第五節 開戦
イシュトナルからの迅速な行軍を行った結果、エレオノーラ率いるイシュトナル軍はモーリッツ達の軍が橋を渡る前にフィノイ河畔の要塞に辿り付くことに成功した。
エレオノーラの部隊は魔法銃と呼ばれる、火薬ではなく魔力で弾丸を飛ばす銃兵達百五十名。前線を固める歩兵三百名を率いてる。
対するモーリッツと聖別騎士団の連合部隊は千を超えている。ディッカー率いる別動隊に部隊を裂いた分、こちらが手薄になっていた。
それでも勝機はある。その理由の一つが、戦場をフィノイ河に掛かる橋に仕向けたことだ。
オルタリアの南北を分ける重要な交易路なだけあってこの橋は丈夫で、非常に幅広に作られている。馬車が数台横に並んでもまだ余裕があるほどだ。
逆に言えば、その程度の広さしかない。敵軍にどれだけの数がいようと一度に戦える人数には限りがある。
そしてエレオノーラがここにいる以上、相手はこちらが本隊であり、モーリッツ隊を撃破してソーズウェルに攻め上がるのを目的としていると判断するだろう。
「実際のところは違います。俺達が囮で、ディッカー卿率いる別動隊が敵軍を突破し、別の道からソーズウェルを攻める」
三階建ての砦の屋上から、橋の向こう、モーリッツの軍を眺めながらヨハンが説明する。
「そうすれば後背を突かれまいと、モーリッツは撤退を開始する。俺達はそこに追撃を掛ければいい」
「妾を囮に使った作戦か。ヨハン殿、大胆な作戦に出たな」
「現状の戦力ではそれが一番確実に相手の戦力を削ぎ落すことができる。数で劣るならば策で勝るしかない」
そこまで来て一つの懸念は、エーリヒの部下であるルー・シンと言う男の存在だった。
彼はとっくにヨハンの目論見には気付いているだろう。しかし、エーリヒの軍がこちらに増援を寄越す気配はない。
それはつまり、ルー・シンが例えこちらの考えを読んでいたとして、彼の自由に動かせる軍隊がないことを意味する。ましてや最大の指揮権の持ち主であるヘルフリートに意見することは叶わないだろう。
「作戦が成功したら一気にモーリッツの部隊を殲滅する。そしてソーズウェルを占領し、オル・フェーズまで一気に攻め上がる」
そう宣言するヨハンの態度は一点の曇りもなく、これから戦場に立つエレオノーラを安心させるには充分だった。
「……ヨハン殿」
それとは別に、エレオノーラの心中には一つまた違う不安がよぎる。
今までの彼とは決定的に違う。
以前の彼はこうまで積極的に攻めるようなことをはしなかった。オルタリアのことを考えれば、内戦の火が広がらないように努力をしていたはずだ。
それが今は、敵を倒し道を拓くことを優先としている。
勿論、エレオノーラの立場としてそれを否定するものではない。いずれヘルフリートとは決着を付けなければならないのだから。
魔物の大規模襲撃、それが頻発しているという事実に焦っているというのもあるだろうが、だからと言って積極的な交戦を繰り返せば国そのものが疲弊し、民達を護ることができなくなるのではないか。そんな懸念がエレオノーラの中にはあった。
そして何よりも、ヨハンをここまで交戦に駆り立てた理由はよく判っている。
彼女がいなくなってしまったこと。それが静かにヨハンの箍を外していた。
「姫様!」
階段を駆け上がって来たのは、ヨハンと一緒に来たエトランゼの英雄、イブキだった。
エトランゼの英雄であり名も知られた彼女は、本来ならばエトランゼの遊撃隊が所属する別動隊に参加すべきだったのだが、ヴェスターとの不仲を理由にこちらに協力することになっていた。
「敵が動きだしました。兵達の準備を」
彼女は目が効く。この距離からでも集中すれば、橋向こうの敵軍の動きを察知することができた。
「そうか。今行く。ヨハン殿」
「ああ」
「よーくん。ちょっとだけいい?」
「……判った。姫様」
「わ、判った。時は一刻を争う。できるだけ早く頼むぞ」
エレオノーラが階段を駆け下りていく。
足音が遠ざかってから、イブキはヨハンの横に並んで敵陣を見つめた。
「あのさ、よーくん」
「……なんだ?」
「えっと、あれ。うん、その、ごめん。色々迷惑かけて」
「そんなことか」
「そんなことって! ……だって、あたしが、あたしの所為で」
全て自分が悪いのだと、イブキは思う。
無謀なことを言いださなければ、ギフトを失うこともなかった。無様な生き恥を晒さなければ、あの子は無事だったかも知れない。
そんなものは結果論だと言われても、謝罪の言葉を止めることはできなかった。
「俺がお前に言いたいことは一つだけだ」
これまで何度も聞いた声だが、それはイブキが知っている彼のものとは少しばかり違っている。
絶大な力を持っていたころのヨハンは、こんな人間味のある喋り方をしていただろうか?
もっと機械的で、何処か冷たい印象を抱かせていた。もっとも、それに対して無遠慮に話しかけていたのは他ならぬイブキだったのだが。
「あまり無茶はするな。心配を掛けさせないでくれ。……今までも、これからもな」
「……それは」
一瞬で目に涙が溜まる。
申し訳なさと、嬉しさと、それを感じてしまう自分が恥ずかしくて、イブキはその場にいることができないでいた。
口元を抑えて一気に階段を駆け下りて、先に下に向かって行ったエレオノーラを追い越していく。
一人残ったヨハンは敵陣を見る。
そこに、これまで誰にも見せることのなかった表情を浮かべて。
「こんなところで立ち止まっていられない。俺は……」
▽
それから数時間後、フィノイ河に掛けられた橋を挟んで両軍は対峙した。
モーリッツ軍の先鋒を務めるのは聖別騎士団。彼等は命じられることなく、その位置を希望した。
迎え撃つイシュトナルは横に広がるように陣を張り、先頭を銃兵。その後ろに歩兵を配置。エレオノーラはその後ろで指揮を執る。
ヨハンは銃兵隊の先頭に立ち、敵陣を見つめている。
数は圧倒的に向こうが勝っている。この橋の上で押し留めることができな得れば一気に攻め込まれ、内部から崩される。
空気が張りつめた。
それが始まりの合図であると、音を通さずしても理解できる。
言い知れぬ緊張感が敵にも味方にも伝番し、それは程なくして最高潮を迎える。
張りつめた弓を射るような声が敵陣から響く。
「全軍、進め!」
よく響く、低い男の声だ。
それに従い、聖別騎士達が前進する。
死をも恐れぬ神に護られた兵達は、真っ直ぐに横並びに、こちらの前衛を打ち破ろうと進んできた。
「魔導師殿!」
味方の一人が叫ぶ。
「まだだ。まだ引きつけろ!」
魔導銃の射程、命中率はそれほどではない。弾幕を張ってカバーする関係上、相手を引きつけて撃たなければ意味はない。
平原で並べるには数が足りない。だが、ここは違う。
狭い橋の上、横に並べるのは三十人が精々。
鎧を纏った兵達の一糸乱れぬ足音が地響きとなって身体を震わせる。
恐怖か、それとも高揚か、戦場立てばその感情は入り混じってどちらも判らなくなっていく。
「……まだだ」
指示ではない。自分に言い聞かせる言葉だった。
相手は徒歩。その速度は決して早くはないはずなのだが、気を抜けばすぐに目の前にやって来ているような、そんな恐怖があった。
じりじりとお互いの距離が詰まる。
すぐ傍で聞こえる荒い息が、自分のものなのかどうかも判らない。
先頭を進む男の被る、顔全体を覆う兜の形がはっきりと見えた。
白銀の輝きが幾つも陽光に照らされるその姿は、まさに神の兵と呼ぶに相応しい。
そんな奴等の先頭を進む第一陣が、ようやく魔導銃の射程に入った。
「来た! 撃て!」
「了解! 撃て、撃て!」
断続して発砲音が響く。
魔導銃から放たれた鉛の弾が、真っ直ぐに敵の鎧に吸い込まれていく。
敵陣から悲鳴が聞こえた。
だが、それでも前進は止まらない。
彼等の強固な鎧は弾丸を弾き返し、その進軍速度は僅かに緩んだだけだった。
「交代!」
銃兵隊の隊長が叫ぶ。
第一陣が下がり、弾を込めて魔力が注がれた水晶を砕いて、次弾発射のための準備をする。
その間に前に出た第二陣が、再び発砲。
今度は先程よりも距離が近い。
鎧の隙間に当たり、また勢いのある弾がその頑丈な鎧を貫通して相手に痛手を負わせる。
例え鎧に当たったとしても、頭を撃たれた敵兵はその衝撃でよろめき、進軍を遅れさせた。
「怯むな、進め!」
相手の隊長の声に鼓舞されるように、白銀の兵達はそれでも歩みを止めることなく真っ直ぐに進んでくる。
予想よりも足止めの効果が薄い。これではすぐに喰いつかれてしまう。
「第三陣!」
「いや、銃兵達は下がれ! 歩兵隊、前へ!」
噛み疲れれば一気に食い破られる。それが銃兵隊の欠点だ。
遺憾ながら彼等の力を発揮しきることはできず、代わりに前に歩み出たのは歩兵隊だった。
お互いに銃の距離が終わり、次は弓の距離に到達する。
上空に放った弓が、お互いの味方を飛び越えて敵陣に突き刺さっていく。
そしてその応酬が終わるのと同時に、両軍の前衛部隊がぶつかり合った。
「ここを通すな!」
「気合で押しきれ!」
「我等が命は神の元に!」
祈りの声と、気合の叫びが混じりあう。
お互いの怒号と、剣と剣が合わさる音が急激に辺り一面に広がっていった。
銃声が人の命を奪う音ではない。もっと生々しく、人が死んでいく音が聞こえてくる。
「銃兵隊、第一陣」
ヨハンが指示を出す。
銃兵隊の隊長はその意味が判らずに、ヨハンの顔を見返した。
それでは味方に当たると、彼は言いたかった。
「構えろ」
「か、構え!」
指示のままに、銃兵隊が膝をついて構える。
橋の中腹でぶつかり合ったお互いの先鋒は、程なくして一応の決着を迎えた。
装備でも、兵の質でも、数でも勝っている。聖別騎士達の一部がそれを突破してくるのは当然のことだった。
「撃て!」
味方を突き破って現れたそれらに、魔導銃が火を噴く。
今度は先程よりも距離が近い。銃弾は確実に敵を撃ち抜き、これまで以上の打撃を与えた。
「後退! 歩兵第二陣前へ!」
重装備をし、槍を構えた兵達が進みでる。
巨大な盾を構えた彼等を盾にして、突破されることなく時間を稼ぐ。それは本来ならばモーリッツの本隊が出てきたときに使いたかった部隊だ。
「魔導師殿、このままでは支えきることが……!」
「判ってる。……少し早いが、切り札を使う。イブキ!」
「はーい!」
ヨハンが名を呼ぶと、味方の後ろからイブキが揚々と歩み出てきた。
その表情は溌剌としたもので、戦場に対する恐怖など微塵もない。
「頼めるか?」
「畏まり! ……よーくんの邪魔するなら、全部吹っ飛ばすよ!」
イブキの姿が変わる。
人のものではない、異形のそれに。
頭には角。背には一対の翼。両腕と足の先端は深い青色の鱗に包まれ、瞳は人間のものから金色の、爬虫類染みたものへと変貌していく。
竜人、とでも呼べばいいだろうか。
竜と人の間にあるような生き物が、一瞬にして目の前に立っていた。
「こ、これは……。エトランゼ、ですか?」
銃兵隊の隊長が驚きの声を上げる。
「そーいうこと。じゃ、後はあたしに任せて。前線を一気に押し戻してあげるから!」
▽
先頭を駆ける聖別騎士の一人は、後もう一息で敵の銃兵隊へと喰らいつけるところだった。
両隣には仲間が控え、神によって与えられた金属を鍛えられたとされるその堅牢な鎧はイシュトナルの雑兵達の剣も槍も通さない。
唯一の懸念である銃さえ封じてしまえば最早相手に勝ちはない。
「愚かなる者共。その魂を神の元へと送ってやる!」
剣を振り上げ、銃兵の一人に斬りかかる。
それを振り下ろし、次々と突入してくる兵達で相手の軍は総崩れとなる。そうなれば数で勝る自分達に負けはない。
そのはずだった。
兜の隙間から、何かが見える。
目を凝らしたそこにあるのは、女の顔だった。
その女の腕が伸びて、男の肩を掴む。力任せに振りほどこうとしたが、どれだけ力を込めてびくともしない。
そうしている間に、男の身体がふわりと浮かんだ。
そのまま抵抗することもできずに、その身体が橋の外へと軽々と放り投げられる。
まるで人形にそうするかのように、鎧を着た男を軽々と投げ飛ばしたイブキが、橋を踏み鳴らして、翼を広げて辺りを威嚇する。
「さあ。あたしは今日は気合充分。身体なんか残らないから、死にたくなかったらさっさと逃げてね!」
イブキが一歩踏み込みだけで、橋全体が鳴動する。
その身に宿った竜の力はまるで解放の時を待っているかのように彼女の精神を高揚させ、戦いへと駆り立てていく。
「なんだ、こいつ……!」
「エトランゼだ! 神の意に背く者を生かして返すな!」
「神の意って言われてもね……!」
聖別騎士の剣がイブキの腕を討つが、鱗に包まれたその身体は鋼鉄よりも固く、その刃を通さない。
煩わしげにイブキが腕を一振りするだけでその騎士は吹き飛ばされ、橋の縁にぶつかってそのまま動かなくなった。
「化け物……!」
「化け物で結構!」
兜を掴み、そのまま上空まで飛び上がり、無造作にフィノイ河へと放り投げた。
そのままイブキが着地したのは戦場の中心。イシュトナルの歩兵第一陣の残りと聖別騎士達が戦っているど真ん中だった。
「さあ。いっくよー!」
気合いの掛け声と共にイブキが前進する。
特別な技能などなにも必要としない。ただ腕を振るい、尻尾で薙ぎ、翼で風を起こす。
それだけで屈強な聖別騎士達が次々と薙ぎ払われて、その命を散らしていった。
「神に背く者に裁きを!」
「そんなこと言われてもさ!」
剣を叩き降り、そのまま兜に包まれた顔を掴み、砲丸のように放り投げる。
鎧に包まれたその身体は鋼鉄の塊となって、敵陣を貫き幾人もの兵士達を道連れにしていった。
「……こっちも好きでこの世界に来たわけじゃないんだけどね。あたしは結構気に入ってるけど」
そう言いながらも竜人の進撃は止まらない。
邪魔をする兵達を力任せに捩じ切り、吹き飛ばし、蹴散らして進んでいく。
それはかつて英雄と呼ばれた、エトランゼの希望となったギフト。
今は争いのために人の命を削る荒ぶる力。
それを容赦なく叩きつけ、イブキは道を切り開いていった。
「全軍、あたしに続けぇ!」
咆哮は竜の力を纏って、味方を鼓舞し敵を竦ませる。
イブキによって態勢を立て直した歩兵達も、同じように聖別騎士団を切り裂いて次々と前進を開始した。
やがてその厚い壁が破れ、モーリッツの軍が見えていくる。
止まらないその怪物を止めるために、イブキの前に彼女よりも二回りは大きい影が立ち塞がる。
魔装兵。オルタリアが誇る魔法技術の結晶であり、モーリッツの軍で個人では最強の戦力。
所々に青白い魔力の流れが刻まれた黒い鎧が、大槍を構えてイブキの行く手を阻んだ。
空気を裂いて、大槍がイブキに振るわれる。
魔装兵を操る兵士もまた歴戦の強者。モーリッツの陣営では五人といない精鋭がそれを与えられている。
凄まじい速度で大槍がイブキの顔を掠める。
間一髪のところでイブキはそれを避けて、自分よりも巨大な相手に全く怯むことなく一気に距離を詰めた。
イシュトナルから驚きと、歓声が上がる。
オルタリアからは恐怖と絶望の声が。
真っ直ぐに突き出された、竜の爪を生やしたイブキの手は、魔装兵の強固な守りを容易く貫いて、一撃で内部の人間を絶命させた。
余韻も何もない、ほんの一瞬の出来事だった。
その勢いは、竜人の力は畏怖となって敵軍に伝番する。
ある者は武器を捨てて、逃げ出し、またある者はその場で尻餅を付いて動けなくなった。
これで勝利を掴んだと、イシュトナル軍は誰もがそう思った。
なおも敵を屠るために前に進むイブキに対して、二つの影が近付いていくまでは。
まず最初にイブキに躍りかかったのは、鎧兜に身を包んだ小柄な影だった。
「なんてっ……!」
上空から振り下ろされた剣撃をイブキは腕で受け止めて、そのまま放り投げるように弾き飛ばす。
態勢を崩すことなく着地したそいつは、一瞬でイブキの懐に入り込むと、鋭い斬撃を放つ。
鱗に包まれていない柔肌を剣閃がなぞり、赤い線が走る。
即座に叩きつけるように腕を振り下ろして、それを抑えつけることに成功した。
「悪いけど、このまま潰れて……!」
兜の下からくぐもった声で、ぶつぶつと何かが聞こえてくる。
最初はそれが命乞いの言葉かとも思ったが、どうやら違うようだった。
しかし、イブキがそれを確かめるよりも先に、別方向から振るわれた斬撃が、イブキの強固な鱗に包まれた腕を裂いた。
驚く間もなく衝撃がイブキの身体を貫いて、橋の下に突き落されそうになったところを翼をはためかせて即座に橋の上に戻る。
「アストリット。お前にこいつの相手は荷が重い。こいつは私が抑える。お前は敵陣に斬り込み、奴等の勢いを削げ」
「判りました。アーベル様。全てはエイス・イーリーネの加護の元に」
剣を胸の前で構え、アストリットはイシュトナルの陣深くに斬り込んでいく。
彼女が飛び込んでいっただけでイブキの後に続いていた兵達は成す術なく斬られ、瞬く間に戦線は崩壊していく。
イブキが慌てて引き返そうとしたところを、先程と同じ鋭い剣閃が妨害する。
アーベル。
その呼ばれた鎧の騎士は剣撃でイブキの木を逸らして、そのまま身体ごと体当たりをするように前進。
もう片方の手に持っていた盾をぶつけてその体制を崩させ、足を払ってその身体を橋の上に倒す。
そして振り上げた剣をその心臓に向かって突き立てるように振り下ろした。
「こいつ……!」
イブキが開いた口の中に魔力が発生する。
ドラゴンブレス。そう呼ばれる竜の吐息は地上のあらゆるものに圧倒的な破壊をもたらす。
青白い炎のような光が放たれて、上空へと伸びていく。
それはアーベルの兜を掠め、彼は半分が溶けた兜を掴んで、放り投げる。
完全に仕留めたと思ったタイミングで放ったドラゴンブレスは、鎧を着込んでいるとは思えないほどの俊敏性により避けられてしまっていた。
「竜の紛い物か。なるほど。薄汚いエトランゼには似合いの能力だ」
「薄汚いって……!」
仕留められなくても距離は稼いだ。
イブキは翼を動かして飛び上がるように起き上がり、正面からアーベルに挑む。
一撃で兵士を吹き飛ばすその拳は、それを読み切って突き出された盾にぶつかり、それ砕くことができずに止まる。
「ちょっと、強さが……!」
「エトランゼ。異界からの来訪者。この世界を乱し不幸を生む害虫共。一匹残らず消え失せろ」
男の目に、暗い炎が宿る。
そこに見える暗闇は、背筋が凍るほどに冷たい。
「ええそうね。一方的に来て、好き勝手やってごめんなさい! でもね!」
剣と爪がぶつかり合う。
単純な膂力ではまだイブキが勝っていた。
剣を持つ手を弾き、息を吸い込んでドラゴンブレスを放つ。
「来ちゃったんだから仕方ないよね! エトランゼ全員に死ねとでも言うつもり!?」
アーベルは盾を構え、ドラゴンブレスは盾に直撃し、その閃光が裂かれるようにして左右に散っていく。
アーベルはドラゴンブレスを受け止めたまま前進し、その炎をイブキの身体へと押し詰める。
「あっつ!」
イブキは慌ててブレスをやめて、再び二人は接近戦に戻っていく。
橋の上で向かいあいながら、アーベルはその暗い瞳でイブキを睨んだ。
「そうだ」
「……なに?」
「貴様達エトランゼはこの世界に現れた異物であり決してまつろわぬ者達。ならば死してその魂を解放し、エイス・イーリーネへの供物として捧げられるがいい」
「あんた達の神様はエトランゼの魂を食べるのかい!」
「知らぬ。だが神の元へ逝け。それが我々が掛けられる最大の慈悲だ」
「そんなの願い下げだよ!」
再び剣と爪が交差する。
竜人と狂信者の戦いは橋を震わせ、この戦場を巻き込んで広がっていく。
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