第十八節 信念/残骸
「前線は安定してきたな。……で、ヨハン殿、それがそなたの切り札か?」
ヨハンが担いでいるのは長方形のように見も見える謎の物体だった。普段の銃と同じように弾倉や引き金はあるが、妙に大きく、歪な四角形をしている。折りたたまれているようにも見えるが、それでも今の時点で立てればエレオノーラの首ほどまでの長さがあった。
モーリッツに持って来てもらった材料を組み合わせて、急ごしらえで作り上げた切り札の内の一つだ。大半の時間をこれに費やしてしまったおかげで他の装備に関しては不安が残ってしまったが。
エレオノーラの奮闘もあってか、戦線はかなり安定している。とはいえそれも時間の問題で、相手の数が無限である限りいずれは押し戻されてしまうだろう。
今のヨハン達にできるのはこの隙にカナタ達を援護し、一刻も早くウァラゼルを仕留めることだけだった。
幸いにもヴェスターが無理矢理に戦線を抉じ開けた結果、多くの兵達も彼に続いて前進することに成功していた。これで、横合いから余計な介入をされる可能性はぐっと減るだろう。
「ヨハン殿。カナタが心配か?」
ウァラゼルが現れた方角では、激しい戦いが展開されている。
彼女には何も通じない。カナタのセレスティアル以外の攻撃が効かないのにも関わらず、多くの兵がその身を盾にして希望を護ろうと前進している。
「……心配がない、と言えば嘘になりますが」
「ならばここは妾に任せて征くがよい。なに、しばらくは持って見せようぞ」
カナタの鎧と同じく、ヨハンの手によって強化された鎧は、既に何度か攻撃を受けて所々傷ついている。彼女が握る剣も同様で、数体の敵を切り倒してその刀身は異形の血で染まっている。
「いえ」
光が奔り、一度に数人の兵士がその輝きに巻き込まれ、命を落とす。
太陽を纏うようなその眩い光は、重装備に身を包んだ兵達など物ともせずに壁をぶち抜いてヨハンの眼前に現れる。
「これをお願いします」
背負っていた『切り札』を渡すと、その重量に耐えられずエレオノーラは「あわわっ」と両手でそれを抱きしめるようにしながらよろめいた。
「先日の戦い、見せてもらったよ。見事なものだったね」
「そんなことを言いに来たとは、ご苦労なことだ」
風が吹き、砂埃が舞い上がる。
騒がしい戦場の音が遠くに聞こえるかのように、そこだけが切り取られた空間と化していた。
「違うな。本題はここからだ。俺が君に質問をしなければならない、ヨハン」
「……答えるとは限らないが」
「どうして、その力をエトランゼのために使わなかった? 君の力を有効に使えれば、もっと多くの人が救えたんじゃないか?」
「生憎と、あの力はもう打ち止めだ。次に見せられるのは三年後か十年後か、下手をしたらもう二度と……」
「違う」
ヨシツグの鎧が光を纏う。
手に持った剣が陽光を集め、灼熱する。
「君が、その力を失う前の話だ」
「だったら、お前の言う通りかも知れんな」
「そうか」
一瞬で、ヨシツグの身体が目の前にあった。
鎧を纏っているとは思えないほどのその身体捌きは、ギフトだけを頼ってきたわけではないという証。
横薙ぎに振るわれた剣は、咄嗟に姿勢を下げたことで空を切る。
「ヨハン殿!」
「姫は下がれ!」
ヨハンの手から投げられた何かが、空をゆらりと舞ってから炸裂する。
視界を塞いでから距離を取り、ショートバレルへと弾丸を装填した。
引き金を引き、正面のヨシツグに弾丸が直撃する。
指向性の衝撃弾はヨシツグの身体を打ち抜くほどの威力を与えたはずだが、驚くべきことに彼はそのまま真っ直ぐに進撃してきた。
「君が……! 君こそが!」
「その怒りの源流が判らん。いや」
ヨシツグの動きは決して早くはないが、鈍重でもない。
距離を取ったところで、彼が接近するまでの間に打ち込める弾丸は二、三発が限度。
衝撃弾を打ち尽くし、空になった弾倉を投げ捨てる。
「その力を持っていながら、救うべき人を救わなかった!」
「救うべき人?」
「エトランゼだろう!」
剣を避けたところで、盾がヨハンの身体を打った。
地面を擦るように転がりながら、その間に取りだした弾倉をショートバレルに装填。追撃を避けるために放たれた弾丸は空中で弾けて、無数の炸薬を撒き散らす。
「光の盾よ!」
ヨシツグの太陽の盾は、それを一部も通さずに防ぎきる。そしてヨハンが立ち上がったところに、陽光を纏った剣を振り下ろした。
「なにっ……!」
右の掌を上に、そこから発生した魔法陣が強固な力場となってヨシツグの剣を受け止める。
太陽の光を霧散させ、その間にショートバレルの引き金を引き、放たれた銃弾を避けるためにヨシツグは後退した。
「……戦えば戦うほど、君を知れば知るほど、俺は残念でならない。どうしてエトランゼを救わなかった? それだけの力がありながら、何故救いを求める人に対して手を差し伸べなかったんだ!」
「手は差し伸べた。救いを求める声があれば、それを助けたこともある」
「小さいんだ、それは! たった数人を救ってそれが何になる!? 俺達が、力持つ者の役割はもっと多くの人を助けることじゃないのか!」
ヨシツグが踏み込む。
光の剣が輝きを増し、巨大なレーザーを放ち、ヨハンごと後ろ陣を吹き飛ばそうと迫りくる。
「多重結界!」
取り出した、魔法が封じられた鉱石が幾つも砕けて、光の壁を何重にも生み出す。
その大半は砕けながらも、ヨシツグの放った光をどうにか捻じ曲げて、明後日の方向へと逸らすことには成功した。
装填した氷の弾丸が放たれて、ヨシツグの足元や周囲を凍らせる。
少しでも動きを鈍らせるためにと放ったものだが、彼の剣の一振りで殆どが無力化されてしまう。
「……やはり、強いな」
太陽の光を集め、自らの力とするギフト。
陽光の下にある限り、正面から彼を倒すのは至難の技だ。
「君に言われても嫌味にしか聞こえない。だが、俺は君を軽蔑するよ。その力を持って、何一つ救わなかった君を!」
「救わなかったんじゃない。救えなかったんだ」
「ふざけたことを言うな!」
また猛然と、ヨシツグの攻撃が始まる。
どうにかそれを結界で逸らし、受けて、距離を取ろうと画策するが、相手もそれほど甘い相手ではなかった。
「君は、誰もが羨む力を持ちながら、それでもまだ救えないと、足りないと言うのか! ならば俺達エトランゼは何処まで行けば救われる!? いったい誰が、俺達を導けばいいんだ!」
剣を避けるが、盾の重い一撃に全身を打たれて地面を転がる。反撃にとショートバレルから放った弾丸も、その剣で斬り落とされた。
「それは違うぞ、ヨシツグ殿!」
倒れたヨハンの元に駆け寄るヨシツグの前に、黒髪の少女が割り込んみ、ドレスのような鎧のスカートの裾が翻る。
先程渡した『切り札』を近くの兵士に預け、エレオノーラは剣を持ち、しかし構えることはなくヨハンの前に立ってヨシツグを真っ直ぐに見据えていた。
「エトランゼは、誰かによって救われるのではない」
「エトランゼ救済を唱えていた貴方がそう言うとは、果たしてどんな心変わりかな?」
嘲笑して見せるヨシツグだが、その内に秘めた怒りは隠そうともしていない。
問答の結果など加味することもなく、彼はエレオノーラを殺すだろう。
「ああ、妾もそう思っていた。エトランゼはこの世界で迫害されている、だから救ってやらねば、保護してやらねばと。だが、実際はどうだ? 妾がエトランゼにしてやれたことなど余りにも少ない、むしろ助けられてばかりなのだ」
「だから何だっていうんだ、自分の無能さを棚に上げて!」
「それは認めよう! しかし、そなたらも間違っていた。助けを求めていても、誰もそれには答えない、何故だか判るか?」
「戯言を!」
「ぐぅ!」
振り下ろされた刃を、エレオノーラは辛うじて受け止めた。
「顔を伏せ、救済を求め、それができなければ呪詛を吐く……。そんな風に抱かれた想いが結実しないのは誰とて変わらぬ……!」
「黙れぇ!」
白銀がエレオノーラの身体に食い込む。
その刃が深くまで達しなかったのは鎧の加護と、エレオノーラを倒すのには必要ないと判断して、彼がギフトを解いていたからだった。
それでも斬られた個所からは真っ赤な血が溢れだして、エレオノーラの足元へと流れていく。
「い、たい……!」
こんな痛みは初めてだ。
兵達も、エトランゼも、こんなものに晒されながら日々を生きているのか。
「だが、妾は……!」
エレオノーラの返り血がヨシツグを濡らす。
血で塗れた白銀の鎧は、一度距離を取ったものの、今度こそエレオノーラを倒すべく正面に剣を構えていた。
「見よ、ヨシツグ。妾から流れた血の色を、お前と同じ色をしているだろう? 同じ人間なのだ、利益が絡めば目が曇ることもあろう、未知なるものへと恐怖に怯えることもあろう。だがな!」
ぐっと一歩を踏み出す。
構えた剣にはもう力が入らない。疲れもあるし、痛みもある。何よりも恐怖がエレオノーラの全身から力を奪っていた。
それでも、彼女はその場に立ってた。
今目の前に立つエトランゼに対して退いてしまえば、もう彼等のために何かをすることなどは許されない。
「だからこそ生きるのだ。共に、手を取りあい、お互いが人であることを認めあって」
「そんな今更な言葉が聞けるものか! お前達は奪って、殺したんだよ、大勢のエトランゼを、俺達の仲間を! そんな綺麗事を言われても、信じることなんてできない。だから俺は、エトランゼの国を創る!」
今は苦汁を舐めようとも、同胞達が救われる国のために。
「それはさせられぬ。エトランゼ、ここは我等の国だ、共に生きることはできようと、支配などはこの妾が許さぬ!」
「……なら、死ね。死んで俺達の国の礎になれええぇぇぇぇぇ!」
今度は全力だ。
ヨシツグの剣が、盾が、全身が太陽の輝きで眩く照らされる。
あれに触れればただでは済まない。剣の一振りもなく、エレオノーラの身体は灰にされてしまうことだろう。
一歩進むヨシツグの元に、銃弾が降り注ぐ。
先程吹き飛ばしたヨハンが、頭から瓶の中の薬品を被りながら、ショートバレルを構えて立っていた。
「ヨハン殿!」
「下がってください」
「で、できぬ! 妾はまだその男に言うことがある」
「今更何を……!」
「ヨシツグ、投降するのだ! そうすればそなたの命は保証し、その主張も聞き届けられよう。共に手を取りあい、お互いの……うわっ!」
ヨハンがエレオノーラの身体を引いて、強制的に後ろに下がらせる。
それから一拍遅れて、彼女が立っていた場所を光の剣が通過していった。
「俺はお前達には従わない。従ってたまるものか!」
「姫様。後はこちらに」
「しかしヨハン殿! 妾はあの男を、この世界を忌み嫌う彼に声を掛けなばならぬ。それをせねば、誰がその悲しみを、この世界に来てしまった痛みを取り除けるというのだ!」
ヨハンは答えない。
エレオノーラには出せないその回答は、もう既にヨハンの中にあったが、それを彼女の前で口に出すことは憚られた。
しかし、言わずとも伝わっただろう。エレオノーラはそれを察して口を噤む。
「……下がってください」
「……すまぬ」
ぽんと胸板に一度頭を寄せて、エレオノーラは後ろに下がる。
言いたいことも全て言い切っただろう。
ヨシツグに聞かせるべき言葉も、もう聞かせ終わった。
それでも彼は変わらない。エレオノーラの命を賭けた言葉を聞いても、その考え方を変えようとしないのなら、取れる手段はもう一つしかない。
「君じゃあ俺には勝てない。ギフトを失った君では」
「失ったわけじゃない。俺が持つ武器が、道具が、全てが形を変えた今の俺のギフトだ。他人に与えられるだけ、以前のものよりも気に入っている」
「強がりだな。あれだけの力を失って、後悔がないはずがない」
「後悔はしているさ」
ギフトを失ったことではない。
あの旅をやめなかったこと。
多くの犠牲を出してしまったこと。
生き方を変えてくれた、かけがえのない人を傷つけてしまったことを。
「ここにあるのはただの残骸だ。かつてはお前のように理想を語り、その為に邁進したこともある」
「だから、今の俺がやっていることが馬鹿げているとでも言うのか?」
「違う。長い旅の末に、あらゆるものを失って、気が付いた。ギフトのあるなしじゃなくて、もっと単純なことに」
「なんだと?」
「向いていなかったんだよ。俺には」
大勢の期待を背負い、彼等の心を束ねて前に進む。
正道を、真っ直ぐな道を進み続けることは苦しかった。
だからあの時も。
幾らでも方法なんてあったのに。彼女とその仲間達は、あくまでも犠牲を出さずに、正攻法で進むことをよしとした。
その結果が、これだ。
「武器を使ってお前とやりあって、お互いに判ることがあるかも知れないと思ったが、どうやらそれも無理そうだ。何よりも、お前は俺の主を傷つけた」
「あんな理想を語るだけの少女が主とは、最強のエトランゼも形無しだな」
「理想を語る、か。だがそれはいつか辿り付く道だ。俺はその手伝いをする。お前の妄想とは違う、確たる未来の」
「……言ったな!」
ショートバレルから放たれた弾丸が、ヨシツグの上方で破裂して、ふわふわと落ちてくる粒子を撒き散らす。
そこに次を装填して放つと、お互いに反応しあって巨大な爆炎が生み出された。
「ぐ、おおおぉぉぉぉぉおお!」
太陽の光に護られたヨシツグは、それでも倒れない。
一気にこちらとの距離を詰め、太陽の輝きを振るう。
「ハウンドブレード」
懐から放り投げた六本の短剣が、それぞれ異なる軌道を描いて宙を舞う。
それらは一旦制止し、その切っ先をヨシツグに向けた。先程、盾で殴られた際に鎧に描いておいた印に向けて、一斉に動きだす。
「こ、これは……?」
「元から正攻法で勝つつもりはない。出し惜しみはなしだ。全部持って行け」
集団で狩りをし、狙った獲物を絶対に仕留めると言われている、遥か北に住む狂狼の牙と、血を使って作られた呪いの刃は、それぞれが独立して動き、印を描かれた相手を仕留めるために前後左右から襲い掛かる。
その姿はその名の通り、獲物を仕留めるための猟犬そのものだった。
六本の刃を斬り払い、何とかこちらに攻撃を向けようとするヨシツグだが、その合間にヨハンは絶妙なタイミングで銃弾を打ち込み、その動きを鈍らせる。
「俺はエトランゼの国を創る! この世界に飛ばされた奴等が、訳も分からないまま翻弄されないための国を!」
一発、それは剣で斬り払われる。
「お前だって判ってるはずだ! 俺のやっていることは正しいと、エトランゼを本当の意味で救済するにはそれしかないと!」
二発目、盾による防御を貫けない。
「なんで理不尽に悲しまなければならない? どうして無残に奪われる命がなければならない? 俺達は……、俺達は普通に生きていただけなのに!」
三発目。
「だから俺は救済する。この世界に迷えるエトランゼ達を、そして彼等と共に、ここをもう一つの故郷にしてやるんだ!」
ヨシツグが斬り払った弾丸から、彼に向けて毒々しい煙が吹きあがる。
「……お前は姫の手を振り払った」
「当たり前だろうが……。どうしてこの国の、王族なんかに従えるんだ? 彼等に従うってことは、永遠にその下に付かされることだろう」
「いい加減に気付け。救済と支配は違う」
「そんなこと……!」
「お前は力が欲しいだけだ。甘い言葉の中に自分の欲望を隠して、それを果たしたいだけの馬鹿な奴だ」
「貴様ぁ!」
そこに含まれた神経性の毒は効果時間こそ短いが、即効性は抜群で、相手の動きを確実に鈍らせる。
本命の一撃を避けきることができなかったヨシツグは、咄嗟に口を覆うこともできずにそれを吸い込んでしまう。
そこに、容赦なくハウンドブレードの刃が襲い掛かる。
手を貫き、足を縫い止め、身体を抉り。
獲物の山分けをするかの如く、猟犬達は容赦なくその牙を突き立てた。
「く、そ……! 負けない、負けるか……。俺が負けたらエトランゼの未来はどうなる? 何のために、俺はあんな奴に屈したんだ? 俺は、俺は!」
「エトランゼを救うには、オルタリアを滅ぼすしかない。そこに同じように苦難し、生きている人間を踏み躙っての救済など、俺は認めない」
「俺達はずっと理不尽に晒されてたんだ! そのぐらいの権利があるだろう! ぬくぬくと蹲る者達に、その報いを受けさせないと……!」
「……そんな理屈が通るか……!」
これまでにないほどの輝きがヨシツグを覆う。
彼の姿はまるで太陽の化身。圧倒的な力を宿した巨大なエネルギーの塊にすらも見える。
六本の刃に身体を刺されながらも、ヨシツグは最後の力を振り絞り立ち上がった。
「俺は負けない。お前のような卑怯者に負けてたまるか。自分の理想も持たずに、他人の言葉に縋って生きている、お前に!」
「……そうだな。まったく、その通りだ」
最後の弾丸を装填する。
弾倉一つで一発限りの、今のところの最強の威力を持つ札を。
「もう一つの切り札だ。その愚かな理想と一緒に持って逝け!」
「エトランゼのために、ナナエのために!」
引き金を引くと膨大な反動と共にその銃口から弾丸が放たれる。ヨハンもどうにか倒れないようにとその場で両足に力を込める。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
光の盾とその弾丸はぶつかりあい、黒い稲妻を放ちながらその内部に侵入すべく、浸蝕を開始した。
光が砕け、弾丸がその内部へと入り込む。
勢いは殺せず、ヨシツグの鎧を貫通して、禍々しい雷光を纏った弾丸。昔の旅の途中で討伐した、竜の牙を用いたそれが身体の内部へと埋没する。
「ぐ、ああああああぁぁぁぁぁあぁぁあああああああぁあぁ!」
想像を絶する苦痛がヨシツグを襲っているだろう。人を殺すための毒性を持った牙は、より残酷な形に加工されることで、人を殺すには充分すぎるほどに凶悪な弾丸と化している。
御使いには通じないが、人には効果抜群。ヨシツグとの戦いを見越して持って来たその切り札は、見事に彼を討ち抜いた。
手に持った盾が、地面に落ちる。
鎧の装甲が剥がれて、耳障りな音と共に壊れていく。
立ったまま死んでしまったかのように、ヨシツグの悲鳴が途絶えて、動きが停止する。
それから、どれぐらいの時間が経っただろうか。
「…れは……負けない」
彼は生きていた。
「……なんだと?」
最早、妄念だけで動く亡霊のように。
「信念を持たない、全てが虚像に過ぎないお前如きに!」
駆け出したその身体が目の前に迫る。
虚ろな目に、内部から破壊されてぼろぼろの身体。一撃でも入れられればそのまま倒れそうなほどに、生死の境に彼は立っている。
もう殆ど残されていない力で、両手に持った剣を、高く振りかぶった。
「――すまない」
ヨシツグの剣を受けた掌には、小さな宝石が一つ。
それは彼の力を受けて砕けると、そこから光る蔦のようなものを伸ばしてその全身を絡め捕る。
ほぼ全身を拘束したそれは、そのまま容赦なく破裂した。
全身に骨が砕けるほどの衝撃を受けて、その身体はついに支えを失ったかのようにゆっくりと揺らぎ、地面へと吸い込まれていく。
「お前に語ってやれることは大してないが、一つだけ言わせてくれ」
誰かが抱いたその理想に、いいも悪いもない。
エレオノーラのやっていることも、いつかは悪しきものと断罪される時が来るのかも知れない。もし全てが失敗したら、それは遠い未来の話ではないだろう。
「ウァラゼルに降った時点で、お前の理想は折れた。歪んでしまったのだとしたら、それはきっと叶えてはならないものだ」
もう聞こえてはいないだろう。
少し遅れて、ヨシツグが地面に倒れ伏す音が、やけに大きく戦場に響き渡った。
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