第5話 デパートの一角

「おっ、こんなところにいるとはな」


「君か。僕がここにいるのがおかしいとでも言いたいのか?」


「ああそうさ。ここがどこかわかってんのか?」


「ここはデパートだよ」


「正解だ。じゃあ、どうしてお前がいるんだ?」


「このデパートの商品券をもらったからだよ」


「なるほどな。そんなことでもないと来れないだろうからな」


「確かに、普段はこないね。君はよく来ているんだろ?」


「ああ。俺の服はこのデパートで買ってるからね。素材にこだわっていて、着心地が違うんだ」


「着心地ねー。僕にはわかんないや」


「だろうな。ところで、その商品券で何を買うつもりなんだ?」


「買わないよ」


「は?」


「ママとパパといっしょに写真を撮るんだ」


「写真? なんでそんなことしなきゃいけないんだ? おいしいお惣菜なんかを買うんじゃないのか?」


「食べ物はすぐになくなるし、僕の服なんてすぐ小さくなるし汚れるし、ママとパパも高い服は要らないっていうから、写真になったんだ。記念に残るしね」


「記念だ? そんなものに金を払うのか?」


「写真はその時その場所でその人と撮るものだろ? 二度と同じ写真は撮れないんだ。これから大切な宝物にするってママが言ってたよ」


「大切な宝物ね……」


「どうしたんだよ。元気がないじゃないか」


「……別に」


「君らしくないなあ。いつもだったら、宝物なんていらないね、とか、写真が宝物なんてばかばかしいとか言うだろ?」


「俺、そんなきつい言い方するのか?」


「ああ。結構きついと思うよ」


「……」


「どうしたんだよ」


「お前はいいよな。いつも楽しそうで」


「楽しそう? まあ、楽しいよ」


「俺なんて……」


「なんだよ。もしかして、豪華な暮らしに飽きてきたか?」


「……飽きるだと? 俺はこういう生活のほうが向いてるんだ」


「だったら、充分楽しんでるじゃないか」


「そう……だけど」


「どうしたんだよ。本当は僕みたいに庶民的な生活がしたくなったんじゃないか?」


「なんだ? その言い方!」


「ママが言ってたぞ。豪華な生活は、そのときは幸せだけど、ずっと長くは続かないって。」


「うるせえ」


「金持ちにはわからない庶民の生活に、幸せはひそかについてきてるんだって」


「金持ちにはわからないだと?」


「たとえば、ずっとママとパパといれること」


「うるせえ。そんなことが幸せなわけないだろ!」


「怒っちゃってんの。かわいくないな」


「お前は今、幸せなのか?」


「うん。僕はママとパパといっしょに笑っていることが幸せなんだ」


「俺は……幸せじゃない」


「……悪かったよ。君がそれほどパパと会えないのを気にしてるとは思わなかった。」


「別にいいよ。悪いのはパパなんだから」


「そんな顔するなよ。君らしくないな」


「俺らしく?」


「つんとしているのが君らしさだろ。変に落ち込んでると気持ち悪いんだよ」


「うるせえ」


「ほら、出た」


「ふん」


◇◆◇


「なんか、君のママも様子がおかしいんじゃないか?」


「そ、そう見えるか?」


「うん。化粧も薄いし、声のトーンだって暗いじゃないか」


「ママだって、元気じゃないときもあるさ」


「……噂で聞いたんだけど、君のママ、引越すのか?」


「引越す? そんな大げさなことじゃないさ。少し旅行に行くだけさ」


「旅行? ちゃんと説明されていないのか」


「どういうことだ?」


「いや、人様の噂だけを信用しちゃいけないからな。なんでもないよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る