第三節 ダンジョン前哨戦

 崖下に落ちた一同が見たのは、幾つかの冒険者達の集団とそれに相対するように広がる大量の魔物の影だった。

「うわー、いっぱいいるじゃん」

「……何度かここには来てるけど、こんな数を揃えて来ることはなかったよ。それも、ダンジョンの周辺にまで来て」

 あちこちから剣撃の音と、冒険者達の怒声が響き渡る。

 それを聞いてカナタは急いでセレスティアルの剣を手の中に出現させる。

 両側を崖に挟まれた戦場は狭く、冒険者達の数は疎らで連携も取れてはおらず、このままではいずれ押し切られてしまうだろう。

「怪我した人を助けないと!」

「ちょーっと待ったぁ!」

 走り出そうとするカナタの服の背をクラウディアが掴む。

「なに!?」

「闇雲突っ込んでも無茶だよ。それじゃ助けられるもんも助けられないでしょ」

「でも……!」

「でもじゃなくてさ。カナタは一人じゃないよ。アタシ達がいるんだから、ね?」

 そう言って、後ろのヨハンを振り返る。

「ラニーニャ、斬り込め。カナタは退避した冒険者達を盾で護ってやってくれ。クラウディアは高台から敵の中央を狙って攪乱だ」

「高台って、何処?」

「あの辺りが良いな」

 ヨハンが指さしたのは、今しがた降りてきた崖の中腹辺りにある突き出た足場だった。確かに簡単に崩れるほど脆くもなさそうではあるが。

「別にいいけど、あれ昇ってる間に決着ついちゃわない?」

「こいつを使え」

 クラウディアの掌に、青く透き通った丸い球が乗せられる。

「うわ、なにこれ! なんか動いてるし!」

「伸ばせばロープの形にもなる。一人分の体重なら切れることもない」

「へぇ。ラニーニャの水のロープみたい」

「それを参考にしてみたからな。行くぞ」

 ヨハンの言葉に合わせて、クラウディアが先日サアヤを助けるのにも使ったアルケミック・スライムをロープ状にして伸ばす。

 目標の地点に張り付かせると、そのままクラウディアを引っ張るように縮んでいく。

「うひゃあ! これ楽しいかも!」

 身体が宙を舞う感覚に歓声を上げるクラウディア。

 即座に所定の位置に付くと、そこから乱戦と化している戦場の後方に向けてオールフィッシュの先端を向ける。

 連続した射撃音が空を裂き、発射された弾丸が魔物の群れを掃討する。

 それに驚いたのは魔物だけではない。必死で戦っていた冒険者達もまた同じように動きを止めた。

「カナタ。俺が合図をしたらセレスティアルの壁で自分とラニーニャの全方位を護れ」

「うん。判った。……なんか、ヨハンさんが一緒だと安心する」

「期待を裏切らない程度には頑張るとするか」

 ぽんと肩を叩くと、カナタは飛び出すように駆けていく。

 その遥か前方を走るのは、クラウディアの射撃とほぼ同時に走り出していたラニーニャだ。

 呆然とする冒険者達の真横を旋風のような速度で走り抜けて、魔物の先鋒、ゴブリンの軍団へと牙を剥く。

 ゴブリンは知能を持った魔物。集団生活をするし、その中で戦士達を集めて軍を組織する。

 そして更にその中で各々の得意分野に合わせて部隊を分ける。それは人間に比べれば拙いものではあるが、そこに他の魔物達が加われば充分な脅威なる。

 ラニーニャを迎え撃ったのは、その最先鋒。ゴブリンの戦士達だ。体格のいい腕自慢達がその手に斧や短剣、果ては何かの骨の欠片などそれぞれの獲物を持って構える。

「うえ、ラニーニャさんは賢いので一つ気が付いてしまいました」

 ゴブリンの体格は人間より小柄で、身長だけで言えば最も大柄な個体でもラニーニャよりも小さい。

 だから、そこに姿勢を下げて踏み込んだところで大した意味はない。相手の視界から消えることができないからだ。

 なるほど。知能の低いゴブリンの相手は体格のいい男が威圧するように斬りかかるのが効くというのは眉唾でもないようだ。

「せーのっ!」

 回り込みながら一太刀。

 最初の一匹を撃破したら、その背を蹴り上げて宙へと舞い上がる。

 取り出したるは一本の筒。それをカトラスで切り裂き、中から飛び出した水をギフトで操る。

「刃のシャワーです。どうぞ、ご賞味ください」

 天から降り注ぐ、刃となった水の雨。

 水の量が多くはないので致命傷にはならないが、攪乱としてはこの上ない仕事をする。

 その中央に着地して、もう一本のカトラスを腰から抜く。

 回転するように、舞うような刃の閃きは瞬時に五匹のゴブリンの命を奪った。

「おぉっと!」

 飛んできた石をカトラスで弾く。

 その対象に向けて、またも筒を開けて中の水を槍状にして放り投げた。

 一匹がそれを顔面に受けて絶命。横で構えていた者達には、空からクラウディアの掃射が襲い掛かる。

「カナタさん」

「は、早いよ……!」

「これからは共同作業ですよ。あれ、見えますよね?」

 敵陣の奥で、戦っている冒険者達がいる。

 戦っているとは言っても五人のパーティは半ば壊滅状態で、一人は事切れて倒れているし、残りの三人は怪我をしてまともに戦える状態ではない。

 それをたった一人が必死に大きな槌を振るって護っているが、それでも迫りくる敵を止めることはできない。

「正面! ゴブリンさん達だけじゃありませんよ、虫っぽいのと狼っぽいのと、えーっとなんか妖精みたいな奴と……」

「それじゃ判んないよ!」

「だって名前知りませんもん。全部斬れば一緒です!」

 ゴブリンの一団を突破したラニーニャは、傍まで迫って来た緑色のスライムを切り裂いて仕留める。

 そのまま返す刃で迫る巨狼ダイアウルフを仕留めに掛かるも、その刃は固い毛並みを通さない。

「なんでです!? 魚を捌くためにしっかり研いできたのに!」

「アシッドスライムを斬るから!」

「ああ、そう言う……!」

 迫りくるダイアウルフの牙を避けて、その鼻先に蹴りを入れて距離を取る。

「沢山持って来たんですけど、足りないかも知れませんね」

 再度クラウディアの掃射が地面を薙ぎ払い、その間に水筒から零れ出た水を掴み取り二本の剣へと変化させる。

 身体を半回転させての二つの刃は、ダイアウルフの両目を抉る。

 視界を塞がれて暴れようとするダイアウルフのその脇腹を、カナタのセレスティアルの剣が差し貫いた。

 激しく出血し、動きを止める巨狼。

 二人は即座に本来の目標へと驀進する。

「あれは、オーガ!」

「大きいだけなら!」

 その身長は人間の優に二倍。ぼろをまとい、野太い腕に剣のような形の鉄塊を持った魔物の一撃が、一人の冒険者を打ち据える。

 どうにか手に持った槌でそれを防御したものの、そう冒険者はその威力の凄まじさに態勢を崩す。

 間に入ったセレスティアルの盾が、オーガの一撃を受け止める。

 威力が減殺されているとはいえその腕力から繰り出される衝撃を受けて、カナタの小さな身体が後退る。

「邪魔です!」

 冒険者の青年の真横を、ラニーニャが駆け抜けていく。その速度、凛とした表情に彼が一瞬見惚れていたことは、当の本人の眼中にはなかった。

「これは、骨が折れそうですね! っとぉ!」

 大柄な身体に見合わず、その動きは決して鈍いわけではない。

 全身の筋肉を最大限に利用したその戦いは流麗とは呼べないものの、相手を叩き潰すことに特化した実戦の型と呼べるだろう。

「彼等が撤退する時間を稼ぎます! せーので行きますよ!」

「うん! いつでも!」

 カナタを狙ったオーガの鉄塊が地面へと突き刺さった。

「都合よくチャンスが来ましたね。せーの!」

 水の剣は鞭のように形を変えて、オーガの足を絡め捕る。

 その巨体を引っ張って態勢を崩させたところに、カナタの一撃が叩きこまれた。

「浅い……!」

「ならもう一撃!」

 示し合わせたかのようなクラウディアの援護射撃が、再び鉄塊を振るおうとするオーガの動きを差し留めた。

 今度は二人同時に、腹部を狙った三本の刃に流石のオーガも痛みに耐えきれず、後退の意志を見せた。

 その代わりに殺到するのは、無数の魔物達。

 しかしそこで、カナタ達の後方から空に光の弾が舞い上がった。

 戦場を照らすその光は、カナタが先程ヨハンに言われた合図だ。

「伏せて!」

「うへぁ!」

 ラニーニャを巻き込んで、カナタは地面に倒れ込む。

 空に何かが舞い上がり、それはちょうどカナタ達のいる場所の真上。敵陣の中心地で停止した。

 上空でそれは割れて、地上に何かを撒き散らす。

 空から降り注いだそれは地面に着弾すると、次々と爆発し辺り一面を炎で包み込んだ。

 幾つもの魔物達の悲鳴と、逃げ惑う足音を聞きながら、カナタとラニーニャはセレスティアルの光の内側で呆然とそれが終わるのを待ち続ける。

 先程まで目の前に立ちはだかっていたオーガも、大量にいたゴブリン達も、無防備な上空から降り注ぐ爆撃に対処することはできずに無残な屍を晒している。

「……終わった?」

 傍に足音が二つ。ヨハンと崖から降りてきたクラウディアだった。

「危ないよ!」

 早速カナタはヨハンに食って掛かる。もし退避や防御が少しでも遅れれば、巻き込まれていた可能性だってある。

「状況次第では使わないつもりだったし、カナタなら大丈夫だと信頼したうえでのことだ」

 頭の上に手を乗せられて優しく撫でられて、取り敢えずカナタは許すことにした。

「……ん。そう言われればまぁ」

「……いいんだ?」

「ちょろ過ぎじゃないでしょうか? それにしても随分と派手にやりましたね」

 あちこちに横たわるのは魔物の死体。もっともそれでも大半を倒したわけではなく、こちらの火力に驚いて逃げていってしまったのが多数ではあるが。

「しかし妙な話ではあるな。定期的に魔物の討伐を行っているここで、それも異なる種が徒党を組むことなどあるとは思えんが」

「ボクも初めて見たよ」

「場合によってはその辺りも調査する必要があるかも知れん。何らかの偶然が重なっただけならいいのだが」

「二人ともそんなこと考え込んでないでさー。他にやることあるでしょ」

「クラウディア?」

 クラウディアは目を輝かせて、あちこちに転がっている物品へと走り寄っていく。

「戦利品だよ戦利品! 回収しないと!」

 彼女が目を付けているのは魔物の死体ではなく、それらに倒されたかもしくは逃げる途中で落としていった冒険者達の荷物だった。

 確かに中には貴重な品もあるのだが。

「そう言うのよくないよ! 元の持ち主に返さないと!」

「みーんな逃げちゃったじゃん!」

 言われた通り背後を振り返ってみれば、ヨハン達がここに到達した時点で戦っていた冒険者達は渓谷の上まで逃げてしまったらしい。

「か弱い女性とおまけ一人に戦わせてですか? やれやれ、どの面で冒険者などと名乗っているのか」

「仕方ないよ。ボクも怖かったし」

「何でもいいけどさ。逃げたってことはアタシ達の物ってことでいいよね?」

 それを否定する者はいないので、クラウディアは喜んで戦利品の回収に向かうが。

「拾ってもそれを持っていく余裕はないぞ」

「え、よっちゃん持ってくれないの? なんか色々しまってあるじゃん」

「色々しまってあるから余分な容量はないとは考えないのか?」

 別にヨハンに限ったことではないが荷物が持てないわけではない。ただ、これからダンジョンに入ると言うのに無駄な道具を増やすことは自殺行為になる。

「えー! 折角こいつらの代わりに魔物と戦ってあげたのに、これじゃくたびれ損じゃん。なんとか持って帰りたいよー!」

「諦めろ。そもそもこれは俺達の物じゃない」

「ぶー」

 頬を膨らませるクラウディアを引きずるようにして、ヨハン達は先を急ぐことにした。


 ▽


 それから歩くこと数時間。一行はダンジョンの入り口の前に到達していた。

 目の前に広がるのは、渓谷の岸壁に口を開く両開きの扉。

 その大きさは人一人よりも遥かに大きく、もっと巨大な何かの出入りを想定しているようにも思えた。

「……やはり、石でも鉄でもないな」

 扉に掌で触れると、不思議な触感が伝わってくる。硬質過ぎす。だからと言ってこれを壊そうとしても生半可なことでは破壊することはできない。

 そんな扉だけではなく床や壁も、そんな不可思議な材質で作られている。

「ヨハンさん。あれ」

 カナタが後方を指さすと、そこには野営の跡がある。

 どうやら魔物との戦いが始まる前にここに入り込んできた一団がいるようだった。

 もしくは、戦いを切り抜けてきた者達か。

「俺達だけ、と言うわけにはいかないようだな」

「報酬で揉めないといいんですけどね」

「纏めてやっちゃ駄目?」

 物騒なことを言うクラウディア。

「駄目に決まってるでしょ!」

 どうにも、クラウディアの過激な言葉にカナタが突っ込みを入れるのもお馴染みの流れになってきたようだ。

 ヨハンを先頭にして、一行はダンジョンの中に足を踏み入れる。

 開かれたままの扉から少し離れると、日の光は届かず、壁や床が放つ淡い光だけが視界を照らしていく。

 ヨハンは肩から下げていた鞄からある物を取り出し、上に放り投げる。

 球体はちょうどヨハン達の上に浮かび、オレンジ色の光を放ち始めた。

「よっちゃん。便利なもん持ってるね」

「だろう?」

 次は手のひらほどの大きさのボールを幾つか足元にばら撒く。

 それらは意志を持っているかのように分かれ道を右に左にと転がっていく。

「こいつらが転がった場所が地図に描かれる。これを見ながら歩けば道に迷う心配はない」

「……あのー。ボク、地下二階ぐらいまでは道覚えてるけど? 普通の地図も持ってるし」

「……それより下で使う用だ。テストは問題ないみたいだしな」

 言いながら地図をしまうヨハン。少し後ろからはクラウディアとラニーニャの失笑が聞こえてくる。

 それから一同は数時間ほど一階を歩いて地下へと続く階段を見つけた。

 横幅が広く、五人並んで降りられそうなほどの大きさの階段は曲がりくねっていて、地下深くへとヨハン達を導いていく。

「ふえー。ダンジョンって初めて潜ったけど、随分広いんだねー」

 感心したようにクラウディアが言う。

「他で確認されているダンジョンよりも広い気がするがな。未だ全容が見えてこないから何とも言えないが」

 地下二階に降りた一行は魔物達との僅かばかりの小競り合いを挟みつつも、特に苦戦することもなく奥へと進んでいった。

 真っ直ぐに伸びる通路の左右には幾つも扉があり、その中には部屋が並んでいる。

「こんなに部屋があるのに全部探索済みなんでしょ? つまんないなー」

「だからこそ安全にここまで来れているとも言えるがな」

「危険があってもいいからお宝が欲しいよ」

「この話は平行線になりそうだな。それに心配しなくても、地下三階は半分以上が攻略されていない。危険も宝も幾らでもあるだろう」

「楽しみだね。あ、そうだよっちゃん。オールフィッシュもよっちゃんの銃みたいに色々撃ち分けできるようにならないかな?」

「無理だな。連射を犠牲にすればできるかも知れんが」

「別もんじゃん、それ」

 そんな会話をする二人から少し離れたところでは、カナタとラニーニャが並んで歩いていた。

 カナタは不機嫌、というほどではないがどうにもいつもの調子が出ない。

 クラウディアにペースを乱されているのもあるだろうが、理由はそれだけではない。

 ヨハンはカナタに「英雄になるな」と言ってくれた。

 その言葉はカナタの中にある、力を持っているからこそ人のために尽くさなければならないという思い込みを打破してくれた。

 だが、現実として目の前に苦しんでいる人がいる。それを助けようとするのが果たして悪いことなのか。

 それがカナタには判らない。

「浮かない顔してますね」

 つんと、カナタの頬に指が触れる。

 隣に並んでラニーニャが笑顔でこちらを見下ろしていた。

「クラウディアさんはなんだかんだ言って、よっちゃんさんのことを随分と気に入ってるみたいですね。結婚するかどうかは別にしても」

「……だよね。なんか全力で甘えてるって感じするし」

「お母さんを早くに亡くして、マルク様は仕事に忙しい。街の人達には好かれていましたけど、それはあくまでもクラウディアさんがマルク様の大事な一人娘だから。ずっと寂しさを感じていたのかも知れませんし、少しの間ヨハンさんの隣を空けてあげてくださいね」

「別に、あそこはボクの定位置ってわけじゃないし」

「ま、わたし達は皆家族ともう会えるかも判りませんけどね」

 今は色々な人が彼の隣にいる。

 一緒にイシュトナルを導くエレオノーラ。

 誰の目から見てもヨハンを慕っているサアヤ。

 付き合いの長さも深さも一番のアーデルハイト。

 彼女等を押し退けてまでカナタはそこにいようとは思わない。それにクラウディアが加わっただけの話だ。

「んー。……カナタさん、ちょっといい子過ぎませんか?」

 むにーっと頬が優しく引っ張られる。

「そんなことないよ」

「ラニーニャさんがカナタさんぐらいの年の頃は少しでも面白くないことがあるとすぐに暴れてましたからね。両親も手が掛かったでしょう」

「それは……どうなの?」

 とてもそうは思えないが、本人が宣言するのならば事実なのだろう。

「学校のガラスを割った枚数なら誰にも負けない自信がありますよ」

 えへんと胸を張る。

「なんか、ラニーニャさんとクラウディアの気が合う理由が判る気がするよ」

「わたしもそう思います。で、カナタさんももうちょっと悪い子になっていいと思いますけどね。折角海賊になってたこともあるわけですし、現代なら前科持ちですよ」

「悪い子って言われても……。どうしたらいいか判らないよ」

「簡単ですよ。自分の感情を押し込めず、ムカついたら引っ叩く、苛立ったら叫び出す。我慢しない」

「それじゃただの危ない人だよ」

「でも本当に、我慢は身体にも心にも毒ですよ。言いたいことはしっかりと言わないと」

「……頑張る」

 急に言いたいことが思いつくわけではないが。

 元来素直なカナタは、ラニーニャの助言をありがたく受け取ることにした。それが発揮されるかどうかはまた別の話として。

「それにしても」

 急にラニーニャは話を転換する。

 彼女の視線の先、通路の横側には部屋があり、中には瓦礫や魔物の死体が転がっている。

「ここを歩いていると、元の世界を思い出しません?」

 真っ直ぐに伸びた通路に、そこに隣り合うように存在する幾つもの部屋。その中には人が住んでいたような形跡や今となっては正体の判らないものが幾つも転がっている。

「全然思い出さないけど。どんな危険なところに住んでたの?」

 こんな不気味なところはカナタが住んでいた街にはない。

「そうではなくてですねー。うーん、なんて言ったらいいのか。なんか奇妙な既視感があるんですよ」

 その後もラニーニャはうんうんと唸りながら歩いていたが、突然何かを思い出したかのように声を上げた。

「地下街です! 地下鉄駅と一緒になってる地下街ってこんな風になってません?」

「うーん」

 腕を組んで考え込む。そう言われてみればそんな気がするかも知れない。

 考えながら歩いていると、前を歩いていた二人が立ち止っている。

 通路はそこで終わり、そこから先は開けた場所になっていた。

 広々とした空間に幾つもの柱と、やはり壁は殆どがくりぬかれて部屋のような形に区切られている。

 それを見てカナタは改めて、ラニーニャの言ってることがそれほど間違いではないような気がしてきた。

「ねえ、ヨハンさん」

「どうした?」

「このダンジョンって、何のために誰が作ったんだと思う?」

 それは誰もが思いつく問い。実際パーティを組んでダンジョンの中を冒険してこの会話が出たことは一度や二度ではない。

「……俺もそれほど数を知っているわけではないが、これまで発見されたダンジョンは恐らく全て大昔の遺跡のようなものだと考えている」

「そうだよね。今、ここにダンジョンを掘る人がいるわけないしね」

「ああ。古代の人間……いや、人かは判らんが。取り敢えずその何者かが何らかの目的で作ったものだろうな」

「目的とは一体何でしょうね? これだけの広さの構造物を作る理由とは?」

 ラニーニャが横合いから会話に参加する。

「物によっては単純に財宝を隠すため、と言うのもあったようだがな。他にも俺が知ってる限りでは外敵から身を護るための要塞のようなものもあった」

「ふーん。で、ここは何が目的で作ったの? やっぱりお宝?」

 そう尋ねるクラウディアは、お宝に目を輝かせている。

「それは考えにくいだろうな。財宝を隠すだけの目的にこれだけの広さが必要とは考えにくい」

「えー!」

「で、でも、ダンジョンの中には貴重なものもあるよね? ボクも何度が持ち帰ったし」

「それは古代の物品が長い年月を経て価値が出ただけに過ぎないだろうな。それらをここに放置した奴等からしたら、大した値打ちもないものである可能性もある」

 未知なる魔力を放つ宝石や、見たこともない魔物の部位。

 それだけでなく未だ解析が進んでいない金属製の武具に用途不明なものまでここで見つかって運び出されたものは多岐に渡る。

「だが、それらも全ては予想に過ぎない。勿論これだけの広さを使って隠しておきたい宝があるという可能性も充分にありえるだろうからな」

 それを聞いて、萎えかけていたクラウディアの気力が再び回復した。

「だよねー! 絶対なんかあるって、そしたらみんなで山分けだよ!」

「いや、俺達の目的は魔物の討伐なんだが。それに討伐すれば相当な金が手に入るぞ。俺は別に要らないから、三人で分けるといい」

「判ってないなー、よっちゃんは」

 クラウディアが指を立てて横に振る。

「冒険の果てにお宝があるのがいいんじゃん」

「判るような、判らないような」

 苦笑いを浮かべるカナタ。

 そんな話をしていると、一行は目的の場所へと辿り付いた。

 その広い部屋の中央にある、更に下の階へと続く階段。

 そこからは壁や床の劣化も激しく、所々土や石が露出している。

「ここからは地図も役に立たんな」

 ヨハンが今度こそ、先程の魔道具を取り出す。

 球体は階段の下に転がって行き、何も書いていない地図に地形が描かれていく。

「例の魔物は地下三階にいる。ここからは気を引き締めていくぞ」

「うん」「はい」「任せといてよ!」

 三者三様の返事を聞いて、ヨハン先頭として四人組は更なる深みへと降りていった。

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