第七節 古代遺跡の最奥
薄暗い廊下を、二人分の足音が響く。
ヨハンとカナタは二人で並んで、白い壁に囲まれた道を歩き続けていた。
道中幾つも部屋があり中に入ろうと試みたが、まず大半は扉が開かず、開いたところで内部は朽ちたベッドや最低限の家具が置いてあるだけの部屋しかない。
「ラニーニャさん、大丈夫かな?」
と、不意にカナタがそんなことを口にした。
「別になにかがあったわけじゃない。特に何か問題があるわけではないだろう。ただ」
「ただ?」
「ラニーニャはあんなだが、それなりに聡明だ。見た目よりは神経も細い」
普段の態度とは裏腹に、色々なことを考えてしまう質なのだろう。それは、ハーフェンでヨハンの行動を疑って剣を突き付けてきたことからもなんとなく予想できる。
「だから色々と考えてしまうんだろうな」
「……色々と」
もし、古代からエトランゼがいたとして。
彼等が同じようにギフトを持ち、今と同じぐらいの勢いでこちらの世界に現れていたとするならばその勢力は強大なものになっていてもおかしくはない。
にも関わらずそれがない、そしてエトランゼの血筋と言うものが伝わってないということは、何らかの影響で姿を消したということに他ならない。
果たしてそれは、ヨハン達が生きている今の先でも起こりうることなのだろうか。
「判らないならあまり深く考えるな。どっちにしても答えは出ないんだ」
うんうんと唸りだしたカナタの頭を軽く叩くように撫でる。
「どーせボクは馬鹿ですよ。ばカナタですよ」
「なんだその面白い渾名は。……別に馬鹿とは言っていない。本当に、考えても仕方のないことなんだ」
「それはまぁ……」
ちょうど会話が途切れたところで、二人は同時に立ち止まる。
廊下が一度終わり、目の前には両開きの大きな扉が姿を現していた。
その白い扉を両手で押すと、特に鍵は掛かっていないのか、抵抗なく開いていく。
その先には同じように廊下が伸びているが、そこから先に見える光景は今までとは一風変わったものに見える。
高い天井に、床や天井を走るパイプ。電線のようなものの数も増えて、また壁には割れたディスプレイのようなものも埋め込まれている。
そこから先にはやはり幾つもの扉があり大量の部屋があるが、中に入れたのはほんの一部だけだった。
その大半は壊れた機械や計器類が散乱しているだけで、ここで研究をしていたであろうことは判るがその内容までを読み取ることはできない。
「そろそろ時間だね」
「ああ。ここが最後になるな。開けばの話だが」
廊下に消えない蛍光色で印をつけて、その一番近くにある扉へと触れてみる。
「……開かないか」
「ねえ、これって」
扉の横にあるディスプレイにカナタが手を近づけると、生体反応を感知したのかそこに光が灯る。
文字が幾つか羅列され、次に手の形がそこに映し出された。
カナタが掌を向けるも、当然開くことはない。赤字でバツ印が表示されるだけだ。
「ヨハンさんもやってみてよ」
「開くわけがないだろう」
言いながら手を翳すと、ディスプレイに青く丸が表示される。
そして今まで開かなかった扉が、横にスライドしていとも簡単に開いた。
「開いたじゃん!」
「……何故だ?」
疑問ではあるが、今はそれに付いていちいち検証している時間もない。
余り遅くなっては違う方向に行った二人に心配を掛けると、手早く調査を済ませるために部屋の中に速やかに入り込む。
中はこれまで覗いてきた部屋よりも広々とした空間が広がっていた。
正面には大きなテーブルが一つ。その上には紙や本が散らばっている。
ヨハンが近付いてそのうちの一つには触れると、年月による劣化の所為かぼろぼろになって崩れ落ちていく。
「うわー、おっきいモニター。映画とか見れそう」
そんな呑気な感想を言いながらカナタが見上げたのは、部屋の奥壁に貼り付けられている巨大なディスプレイだった。そこから幾つものコードが伸びて、そのうちの一本はすぐ真下の機械に接続されている。
床に硬質な足音を響かせながら、ヨハンはそこに近付いていく。
電源と思しきボタンに触れて見るが、一瞬小さく光が灯るだけですぐに電源が落ちてしまう。
「資料室のような部屋なのか?」
左右の壁には棚が置いてあり、そこにはファイルに閉じられた資料が幾つも並んでいる。
あちこちを見回っているカナタを放っておいてそれらを手に取って眺めるが、読めない言葉で書かれているものが大半で、読めるものも内容を理解することはできそうになかった。
その中で幾つか読めそうな資料を探しだしては上から下へと流すように目を通していく。
「あ、これ日本語で書いてあるからボクにも読めそう」
そう言ってカナタは束ねられた紙の、比較的劣化していないものを手に取って適当にページを捲り始めた。
「ヨハンさん、これ!」
すぐに飽きるかと思っていたのだが、カナタは急に声を荒げて紙の束を持って駆け寄ってきた。
「これ、ギフトに付いて書いてある」
「ギフトに?」
手渡されたそれを捲り眺める。
日本語でそこに書かれていたのは、資料と言うよりは手記のようだった。ギフトに付いての疑問や現状で判っていることが乱雑に纏められている。
そもそも、ギフトとはなんであるか?
この世界にやって来た、エトランゼと呼ばれる異邦人が手にしている力。
ギフトには様々な能力があるが、それらは平等ではない。むしろ余りにも差があり過ぎる。
現象を操るもの、見えないものを操作する力。精神や肉体に作用するもの。
特定の物質や道具がなければ役に立たないものや果ては何の役に立つのも全く判らないものまで。
その力の源流が一つとは思えないほどにその力は多岐に渡る。
手記に記されている内容には、それに対する回答は記されていなかった。しかし、そこに一ヵ所だけ気になる記述を発見する。
「ギフトは世界によって与えられる力である」
「……世界によって?」
横に並んだカナタが首を傾げる。
ヨハンにもその意味は理解できないが、『世界によって』の部分が妙に頭の中に残り続けた。
そしてページを捲っていたヨハンの手が止まる。
ギフトは幾つかの段階に分かれている。便宜上それをフェイズと呼称し、力の発現が進むごとにそれらはフェイズⅡ、フェイズⅢよ呼ばれる。
フェイズⅡになったギフトはその特性を更に特化させ、フェイズⅠとは比べ物にならないほどの出力や干渉力を手に入れる。この段階に来てようやくエトランゼは『奴等』と戦うことが可能となるだろう。
逆に言えばフェイズⅡに至っていないエトランゼを『奴等』と戦わせるのは非常に危険で、それが如何に強力なギフトの持ち主であろうと勝利することは困難である。
フェイズⅢにまで覚醒が進んだエトランゼは『奴等』の下級クラスならば一人でも倒せるほどの力を手に入れるが、フェイズⅢから先への移行をコントロールできないリスクを負うことになる。そのためフェイズⅢに進んだエトランゼに対するメンタルコントロールや拘束具の使用は慎重に検討する必要がある。
「ねぇ、ヨハンさん」
「どうした?」
「すっごく真剣な顔してるってことは、多分そこに書かれてることって大事なことなんだよね?」
「……そうだな」
言いながらもそれを読むのを止めることができない。
但し、フェイズⅡ以降への変貌の条件は未だに不明。単なる鍛錬での進化は可能性は低く、これまでに発現した者の状況や年齢、能力にも法則性は見られない。
これは完全に個人の予想に過ぎないのだが。
フェイズⅡへと覚醒したエトランゼと話した結果、その大半が元の世界への未練を殆ど持っていないような発言を聞くことができた。
もっともこれは全員ではないので明確な指標とは言い難い。しかし、やはりエトランゼのメンタルに左右されるのは間違いないだろう。
最後に、エトランゼの変異種に付いてだが。
ページはそこで終わっている。
先の言葉を書きかけたところで途切れていた。
読み終わると同時に、ヨハンの横からくぅと小さな音が聞こえてきて、隣に立っているカナタへと視線を下げる。
「……あぅ」
顔を向ければカナタが申し訳なさそうな顔でテーブルに置かれた資料の束を眺めていた。
「腹が減ったのか」
「……だってこんなに長い間探索するとは思ってなかったんだもん」
拗ねたような物言いだが、実際この資料室に足を踏み入れてからヨハンの予想より遥かに長い時間が過ぎていた。
「そろそろ戻らないと、クラウディアに何を言われるか判らんな」
「面倒くさそうだもんね。資料が気になるなら少し持ってったら?」
「そうだな。これと、後は読めそうなものを幾つか」
そう言ってギフトに付いて書かれた紙束と何枚かの資料を鞄に詰め込んでいく。
カナタには敢えて語らなかったことだが、それらの資料には古代の魔法機械の知識や知見が書かれている。そしてそれらの大半は、武器や兵器のものだった。
そこで得られた知識と今後ここを捜索することで集まる技術を用いれば軽く見積もってもイシュトナルの武器は十年は進化する。そうすれば、数で勝るオルタリアとも互角以上に戦えるかも知れない。
――それが何を意味するかはヨハン自身にも判っていたが、今はそれを忌避している余裕は何処にもない。
「時間が掛かった割りには大した情報は得られなかったな」
「それ、時間を使った本人が言うことじゃないからね」
ジトっとカナタに睨まれて、ヨハンは肩を竦めた。
それから二人はいつもの調子に戻り、今来た道を戻って行く。
広間にてクラウディアとラニーニャの二人と合流すると、二人はその両手に戦利品と思しき品々を抱え込んでいた。
「なんか色々あったけど、全然意味が判らなかったから取り敢えずお金になりそうなものを持って来た!」
と、胸を張って言うのはクラウディア。
「ここまで来て手ぶらと言うのも、少し悔しいですしね」
仕方なさそうに言うが、ラニーニャも相当に略奪している。
「お前達……」
「大丈夫大丈夫! 地上に戻ったら売る前によっちゃんに全部見せてあげるからさ。そしたらそこから欲しいのを買い取ってよ」
呆れるヨハンだったが、クラウディアのその一言で全て許してしまう。未知の収穫に弱いのはこちらも一緒だ。
「戻るぞ。このダンジョンのことをちゃんと考えるのはそれからだ」
一同は、今来た道を引き返していく。
ヨハン達が去って人の気配がいなくなったダンジョン。広大な大きさを誇りながら動く物もなく、淡い光だけを放ち続けるそこは物悲しい。
ここにどんな人々が住み、そして何が起こったのか、今のヨハン達にそれを知る術はない。
ただそれは、時の流れと共に彼等に知らされることだろう。
例えそれが、耐え難き残酷な現実であろうとも。
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