第五節 遺跡のガーディアン

 魔物の身体から生えた触手が冒険者の身体を打ち砕き、またその先端に装着された鋸状の刃が容赦なく接近する者を切り裂いていく。

 それらに目もくれずに自分の安全を確保するために、ラニーニャは魔物の身体を蹴りつけて一度距離を取った。

 遠距離から弾丸を放つヨハンの横に並び、懐に手を入れては勝手に回復薬を取り出して傷口に振りかける。

「状況をどう見ます?」

「最悪だな。カナタ達のことを考えれば撤退もできない。一応は押し留めてはいるが」

 視線を向ければ、シュンを中心とした冒険者達がそれぞれにギフトを使い、魔物へと応戦しているが、残念なことに結果は伴わない。

 幾ら炎や雷で表面を攻撃しても、装甲が削れるだけでまともにダメージを与えている気配がない。

 反撃に襲い掛かる魔物の攻撃を、ヨハンの放つ重力弾が炸裂して押し留めた。

「今はまだシュン達が戦ってくれているからマシだが、奴等が撤退を決めたら一気に崩れるぞ」

 例え連携が取れていなくても、どうにか状況を保てているのはシュン達が戦ってくれているからで、彼等がカナタを見捨てて逃げたら二人ではあの魔物を押し留めることすらできないだろう。

「一度はやってるんでしょう? でしたら、それに気付くまでがタイムリミット。……精々利用させていただきたいところですが、そろそろラニーニャさんもきつくなって来ましたよ。そもそも、なんなんですあれ?」

「……判らん、が」

 恐らくは魔装兵や聖別騎士と同種の物なのだろう。魔法技術によって生み出された怪物。しかし、目の前の魔物の方が遥かに技術としては先を言っているように見える。

「奴の動き、妙だとは思わないか?」

「妙も妙。奇妙奇天烈でしょう。触手は生えるは弾丸は発射する。加えてなんです、あのチェーンソーは。って、危ない!」

 四脚の中に折りたたまれていた砲身がヨハン達を向いて、そこから細い光の線が発射された。

 ラニーニャのおかげで咄嗟に避けて難を逃れたものの、ヨハン達の背後にあった岩の突起が、まるでチーズのように綺麗に切断されていた。

「ラニーニャさんはファンタジー世界に来たと思っていたんですけどね。SFなんて聞いてませんよ」

「ファンタジーもSFも紙一重だ」

「そう言う話はしてません!」

 ヘヴィバレルから放たれた徹甲榴弾が、装甲に突き刺さって炸裂するが、これもやはりまともなダメージとは言い難い。

「あれは多分、機械だ。技術的に足りない部分を魔法で補っているが、ほぼロボットと呼んでいいだろう」

「はぁ。それで?」

「だが、それにしては動きが有機的過ぎる。こちらの行動に対する対処も適格だ。恐らくは、何処かに頭脳がある」

「……何処かって、どう見てもあそこですよね?」

 ラニーニャが指さしたのは、上部で光を放ちながら武器を繰り出すコンテナ部分だった。

「そうだな」

 取り出したのは、手のひらサイズの球体。

「爆弾とか?」

「その通りだ。威力はあるが、外からぶつけて効果があるとは思えん」

「なら、内側からぶちかましましょう」

「……だな。援護を頼む。できれば連中にも協力してもらいたいところではあるが」

「言っても反発されるだけでしょうね。こういうときは、行動で示すのが一番」

「……仕方ないか。奴が次に冒険者達を振り払った隙に仕掛けるぞ」

 その瞬間は、すぐにやって来た。

 大きく振り回される触手によって冒険者達は吹き飛ばされて、距離が離れる。

 その隙をついて、ヨハンはヘヴィバレルに装填しておいた炸裂弾を放つ。

 空中で拡散した小さな爆薬が、魔物の周囲で一気に炸裂し、魔物の動きが鈍った。

「来ますよ!」

 ヨハンを迎撃するために先端に二股のアームが付いた触手が、その身体を捕らえようと上空から躍りかかる。

 咄嗟に腕を構えてローブを噛ませる。痛みはあるが、魔力による防御が施されているので致命傷にはならない。

 反撃でそれを撃ち落として、ヨハンとラニーニャは魔物の懐にまで飛び込むことに成功した。

 左右から迫る触手をラニーニャが斬り落とし。

 四脚の一つを登るように蹴り上げて、コンテナの目の前に立つ。

 威力だけならばクラウディアのオールフィッシュを凌駕する大口径の弾丸を至近距離でコンテナ部分に向けて何度も発射する。

「今なら!」

「駄目です!」

 ヨハンが爆弾を取り出すよりも早く、ラニーニャは身体ごとヨハンに体当たりして地面に押し倒す。

 先程までヨハンの首があった場所を、残ったもう一つの砲身から放たれたダーツが通過していった。

「駄目か……!」

「まだ来ますよ!」

 更なる追撃に地面を奔る小型の自走地雷が脚部から放たれる。

 二人は今避けられる態勢ではない。

 迫りくる蟲のようなそれにヨハンとラニーニャは覚悟を決めるが、それらが二人に近付く前に隆起した地面が押し留めた。

 盛り上がった岩盤は一度山のような形になって移動を妨害してから、土砂が崩れるようにそれらを押し潰す。土の中で爆発が起こり、地面が盛り上がったが、地上に影響はない。

「助かっ……た?」

「ぼーっとしてんじゃねえ!」

 檄が飛ぶ。

 そう言ったのは、シュンの傍にいた中年の男だった。茶色がかった髪に、口と顎に髭を生やした体格の良い男。

 シュンの副官のような立場だった彼が、地面に手をついて、己のギフトを発動させてヨハン達を護ったのだった。

「お前は……」

「動いたってことはあいつを倒す方法があるんだろ? まさか、特攻したってことじゃねえよな!」

「援護を頼む。ラニーニャ、もう一度仕掛けるぞ」

「はい! おじさん、あいつの足場を狙えますか?」

「任せとけ!」

 男はギフトを発動させる。

 大地を操るその力は地面を隆起させ、四本足の真下から無数の岩でできた杭を生やした。

「レジェス! 何を考えて……!」

「シュン、判ってんだろ! こいつは俺達の手に余るってことが!」

「し、しかし……!」

「簡単な話だ。俺は死にたかねえ、それだけだよ!」

 レジェスが作った隙に、一気にラニーニャが飛び込む。

 無数の触手を斬り払い、上に放り投げた水筒を斬りつけて中の水を零させる。

 そしてそれを束ねて大きな一本の剣にして、脚の一本を連続で斬りつける。

「……まだ止まりませんか……!」

「ラニーニャ!」

 ヨハンは咄嗟に爆弾をラニーニャに向けて投げつける。

 彼女はそれで意図を察して、迫りくる機械の触手を避けながらそれを受け取る。

「嫌な予感がするんですけど!」

「すまん。腕の一本は覚悟してくれ」

「いざとなったら責任とってもらいますからね!」

 ラニーニャが与えた傷跡に、至近距離でヘヴィバレルを発砲。

 再度迎撃に走り出した自走地雷をレジェスの伸ばした岩の杭が貫いて止めた。

 そしてそこに穿たれた穴に、ラニーニャが爆弾を持った手を差し込む。

 その衝撃で起爆のスイッチが入る。

 ヨハンはラニーニャの腕を掴むと、一気にそれを引き抜いた。

 次の瞬間、轟音が響き渡った。

 鈍い炸裂音が鳴り響き、爆発の衝撃はヨハン達の身体を容赦なく宙へと吹き飛ばす。

 ヨハンとどうにか腕を引き抜くことに成功したラニーニャはほぼ同じ位置に吹き飛んで、地面を転がってようやく止まる。

 その衝撃で全身に痛みが走るが、決して戦えないほどではない。あの装甲は内部からの爆発の威力を相当に軽減したようだった。

「ラニーニャ、生きてるか?」

「え、ええ……ですが、これはちょっと。最悪ですね」

 飛び散った金属の欠片が辺り一帯に散乱している。

 ラニーニャはすぐに身体を起こして、再び戦闘態勢を取っている。

 奴を仕留めたと、安堵の息を吐いた冒険者達から嫌などよめきが上がる。

 爆心地、装甲の残骸が大量に転がり、その中心、何も残っていないはずのその場所に影があった。

 白い髪に、褐色の肌。

 小柄な体躯のその姿は、どう見ても少女のもの。

 それが今までコンテナの中に入り込み、こちらを蹂躙していたなど、誰が想像することができるだろうか。

「外部装甲破損。居住区及び機密エリアへの侵入者の敵性レベルの上昇を確認」

 小さな唇が淡々と言葉を紡ぐ。

 可憐な声だが、声色は淡々としていて事務的な機械音声を思わせる。

「フェイズⅢギフトの使用不可。以後はフェイズⅡギフトでの戦闘を再開」

 少女の目が紅く光る。

「まだ来ますよ!」

 少女は自分の周囲に落ちている、その残骸に触れる。

 するとそれらはまるで意志を持つかのように組み上がり、最初とは別の形へと変化して少女の腕や足に装着されていく。

 まるで機械の鎧を纏った騎士と化した少女は、首を一度巡らせて、ラニーニャを見た。

「フェイズⅡへの移行段階のエトランゼを確認。排除、または無力化を最優先とします」

「ちょ……!」

 その動きは余りにも素早い。

 反応できたのは、狙われているラニーニャ自身だけだった。

 残骸を組み上げて作られた小手に、先程まで二股のアームが掴んでいた剣を握った少女はそれを容赦なくラニーニャに叩きつける。

 水の剣でそれを受け止めて、ラニーニャは一度少女の身体を弾き返す。

「こいつは……!」

 ヨハンのヘヴィバレルから放たれる弾丸を、少女はその剣で斬り払う。

「メモリの破損を確認。修復を開始。修復中は攻勢防御を最優先。命令通り、自身を護ることを優先。高敵性レベルの個体をサーチ。……完了」

 どうやら、少女はこの中でラニーニャとヨハンの二人を強敵として認めたようだった。

 今度はヨハンの方へと一気に距離を詰めようと地面を蹴る。

「動きを止める!」

 瓶を叩き割り、ジャマーを展開。

 少女が装備した機械部品に蒼電が走り、その機能を妨害する。

 その間にヨハンはラニーニャを助け起こして、大きく周回するように少女から距離を取る。

「パージ。新たな装甲をサーチ、完了」

 ばちんと少女から装甲が剥がれ、別の残骸が引き寄せられていく。

 再びそれを鎧のように纏い、今度は手に握られていたのはセレスティアルのような光の剣だった。違いがあるとすれば、発生源のような小さな筒がその手に握られていることぐらいだろうか。

「あれ、なんなんです!? やっぱりSFじゃないですか!」

「どっちでも今はいいだろう! それよりも……!」

 壊れた砲身を引き寄せ、パーツを組みかえて修理。

 ライフルのような形に変貌したそこから、無数のダーツが一直線にヨハン達に向けて発射された。

 咄嗟にラニーニャを庇い、それを背中で受け止める。

「よっちゃんさん!」

「大丈夫だ、深手にはならない」

 ローブの防御効果で多少は軽減されているものの、その衝撃全てを殺しきれるものではない。

「接近」

「させません!」

 今度はヨハンを突き飛ばすようにラニーニャが前に出て、光の刃を受け止める。

 水と光は互いを散らしあい、二人の掌から消失する。

「レーザーブレード、再展開」

「嘘っ、こっちは材料がないと!」

 咄嗟に鞘からカトラスを引き抜いて交差させるが、まるでそれが金属とは思えないほどにあっさりとその切っ先を斬り落とされる。

「誰か、お水!」

 その叫びに奇跡的に応えたのは、辺りで戦いを見守っている冒険者の一人だった。

 腰から水筒を取り外して、それをラニーニャに向けて投げつける。

「どうも!」

 空中でそれを受け取って、零れた水を操る。

 ロープ状にして少女の腕を絡め捕り、レーザーブレードの斬撃を防いだ。

 もう片方に握られたダーツライフルを足で蹴り上げて手から離させる。

「遠隔攻撃ユニット起動」

 再び少女の目が光り、それに呼応するように周囲の残骸が動き始める。

 次に組み上がったそれは、先程出番もなく撃ち落とされた自立攻撃用ユニットだった。

 羽虫のような小さな身体に砲身を備えたそれは、透明な翼を高速で動かして飛行し、ラニーニャの背後へと回り込む。

「冗談じゃ……!」

 ラニーニャは態勢を変えて、少女の後ろへと回り込む。

 遠隔攻撃ユニットの射撃は、間一髪のところでラニーニャではなく少女自信へと吸い込まれていった。

「失敗」

 自身にダーツが刺さろうと、少女は全く意に介した様子はない。

「テンタクル再起動」

 地面に転がった、ユニットに接続されたままの触手が再度動きだす。

 その本数は先程よりも遥かに少ないものの、急なその動きにはヨハンもラニーニャも対応することができなかった。

 触手がラニーニャの足を捉えて、無造作に振り回して地底湖へと放り投げる。

 そしてヨハンの正面には、こちらの砲身を向ける自立攻撃用ユニットが見えた。

 そこから放たれた弾丸を、間一髪で光の壁が遮る。

「カナタ!」

「遅くなってごめん! ……で、あれ誰?」

「あの魔物の中身だ。残念ながら」

 再度射撃を行おうとした遠隔攻撃ユニットの一つを、ヨハンは撃ち落とす。

 残る一機も発射されたダーツをカナタが防ぎ、反撃でヨハンが破壊した。

「見た目とは違って話が通じそうにはない」

「……判った。じゃあ、倒せばいいんだね」

 両手を握り込み、そこに光の剣を伸ばす。

 その横に待っていたかのように大柄の影が並んだ。

「カナタ、俺も手伝うよ」

 狼男の姿をしたシュンが、剣を携えて立っている。彼だけでなく、動ける冒険者達は立ち上がってカナタを手伝おうとしていた。

 自分達が戦っていた時には一切手を出してこなかった彼等にヨハンは言いたいこともあったが、今は貴重な戦力ではあるし、黙っている。

「要りません」

 意外なことに、その一言を放ったのはカナタ自身だった。

「……は?」

 唖然とするシュンに、カナタは更に畳みかける。

「ボクじゃなくて、ボク達を手伝ってくれないなら邪魔です。下がっててください。みんなを護ることなんてできませんから」

「で、でもカナタは英雄だろ? そのぐらいは……」

「ボクは、英雄じゃありません」

 はっきりと、カナタはそう口にした。

 これまでの自分を捨てるための言葉を。

「だいたい、ボクは貴方よりずっとずっと年下の女の子ですよ? そんなのに頼って、恥ずかしくないんですか?」

「なぁ……!」

 その言葉は、単なる否定よりも遥かにシュン達には響いたことだろう。

「ヨハンさん!」

「……今のは、俺の耳にも痛いがな」

「ヨハンさんはいいの! それより、行こ!」

 赤い双眸がカナタを睨みつける。

 それは、先程ラニーニャを見たときよりも、より敵意を感じる。

「変異エトランゼ、セレスティアルユーザーを確認。直ちに捕獲及び排除を開始」

「な、なんかこっち来てる!」

 凄まじい速度でカナタに肉薄し、少女はレーザーブレードを振りかぶる。

 二つの光の刃が交差するが、その出力はカナタのセレスティアルの方が勝っていた。

「このぉ!」

 カナタがそのまま追撃を加えるよりも早く、少女の姿はその場から消えている。

 一瞬にして姿勢を崩し、カナタの目の前から消えると、その側面を通って背後にまで移動していた。

「セレスティアルの出力は脅威。但し、戦闘レベルは脅威ではないと判断」

 背後から手が伸びて、カナタの襟首を掴もうとするが、それをヨハンの射撃が妨害する。

「テンタクル!」

 少女が声を荒げて、触手を操る。

 触手はカナタの足に絡み付き、その身体を持ち上げる。

 ヨハンはそれを助けるためにヘヴィバレルで撃ち抜き、自分の方に落ちてきたカナタをどうにか受け止めた。

 しかし、態勢を崩したヨハン達に少女は両手に持ったレーザーブレードを振り上げて襲い掛かる。

「く、来る!」

「……間に合うか!」

 カナタを庇いつつ、ヘヴィバレルの銃身を少女に向ける。

 引き金に掛かった指を引こうとするが、後一歩足りない。その間に、少女の持つ光の剣はヨハンとカナタを切り裂いてしまうだろう。

「メモリの修復……完了」

 だが、何故か少女はその動きを鈍らせた。

 引き金に掛けられたヨハンの指が、本来ありえなかった未来を撃ち抜く。

 その一瞬の隙は、勝機となった。

「――マスター、お久しぶりです。マザー・アリスはお元気ですか? ロイネは……!」

 少女が言葉を紡ぐ途中で、放たれた弾丸は容赦なくその胸を貫いた。

 不思議なほどに穏やかな笑顔を浮かべながら、少女は仰向けにゆっくりと倒れていく。

「……今、なんて」

 その言葉の意味することは、ヨハンには理解できない。

 果たしてそれが何を考えてのことなのか。ヨハンの向けて言われたのか、それともカナタに向けたものなのかも。

 いや、下手をすれば何かの食い違いで、意味のない言葉であった可能性すらありうる。

 どちらにせよ、それを確かめる術はもうなく。

 少女は倒れ、人間と同じ赤い血が洞窟の中に広がっていく。

「い、今だ! あっちのエトランゼだけでも確保しろ!」

「へ、わたしですか?」

 静寂の中に、シュンの声が響く。

 人間の姿に戻ったシュンは、満身創痍なラニーニャを指さして怒鳴り声を上げていた。

「……やるなら相手になりますけど」

 既に立っているのもやっとな状態で、ラニーニャが水を操って剣にするが、体力の限界が来たのかすぐに形を失って地面に零れていく。

 ヨハンももう余力はなく、唯一カナタだけが抵抗できる戦力だった。

「どうした! 相手は一人だぞ、同じエトランゼなんだ! 連れていって説得すれば俺達の仲間に……!」

「もうやめてよ!」

 シュンの言葉を遮るように、カナタは声を荒げて叫ぶ。

 その顔を正面から睨みつけて、その胸の内に在る言葉をぶつけていく。

「大切なのは誰と、どう生きるかじゃないですか! エトランゼであるかどうかなんて関係ない、そんなこと言ってたら、一生ボク達は……!」

 一度、背後のヨハンを振り返る。

 彼が目指したものを、カナタも目指す。

 そのためには英雄ではいられない。少なくともエトランゼだけの英雄では駄目だ。

「前を向いて生きられない……! そう言う世界がいいんです、エトランゼもそうでない人も一緒に笑いあって生きられる世界にしたい、でも……、そのエトランゼがこれじゃあ……!」

「し、しかし……! 現に迫害された者がいる、理不尽に晒された者達がいる! 俺達はそれが許せない、そんな奴等のためにはエトランゼが幸せに生きる世界を創るしか……」

「そんなのただの怨念返しじゃないですか! そんな後ろ向きなことに、ボクは絶対に協力なんてしません! そんなことになるぐらいなら英雄なんて呼ばれたくない、この世界に来たばっかりの、何でもないカナタの方が百倍マシです!」

 カナタの叫びが洞窟の中に木霊しては消えていく。

 それを聞いて、冒険者達はカナタの方に視線を向けることができないでいた。

 唯一シュンだけが、どうにか説得しようと口を開こうとする。

 それを、低い声が遮った。

「この辺にしとこうぜ、シュン」

 中年の男、レジェスがシュンの肩に手を置く。

「誰も戦う雰囲気じゃねえよ。だってこいつらがいなきゃ俺達は全滅してた。その恩人に武器を向けることはできねえ」

「……そんな……! だったらどうなるんだ、俺達の、俺達エトランゼの世界は……!」

「……俺はな、生きるためにはそれが一番いいって思ってた。いや、そうするしかないって思い込んでたんだ。――だが、今の英雄さんの言葉を聞いて、判らなくなっちまった」

 後ろを振り向いて、レジェスは冒険者達に指示を飛ばす。

「撤収すんぞ! この先にお宝があったとしても、それを受け取る権利は俺達にはねえ!」

 誰もそれに反発しなかった。

 いや、仮にその意見に賛同できなかったとしても、今の戦力でここから先に進むことなどできないと誰もが判っていた。

「帰ろうぜ、シュン。俺は別のやり方を探す。お前もそうしろよ」

 レジェスの手を振り払い、シュンは一人で歩いていく。

 そのまま彼は、一度も振り返ることなく洞窟から出ていった。

 他の冒険者達の撤収を見送ってから、レジェスは最後に一度だけヨハン達へと顔を向けた。

「助かったぜ、色々とな」

 一言それだけ言って、彼も同じように洞窟を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る