第四節 八つ当たり
紫色の靄の中、今日は誰にも使われておらず無人の兵士達の訓練場で、二人の少女が対峙している。
柵に囲われた広い空間の外側にクラウディアを立たせ、ラニーニャは円の中心部付近で目の前に立つ竜の力を持った少女を睨んだ。
「ここまでついて来てなんですけど、本気ですか?」
「本気も本気。やっぱり仲を深めるには河原で殴り合いって、昔から決まってるじゃん」
「知ったこっちゃありませんね」
突然のイブキからの提案は、ラニーニャに一対一での模擬戦の申し込みだった。
彼女の真意が掴めないままここまでついて来たのだが、この期に及んでもまだその意図を読むことはできない。
「まー、ラニーニャさんも強くなったギフトを試してみたいとか、片目でどれぐらいやれるのかとか色々確かめたいこともありますし、強い相手とやれるのは願ったりなんですけど」
両手をだらりと下げて、いつでも剣を作れるようにしているラニーニャとは裏腹に、イブキはぐぐーっと身体を伸ばしてストレッチのようなことをしている。
「晩ご飯のお肉は、竜の肉で決定ですね」
「あははっ。強気で結構! じゃあ、やってくれるってことでいいんだよね?」
「そのつもりがなければここまで来ませんよ」
珍しい二人の立ち合いに、別の場所で訓練をしていた兵士達も次々と集まって来ている。そして自分達が今まで使っていた武器をその辺りに放り出して、観戦を始めるつもりのようだった。
「さあさあ! どっちに賭ける? 今んとこあっちの青いねーちゃんの方がオッズは低いぜ!」
見れば声を張り上げているのは、全身包帯塗れの金髪の男だった。そこに兵達が殺到し、二人のどちらが勝つかで賭けが始まっている。
「……まったく、ヴェスター君は。大人しくしてるってことができないんだね」
オッズが低いと言われてやや不本意だが、相手が相手なので無理もない。
「では精々、ラニーニャさんに賭けた、みる目のある人に儲けさせてあげるとしますか」
「ふふん。簡単には行かないよ。……さ、準備完了」
最後に交差した腕を伸ばして、イブキがそう宣言する。
「では、さようなら」
一閃。
ラニーニャの姿は瞬きする間にイブキの目の前にあり、彼女が戦闘形態を取る前に以前よりも精度を増した水の刃を振り抜いていた。
「うわっと……!」
イブキが後退り、それを避ける。
ぎりぎり、首の皮一枚の間合いで彼女が回避したことに、ラニーニャは顔を顰めた。
飛び散る水滴を潜るように、ラニーニャは更に距離を詰める。
「待った待った待った! まだあたし変身してないんだけど!」
「知ってます。変身させたら負けますから。賢いラニーニャさんはその前に決着を付けるつもりなんですよ」
どうして相手が全力を出すのを待ってやらなければならないのか。ラニーニャの戦いはいつも相手の死角を突き奇襲する、それに尽きる。
「すっごい早口……ぐっ!」
追撃の刃を避けたところで、ラニーニャの回し蹴りがイブキの脇腹にめり込む。
痛みに耐えながらイブキはその足を掴むと、放り投げるようにして一気に距離を取った。
「この程度で」
一瞬よろけながらも、ラニーニャは驚異的なバランス感覚であっという間に態勢を立て直す。
イブキは未だ竜化する隙を貰えず、絶えず繰り出される彼女からの斬撃に対してただ避け続けることしかできないでいた。
「この、ひらひらと!」
竜化されるわけにはいかないと、自分には固く言い聞かせてある。そうなれば恐らく、ラニーニャに勝ち目はない。
「へへっ。体術ならちょっとは自信あるんだよねー。ほら、ギフトに頼ってばっかりじゃ駄目でしょ」
反対にラニーニャの手首を掴んで動きを止めようとイブキが腕を伸ばすが、それは彼女自慢の速度でするりと避けられた。
イブキはそう言ったものの、ギフトを使わない体術では流石にラニーニャに分があるのは確かだった。
「もう一手」
右手だけでなく、左手にも水の刃を握り込む。
イブキが距離を取ろうとしたところを、左手の刃が退路を塞ぐ。
「今更ですけど、殺す気で行ってますから」
「別にいいけど、よーくん怒るよ、多分」
知ったような口を叩く彼女が更に気に入らない。
「その時は貴方の国の文化である、ジャパニーズ・ドゲザをして許してもらうまでです!」
サムライ気分でやればきっと許してくれるはずだ。
「それ現代文化じゃないからね!」
完全に捉えた一撃は、イブキの腕を斬り落とすことができない。
間一髪で、彼女のその部分だけが人のものではなく、深い青色の鱗を纏っていた。
「……硬いっ!」
「そりゃあね、硬さが自慢ですとも!」
もう片方の手も、既に変化を遂げている。
振りかぶられた腕は、最早それだけでも破壊と暴力の塊だった。
剣を交差させて受け止めようとして、すぐに判断を切り替えてラニーニャは後ろに飛ぶ。
彼女が一瞬前までいた場所を、防御ごと粉砕できるような勢いで両腕が通過していった。
そしてイブキと離れたところに着地したラニーニャに、数秒遅れて空気と雨粒が横殴りするように通り抜けていく。
「へへっ」
してやってりと、イブキが笑う。
それにつられたわけではないが、してやられたというのにラニーニャの口元にも笑いが浮かんでいた。
「距離、とーった」
角が生える、身体の大部分が鱗に覆われる。
瞳孔が変化し、人のものではなく黄金色の、爬虫類じみた形へと。
そして最後に一対の翼と、身長と同じぐらいの長さの尻尾が後ろ腰から生えて、それがぬかるんだ地面を叩いたところで彼女の変身は完了した。
唾を飲む。
プレッシャーが尋常ではない。これから御使いと斬りあう方がまだマシと言うものだ。
「あたしのターン、かな?」
地面が爆ぜる。
別になにかをしたわけではなく、彼女が大地を蹴っただけで、足元が抉れるほどの衝撃が大地に伝わっていた。
寒気を感じて、ラニーニャが身を躱す。
真っ直ぐ突っ込んできたイブキはそのまま曲がることもできずに、ラニーニャの少し後ろの辺りに小さな跳躍からの拳を叩きつけた。
その振動が大地に伝わり、土が抉れ、巻き起こった土砂が散弾のようにラニーニャに襲い掛かる。
大きな礫だけを斬り払いながら、呆気に取られていたラニーニャは直ちにその背後に対して斬りかかった。
振りかぶられた拳は空を切る。
その懐にまでもぐりこんだラニーニャは下から上に斬り上げるように刃を振るうが、服の下にある肌は既に女の柔肌ではない。
斬り込みが浅い。致命傷どころかまともなダメージになっているとすら思えなかった。
「全っ然、効かないなぁ!」
「まだまだぁ!」
全力で前蹴りを放って距離を取ろうとするが、竜化した彼女はそれまでの華奢な印象とは異なり、ラニーニャの力では全く動きもしない。
「体重重っ!」
「その言い方やめて!」
ならばと今度は上に飛ぶ。
イブキの身体を蹴り上げて、頭を飛び越えてその背後に。
そのがら空きの背に一撃を叩き込んでやる。
「すっごい! 元々は軽業師かなんか?」
「いいえ。ごく普通の美少女学生でした」
「……自分で言っちゃううんだ。友達少なかったんじゃない?」
その背中に刃を突き立てようとしたところで、ラニーニャを衝撃が襲う。
吹き飛びながら何事かと確認すると、すぐに自分に襲い掛かって来た物の正体は明らかになった。
彼女の腰から伸びる尻尾が、別の生き物のようにうねり、鞭の如くその身体を打ったのだった。
イブキは即座に追撃を掛けようとしたが、それは叶わない。
尻尾の当たりが浅かったのもあってか、ラニーニャは吹き飛ばされながらも水で生み出した短剣を二本投擲していた。
それがちょうど振り返った彼女の身体に突き刺さって、動きを鈍らせる。
竜の鱗を貫いて赤い血が流れたのを見て、ラニーニャは口元を綻ばせた。どうだ、まさか傷をつけられるとは思っていなかっただろうと。
「少ないどころか、いませんでしたよ」
「あ、そ。なんかごめんね」
「余計なお世話です」
距離を詰め、回転するように斬り込む。
やはり瞬発力ではラニーニャの方が勝っているのか、イブキはその初動の動きを止めることはできなかった。
「別にいいんですよ。そもそも友達がいた方がいいなんて、直接的に人と会わなければ何かができなかった前時代的な考え方ですから」
「そうは言うけどさ」
無数の刃を捌き、ある物は身体で受けながらイブキは反撃に手を伸ばす。
得意の斬り込みでまともに傷を与えられなかったのは、小さくないショックだ。それでも動きを止めるわけにはいかない。
そんなことをすれば即、死が待っている。
ラニーニャは風に揺れる鳥の羽のようにそれを避けて、地面に溜まる水を次々と武器へと変化させてイブキに突き立てる。
一見すればラニーニャが連続で攻勢しているように見えるが、事態はそれほど簡単ではない。
「インターネットを初めとした様々な情報媒体が氾濫する情報化社会で、近くに住んでいるというだけの理由で気の合わない人間と仲良くしなければならないなんて、ナンセンスです。友達ぐらい、広い世界から自分で選べばいいんですよ」
「いや、でもここって前時代どころじゃないけど、大丈夫なの?」
「今は!」
一瞬だけ、ラニーニャは後ろを見た。
二人の戦いに熱狂する兵達の間で、心配そうに手を組んでこちらを見つめる親友を。
彼女のために、こんな馬鹿なことをやっている。半分ぐらいは。
そうでもなければこんな化け物と誰が死合うものか。こっちの剣で、それも金属すら斬る自慢の水の刃で斬りつけても、相手は傷一つ負わないのだから。
二振りの刃が、イブキを弾き飛ばす。
よろけた彼女にすかさず、ラニーニャは更に攻撃を加えていく。
たまらず撤退しようとしたイブキの動きが止まる。
地面に溜まった水が、ラニーニャが手を触れていないにも関わらずまるで生き物のように動いていた。
そこから伸びた鎖が、イブキの両手に絡まるようにして拘束していた。
新しいギフト、フェイズⅡと呼ばれるその力を試したみたいと言う本音もある。
「親友がいます」
「よかったねぇ」
「だから、貴方が気に入らないんですよ。ラニーニャさんの親友に、悲しい顔をさせました!」
「それはまぁ、ごめんね!」
鎖が引き千切られる。
鋭い踏み込みからの二刀も、イブキの身体を傷つけることはできたが致命傷には至らない。
これでもまだ駄目か。
「本当に、気に入らない。貴方がいなければ、よっちゃんさんが馬鹿なこと考えてあんなところに行かなければ!」
無力さを噛みしめることもなかったというのに。
そんな八当たり同然の言葉を飲み込みながら、ラニーニャは攻撃を続ける。
歯車が狂った。
あの時、あの場所から何もかもがおかしくなってしまった。
それは水面下にずっとあって、目に触れていなかっただけなのかも知れない。いつかは何らかの形で現出していたとしても。
どうして、お前が引き金になったのかと。
何故、自分はそこに居合わせてしまったのだと。
そして。
なんで、こんなにわたしは弱いのだと、何度も思考が反復する。
もっと強ければ、あんな悲劇は怒らなかったのに。格好良くアーデルハイトを助けて、誰も傷つかずに無事に帰還できていたかも知れないのに。
「挙句、挙句に!」
左腕が遂に捕まる。
イブキが力を込めて握ると、それだけでミシミシと骨が軋みを上げて、たまらず握っていた水の刃が単なる水滴となって雨に交じって落ちた。
「ごめん、強いの行くからね」
ぱっとイブキが手を離す。
そのまま身体を半回転。勢いを乗せた尻尾でその身体を叩く。
ラニーニャは弾丸のように吹き飛んで、地面に手をつくも勢いを殺しきれずに雨に濡れた訓練場を転がる羽目になった。
「こんなのばっかり……!」
そうして戻って来たお前は、どうしてこんなに強いんだ?
今、手加減された。
あのまま左腕を握ったまま、いや握らずともいい。
拳を打ち込んでいれば確実に一撃でラニーニャは戦闘不能に追い込まれていた。
「……強い、本当に強い。貴方が必要だと、今のよっちゃんさんの傍にはいなくてはならないと思ってしまうほどに、強い!」
「うん。強いよ、あたしは。それによーくんの傍にいる。だから安心して」
「やです、嫌です。絶対に拒否します」
それは子供の我が儘にも劣る。
「なんで! 相当な分からず屋だなぁ」
「ぽっと出の、英雄で、顔がよくて、強くて、そんな何もかも持ってる貴方に全部持っていかれるのが我慢できない。それじゃあラニーニャさんはただのモブじゃないですか。背景一号じゃないですか!」
単なる恨み言だ。自分に正義はない。
ただムカつくからと、それ以上の理由はない。
キラキラした彼女が、大切に思われている女が、そして何よりもラニーニャよりも強いイブキが気に入らない。
「それ、大きな勘違いだからね。これまでよーくんを支えて来てくれたのは紛れもない貴方達。あたしはその役目を引き継ぐの、それだけのことだよ」
「なんで勝手に決めてるんです?」
「決まってるじゃん」
いつも通りに、彼女は笑う。
でもそれは、普段の人好きのする笑顔ではなかった。
もっと邪悪な、誰かを見下すような笑み。
「あたしの方が強いから」
頬が熱を持つ。
ぞくりと寒気が全身を走った。
理解した。うん、こいつは英雄なんかじゃない。
英雄と呼ばれていた、やっぱり強いギフトを持っているだけの一人の女だ。
この世界に来て、他の誰かよりも便利だったり強かったりする力を持っているから、それで調子に乗っているだけのことだ。
――ラニーニャと全く同じ類のくそ女だ。
「やっぱり貴方、嫌いです」
言葉とは裏腹に、彼女を理解した。
イブキの周りに、揺らぐように何かが現れる。
周囲の水が剣の形になり、何かに操られているかのように浮かび上がっていた。
「自分が弱い責任を人に押しつけないでよ、君も彼女も。情けないったらないよね。よーくんのことはあたしが引き継ぐってあたしが決めたの? 何か反論はある? あっても聞いてゲないけどね、自分より弱い奴の言葉なんて」
「……いい性格してますね、ザ・爬虫類って感じの捻じ曲がりっぷりが素敵ですよ」
「竜だよ。格好いいでしょ? 君もいい年して水遊びは卒業したら?」
「ほざいててください」
嫌いだ。この女はいけすかない。アーデルハイトのことがなかったとしても、多分絶対に仲良くなれない。
だと言うのに、もう不快感はない。
得体の知れないものに対する恐怖の混じった感情は消えた。
目の前には英雄と呼ばれる、ラニーニャが一生かかっても理解できないイカれた精神性を持つ異常者はもういない。
ただただ鏡に映った自分のような。
いや、更に言うなればラニーニャよりも幾らか世渡りが上手い、つまるところラニーニャが一番嫌いなタイプの女がそこに立っているだけだった。
浮かんだ剣が一斉にイブキに襲い掛かる。
同時にラニーニャも地面を蹴って、イブキに対して肉薄した。
「あの怪我で飛び込んでくるなんて正気!」
「正気ですとも。貴方に勝つためなら何でもしますよ。負けたら今世紀最大に悔しいですからね」
「その意地は素直に褒めてあげたいけどね」
「別に、貴方に褒められても!」
使い物にならない左腕を垂れ下げながら、隻眼の少女と無数の剣たちは絶え間ない攻勢をイブキに加えていく。
とはいえ竜の少女も負けてはいない。羽の一振りで剣を吹き飛ばし、拳を振りかぶってラニーニャを迎撃する。
無数の鎖に絡めとられて、身体には水の剣が突き刺さり、それでも竜の少女は止まらない。
明らかにレベルが違うギフト。ラニーニャのギフトが新しい段階に至ったことなど、彼女の前では如何に些細なことか思い知らされた。
「負けませんよ、絶対に」
「この状況でそれ言う?」
「ええ、はい。ラニーニャさんは無敵ですので」
「じゃあそれも今日で返上だね。あたしが引き継いであげよっか?」
「面白い冗談ですね。御使いに完膚なきまで負けた癖に。エトランゼの英雄とか言う恥ずかしい肩書を返上する方が先でしょうに」
「……口だけは達者だね。人の褒め方覚えれば友達できると思うよ」
イブキが地面を殴りつける。
水飛沫が舞い上がり、二人はその衝撃によって距離を離された。
「ぷは」
びしょぬれになった顔を拭うラニーニャ。
それと対峙するイブキは、いい加減に呆れたような顔をしていた。
「いやいや、凄いね。あたしとタイマンでここまで張りあえるなんて。そこは素直に驚いた。でも、ここまでだよ、いい加減殺さないように手加減しながら戦うには君は強すぎるかな」
「お、じゃあようやく本気解禁ですか?」
「……死んでも怒らない?」
まだ自分を侮るか。本気を出されたら負けるのは事実だが、それはそれでムカつく。
「死んだら怒れません」
「それもそっか。じゃあこっからは、何でもありってことで」
「へぇ。それはいいことを聞きました」
その一瞬、彼女がある方向を見たことに気がついた者はいない。
兵士達は皆二人の戦いに熱狂を忘れ、最早見惚れている。
ヴェスターですらも賭けの金を握ったまま、子供のような笑顔で観戦していた。
「じゃあ、行くよ」
ぶわ、と。
風が全身を打つ。
広げられた翼がはためいただけで、微弱な衝撃波が訓練場を薙ぎ払った。
その身体が舞い上がる。
「あー……飛ぶのはちょっと、卑怯じゃ」
「なんでもありって、言ったよね?」
ウィンクして見せるイブキ。
余裕たっぷりな態度を見て、ラニーニャの中で彼女のあだ名が空飛ぶ蜥蜴に決まった。冬になったら冬眠してしまえ。
そのまま上空に飛び上がり、真っ直ぐにラニーニャに向けて突撃を始めた。
「でも貴方って、やっぱりちょっとお馬鹿さんですね!」
高速で飛来するイブキの前に、切っ先を向けた無数の剣が生み出される。
腕を掲げたラニーニャの意志に従うように、雨粒達が集合してそのように形を変えていた。
「これはラニーニャさんのキャッチフレーズに、雨の日は無敵も付け加えないといけませんね」
「いや、君に馬鹿とは言われたくないんだけど!」
イブキにはそんなことは関係ない。
竜の少女はその身に水の刃を突き刺されながら、致命傷になるものだけを避けて、真っ直ぐに飛んできていた。
「なんて脳筋!」
「お互い様だよ!」
すぐ傍に翼を広げた竜が迫る。
上空からの風圧で、ラニーニャはすぐには動けない。
「あたしの、勝ちー!」
無慈悲に振り下ろされようとする竜の足。
そこに掛けられた力は、人一人を踏み潰すには充分な破壊力を秘めている。
上空から蹴りのように突きだされるその一撃を目の前にしても、ラニーニャの表情は絶望には染まらない。
むしろ先程イブキが見せたような、心底意地の悪い笑みを浮かべていた。
「今ですよ、クラウディアさん!」
誰が、お前のような化け物と同じステージで戦ってやるものか。
銃声が雨を斬り裂く。
兵達が投げ出した魔法銃の一つを手に取って、それを構える少女の姿が観客席にあった。
「そ、れは……! ズルじゃん」
「なんでもありって言ったじゃないですか? それに、ラニーニャさんとクラウディアさんは二人で一つ、一心同体の親友ですので。あれ、お友達が多いのに判りませんでした?」
風圧を貫くようにして、その弾丸はイブキの柔らかな脇腹に突き刺さる。
例え身体の半分以上を鱗に包まれていたとしても、まだ柔肌の部分がある。
ラニーニャがしつこいばかりに刻んだ斬撃によってそれをじっと見つめていたクラウディアは理解していた。
そして、一瞬の目配せは彼女にだけ届いていた。
「ラニーニャさんの、勝ちっ……!」
「へへっ、まだまだ!」
嘘だと、叫びたくなったが声が出ない。
そんな時間はない。あるのは妙にスローモーションに見える映像と、頭の中に過ぎる数秒先の自分の未来だけ。
イブキはそれでも崩れない。
態勢を崩しながらも、まだ攻撃の姿勢を取っている。
ラニーニャも最早退かず、限界にまで鋭さを高めた水の刃を振りかぶった。
圧倒的な実力差を見せられた。
だとしてもこれで負けてなるものかと、全力を込める。
一矢報いたい。この女が完璧でないと知らしめてやりたい。他ならないクラウディアに。
そして何よりも、弱さを知ってしまった自分自身に。
これは、今までのものとは違う。ギフトを最大限まで引き出した、竜の鱗すら断ち切る一太刀。
空気を裂き、雨の音も歓声も何もかもが聞こえない境地に二人は立っていた。
放つは世界を砕く必殺の一撃。
その間隙を塗って斬り裂くは、無形にして鋭利な全てを薙ぐ水流の剣。
そうして二人の少女の意地のぶつかり合いは、最終局面へと突入した。
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