第十三節 海上決戦

 そして時間は流れて、遂に決戦の日がやってきた。

 ヨハン率いる武装商船団は全六隻の船を投入し、後数分も立たないうちに御使いが陣を張るあの海域へと突入することになる。

 部隊の指揮はクラウディアに一任。ヨハンは重要な場面でだけ指示を出す手筈になっていた。

 改修によって魔操船と化した船達は真っ直ぐに目的地へと向かって進み続ける。

 近くの空に、暗雲が見える。

 それも御使いがこの海域を占領してからずっと、空に在り続けるものだ。

 次第に海が荒れ、禍々しい何かが飛び回る群青が眼下に広がる。

 カナタはそれを眺めながら、握った拳に力を込める。

 あの場所に、マーキス・フォルネウスがある。

 ベアトリスの雄大な墓標を踏み躙るのは、例え御使いであろうとも許してはおけない。

「おぉーい、嬢ちゃん!」

 遠くから声を掛けられて、カナタはびくりと身を固くしながら振り向くと、隣を併走する船の上に粗野な男の姿があった。

「……ジャックさん!」

 ニッと笑って見せるジャックだが、腕や足には痛々しい包帯が巻かれている。

 武装商船団に保護された海賊達は皆捕虜となり、一先ずは傷の治療を受けていた。

 そんな彼等が船を一隻借りたいと申し出てきたのは先日の話だ。

 ベアトリスの仇が海にのさばっていたら、ゆっくり眠れもしない。その一心で、ジャックを初めとする生き延びた海賊達は船への乗船をクラウディアに頼み込んだ。

 多くの仲間を失いその数は十人程度しか残ってはいないが、ベアトリスと共に戦った海賊達の心は一つ。

 悪党として生きた自分、その生を認めてくれた彼女との落とし前を付けるために。

「後方支援は任せといてくれ! 嬢ちゃん、死ぬなよ!」

 そう言い残して、手を振りながらジャックは甲板を離れていく。

 ゆっくりと船体が離れ、お互いの声も聞こえなくなる。

 それと入れ違いになるように、クラウディアが上ってきた。

「何ぼーっとしてんの? そろそろだよ」

「……別にぼーっとしてないよ」

「アタシの足を引っ張らないでね、エトランゼ?」

「……そっちこそ」

 不敵に笑うクラウディア。

 そのままカナタの隣に並び、遠くの海を見る。

「でも驚いたよ。まさか作戦が殆どないとはねー」

「……御使い相手はね。人間相手とは違うから」

「お、言うじゃん。経験者は違うね」

「そうだよ。どれだけ危険か判ってるから、来てほしくなかった。……ベアトリスさんは貴方達を認めてたから、ボクも貴方達の為に海を取り戻してあげたかったし」

「余計なお世話」

「うん。そこは反省してる。でも、死んでほしくないのは本当だよ」

「何度も言わせないでよ。海に出た時点で命なんて捨ててるって……」

「それも禁止」

「なんで?」

「ボクが嫌だから」

「我が儘だなぁ。よっちゃんも苦労してるね」

「ヨハンさんは関係ないでしょ!」

 睨み合う二人。

 噴き出すように息を吐いてから、カナタは一つの疑問を口にする。

「なんで、ジャックさん達に船を貸したの?」

 仇討ちと言う目的があったとしても、彼等は海賊だ。クラウディア達を裏切らない保証は何処にもない。

「んー……。別に、理由なんかないよ。あいつらがやりたいっていうからやらせるだけ」

 特に考えた様子もなく、クラウディアはそう言った。

 きっとそれは嘘ではない。本能的に彼等の望みを知り、それを了承しただけの話だ。敢えて理由を付けるというのならば、海に生きる者としての共感だろうか。

 たったそれだけのことで人を信じれるクラウディアは、何処かカナタと似ていて相性が悪いが決して嫌いではない。

 お互いにこの関係が一番収まりがいい。少なくとも今は。

「船長! そろそろですぜ!」

 見張り台からの声を聞いて、クラウディアが改めて正面を見据える。

 そして何かを察知してから、息を吸い込んで大声で指示を発する。

「来た来た来たぁ! 総員、戦闘準備! トルエノ・エスパーダは正面からあのでかぶつに突っ込む! 他の船はその援護!」

 その声は両隣まで響き渡り、そしてそこから同じ指令が残りの船へと伝番する。

『アイ・マム!』

「ハーフェン魂を見せつけろ! ここで情けない姿を見せたら、海の底の海賊に笑われるぞ!」

『アイ・マム!』

「アタシ達の海は、アタシ達で護るんだ!」

『アイ! マム!』

 それはまさに、天性のカリスマだった。

 彼女の声には、先頭に立つその姿には人を惹きつける何かがある。

 カナタには決して真似できないその姿を、少しだけ羨ましく思う。

 自分にもそれがあれば、もっとヨハンの役に立てたかも知れないのに。

「さあさあ、来るよ来るよ!」

 飛沫が立つ、大波が正面から襲い掛かる。

 その合間に見えるのは、白い皮膚を持つ怪魚の群れ。小舟ほどの大きさもある不気味な魚達が、貌のない顔をこちらに向けて迎撃態勢を整えていた。

「来るよ!」

「カナタ! バリア!」

「へっ……!」

 間抜けな声を出しつつも、身体はしっかりを反応する。

 船の先端に立ち、両手を前に突きだしてセレスティアルの壁を作り出す。

 魚達の顔先から圧縮された水圧が、船を撃ち抜かんと放たれる。

 それらはカナタの生み出した壁を貫けず、霧散して消えた。

「いきなり指図しないでよ!」

「ぼーっとしてないで」

 横合いから声が一つ。

「お先に失礼しますよ。格好いいところ、見せたいので」

 続いてもう一つ。

 箒に乗って空に舞い上がるアーデルハイトに、水面を駆けるラニーニャ。

 二人の少女は空と海から、どの船よりも早く攻勢に出た。

「うん。やっぱり両目が見れるっていいですね。……ラニーニャさん、絶好調ですよ」

 体当たりを仕掛ける魚の一匹をひらりと避け、すれ違いざまに水の刃がその腹を裂く。

 遠距離からの水圧による砲撃も難なくかわし、次が来る前に距離を詰めて一気にその身体を斬りつけた。

 時には波間に身を隠し、また時には海の中へとその身体を沈め。

 変幻自在の動きをするラニーニャを、水上で捕らえられる者などはいない。

「巻き込まれるわ。少し沈んでいて」

 アーデルハイトの声が空から響く。

「えっ?」

 空から稲妻が降り注ぎ、一度に十体以上の怪魚の動きを止めたのはほぼ同時の出来事だった。

 目を晦ますような雷光に一瞬視界を塞がれて、辛うじてそれが平常に戻る頃には、間一髪で水中に回避していたラニーニャも浮上している。

「ラニーニャさんごと巻き込もうとしましたよね! しかも倒せてないじゃないですか!」

「威力の調整が難しいのよ。船ごと消し炭にしてもいいのなら楽なのだけど」

 槍のように先端の尖った杖を、再度海面に向けるアーデルハイト。

 そのまま一気に高度を落とし、怪魚達に接近し、至近距離で雷を浴びせて倒していく。

「二人とも凄い! やるじゃん、アタシも燃えてきた!」

「船長! 接触します!」

「待ってました!」

 クラウディアとアーデルハイトが幾ら奮戦しようが、相手の数は尽きることはない。

 トルエノ・エスパーダを先頭とする武装商船団は未だこちらに牙を剥く怪魚の群れの中に、正面から突っ込んだ。

「銃、弓を構え! 手が空いてる奴は槍を構えて、あいつらを甲板に着地させるな!」

 怪魚達は狙いを船に向けて、一気に水面を泳いで肉薄する。

「アタシの出番だね。いっくよー!」

 そう言って彼女が持ちあげたのは、ライフルどころの騒ぎではない大きさの銃だ。全長はクラウディアと同じぐらいの大きさで、長く伸びた砲身は白銀の光を放っている。

 ヨハンの持つヘヴィバレルよりも細身だが長身で、とてもではないがまともに取り回しができるとは思えない代物だった。

「初陣だよ。アタシに力を見せてみなよ、オールフィッシュ!」

 轟音が空と海を震わせる。

 連続して放たれるその砲火の弾幕はこの世界に存在する他の如何なる銃器の比ではない。

 火花を上げ、炎を散らし、鉛の弾が空気を切り裂く。

 目の前に飛び上がった御使いの眷属、その怪魚が一瞬にして固い身体をずたずたに切り裂かれて海に落ちていく。

「これ、すっごい気持ちいい!」

 試射の時とは違う、実戦での使い心地。

 腕に伝わる圧倒的な痺れに、クラウディアは全身を悦びに振るわせる。

「あーっはっはっはっはっは! それそれそれぇ、どんどん落ちろぉ!」

 腕に、全身に、心に伝わる心地よい痺れに酔いしれながら、クラウディアの放つ弾丸は次々と怪魚を蹴散らして道を切り開いていく。

「っ、取り舵!」

 彼女がそれを叫んだのは、船乗りの本能に近かった。

 でなければ反応できるわけがない。そこに明確な理由を求められれば、答えようもないだろう。

 だが確かにそれによって船は左に避け、先程まで船体があった場所を、一直線に伸びる光が通過していった。

「来たよ、よっちゃん、カナタ!」

 眼前に現れたのは巨大な一隻の船。

 マーキス・フォルネウス、偉大なる海賊の船は、今や御使いの箱舟として姿を変え海の上を漂っていた。

 それはきっと頭を垂れて迎えるべき神々しき物なのだろう。

 この世界に生きる人が一生を掛けても決して見ることのできない光輝であり、羨望の的であるのだろう。

 だが、たった一人の乗組員を乗せて漂うその船はまるで幽霊船だ。

「アタシは海賊は嫌いだ」

 生まれ育った町を苦しめて母なる海で略奪を働くなど、冒涜もいいところだ。そんな連中に掛けてやる情けなど一片もない。

 そんなクラウディアにも許せないことがある。海で散った者の、その尊厳を踏み躙ることだ。それは例え神様でも、許されることではない。

「来た、本命だ!」

「船長!」

 浮足立った船員の声が聞こえる。

 それも無理はない。クラウディア自身今目の前で広がろうとしている光景が、嘘のようにしか思えなかったからだ。

 船の周囲に光の輪が広がっていく。

 それは次第に大きさを増し、幾何学模様を纏って肥大化する。

「避けっ……!」

「下がっていろ」

 後ろから飛び出してきたヨハンが、片手を前に突きだす。

 ローブの袖の部分が回路のように光り輝き、目の前に船全体を包むような光の壁を作り出す。

 それと敵の船、マーキス・フォルネウスから無数の光線が放たれたのはほぼ同時のことだった。

 横に並んだ六つの船。そこに正面から着弾し、容赦なく船体を削り取る、神の裁きにも似た光の剣。

 呆然としている暇はない。幸いにして、まだ轟沈した船は一隻もない。

「ラニーニャ!」「アーデルハイト!」

 カナタとクラウディアが互いの相棒の無事を心配して同時に声を上げた。

 片や空、片や水上から、こちらに向けて小さく手を振る影がある。あの砲撃を全て避けきり、そしてまだ戦いを続けようとしていた。

 尚更退けない。もうここまで来て、神様に喧嘩を売ると決めたのはクラウディア自身だ。

「そんなこけおどしを見せられても!」

 初めて海に出たときの方が何倍も怖かった。

 武装商船団を組織して、海賊とやりあった時の恐怖と興奮に決して勝るものではない。

「よっちゃん! あれ、もう一回弾ける!?」

「任せろ」

「よし! トルエノ・エスパーダ全速前進! 衝角突撃用意!」

 燃料を燃やせ、魂を燃やせ。

 敵は目の前、だとすればやることはただ一つ。

 一気に突っ込んで勝利を掻っ攫う、それだけだ。

 数多の海賊達が、自分達を獲物と見定めて舌なめずりをしていた馬鹿共が迎えてきた数多の末路を、神の使いにも見せてやれ。

「他の船は援護に回れ! 決着はアタシの船でつける!」

「アイ・マム!」

 威勢のいい返事。彼等に何度勇気付けられてきたことか。

 だが、事は全てこちらの思う通りには進まない。

 再び幾何学模様の光が広がり、無数の光線が蒼穹を薙いだ。

 ヨハンの結界によって大事は防いだものの、その一撃で二隻の船が大破し、航行不能にまで陥った。

 敵の猛攻はそれだけではない。

 無数に、それこそ無限にいるのではないかと錯覚するほどに海を埋め尽くす魚達は水面を蹴るようにして飛び上がり、白兵戦を仕掛けてくる。

「敵の数が多い……!」

 何度砲火が敵を薙ぎ払おうと、それでもまだ食らいつかんとする魚の群れ。

 あれは生き物ではない。だから例え仲間がどれだけやられようと恐怖も怒りもない。

 打算すらなく、生き残る意志すらもなく、命令のままに戦うだけの生き物。

 今まで見たこともないそれに、クラウディアは無意識のうちに小さな恐怖を覚えていた。

 そしてその奥に、マーキス・フォルネウスの甲板の上に、その姿は現れた。

 白い、何処までも白い衣を纏った美しき青年だが、そこに男としての魅力は感じない。パッとしないが、ヨハンの方が幾らかマシとさえクラウディアには思えた。

 あれにはまるで人間味がない。その表情からも窺い知れるように、こちらを単なるものとしか捉えていない。

「……御使い……!」

 横でカナタが息を呑むのが聞こえてくる。

 その身体は緊張でがちがちだ。唇を噛みしめて、またどうせ自分が何としてでもあれを倒さなければならいとでも思っているのだろう。

「アンタはさ。一人であれに勝てるの?」

「……判んないよ、そんなの」

 肩に手を置いて、微笑みかける。

 いけすかない少女だが、今は同じ船に乗って、同じ敵を討とうとする仲間だ。

 小さな蟠りは後にでも解決すればいい。今はただ。

「じゃあ、みんなで戦うんだ。判るよね?」

「……うん」

 呆けた顔でカナタは頷く。まさかクラウディアからそんな励ましを受けるとは思ってもみなかったようだ。

「来る!」

 その手から放たれた光が一直線にトルエノ・エスパーダへと向かう。

 カナタは船の最先端に立ち、セレスティアルの壁を広げてそれを相殺した。

 御使いは表情一つ変えることなく、次を放とうと構える。

 そこに上空から襲い掛かる影があった。

 紫電を纏った短槍のような杖が、御使いへと放たれる。

 しかし、彼はそれに一瞥もくれることはない。その槍そのものも、そこから放たれる雷も、セレスティアルの盾を貫くほどの威力はない。

「集え雷光……!」

 空気が爆ぜる。

 幾つもの魔方陣がアーデルハイトの周囲に広がり、そこから発生した雷が空気中でばちばちと火花を散らす。

 箒の上でバランスを取りながら、御使いの周囲を旋回し、あちこちに魔方陣を生み出していく。

 その掲げた右手を、真っ直ぐに御使いへと向ける。

「『ライトニングブラスト』」

 十を超える数の雷がそれぞれの魔方陣から、マーキス・フォルネウス全体を包み込むように放たれた。

 蒼雷は船の上から海上へと伝わり、あちこちで爆ぜ、怪魚達へと容赦なく降り注ぐ。

 それを受けてはただでは済まない。もしまかり間違ってこちら側に放たれたら、一瞬にして船団が壊滅しかねないほどの威力を持って、アーデルハイトは天才魔法使いとしての実力の片鱗をまざまざとその戦場に見せつけた。

「人間如きが」

 だが、それでも。

 御使いには遠い。

「その程度、児戯にも等しいぞ! 俺達が与えたやった大恩も忘れ牙を剥くなど、愚かしいにもほどがある」

 閃光が無数に広がる。

 アーデルハイトへの意趣返しのように、全方位に展開された光の膜から放たれた光線は、海上を走り容赦なくクラウディアの船団を傷つけ、次々と航行不能へと陥らせていった。

「嘘……!」

 これが御使いの力。

 世界を創造した父神エイス・イーリーネ。

 その僕であり、人の世を管理し裁きを下す者。人の理を外れた圧倒的な力だ。

「はははははっ!」

 高らかな笑い声が響く。

 奴が笑っている。御使いが、人間達の足掻きを、遥かに高みから見下すように嘲笑っているのだ。

「なにを勘違いしてこの俺に挑んできたのかは知らないが、お前達は相当な阿呆共だ。自らを省みず、なおも罪を犯そうとする愚か者達に掛ける慈悲などはない」

 世界が裂けるような音がする。

 光が空中に染みだすように溢れ、粒子が集まって何かを形作る。

「なにあれ!」

「……鳥だ」

 ヨハンが呟いた通り今度は白い身体に、所々翠色の線が入った身体を持つ、陶磁器でできた鳥のような物体が、その翼を羽ばたかせて一斉に船に向かって襲い掛かってくる。

 それは当然空を飛ぶアーデルハイトにも同様で、特に念入りに彼女を落とさんと一度に五匹以上が群がっている。

「せ、船長……! もう動ける船が!」

「怯むな!」

 再度、光が装填される。

 次なる破壊によって今度こそ全てを薙ぎ払わんと、御使いは言外に告げた。

 ヨハンの方を一度見る。

 彼の表情は変わっていない。相変わらずの仏頂面だが、焦った様子もなくこれでいいと判断していた。

 クラウディアはそれを見て一度大きく頷いてから、足元を強く踏み鳴らす。まるで自分の身体をそこに縫い付けるが如く。

「全速前進」

「ぜ、全速……前進?」

「聞き返してる暇があったら急げ! ……このまま突っ込む。いいんだよね、よっちゃん?」

「ああ、それでいい。頼む」

 更に加速する。

 目の前に広がる光が増していく。

 次にあれが放たれれば命はない。きっとトルエノ・エスパーダも残りの船も、全ては海の藻屑と消えていくだろう。

 だからその前に、一気に突っ込んで叩く。

 トルエノ・エスパーダは積み込まれたエンジンの出力を全開にして、推進器が鳴動する。

 船の背面下部に取り付けられたそれは突貫工事によるものだが、その性能は相当なものだ。エンジンを全開にすれば、相当な推力を生み出すことができる。

 加えて今は追い風。そこから発揮される速度は御使いの予想を遥かに超えて早い。

 波を打ち砕き、海を掻き分けてトルエノ・エスパーダは進んでいく。

 目の前に立ち塞がる海賊船へと向けて。

 指令を出しながらも、クラウディアの手が休まることはない。

 その手に持ったオールフィッシュは絶え間なく火線を放ち、迫りくる鳥を撃ち落とし続けている。

 その隣でヨハンがようやく重い腰を上げた。

 二つ折りになった銃身が広がり、一本の長い銃身へと変貌する。それに見覚えがあるのは、この中ではカナタだけだったが。

 機関部で電流が走り、装填された弾丸へとエネルギーが注がれる。

 魔力による電磁加速を利用した、リニアライフルとでも呼ぶべきその武器は、取り回しの悪さと装填の面倒さなど数多くの問題を抱えているが、威力だけならば一級品と自負できる。

「早い、これなら――!」

「敵の数が多いよ!」

 カナタの悲鳴のような声が聞こえてくる。

 目の前に広がる、陶磁のような白い羽の数々。

 御使いによって生み出された命無き鳥達は、その広げた翼に光を集い、光線のようにして一斉に放つ。

 それはマーキス・フォルネウスから放たれる光ほどの威力はなかったが、容赦なくトルエノ・エスパーダの船体を削り、その航行能力を落としてくる。

「後一歩……!」

 届かないのか。

 マーキス・フォルネウスの砲撃までもう時間がない。

 やはり人が神に挑むなど、無謀なことだったのかと、クラウディアは一瞬弱気に囚われる。

 だが、それもほんの一時。

「そのまま突っ込めぇ!」

 雄叫びにも似た決死の叫びと共に側面からの一斉射撃が鳥達を撃ち抜き、その態勢を崩させた。

 ――それは、真に神をも畏れぬ者達の決死の一撃だった。

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