第二節 お騒がせ娘達
彼女等が連れていかれたのは、牢屋ではなく、クラウディアが望んでいた通りのイシュトナル要塞だった。
横に並んだ三人を前にして、顔を真っ赤にしたアーデルハイトが腕を組んで溜息をついている。心なしか、その動作はいつもよりも熱っぽい。
「よっちゃん久しぶりー。元気してた?」
「お久しぶりですよっちゃんさん。それで、できるだけ早いところこの縄と解いていただけると助かります。……それとも、拘束された女の子を見るのが趣味とか?」
三人はそれぞれ後ろ手に縄を掛けられているが、それは形だけのものだ。その気になれば簡単に抜け出すことができる。それでも勝手に縄を解かないのは、一応悪いことをしたという自覚があるからだろうか。
「……ごめん」
「別にカナタが謝ることではないけど。けほっ」
「事情は聞いている」
ヨハンのその一言を合図にするように、アーデルハイトは咳き込みながら縄を解く。
「アーデルハイト、風邪?」
「違うわ。こんなに暖かいのに風邪を引いたとしたらわたしが間抜けみたいじゃない。けほっ」
「間違いなく風邪だ」
呆れたようにヨハンがアーデルハイトの後ろで答えた。
朝からずっとそう言っているのだが、彼女は認めようとしなければ帰ろうともしない。どうにも自分が風邪を引く間抜けになるのが嫌らしい。
カナタ達が来る直前も、本日三度目となるその問答が行われていた。
そのまま彼女がカナタを自由にし、カナタがラニーニャ、そして最後にクラウディアと、順番で両手の拘束は呆気なく解かれた。
「そっちの件は後で聞くとしてだな。クラウディア、ハーフェンの顔役の娘であるお前が大勢のエトランゼが出入りする施設で揉め事を起こす意味、理解しているだろうな?」
「仕掛けてきたのは向こうからだよ? よっちゃんはアタシがあいつに攫われてもよかったっての?」
「別に攫うつもりもないだろうに」
「いやどうだかねー。あいつ、顔はいいけど表情は厭らしかったし。うん、あのセクハラ貴族野郎を思い出すんだよね」
以前、クラウディアは素行の悪いオルタリアの貴族を一人、船から海に放り投げたことがある。
「人の身体べたべた触ろうとしてさ。気持ち悪いったらないよ」
全く悪びれる様子もないクラウディアに呆れて、ラニーニャに視線を移す。暗に監督不行き届きだと言いたいのだが。
「なんか嫌な雰囲気でしたよね。余計なことかも知れませんがカナタさん。お友達は選んだ方がいいですよ」
こちらもまた、悪いことをしたとは微塵も思っていないようだった。
「……まあ、二人のおかげでカナタが助かったようだし、これ以上は責められないが」
「そうですよ。クラウディアさんなんか窓から様子を見て、わざわざ道に迷って振りして飛び込んでいったんですから。あれ、これって言わない方がいいんでしたっけ?」
「ラニーニャ! ……気分悪いじゃん。大人が寄ってたかってカナ助みたいなチビを囲んでさ」
「そのカナ助ってやめてよ。後チビって、クラウディアもそんなに変わらないじゃん」
「アタシはこれから伸びるからいいの。毎日牛乳飲んでるし」
クラウディアのたわわに実った胸部の理由はそこにあるのかも知れない。
「……今余計なことを考えなかった?」
熱のあるアーデルハイトの冷たい視線を避けながら、ヨハンは次の疑問を口にする。
「それで、ハーフェンの二人は何の用があってここに来たんだ?」
「へ? 普通に観光だけど」
「後、スシショクニンを探しています」
「……なに?」
「ほら、今までアタシ達がやってた海洋警備をイシュトナルの兵隊さん達が変わってくれてるじゃん。それはありがたいんだけど、やることなくなっちゃってさ。しばらくは家でゴロゴロしてたんだけど、そしたらパパが煩いのなんのって。だから飛び出して来た」
「商家の娘なら商売の勉強をすればいいのでは?」
「アタシ、ベンキョウ、キライ」
何故か片言でクラウディアは言う。
「そうは言ってもちゃんとマルク様の許可は取って来ていますよ。はい、よっちゃんさん宛にお手紙とお土産もあります」
ラニーニャが肩に掛けていた大きめの鞄を降ろして、そこから次々と品物を取り出しては来客用のテーブルに並べていく。
珍しい酒に宝石類、珊瑚や氷漬けにされた魚介類まで一挙に詰め込んであった。
「生臭そう」
「このお魚を運んでくるのがラニーニャさんの目的でしたので、これらの品物には犠牲になっていただきました」
「……二人とも、この手紙は読んだか?」
そう質問すると、二人は揃ってふるふると首を横に振る。
ヨハンは無言でそれを差し出し、クラウディアが手に取る。
続いてそれをラニーニャに手渡し、彼女が上から下までざっと流し見る。
しばし無言で手紙を眺めてから、顔を見合わせた。
「クラウディアさん、お嫁に行くんですか? よっちゃんさんの?」
「みたいだね」
「な、な、なにごほっ、それ、は!」
「ヨハンさん、どういうこと!?」
咳き込んで息を切らせながら手紙をひったくり読み始めるアーデルハイトと、ヨハンに詰め寄るカナタ。
「落ち着け。一番驚いてるのは俺だ」
マルクからの手紙には、しばらくクラウディアの面倒を見てくれるようにとのことに加えて、ヨハンさえ良ければクラウディアを妻に娶らないかとの提案がしてあった。彼女が持って来た品々はどうやら持参金の一部と言うことらしい。
「あっはっは。パパ、随分とよっちゃんのこと気に入ったんだね」
「一応は街を救ってくれた恩人ですしね。それも無償で」
実際には経費は掛かったが、それ以外にヨハン一切の報酬を受け取っていない。ハーフェンがイシュトナルの傘下に入ったことすら、全て彼等の意志に委ねてある。
「笑い事じゃないよ!」
「いや、笑い事でしょ。別に絶対結婚しろって書いてあるわけじゃないんだし、そんなに深刻そうに構えなくてもいいじゃん。まずは婚約者ってことで」
「それでも充分問題よ」
「あら、何か問題があるのですか?」
アーデルハイトの一言に、横合いからラニーニャが口を挟む。
「それは……その。問題だからよ」
「そ、そうそう。問題だよ!」
珍しく歯切れの悪いアーデルハイトに、取り敢えず同意するカナタ。
「そもそも貴方はいいの? クラウディアは親友なのでしょう?」
「そうですねぇ」
頬に指を当てて、ラニーニャは考え込む仕草を見せる。
「そもそもこちらでは良家の子女の結婚相手を親が決めるのは普通のことですし。恩もあり発展を続けるイシュトナルの重役となれば相手として申し分ない。人間性に関しては浮気が心配なこと以外はまぁ、ラニーニャさん的には合格ですし」
「浮気はせんぞ」
「結婚を前提で話を進めないで」
アーデルハイトの容赦ない突っ込みが入る。
「それにほら、クラウディアさんがよっちゃんさんと一緒になればラニーニャさんもこっちで優雅な生活に移れますし」
「あー、もう!」
「落ち着け。別に結婚はしない」
苛立ちが頂点に達しかけたアーデルハイトの頭に、ぽんと掌を置く。やはり普段よりも体温が高い。どう考えても風邪だろう。
「……ならいいけど」
取り敢えずはアーデルハイトを落ち着かせることには成功したので、話を戻すことにする。
「本当はよっちゃんに観光案内してほしかったんだけどさ。ちょっと面白そうなもの見つけちゃったからねー」
ラニーニャが懐から一枚の紙片を取り出す。
ヨハンもそれには見覚えがあった。先日、ギルドが発行した依頼書で、ダンジョン内で発見された魔物を討伐すれば破格の報酬が与えられるものだ。
「ねえねえカナタ。これ、行くんでしょ?」
「行くつもりだけど……」
歯切れが悪いその理由は、一緒に行動するメンバーのことだ。
相応に危険な仕事だと言うのは判っているし、それ故に実力的に信頼できる仲間が欲しい。
「仲間にあてがないよ。トウヤ君も今は忙しいだろうし」
窺うようにヨハンに視線を送る。
「……だろうな。連日厳しい訓練で死にそうになっているぞ」
「トウヤって誰? カナタの恋人?」
目を光らせながらクラウディアが尋ねる。
「ううん、友達。うーん、トウヤ君は無理だし……後は」
ヴェスターと言う怪物が頭に浮かんだ。彼なら面白そうなことなら仕事をサボってでも来そうなものだが、カナタとしては一緒に行動するのが嫌なので候補から除外する。
「いやいや、何悩んでんのさ? アタシと、ラニーニャと、カナタで三人。戦力的には充分でしょ?」
「いや、充分ってわけじゃないよ。でも、うーん……」
腕を組んで考え込んでしまう。
クラウディアの言っていることには一理ある。シュン達を否定するつもりもないが、下手に数を揃えるよりは少数精鋭の方が余程戦いやすい。
それにクラウディアとラニーニャの実力、度胸共に本物であることはカナタも理解している。最早人外の強さを誇るヴェスターを除けばこの上ない逸材だろう。
「で、後はよっちゃんに来てもらえれば細かい部分も問題ない! うん、それで行こう!」「それは、そうなんだけど……」
再び、カナタは無意識に上目遣いで伺いを立てる。
ヨハンのことは実力、性格共に強い信頼を寄せているが、彼もトウヤ達と同じく仕事がある身だ。
ダンジョンに潜るということは数日間ここを留守にするということになるし、それができるとは思っていなかった。
「いいぞ」
「いいの!?」
驚きの声を上げるカナタだが、ヨハンとしては逆に、一度はダンジョンに向かうつもりではあった。
本来はもっと早い方がよかったのだが、色々とごたごたがあったので遅れてしまっていただけの話だ。
祭りの件も片付き急ぎの仕事もなくなった今、タイミングとしてはちょうどいい。もしカナタの誘いがなければクルトに頼んで一部隊を借り受けて向かうつもりだった。
「やったー! よっちゃん太っ腹! 流石アタシの旦那様候補! ほらほら、カナタももう片側空いてるよ!」
自分の武器を知ってか知らずか、ヨハンの腕に甘えるように抱き付くクラウディア。
そして彼女に唆されるままに、カナタも控えめにもう片方の腕にしがみついた。
「……まあ、その旦那様とか言う妄言は置いておくとして。けほっ」
ぐいと、アーデルハイトがクラウディアを引き剥がす。クラウディアは「ぶー」と文句が言いたげな顔をしていたが、この状況を楽しんでいるようでもあった。
「仕方ないわね。それで、出発はいつにするの? 準備をするのなら早い方がいいでしょう?」
言葉とは裏腹に、表情はやる気満々のアーデルハイトだが、それに対してヨハンは苦い顔をしている。
「あのさ、アーデルハイト。どう考えても風邪引いているわけだし、連れてけないと思うよ」
可能な限り柔らかく、カナタはそう伝えた。
ヨハンもそれに同意すると言わんばかりに深く一度だけ頷く。
「風邪ではないわ。ちょっと頭が痛くて咳が出て、それから気分が悪くて寒気がするだけよ」
どう考えても立派な風邪だった。
「……どうしても?」
カナタを真似るように、上目遣いに尋ねる。多少の我が儘なら聞いてやりたくなるほどに魅力的な仕草ではあるのだが。
「駄目に決まっているだろう。それに今日はもう帰らせるぞ。カナタ、すまないが家まで送って行ってやってくれ」
「はーい」
「あのー、皆さん」
しばしの間黙っていたラニーニャが手を上げる。
「スシショクニンはどうなったんですか? なんかダンジョンに行く話になってますけど。わたしはエトランゼの多いイシュトナルならニッポンの伝統料理スシが食べられると思って、わざわざ生魚を冷凍して持って来たんですよ!」
「他を当たれ」
その後もラニーニャが余りにもしつこかったので、サアヤを紹介しておいた。彼女が寿司を作れるのかは知らない。要は面倒になったので押し付けただけだ。
「……いいわよ。わたしはみんなが戻ってくるまでの間、そのスシとやらの勉強でもしているから」
「いや、風邪治しなよ」
と、カナタの至極真っ当な一言がアーデルハイトに止めを刺した。
「……そうね。けほっ」
▽
イシュトナル要塞より南に遠く。
北側に広がるオルタリアの広大な大地の大半を占める肥沃な大地とは真逆の荒野が広がっている。
起伏が激しく、所により地の底まで広がるような裂け目が広がるその地はアルゴータ渓谷と呼ばれている。
魔物が多く出没し、痩せた大地であるその場所は長年不毛の地であると言われ続け、大規模な入植がなされることはなかった。
もう一つ、南の国家であるバルハレイアがオルタリアに侵攻してきた場合、この場所が主戦場となるであろうと言う理由もある。
これまでも、そしてこれからも人々の目に触れることのないであろうと思われていたアルゴータ渓谷はこの数ヶ月で大きく立場を変えることになった。
「アルゴータ渓谷からはもともと鉱物資源が採掘されていたんだ。だから小さな集落は幾つかあるし、昔からそこで働いている者達もいる」
荒野に伸びる道を進みながら、ヨハンが語る。
既に何度も冒険者達が行き来したこともあって、ダンジョンのある渓谷の奥地までは判りやすい道標が幾つもあった。
その道中には幾つかの村もあり、本来はアルゴータ渓谷で採掘をしている工夫達が暮らしているのだが、ここ最近ではで冒険者達を相手に商売を行ってもいる。
「だが、そこでネックになっていたのが魔物の襲撃だ。大規模な街を作れば奴等の目に留まり攻撃される。元々オルタリアは農業と商業で栄えていた国だ。危険を冒してまでそれらを駆逐して、生産量を上げようとは考えなかったようだからな。この場合、渓谷を安全地帯にしてしまえばバルハレイアから襲撃を受ける危険性も考慮してのことだろうが」
道中の気分転換に話をしているのだが、クラウディアは最早そんな話は聞いていない。
カナタも話半分で、意外なことにラニーニャは黙ってそれに聞き入り、所々に質問を返していた。
「そのバルハレイアの情勢は今はどうなっているんです?」
ヨハンの隣に並んで歩くラニーニャは、その顔を覗き込むようにして質問する。
「時折道を大きく迂回してやってくる商人達の情報によれば、国内の情勢はややきな臭い。どうにも今の王とその息子である第一王子が不仲らしくてな。詳しいことは判らないが」
「後継者争いでも起きたのでしょうかね?」
「そんなところだと予想はしている」
隣国の情勢は、オルタリアの未来に関わることだ。穏やかな日々を過ごしていると忘れそうになるが、オルタリアは今内戦状態にある。他国からの介入があるとすれば絶好の機会なのだから。
「ねぇー、よっちゃん。その話つまんなーい!」
「退屈だから何か話をしろと言ったのはお前だろうに」
クラウディアの一言によって始まったヨハンの話だが、当の本人にはすこぶる不評のようだった。
「それで、ヨハンさんはどうしてアルゴータ渓谷に調査隊を派遣したのです?」
頬を膨らませて文句を言うクラウディアのことは半ば無視して、ラニーニャは引き続き話を続けようとしていた。
「単純に鉱物が欲しかったからだな。オルタリアの本国と戦う際には必要になるだろう? それからイシュトナルの生産力を上げるためにも手っ取り早い。更に言ってしまえば、冒険者達の仕事も増える。もし魔物の大半を掃討し、この場所が全て自由になればそこから得られる物は大きい」
半ば博打のようなもので、結果が出なければ早々に撤退するつもりでもあった。
しかし、幸か不幸かその調査隊はダンジョンと言う未曽有の大物を発見する。
そこから持ち帰られる珍しい魔物の部位やダンジョン自体から発見される宝物の数々は、イシュトナルの発展や冒険者の地位向上に多大な貢献をしていた。
「はー。色々やって来たんですねー。ラニーニャさんは感心します。それで、もう一つ質問があるのですが」
「なんだ?」
「エトランゼのためと謳いながらエトランゼを戦いの道具とする。それに付いて何かコメントをお願いします?」
おどけながら背伸びをして、手をマイクを握るような形にしてヨハンの口元に寄せるラニーニャだが、その目は真剣だった。
「コメントはない。事実だからな」
エトランゼで構成された遊撃隊も、冒険者達も、それがギフトを持っていることを前提とした戦う者達だ。
イシュトナルはエトランゼにギフトを使わない生き方を認めている。サアヤのように、認められれば普通の職に就くことは決して不可能ではない。
だが、それはあくまでも本人に何らかの一芸があったり運よく仕事にありつけた場合の話だ。
そうでない者達は未だにギフトを使った戦いを生業とする必要がある。
彼等の生活はこれまでよりは多少裕福になったが、決して劇的な変化を遂げたわけではない。
そしてエトランゼの中にはそれを受け入れてイシュトナルで暮らす者達とは別に、大きな変化を求める者達もいる。
「だがそれは、この世界を生きる上では普通のことだ」
兵士がいて、傭兵がいて、労働をする者達がいて。
王族や貴族でない一般人はそうやって生活している。
食うに困って賊に身をやつす者もいる。運よく一山宛てて富豪となった者達もいる。
そこにエトランゼであるかどうかは関係ない。皆同じように、この彼方の大地で必死で生きているだけの話だ。
「なるほど。この世界の『普通』にエトランゼを合わせさせるですか。帰還ではなく統合が貴方の目的」
「……だいたいはそれであっている。そこにギフトを生かすのも生かさないのも運と本人の意思次第だ。ギフトが弱いのなら他を生かして生きればいい。逆に強すぎるのなら」
視線が一瞬だけ、クラウディアにからかわれながら前を歩いているカナタを見る。
強すぎる力は孤立を生み、彼等は人の輪には入れない。
誰の目にも触れられぬ場所で隠棲するか、それができない大半の強い力を持ったエトランゼは戦いの道を選ぶ。
「決して力が強ければ幸福ではないと。ならやっぱりこの程度の力を貰ったラニーニャさんはそれなりに幸福と言うことでしょうか?」
水筒の中身を掌に空けて、それを細長く伸ばしてヨハンの頬に触れさせる。
それからくるくると自分の腕に巻きつけてまた水筒の中に戻して見せた。
「大した力だとは思うがな。だが、どちらかと言えば賞賛すべきは身のこなしと剣の腕か。よくそこまで技を磨けたものだ」
「あら、お褒めの言葉を頂いて光栄ですね。口説いてます?」
「だったらもう少し言葉を選ぶ。結果が出るかは別としてな」
くすりと小さく笑って、ラニーニャはクラウディア達の輪に入りに行く。どうやらヨハンの出した答えは、彼女の満足させるに足るものだったらしい。
そんな話をしている間に、アルゴータ渓谷の中心地である谷合が見えてきた。
反対側の大地に挟まれるように深く、大地を両断するように刻まれたその裂け目の下にダンジョンはある。
反対側に向かって掛けられた大きな吊り橋のすぐ横に、下に降りるために緩やかに整えられた斜面が広がっていた。
「ヨハンさん! 様子が変だよ!」
先を歩いていたカナタが、そう叫んだ。
彼女が覗き込む下は暗くて見えないが、そこから聞こえてくる声と音は戦いのものだ。
「先に言った冒険者達が魔物と交戦しているのかも知れないな」
「でも、ここまで音が響いてくるぐらいに激しい戦いなんて……。ボク、しばらくこの辺りを行き来してるけど魔物の群れに出会ったことも殆どないよ」
アルゴータ渓谷に魔物が大量にいたのは既に以前の話。今は定期的に訪れる冒険者達に討伐されていて、大規模な徒党を組むことはなくなっていた。
「行ってみりゃ判るじゃん!」
言いながら、傍に備え付けてある頑丈なザイルを使って斜面を滑り落ちていくクラウディア。
「危ないよ!」
言いながらもカナタもさっさと降りていってしまう。
残ったラニーニャとヨハンは一度顔を見合わせる。
「人選を誤った、とか思ってたり?」
「いや。このぐらいの方がいい。俺一人では慎重になり過ぎる」
そう言って、二人同時に下へと降りていった。
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