第九節 ディオウル包囲戦
夜が明け、ディオウルは完全に包囲されており、逃げる隙間はほぼないと言っていい。
ヨハン率いるイシュトナルの兵達は街の中心部である講堂の周囲に、徹底抗戦の構えを見せていた。
そこに、兵達の間にざわめきが起こる。
敵の侵攻が始まったのかと身構えるが、どうやらそうではなさそうだった。
「ヨ、ヨハン様」
慌てた様子で伝令が、講堂に駆け込んできた。
「敵の将が……。ルー・シンを名乗る男がヨハン様と会談を申し入れております」
「ルー・シンが?」
後は号令一つでこちらをすり潰せばいいだけのこと。夜中の、余りにも迅速すぎる行軍のおかげで相手側の勝利はほぼ確定している。
それなのにそんな提案をすること自体が奇妙だった。
だが、上手く行けば無駄な流血を避けられるかも知れない。そう考えたヨハンはそれを承諾する。
伝令が戻って数分後、ルー・シンはやってきた。
驚くべきことに護衛にコテツ一人を伴っただけの状況で、敵陣を悠々と歩いてきている。
ヨハンは講堂から出て、兵達が遠巻きに見守るなか、中央広場にて二人は対峙する。
「コテツ殿。案内ご苦労」
「これ以上の護衛はよろしいかな?」
「結構。ヨハン殿はそれほどの卑劣漢ではないと、手前は考えているのでな」
コテツはそれ以上は何も言わずに数歩下がったところで二人を見守る。どうやら、ルー・シンの性格はよく判っているようだ。
テーブルも椅子もない、広場の真ん中で二人は向かい合ったまま、しばらく無言で睨み合う。
こちらの顔色でも観察していたのか、何かを察したかのように小さく頷いてから、ルー・シンは口火を切った。
「まずは、卿の手腕を認めよう。こちらの間隙を突いての進撃。戦争を変えうる二つの新兵器。どちらを取っても見事なものだった。
だからこそ一つ、提案がある。ヨハン殿。エーリヒ・ヴィルヘルム・ホーガンに仕える気はないか? 卿ほどの知恵者が味方にいてくれれば、今後についても何かと捗るのだが」
ヨハンが返答しようとしたところで、更にルー・シンは畳みかけた。
「個人的な条件はおいおいと相談するとして一先ずは……。ふむ、卿が今一番望んでいるものと言えば……差し当たってはここにいる兵全員の命と言ったところか?」
それはとんでもない提案だった。
ヨハン一人の身柄と引き換えに、ここにいる兵達全てを助けるというのだ。
凄まじいものを天秤に乗せて、ルー・シンはヨハンに突きつけた。
「そちらの軍門には降れん。俺はエレオノーラ様に仕えると決めた身だ」
「ほう。そうか、それは残念だ」
さして残念そうでもなく、ルー・シンは言った。
まるで最初からヨハンがこう答えるであろうと判っていたかのように。
いや、正確にはそうであれと願っていたのだろう。ここで兵達を救った名誉と引き換えに主を鞍替えするような男ならば、それはルー・シンに取って必要な人物ではない。
彼は兵を助けるつもりこそあれ、ヨハンを助ける気などさらさらなかったのだ。
「見物だな。手前が見たところ、やはり例の銃兵と砲部隊は前の街に置いてきたようだ。こちらの捕虜達もそちらか?」
その問いに対して無言を貫くヨハンだったが、それがルー・シンにとっては何よりも雄弁な答えとなった。
捕虜の護送と、万が一に備えて二つの兵種はクルト・バーナーと共に一つ前に制圧した街へと移動させている。そちらの防備こそを万全にしたかったのと、魔導銃も砲台も、連続での使用に耐えうるほどの耐久性が確保できていなかったことが理由ではあるが。
「では本題に入ろう。これは卿のことを知ってから長らく疑問に思ってたことでは、時によって夜も眠れぬほどに悩んだものだ。まったく、罪作りな男だな」
「本題?」
今の交渉が本題でなければ、これ以上何があるというのだろうか。
「手前がここに来たのは卿に質問をするためだ。……ヨハン殿、いや。名無しのエトランゼよ」
ルー・シンの目はヨハンの顔を真っ直ぐに睨んでいる。
そこから先の言葉に偽りがあるのならば、それを即座に見破らんと。
「卿は何のために戦っている?」
「……なん、の?」
「ただエトランゼを救うために邁進するわけではなく、かと言って私利私欲のためでもない。かと思えば自らの主を王座に据えるわけでもなく」
ルー・シンの一言一言が、打ち水のようにヨハンの心を冷やしていく。
それは決して、誰にも聞かれなかった言葉。何よりも、ヨハンにとっては致命的な質問となりうる。
「……俺は、エレオノーラ様に仕えている。その主の理想を叶えるために戦っている」
「それはつまらぬよ、ヨハン殿。それではエレオノーラの言葉を、卿の口から語っているだけに過ぎぬ。中身のない、何とも味気ないものだ。
答えを言ってやろうか、名無しのエトランゼ。卿はかつて最強と呼ばれていた、そしてその力故に選択することを拒否した。まるで神が人を見守り、傲慢にも時に裁きを与えるが如くな」
答えに詰まるヨハンに、ルー・シンは言葉を続けていく。
「そして卿は力を失った。その辺りの詳細は知らぬが……。それは自分の中の絶対が崩れるということ。ここ数年間は、なに、何のことはない。ギフトを失った自分が外の世界に出ることを怯えていたのだろう?」
「だからどうした? それがお前に、今この場で何の関係がある!」
それでも、例え声を荒げて見せたとしても。
ルー・シンの言葉を完全には否定できない自分がそこにいた。
「そこに偶然訪れたのだ。エレオノーラという女は。耳障りの良い、力を貸してもいいと思える理想に流されて、悪戯に力を消耗している。
だが、卿のその傲慢とも呼べる見苦しさは変わらぬ。神の如く、ただ目の前にある者を救おうとする浅ましさはな」
深く、ルー・シンが息を吐いた。
「最強のエトランゼ。その力は地に落ちてなお、手前に輝きを見せてくれるかと期待したのだが……。どうやら買い被り過ぎたようだ。ヨハン殿、そのまま借り物の言葉を語りながら、死ぬがよい」
ルー・シンは踵を返す。
そこに掛ける言葉を、反論をヨハンは何も持っていない。
ぽつりと、曇天の空から雨の粒が落ちた。
ルー・シンの姿が完全にそこから消えるころには雨は本降りとなり、世界の灰色に染め上げていく。
そしてその雨の中、鬨の声が上がり、地鳴りのような音が轟く。
――戦いの始まりの合図が鳴り響いた。
▽
戦いの前に、講堂で集まった短い時間で、既に今回の作戦は全て伝え終えてある。
その上で今ヨハンがすべきことは、『その時』が来るまでこうして街の中央広場で敵の攻勢から持ち堪えることだけだ。
住民の避難を終えた街は兵達の刃がうち交わされる音と、怒号と悲鳴に満ち溢れている。
南門から突入してきた敵部隊をエトランゼ隊が支え、東門はディッカーの部下であった兵達が必死で攻撃を受け止め続けている。
現状敵の包囲が薄いのは北門だが、そこから街の外に脱出したところでその先にあるのはソーズウェル。突破は不可能だろう。
唯一動きを見せていないのは西門だが、敵もこちらが予想外に抵抗したときに備えて、予備兵力として確保しているのだろう。
迫りくる盾と槍で武装した重装歩兵が、形ばかりのバリケードを破壊して、その防御力を生かして無理矢理に突破を図ってくる。
それを屋根の上に潜ませた弓兵の掃射で動きを止め、民家の中や路地裏に隠れたエトランゼ達がギフトを用いて迎撃。
最初こそそれによって押し留めることに成功したものの、敵の数は圧倒的に多い。戦力を順次投入されるだけでジリ貧状態に陥って来ていた。
「ヨハン様! 東側が敵に突破されました! 軽装兵の部隊ですが、一塊になってこちらに突撃してきています!」
「ヴェスターの隊を迎撃に! 手薄になる個所には俺が出る!」
兵士を連れだって広場を出る。
少し広場を離れれば最早戦場で、立ち並ぶ民家や商店の間には敵味方の兵が血を流して倒れている。
盾を構えて、狭い道を通らせまいと防ぐ味方の後ろ側から、ヘヴィバレルを構えて敵陣へとその銃口を向ける。
「道を開けろ! 一気に敵を蹴散らす!」
ヨハンの言葉で、兵士が一斉に退く。
それを好機と見た敵軍が前進すると、そこに対して引き金を引く。
豪快な発射音と共にヘヴィバレルから弾丸が発射される。
両手で保持しなければならないほどに巨大な銃身から放たれた弾丸は空中で炸裂して、そこから金属の小さな玉を敵陣に浴びせかける。
小さな、とは言ってもその口径は通常の散弾よりも遥かに大きい。圧倒的な加速から放たれたそれは、敵の分厚い鎧兜すら余裕で貫通する威力を見せた。
「ぐああぁ!」
「なんだ!?」
次々と悲鳴が上がるそこ場所に、容赦なく二発三発と打ち込んでいく。
敵兵はその火力の前に成すすべなく崩れ、倒れた味方に邪魔されて進軍が遅れ始めた。
「装填の時間を!」
「はっ!」
ヨハンが次の弾丸を込めるまでの間を、味方の兵達が身を盾にして時間を稼いだ。
敵もこれ以上やらせるわけにはいかないと、決死の覚悟でそれを突破するべく突撃してくる。
薄っぺらい兵士の壁一枚を抜けばいいだけだと、死を覚悟したお互いの兵士達は無我夢中で武器を振り、命を削りあっていた。
そこに次弾を装填したヨハンのヘヴィバレルが、二度目の砲火を放った。
「ここはこのまま時間を稼ぐ! その間に負傷者の救護しつつ後退!」
雨は激しさを増し、少し先すらも見えなくなっている。
そこに関しては、天運がヨハンに味方していた。そのおかげで敵の進軍は、ほんの僅かではあるが遅れ、厄介な弓兵が市街戦であることも含めてあまり役に立たなくなっていたからだ。
一方こちらの弓兵に関しては、高台と取ってそこから撃つだけで牽制としての役割は充分に果たしている。
「エトランゼ殿!」
「どうした?」
駆けこんできたのは、西側を見張らせておいた伝令だった。
「西側の軍が動きだしました! 一気にこちらを押し潰すようです!」
「……そうか」
ぐっと、目に入ろうとする雨水を拭う。
ヨハンの持つヘヴィバレルの火力に恐れをなしたのか、それとも西側から攻める部隊とより濃密な連携を取るためか、敵の部隊は波が引くように姿を消し始めていた。
「残った兵を中央広場に集めろ! 手筈通りに行くぞ」
まずは成功。ヨハンの苦し紛れの作戦も、最初の耐えるところが上手く行かなければそこで全て終わっていた。
それが何とか成功したことで安堵の息を吐くが、まだ状況は全く変わっていない。本当に力を尽くさなければならないのはこれからだった。
ヨハンは先程から頭の中に何度も響くルー・シンの言葉を振り払うように、次の行動に備えて思考を切り替える。
▽
「本当に大丈夫なのか?」
ヨハンの隣でそうトウヤが問いかける。
「……ああ。そのはずだ」
ヨハン達が次に起こす行動。それは西側に向かって逃げるというものだった。
西に展開している敵陣を抜ければ、そこから先は森林地帯が広がっている。森の中を通り、そこから各自フィノイ河の越えてイシュトナルに戻ることができる。
もし敵の警備が強まっても、ヨハンの予想が正しければ数日で和平が成立する。そうすれば命を狙われることもない。
最悪の場合でも武器防具を捨ててその辺りの集落に紛れてしまえば、当面の安全を確保することは難しくはないだろう。
問題は、その『時』がまだ来ていないことだった。
「報告! 東南両面の敵軍に動きあり! 再び隊列を組み直し、こちらに向けて進軍中です!」
伝令の兵からの報告に、トウヤが勢いよくヨハンの顔を見る。
「戦える者は武器を取れ。可能な限りここで敵を引きつける」
「はっ、ですがヨハン様は……?」
「後は小隊長の指示に従って西からイシュトナルに逃げるだけだ。俺もここに残って殿を務める」
今ここで敵の包囲を受けているのは間違いなく、ヨハンのミスだ。その責任は取らなければならない。
それに、今ここでヨハンが命を落とすことで上手く行く交渉もあるだろう。ヘルフリートがそれを聞けば、多少は溜飲も下がる。そうなればまだ兄妹の間に話しあいの余地もできる。
鉄の具足が石床を叩く音が、強まる雨の音に負けないほどに強くなっていく。
槍を持って最前線を悠々と進むのは、全身に鎧を纏った鋼鉄の兵士達。
その背後に幾つかの光が見えて、ヨハンは咄嗟に叫んでいた。
「魔法兵だ! 伏せろ!」
火球が、雨の粒を蒸発させながら幾つも降り注ぐ。
先程までいた講堂は破壊され、炸裂する爆炎に吹き飛ばされ中央広場は一瞬にして人々の憩いの場であったその面影すらも消し飛ばされる。
砕けた建物から飛び交う瓦礫が、それだけに幾人もの兵士を傷つけその場から動けなくさせていく。
「弓兵! 魔法兵を狙え!」
上空に放たれた弓が、最前線の兵を飛び越えて魔法兵を射抜くが、それでも殲滅にはまだ足りない。
次の魔法が展開されるよりも早く、敵陣を貫くためにトウヤ達率いるエトランゼが歩兵隊へと斬り込んでいく。
迅速な攻めだが、それでも次の魔法を止めることは叶わない。
赤い魔方陣が広がり、そこから放たれた無数の破壊の光が、再度広場に集うイシュトナルの兵達を焼き払おうとしていた。
「ジャマーを……!」
ヨハンが懐から取り出した小瓶が空中で割れて、中に入っていた粉が空中に散布される。
それに触れた魔法はまるで見えない壁にぶつかったかのようにそこで霧散して消えていった。
一度は凌いだが、次はない。本来ならば数分間は空中で停滞している魔封じの粉末は、雨によってすぐに溶けて地面へと消えてしまうからだ。
「西側の斥候から報告です! 敵軍の動きに乱れ在りとこのこと!」
「ようやくか……! 総員、殿を務めるもの以外は西への脱出を最優先としろ!」
各小隊長の指示に従い、兵達が一斉に西へと駆けていく。
「……ゼクス。上手くやってくれたか」
カーステンへの偽報以降、ゼクスとその部下達にはそのまま敵軍へと侵入させておいたことが功を奏した。敵の進軍に合わせて内部で破壊工作を行い、混乱を起こす。
一応の保険だったが、それがこの上なく有効な一打となった。唯一問題があるとするならば、
「……少しばかり遅かったか」
ゼクスに不手際があったわけではない。むしろ完璧であったとすら言えるが、ルー・シンとラウレンツに率いられた部隊はそれを超えるほどに柔軟で迅速だった。
「側面から回り込め! 敵の魔法兵を止めなければここは十分と持たん!」
ヨハンの指示を受けて、殿の兵達は建物の間を抜けて走っていく。
そこに前線を支えていたトウヤ達が戻り、広場は次第に包囲されていった。
「……数、多いな」
トウヤが呟く。
「五分でも十分でも時間を稼ぐ。既に戦いは俺達の勝ちだ。後は、何人の兵を生き残らせることができるかだ」
例えディオウルを奪い返されても、今回の戦いは充分な戦果を挙げている。
だから、ここでヨハンが倒れたところで何も問題はない。他の奪った街と捕虜を引き換えに停戦することは充分に可能だ。
「正面場だ。気合いを入れろ」
「応ッ!」
味方の声が重なる。
ここの残ったのは、殿を志願した者達だ。エトランゼもそうでないものも、凡そ半々ぐらいの割合で含まれている。
兵達の士気は高く、実力以上の力を発揮することができた。
「敵軍、来るぞ!」
敵の魔法が炸裂し、幾人もの味方が焼かれる。
その反撃にとトウヤのギフトによる炎の竜巻が、敵の前線を焼き払いそこに穴を開ける。
兵達は一塊になって槍を突きだして、敵の進撃を阻む。一殺の必要もない、傷を与えて動きを鈍らせれば、その分だけ仲間が助かる可能性が上がる。
剣を振り、槍で薙ぎ、弓矢が放たれる。
矢が尽きた兵士は短剣を抜いて、味方の斬りあう敵兵を背後から突き刺す。
やがて側面から魔法兵への奇襲が成功したのか、魔法の攻撃が止んだ。しかしほぼ同時に、前線を支え切れなくなり広場へと敵兵が踏み込んでくる。
ヨハンの散弾が、一度に十人以上の命を奪う。
次弾を装填する間に、兵士が盾となり一人二人と命を落とす。
飛び散った仲間の血を浴びながら、ヨハンは全ての弾薬が尽きるまで引き金を引き続けた。
これだけの犠牲を出したのだ。最早地獄に落ちようと、文句も言えない。
そう自分に言い聞かせる。この戦いで負けて死んだとしても、それはもう、受けるべき報いだと。
そして戦いが続き、広場に降り注ぐ雨でも洗い流しきれない血が地面を染め上げて、敵味方の死体が数え切れないほどに重なり合い始めたころに。
敵の動きが鈍り、数が減っていく。
だが、それはこちらの勝利の兆しなどではなかった。
剣閃が走り、瞬きする間に五人の兵士が倒れる。
背中に寒気が走ったときにはもう遅く、捉えることのできない刃の輝きが容赦なく命を奪い去る。
それはヨハンにとっても同様だった。
何かがいる。そう判断して後ろに一歩後退ったとき、無様にもヨハンは雨に濡れた石畳に滑って仰向けに転びそうになる。
見えない剣閃がヨハンの眼前を掠めたのは、それと全く同時の出来事だった。
「仕留め損ねたか。運のいい奴だ」
僅かな兵を伴って、その影が揺れる。
「お前は……!」
戻って来ていたトウヤが、ヨハンを助け起こしながらその男を睨みつけた。
侍のような格好をしたエトランゼ、コテツはこの戦場に似つかわしくないほどに涼しげな表情で、悠然と歩みを進める。
その先にあるもの全てを斬り捨てながら。
「大将首、貰い受ける」
コテツが上段に構える。
トウヤも抵抗しようとするが、彼我の実力差は自身がよく理解していた。武器を失ったヨハンと、二人で挑んだところで数秒と持たないだろう。
「おいおいおいおい。ちょーっと待てよ。いきなりそりゃ、粋じゃないんじゃねえの? サムライエトランゼさんよ」
声と同時に、コテツの両脇に控えていた兵士二人が悲鳴を上げる間もなく命を奪われた。
血と雨で全身を濡らしながら、金色の獣がそこに参上する。
「――ああ。拙もお前に会いたかったのだがな。果たして何処に雲隠れしたものかと探していたぞ」
「そこの頭でっかちに言われてあちこちで暴れてたんだよ。そっちこそ、随分と登場が遅かったじゃねえか。俺にビビってたのか?」
「こちらの頭でっかちに言われてな。一陣で動きを見て、第二陣、第三陣でとどめを刺すのだと。兵法に疎い拙からすれば、最初から全力で叩き潰すのと何が違うのか見当つかぬ」
水が溜まり、既に浅瀬のようになった広場をゆっくりと歩きながら、ヴェスターはヨハンとトウヤを庇うようにその前に立った。
「話は聞いてるぜ、サムライ野郎。そこの坊主を痛めつけてくれたんだろ?」
「人聞きの悪い。痛めつけるも何も、敵ですらなかった」
「そう言ってくれんなよ。坊主だって頑張ってんだからよ。な?」
振り向いて同意を求めるが、トウヤはヴェスターとコテツ両方を睨むだけで、言葉を発することはなかった。
「――もう時間稼ぎは充分だろ。行けよ」
「……ヴェスター、何を?」
「坊主。てめぇはこいつには勝てねえ。逆立ちしても、何やってもな。だからお前が今やることが何か、判るだろ?」
ヴェスターはヨハンを見て、それから改めてトウヤに視線を合わせる。
それだけで何が言いたいのかを察したのか、トウヤは何かに気が付いた顔をして、それから頷き返す。
「逃げるぞ」
「……そうだな。トウヤ、お前はこれからのイシュトナルに必要な人間だ。だから……」
「違うよ。馬鹿なこと言ってないで、あんたも一緒に来るんだよ!」
有無を言わせず、トウヤはヨハンの身体を引っ張っていく。
ヨハンはそれに抵抗しようとするが、そこにヴェスターの声が飛んだ。
「ヨハン! てめぇはここで死ぬつもりだったのかも知れねえが、残念なことにそうは問屋が卸さねえみたいだぞ!」
ヴェスターの声に反応したのはトウヤだけではない。
あの時、ヨハンに酒を進めてくれた二人の兵士が、トウヤとヨハンと敵兵の間に盾になるように立ち塞がる。
「生きてくださいよ、魔導師殿。あんたが変えてくれたイシュトナル、その先に俺達は興味があるんだからさ」
「そう言うこった。坊主、その馬鹿野郎を任せたぜ」
トウヤは返事をすることなく、ヨハンを引っ張るように駆けていく。
ヨハンもまたその兵達の言葉に背中を押されるように、戦場を離脱していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます