ。

「選び、掴み取れ。ここで死ぬか、それとも生きるために共に足掻くかを」

 答えは出ない。出るわけがない。

 自らの意思決定で多くの人を死地に送るなど、簡単に結論が出せていいはずがないのだ。

 ましてや目の前の男はそれに怒りを覚える、優しい男なのだろう。優柔不断にも見えるが、彼によって救われた者は決して少なくはないはずだ。

 とは言え、決して与えてやれる時間は多くはない。

 離れたところから馬の蹄の音が響き、その後に続いてルー・シンの元に飛び込んできたのはラウレンツの部下である一人の兵士だった。

 彼は馬上から降りることもせず、焦った様子で捲し立てるように喋りはじめる。

「報告です! ラウレンツ様の部隊が、ヘルフリートの親衛隊に捕捉されました! その戦闘力は凄まじく、現在は防衛に努めていますがこのままでは……!」

 突破されるか、敵の増援が来て一気に叩き潰されるか。元々、一ヵ所に留まって戦うということは一番やってはならないことだ。寡兵な分、常に足を動かして敵を攪乱し続けなければならない。

 口で言うのは簡単だが、実際に敵と戦いながらそれができるかと言えば難しい。ラウレンツの手腕と実力があったからこそ今日まで被害も少なく戦えていたのだろう。

 そして今日、遂に限界が来た。いよいよ親衛隊が本格的に動きだしたのがその原因だった。

「そろそろかと思っていたのだ。ラウレンツ殿との打ち合わせは済んである。例の場所に誘導する手筈になっている。貴殿には作戦はそのまま行くと伝えてもらいたい」

「承知しました!」

 返事をするや、すぐにまた馬で駆けていく。

 舞い上がる砂埃に目元を抑えながら、ルー・シンは改めてアツキを見やった。

「では、結論を纏めておいてくれ。手前が戻り次第、答えを聞かせてもらう」

 それが与えてやれる最大限の猶予期間。その間に彼は答えを出し、覚悟を決めなければならない。

「それから勝手で申し訳ないが、こちらの令嬢を少しの間頼む」

 肩に手を置いて、優しくリーゼロッテの身体を押しだす。

 不安そうに背中越しにルー・シンを見つめる彼女で、できるだけ不安にならないような表情を作る。作り笑いは苦手なので、どんな風に取られたかは定かではないが。

「すぐに戻る。ここで待っていろ」

 リーゼロッテは頷いた。これからルー・シンが戦場に行くこと、そして自分はそこでは足纏いになることが判っているのだろう。

「さて。トウヤ」

「……なんだよ?」

 言わずとも、戦いに駆り出されることは判っていたのだろう。その声には充分に気合いが籠っており、戦う準備はできている様子だった。

「約束通り、英雄になりに行くとするか」

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