三章 名無しのエトランゼ

第一節 名無しと大魔導師

「俺ぁ、もう長くない」

 埃っぽい部屋。幾つもの魔導所が散乱するその場所で、部屋の端に備えられた机の椅子に腰かけた男はそう言った。

 白い髪に、蓄えられた白鬚。ローブを着込んだその男は椅子ごと身体をこちらに向けている。

「別にお前を引き留めようとしてるわけじゃねえよ。……旅に出るんだろ、あのエトランゼと?」

「イブキに俺のことを教えたのは、貴方ですね?」

 不躾に人の家を尋ねて、突然仲間に誘ってきた変わり者のエトランゼ。彼女はその名をイブキと名乗った。

「ああそうだ。奴さん、ご丁寧に俺んところに挨拶に来やがったからな。伝説の大魔導師ヨハンさんはここですかってな」

 老人の名はヨハン。

 大魔導師を名乗り、幾つもの偉業を成し遂げ、オルタリアに今も仕える生きた伝説だった。

「引き留めはしないのですか?」

「なんでそんなことしなきゃならねえんだよ。元々お前さんは拾い物だ。別に何処でどうなろうが、俺の知ったことじゃねえよ」

 机の上にある本のページを横目で流し見るように捲りながら、ヨハンは喋り続ける。

「ただ、気になることはあるな。なんで面倒事を避け続けたお前さんが、あのお嬢ちゃんの言葉に心を動かされた?」

「……判りません。ただ、彼女なら何かを変えてくれると。そんな気がしました」

 ぱたんと、本のページが閉ざされる。

「変えてくれる、ねぇ……。それだけか?」

「……それだけ、とは?」

 その質問の意味が判らずに聞き返すと、ヨハンは小さく首を横に振る。

「変えることはお前にでもできるだろ? お前のギフトは最強だ。俺が保証してやる。お前が本気になって暴れたら、オルタリアは愚か周辺の国全部がお前のもんになるだろうぜ」

「……それは、そうかも知れません」

 自覚があるからこそ、その力は無暗に振るってはならないと、それを自制してきた。

 それが判っていたから、ヨハンもそれ以上そこに対して追及することはなく、それでも何故か、厳しい目を向けることをやめなかった。

「なんで、人に任す? お前の目的はなんだ?」

「……判りません」

「そうか」

 怒るわけでもなく、ヨハンは嘆息する。

「まー。人間を皆殺しとか、世界を自分のものにしたいとか思わないだけ、俺達は幸運なんだろうな。俺も随分人間離れした力を得たと自覚はあるが、それでもお前には敵わねえ」

 ヨハンの言葉は真実だ。

 それだけの力が、彼にはある。

「傷だらけで倒れていたお前さんを拾ってから、随分経ったな」

「感謝しています」

「へっ。お互い様だ。アーデルハイトがあんなに懐いたんだ。俺も結構、肩の荷を軽くさせてもらった」

 部屋の中に奇妙な静寂が佇む。

 それを打ち破ったのは、やはり先程まで会話の主導権を握っていたヨハンだった。

「名無しのエトランゼじゃ不便だろう。これから仲間と旅立つってのに」

「適当に呼ばせます。名前に拘りはありませんので」

「おお、そりゃいいこと聞いた。だったらいい名前をやるよ。――俺の名前、選別にくれてやる」

「は? いえ、それは……」

「何処にでもあるような名前だが、この国では違う。大魔導師様の名前だぜ? 一応、お前さんは俺の弟子ってことにしといてやるからよ」

 老人は不敵に笑う。

 彼の戸惑いを楽しむように。彼のこれから歩む道に想いを馳せながら。

「ろくに記憶のねえ、ぼろぼろのお前さんを拾ってやったんだ。この老い先短い爺の名前ぐらいは受け取ってやってくれよ」

「……判りました」

 老人がこういうとき、頑固であることを知っている彼は素直に折れた。

 何よりも、その名前を貰うことに小さな高揚があることは、誤魔化しようのない事実だった。

「今日のところの用件はそれだけだ。ほら、消えろ」

 余りにも身勝手な言葉だが、この老人にとってはいつものことだ。

 呆れながらも、彼は部屋を後にする。旅立つまでにまだ時間はある。長くないという言葉の意味は、後にでも確認すればいいことだ。

 そうして彼が消えてから、閉じられた扉を老人は見つめる。

「……小僧よ。お前さんは、選択しないことが正しいと信じてきた。自分の力が強すぎるからな」

 彼は自ら何かを変えることを徹底的に忌避した。

 強すぎる力が、他者に影響を与えすぎることを拒むのは聡明であると言えなくもない。

 ただ、それはきっと正しいことではない。

 彼がそれに気付き、自分の道を見つけ出せるのは果たしてどれだけ後になることだろうか。

「やれやれ。アーデルハイトも苦労するぜ」

 願わくば、彼が一刻も早く自分自身を見つけ出せることを、大魔導師と呼ばれ、大魔導師になり損ねた老人は願うのだった。


 ▽


 イシュトナル自治区。

 先日王都に呼び出されたエレオノーラ達は見事にそこで起こった一つの事件を解決し、本拠地であるイシュトナルに帰還することに成功した。

 とはいえ彼等に休む暇などはなく、主要メンバーであるヨハンやエレオノーラは今日も様々な政務に追われている。

 そしてここにも一人、彼等の留守を護り、そして戻ってきた今こそその手腕を遺憾なく発揮するべく張り切っている一人の女性がいた。

 彼女の名はサアヤ。肩口ほどで切り揃えられた黒髪の、エトランゼの女性である。年齢はカナタ達よりも若干上で、今年ようやく元居た世界の法律に照らし合わせてお酒を飲むことができるようになった。

 リザレクションという珍しく有用なギフトを持ち、ウァラゼルを巡る戦いでは地味ながらも最大級の功労者と言っても過言ではない。

 そんな彼女は戦いの後、冒険者に戻ることはなく、イシュトナルで仕事を貰うことに成功していた。

 しかし、周囲からは医療部門への配属を期待されていたのだが、サアヤはそれを断った。

サアヤは偶然そのギフトを持っただけで医者ではない。そんな自分が医療の場で口を出すなど、許されることではないと考えたからだ。

 勿論、それは別として自分の力が必要な時は力を貸すつもりではある。

 さて、ではそんな彼女がどんな仕事をしているかと言えば、それは誰にも判らない。そう、彼女自身にも。

 まずは要塞内での家事手伝い。食事や洗濯を含む雑用係としてエトランゼの女性を中心に多く雇っているので、彼女達の取りまとめ、時には率先して家事を行うこともある。

 次にエレオノーラへの取次や彼女の身の回りの世話。身一つで逃げてきたエレオノーラは当然侍女など雇う余裕もなく、流れ的にサアヤがその役割を行っている。

 三つめは各部への情報の伝達や、書類の受け渡し。この業務に関しては別にサアヤ一人の仕事と言うわけでなく、いつも要塞内を行ったり来たりしているためついでとして頼まれることが多い。

 先の三つが組み合わさった結果、サアヤはなし崩し的にイシュトナル本部の顔役として兵士達や勤めている給仕達から妙な親しみを受けることになった。

 そんな彼女の自分の中では最大の仕事であり、最も楽しみにしている最後の仕事が、ヨハンへのお茶入れや仕事の手伝いなどを含めた秘書役だった。

 かつて憧れていたエトランゼは、力を失って戻ってきた。もう昔の自分とは違うと彼は言うが、力のあるなしなどサアヤにとっては些細なことである。

 救われて、憧れたのだ。

 そしてウァラゼルの時も、彼は尽力した。自分の力のあるなしに関わらず。

 それだけでサアヤにとっては充分だった。

 先日までオル・フェーズに行っており寂しい思いをしていたものだが、今日はもう執務に取り掛かっているだろう。彼が処理すべき案件も溜まっており、そろそろ疲れも出てくる時間帯だ。

 まずはお茶とお菓子を差し入れて、休憩がてら少しお喋りをして。更には仕事の手伝いをすることで一緒にいる時間を最大限に引き伸ばすという、サアヤ渾身の策がそこに込められていた。

「おお、サアヤさん。ご機嫌ですね?」

「はい! それはもう!」

 盆を持ち、三階へと階段を上がっていくサアヤに、兵士がそう声を掛ける。見た目も可愛らしいサアヤに満面の笑顔で返されて夢見心地になった彼だが、実際のところ彼女の頭は他の男のことで一杯で、彼と挨拶をしたことすらもう覚えていないということは、永遠の秘密にしておいた方がいいだろう。

 そしていい香りのするお茶とお菓子の乗った盆を持ったサアヤは、若干緊張した面持ちで部屋の扉を二度叩く。

「サアヤです。お茶をお持ちしました」

「入ってくれ」

 片手に盆を持ち変えて、扉を開けて入室する。

「失礼します」

 そう言って入った部屋は、最奥に外からの光を取り入れるための大きな窓と、その手前に大きなテーブル。

 そこに腰かけた短髪の男性の名はヨハン。サアヤの憧れの人物でこの部屋の主でもある。何故かいつものローブではなく、簡素なシャツを着ていた。

「お茶が入りましたので……」

 言葉が途中で切れる。

 視界の隅に、見慣れないものが映る。サアヤの知る限りでは一つしかテーブルがなかったこの部屋に、何故かソファとそれに合わせた高さのガラス製のテーブルが置かれていたのだ。

 いやそれよりも。

 部屋のインテリアはどうぞご自由に変えてもらって構わないし、むしろ声を掛けてくれたのなら一緒に家具も選べたのになぁとか、そんな余計なことが一瞬頭を過ぎったが、問題なのはそこではない。

 ヨハンの横に、見慣れない人物が見える。

 ショートの金髪、一見少年のようにも見えるが、幼いながらも醸し出される不思議な色香はすぐにその印象を撤回させる。

 年齢はサアヤより大分下のように見える少女が、ヨハンの横にくっついて一緒に書類を見ているのだった。

 そう。くっついて。

 サアヤから見て二人の距離は大分近い。普段のヨハンと、その弟子であるカナタほどの近さがある。いやそれもサアヤとしては問題があるとは思うのだが、その二人に関してはそういうものだとまだ自分を納得させることができる。

「……サアヤ?」

「お久しぶりですヨハンさん王都はどうでしたかエレオノーラ様の護衛も大変でしたでしょうそれで今後のことに関して何ですけど見ての通り書類が大量にたまっていてわたしができることはお手伝いしようとしてここに来たんですけど後お茶が入りましてそれから珍しいお菓子が手に入ったんですほらチョコレートですよチョコレート行商人の方から買ったんですけど何処かでカカオの栽培もやってるんでしょうかねところでその子は誰ですか?」

「待て待て。なんでそんなに早口なんだ……。こいつはアーデルハイト。アデル、彼女はサアヤ。このイシュトナルの……」

 ヨハンは言い淀む。その役職がなんであるかを問われれば、誰も答えることはできない。

「まぁ、あれだ。雑務全般の責任者だ。多分」

 至急、サアヤにちゃんとした役職を与える必要があると、ヨハンは心の中に刻み込んだ。

「で、サアヤ。こっちはアーデルハイト。えっと……昔一緒に暮らしてた、世話になった人の孫娘だ」

「家族よ」

 きっぱりと、アーデルハイトはそう宣言する。

「家族!?」

「ええ、家族」

 深々と頷くアーデルハイト。

「……まぁ、家族か」

 その関係は他に言いようもない。

「あー、なんだ……。説明し辛いんだが、関係としては姪っ子とか、従妹とか、その辺りを想像しておいてもらえると助かる」

「そ、そうなんですか……。えっと、それでアーデルハイトさんは何をしているんです?」

 姪っ子と言われれば、サアヤも多少は安心して落ち着きを取り戻す。実際のところは何も問題は解決していないのだが。

「書類の書き方を学んでいるの。わたしでもできそうなことがあれば手伝おうかと思って」

「へぇー、偉いですねー。ヨハンさん、可愛い姪っ子さんですね」

「いや、実際に姪っ子ではないがな」

 そう言われてみれば随分と可愛らしく見えてくる。若いどころか幼いと呼んでもいいぐらいの年齢の彼女に対して、サアヤが警戒することなどないだろう。

「えっと、改めてお茶が入りました。アーデルハイトさんの分もチョコレート、持って来ましょうか?」

 ヨハンのテーブルの端に、お茶とお皿に乗ったチョコレートを乗せていく。一個つまみ食いしたが味は殆ど元の世界の物と変わらず、美味しいだけではなく懐かしい気持ちにもなるものだった。

「自分で煎れるから大丈夫。それから、今後は彼の世話もわたしがするから」

「いいえ、大丈夫です。それもわたしの仕事ですから。お姉さんにお任せですよ」

「サアヤさんには色々な仕事があるみたいだし、いつも傍にいるわたしがやった方が手っ取り早いと思うわ」

 椅子に座ったままこちらを見上げるその目を見て、サアヤは己の読みの甘さを悔やんだ。

 彼女は全く安全ではない。むしろそれどころか、下手をすればこのイシュトナル全域で最も危険な可能性すらありうると。

「いいのよ。あまり子供が働き過ぎるものではないから。ねぇ、ヨハンさん?」

「ん、ああ。そうだな」

 お茶を飲み、書類と向かい合いながら、ヨハンからは気のない返事が返ってくる。それはちょっと面白くはないが、今だけは好都合でもあった。

「ほら、ヨハンさんもこう言ってますし」

「でもわたしが他にすることがないのは事実よ。彼の部屋でずっと待っているわけにもいかないし、だったら少しでも仕事を手伝うべきじゃない?」

「ああ、そうかもな」

 またも聞いているのかいないのか、空返事だけが帰ってきた。

「いいんです! 子供は遊ぶのが仕事ですよ!」

「そう言われても、わたしは一応は捕虜なのだから……。捕虜には労役が課せられるものでしょう?」

「……そういうことになるのか?」

 首を傾げながらも、ヨハンは書類から顔を上げない。実はこの面倒事から全力で回避しているのではないかという疑問すら浮かび上がってくる。

「捕虜? いえ、そんなことよりもさっきすっごく聞き捨てならないことが聞こえてきたと思うんですけど! 彼の部屋って言いました? ひょっとして一緒に暮らしてるんですか!?」

「ええ、暮らしているわ。家族だし」

 びきりと、サアヤの身体が固まる。

 それは拙い。実に拙い。例え年齢差があるとはいえ、若い男女が同じ部屋で生活すれば、いつ間違いが起こるか判ったものではない。ただでさえヨハンの住居は狭いのだから、お互いに自然と距離も近くなる。

 ぎぎぎと、油が切れた機械のような動きで、サアヤの顔がヨハンの方を向いた。

「……一日泊めただけだろう。そのうちに住居も探さなくちゃならん」

「そうね。あそこは二人で暮らすにはちょっと手狭だもの」

「いや、そういう意味じゃないんだが」

「ヨ……」

 二人の会話も、最早断片的にしかサアヤの耳に入っていない。

「ヨハンさんのロリコン! 変態! むっつりすけべ!」

 そう叫び声を上げながら、哀れサアヤはショックのあまり思考を破棄して、その場から走り去っていくのだった。


 ▽


 イシュトナル要塞南側。

 要塞の北側は、今やイシュトナル自治区の中心地として栄え、住居や店が幾つも立ち並ぶが、要塞事態を境にしての南側は、広く軍事施設として利用されていた。

 午後になるとヨハンは簡単な書類をアーデルハイトに任せて、そちらの方へと向かう。

 頂点に昇った太陽が照り付ける日差しの中で、多くの兵達が訓練に精を出していた。

 彼等の中心で声を上げるのは兵達の中でも叩き上げのベテランと、元軍人であるエトランゼだった。

 その二人は兵達に円形に縁どられた運動場を走ることを命じると、ヨハンの元へと駆け寄ってくる。

「ヘーイ! ようやく帰ってきましたね、ミスタヨハン!」

 手を上げてそう挨拶したのは、金髪碧眼の大男だった。ヴェスターよりも更に身長は高く、身体は筋骨隆々、短く刈られた金髪と、日に焼けた浅黒い肌が特徴的な男だった。

「テッド。今日も精が出ているな」

「ハッハッハ!」

 快活な笑い声が答える。

 その男の名前はテッド。エトランゼで、元々の世界でも軍人だった。それほど高い地位にいたわけではないが、軍隊の勝手が判るということで、訓練役を務めてもらっていた。

「バーナー卿。そちらの方はどうです?」

 もう一人、貴族服をきっちりと着こなす男の名はクルト・バーナー。こちらはこの世界の住人で、ディッカーについてオルタリアを離反した貴族の一人だった。

 口数こそ少ないが実直な男はディッカーの信頼も厚く、だからこそテッドと並んで軍部に配属することになった。

「問題はない。テッドの考案した訓練方法は合理的で、俺の部下達も練度を上げてきている。……エトランゼの知識とは、恐ろしいものだ」

「はっはー! ミー達はギフトだけじゃないんだよー!」

 得意げにテッドは大声を出す。

「だが、人手不足は否めない。主に用兵を行える……あー、そちらの言葉なんというんだったか?」

 言い淀み、クルトは続きの言葉をテッドに促す。

「オフィサー、士官ね」

「そう。それが足りていない。我々のやり方ではそれは貴族がやることだったが、そちらでは違うのだろう?」

「一応それに関しては解決の糸口はあります。ヘルフリートへの支持が落ちていけば、こちらに寝返る貴族も出てくるでしょう」

「……ふむ。しかし、だからといって貴族全てが戦上手なわけではない。俺達の戦力は本国よりも圧倒的に少ない。下手な将に指揮を取らせ兵を無駄死にさせれば、あっという間に崩れ落ちるぞ」

 クルトの言葉は正しい。

「ええ。だからこそ、戦いが始まれば短期で決着を付ける必要があります」

 三人は場所を移し、天幕が張ってある下のテーブルに地図を広げながら、話を続ける。

 遠目には兵達が厳しい訓練をしている姿が見え、その中にはウァラゼルと一緒に戦ったトウヤの姿もあった。

「ですが、ミサイルも爆撃機もない状態でどうやるのです? ミー達のアナログ兵器じゃ、例えギフトがあっても短期決着は無理ですねー」

「なにも戦いの全てが完全制圧で終わるわけじゃない。むしろ今のエレオノーラ様の立場でそれをやれば、単なる簒奪者となってしまう危険性もある」

「ふーむ?」

 首を傾げるテッド。

 それとは反対に、クルトの方はもうヨハンの言いたいことを理解したようだった。

「つまりは、ヘルフリート陛下に和平を結ばせることが目的ということだな?」

「そういうことになります」

 王都を落とすわけではない。ただ、ヘルフリートが折れて、このイシュトナル自治区を自国領の一部として手厚く扱うことを認めてくれれば戦いは終結する。

 現状の問題としては、それが明らかに難しいと判るほどに、ヘルフリートが苛烈な人間であるということだった。

「そのために戦力が必要です。バーナー卿、周辺の街からの戦力の集まりはどうなっていますか?」

「まずまず、と言ったところだな。各地に駐屯している兵達はやることがない時は農作業や力仕事に従事させている。そこから兵隊に興味を持ってくれるものはいるのだが……。如何せん、誰でも採用するというわけにもいかん」

「判りました。……後数日もすれば、先日の王都であった件が結果を持ってくる頃でしょうが」

「そいつは楽しみねー。で、ボス。開戦はいつ頃ですかー? ミーの部下達……というか、主に一人のビーストが我慢の限界が近いデース!」

 視線の先には大剣を振り回し、五人がかりの兵士を弾き飛ばす、ヴェスターの姿があった。肩まで伸びた金髪の男は、その鋭い目でヨハンを捉えると、にやりと唇を釣り上げる。

「早ければ一ヶ月以内には戦いが始まる。そのためにはもっと準備をしておく必要がある。テッド、例の部隊はどうなってる?」

「完全、とは言えませーん。ですが二つとも、実戦投入前には使い物になるようにしておきまーす! ボスから預かった二つの武器、あれはびっくりするぐらい強力でーす! 実戦投入されれば確実に戦争は変わりまーす!」

「俺達にできることは兵を鍛え、その時になって命を賭けることだけだ。事前準備はお前に任せる」

 クルトとテッドに両肩を叩かれてから、ヨハンはその場を後にする。

 彼等には兵達の練度を限界まで高めておいてもらう必要がある。

 あの事件から、ヘルフリートがどういう動きをするのかまだ判らないが、あの男の性格上、穏便に事を済ませてくれる可能性は限りなく低い。

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