景色は遠く

@Hitumabusi

物語の終わりの終わり

 ワンショットワンキル。撃つことは自分の場所を知られることだ。あるいは危害を加える存在がいることを悟られることだ。遠所から一方的に攻撃できるという圧倒的な優位は案外脆く、全能感に酔ったスナイパーは碌な死に方をしない。私たちは嫌われ者だ。

 一撃必殺。それが私たちの鉄則だった。

 

 ネオンライトによってきらびやかに照らされた夜の都市の陰には多くの気の滅入る事実が転がっている。そう知ったのは私が家出をしてすぐのことだった。ナイフをポケットに隠した若者は獲物を前に舌をちらつかせ、暴力組織は弱者を暴力でいたぶって遊ぶ。私がスコープを通じて見ているのもそれだった。

 薬指以外に指輪をはめた手があげられる。射撃。即座にボルトを後方に動かし、薬莢を排出。前に戻して次弾を装填。発射された一発は被害者を殺すことなく傷つけることに成功した。狙撃がもたらした悲鳴と動揺が現場にいなくても伝わってくる。青ざめた顔、太腿から流れ出す血。狙撃の武器は銃弾ではなく、恐怖だ。戦って死ぬのはマシな方だ。生と死の間で弄ばれて死ぬよりは。

 場所は割れたが、すでに周囲の脅威は排除しているため場所を移動する必要もない。人を呼ばれる前には逃げ切れる。全ては順調、油断はしないまでも楽観的に捉えていた。

 当初は護衛の仕事を受けるつもりはなかった。ましてや格下をいびる仕事に一切の興味を抱くことはなかったが、自由意志が許される仕事ではない。我々のような人間は組織やグループの「穢れ」を背負っている。ひと昔で言う所の家畜を屠殺したり、皮を鞣したりする仕事と同様だ。必須だが嫌われる仕事であり、報酬は高いが地位は低い。殺人は非合法組織の行使できる強力な手段であると同時に、自らに向くかもしれない恐怖の対象である。少しでも意向に逆らえば臆病な彼らはきっと私を排除するだろう。

 仕事の内容は交渉中の護衛であったが、依頼主が手を上げる度に誰か一人を撃てと追加の要望があった。依頼主は組織において中核の人物の血族だった。地位は高かったが、実質的な権力は皆無に等しい。苛立ちからかこのような気晴らしをしているのだ。末端の構成員がするような金銭回収をすることも過剰に痛めつけることもその一環だった。DVを理由に離婚してからさらにその頻度が高まった。その実害が私にもやってきたのだ。

 とはいえ、仕事は一切の妥協をしなかった。目標地点から適切な射撃場所を借りた。丁寧に周囲の脅威を探した。注文通りに主要な臓器、血管を傷つけないよう細心の注意を払った。残りの仕事は証拠の隠滅と立ち去ることだけのはずだった。

 男が溜飲を下げ、やってきた車に乗り込もうとしたが、靴紐を直すかのようにうずくまった。男の額には脂汗が浮かび、指は必死に流れていく血潮を引き留めようとしている。

 狙撃された。

 スコープ越しに辺りを探索する。発射地点である高層マンションの屋上から逃げていく人物の後ろ姿が見えた。野球帽を被り、全身黒ずくめの男だった。標準を合わせようとしたが、当たる望みは薄そうだ。これからの処理を考えた場合に自分に容疑がかかる危険性があり、余分に発砲された一発がその嫌疑の裏付けになる恐れがあるからだ。当たるかもしれないという僅かな可能性には期待しない。

 それにしても、だ。私は暗雲のよぎる寒空に一つ白い息を吐いた。彼が軽々とやってのけた狙撃に感動していたのだ。彼の射撃距離は1㎞を優に超えていた。

 

 私には無実であるとの確証が取れるまでの間、自宅での謹慎を命じられた。想像していたよりも遥かに軽い措置だった。最悪その場で射殺されることまで考えていたのだ。

 理由は単純だ。一人の犯行声明が電波に乗って発せられたからだ。   

 いわく、男は義憤に燃えるヴィジランテであり、町の暴力組織の打倒を目的に活動しているとのことだった。音声加工された無感情な声は、強い口調で語りかける。彼らを通すな。彼らと同調する企業のものを買うな。彼らと仲の良い政治家を落選させろ。彼らの暴力を恐れる必要はない。今度は彼らが恐れる番なのだから。

 1㎞を超える狙撃は難しい。重力による銃弾の落下だけではなく、コリオリ力によるぶれが発生し、着弾点までの綿密な計算が必要になる。同じスナイパーの目をかいくぐったことも含め高度な教育を受けたスナイパーだろう。そのような脅威を前にして、自前の戦力を自ら減らすのは自殺行為に他ならないと判断したからだ。恐らく少しの休息の後、彼との闘いに駆り出されるだろう。そこで死ななければ後で殺すか、使いつぶせばいいのだ。

 私は命令された通り自宅に籠り、手持無沙汰に本を読みだした。分厚く、しかもそれが五巻も続く小説だ。装飾が殆どない質素な本の表には銀字でタイトルが刻まれていた。「失われた時を求めて」。 

 私がこの小説を読んでいるのは他愛もない理由だ。私たちのような人間は運勢、あるいは縁起というものに敏感である。銃弾は誰に対しても平等であり、殺した人間と殺された人間の間に違いは殆どない。一方が先に銃弾を撃ったかどうかの違いだ。つまり、いつ殺した人間と自分が同じになるかもわからない。私たちは殺した人間の瞳を通じて自らの死を幻視している。死に接すれば接するほど自分は殺されないと信じる材料を求めるようになる。そして、それは多くの場合スピリチュアルなものであったり、オカルトめいたものになる。鍛えるより信じることの方が簡単であるからだ。

 その中の一つに「完璧」というジンクスがある。思い残したことを全て済ませてから仕事に及んだ人間は死にやすいと私たちの間では噂になっていた。未練がなくなったことでこの世にいる理由を失ったから、と誰かは言っていた。もっとも本当にそうなのか統計をとったものはいなかったが、二年の間でそれはあっという間に広まった。ある人は前日に敢えて部屋を散らかし、別の人はかならず財布を家に置いて行った。私も流行にのろうとした。読み残した本があれば、完璧には程遠いはずだ。その点において「失われた時を求めて」は最高の本であった。一つには名作であった。雑誌を読み残しても心残りにはならない。もう一つには研究者ですら通しで二回読むか読まないかというほどに長いことだ。次の本を探している内に死んでしまっては無意味だろう。

 私はこの本を読み始めた。唯一の誤算はそれが長すぎるということだった。名作とは往々にして退屈だ。長く読もうとすればどんどんと頭が別のことを考え出す。その多くは私の過去のことだった。私にとっての失われた時間。この小説の主人公のように紅茶を浸したマドレーヌを口にしなくてもすぐにその時間に帰ることができた。狙撃手という性質上遠くを見るのは得意だ。

 

 貧困が志望動機の大半を占める業界だが、私はとりたて金に困っていたわけではなかった。普通の家に生まれた私はコミックマニアの叔父の蔵書を漁ることだけが趣味の至って平凡な人間だった。

 母はオーガニック食品が好きなベジタリアンだった。農薬を憎悪する一方で、食後には数個の錠剤をのまなければならなかった。彼女が幼かったころから飲んでいる錠剤は彼女の憎しみを増長させたのかもしれない。彼女にとって人工は悪で、自然こそが正義だった。彼女は多少知られたリベラル言論家だったが、食卓においてはファシストだった。肉魚を食べることはできず、お菓子を買い食いしたことを知られた時には顔が腫れるほど殴られた。だが、それ以外では基本的に良識と理解のある母だった。

 私がこの業界を志した理由は貧困でも、復讐でもなかった。理由は単純だ。職業適性があった。簡単に言えば向いていた

 小学校の頃、いたずらを仕掛けてきた男児を半殺しにしたことがあった。髪の毛にガムをくっつける遊びが流行っていて、長髪にしていた当時の私は頻繁に狙われた。一回二回の内は先生に相談した。先生は言った。話し合ってごらん。自分で解決してごらん。

 私は後半の案だけ採用した。

 首謀者の男の子のあとをつけ、人のいないところで後ろから襲い掛かった。父の愛用していた腕時計を拳に巻き付けて殴った。彼は泣いて謝った。何回も殴った。殴る度に自分の適性を知った。悲しみも嗜虐的な喜びもなかった。屠殺所で働く人がそうであるように淡々と殴りつけることができた。残虐行為に気が付いた大人が止めるときまで私は延々殴りつけた。

 この仕事をする人たちは極めてものぐさだ。話し合いの席を設ける前に人を殺す。裏を回すことも、粘り強く交渉することもしない。殺し、脅し、痛めつけ、大切な人を人質にする。それが楽だからだ。

 彼らにモラルがないわけではない。一部にはサイコパスや狂人がいるが、そういった人にこの仕事は長続きしない。時として通常の人よりも慈悲深く、道徳的な人もいる。募金をし、孤児院に足を運ぶ。サンタクロースの恰好をして孤児にプレゼントをあげたり、浮浪者に温かいシチューを与えたりする。彼らは狂人ではない。楽であることがすべての価値観に優先するのだ。

 私もそういった類の人種であると完全に理解したとき、母にそのことを告白した。罪の意識からではなく、今まで育ててくれた親への義務であると考えたからだ。母は泣きながら言った。明日病院に行こう。あなたを治してくれるお薬がある、と。その日の夜に出て行った。

 もし、私の異常を治す薬があったすれば、私は飲んだだろうか。飲んだかもしれない。必要なら感情を、思考を、自分の一部を殺すことも嫌悪感と抵抗なくできただろう。しかし、私はそんな薬があるとは思えなかった。薬を信用するな、と母から教わり、母が副作用に苦しむ姿を目にしてきた。薬で変われることは必ずしも救いではなかった。私が苦しいことは、人を苦しめることより嫌いだった。

 数か月後、新聞の小さな記事で、母が死んだことを知った。母は一切の投薬を止め、死ぬ必要のない病で死んだ。死ぬ直前に彼女は、何かとても大きくて残酷で時代の病理のようなものに警鐘を鳴らしたらしい。私は新聞を畳んで空に一分間祈りを捧げた。

  

 家を出た私は自らの無計画さを知った。得体のしれない子供を雇ってくれる人なんていない。しばらくの間、私は不良団に所属していた。構成員は十台くらいの少年たちがほとんどで、私に近い年齢の子もたくさんいた。家出した子もいれば、親を知らない子供もいた。

 仕事は色々あった。私たちは班を組んで仕事に取り組んだ。脅してお金をせしめる班、無許可の露店を開く班、外敵に対抗するための射撃訓練を行う班、ドラッグをキめて一日中無気力に寝転ぶ班。私の仕事はスリだった。カメラを首にぶら下げた観光客の隙を見て財布とか携帯を奪うのが主な仕事だった。儲けが大きい代わりに失敗した時のリスクも大きかった。地元の住民には特に嫌われていた。私たちのせいで観光客が寄り付かなくなるからだ。一度警察に引き渡されることもなくリンチされたこともあった。ヒーローは捕まってもタフなことを言うが、捕まったらできるだけ声を漏らすべきではないと教わった。相手をさらに怒らせる危険性があるからだ。それより体を丸め頭を守る、降りかかる暴力にひたすら耐えるのが正しかった。

 私たちの住居は不在の別荘だった。鍵をこじ開けて入ったそこは住むには最高の場所だった。夏に本来の居住者が異常に気づき、警察を呼ぶまで私たちは別荘暮らしを満喫した。ひいきの野球チームが負けたとテレビをバットで割ったり、高級そうなカーペットの上でゲロを吐いて台無しにしたりした。この一件が私たちの組織の崩壊を招いた。住人が久々のバカンスでこの地に戻り、惨状を見た。男は有力者だった。男は抗議を入れた。私達ではなく、住人に。

 私たちの横暴に腹を据えかねた地元の住民はなけなしの金を集め、業者を雇った。彼らは新しく作った廃墟のアジトに押し寄せ、一人ひとり確実に「処理」していった。何人かは抵抗したが死体になった。ボスだけは別で、両脇を刺青の男に抱えられ無理やり引きずられていった。

 いち早く崩壊を感じ取った私は逃げた。そういうときに限って夜は素晴らしかった。音もほとんどない静かな夜だ。美しい夜は孤独なものではなかった。私は肌で門を閉ざし悲鳴を聞かないように努力しようとしている住人たちのかすかな息遣いを感じ取っていた。単色の夜は美しくなかった。悲しい夜、陽気な夜、単色の夜は退屈だ。ここには全ての色がまじりあっていた。安心、恐怖、喜び、哀しみ、被害者であること、加害者であること。それは世界の縮図でもあった。空飛ぶヒーローの下、彼らを見上げることしかできない我々の暮らす世界だ。

 私は足を引っ掛けられ転んだ。一発顔を殴られた。鼻血が出て、口の中に鉄の味がした。男はうんざりした表情で何度もつぶやいた。お前が悪いんだ、お前が悪いんだ。呟きながら顔面を殴り続けた。

 私は男の未熟さを感じ取った。彼はまだ仕事に手慣れていない。自分の仕事に理由を求めている。殺すことを躊躇っている。

私は、助けて、と媚びるように言った。女であることも有利に働いた。彼が戸惑った時に私は袖の所に隠し持っていたカミソリの刃でその喉元を切り裂いた。組織の男に襲われた時の自衛用にポケットに常に入れていたのだ。男はひゅう、と空気が漏れた音だけを残して倒れた。

 一人を殺しても事態が改善するわけではなかった。また別の誰かが殺しに来るだろう。ただ、一つの僅かな可能性を考えていた。

 私を売り込む、という方法だ。

 ひげ面の男が私に銃を突きつけた。同時に私の横にいる死体を見る。男は私がやったのかと尋ねた。

 私はそのごくわずかな可能性を引き当てたのだと確信した。彼らは殺す人間に話しかけない。非情な彼らでも言葉を交わせば若干気が滅入るし、万が一情が湧いてしまえばさっきの男と同じ結末になるだけだからだ。私を試していた。私の反応によって処分を決めるのだ。彼が指を引き、弾丸が発射されるまでに私は自分を売り込まなければいけない。私は自分の能力をできるだけ大きく誇張して彼に伝えた。

 ひげ面の男はにやりと笑った。笑顔というにはあまりにも作為的で顔が裂けたと表現したほうがまだ適切だった。

 その後、ボスの結末を知った。彼は山の中体の下半分を埋められ、抵抗もできないまま男たちの悪意と憎悪を一身に受けた。両方の目を潰された後、ようやく飽きた彼らに殺された。


 師匠の教えは単純だった。人を殺すのに最高の方法は反復である、そう師匠は言った。私はその一言一句全てを思い出せる。

「人は殺す人間と戦う前に自分と戦わなくちゃならない。殺人は最大の反社会的行為であり、俺たちが生まれてから死ぬほど教えられてきた道徳に反する。そもそも人間ってのは同族を殺すのを嫌がるもんだ。だから、大抵の人間は殺人に耐えられない。俺たちも例外じゃない。ストレスが溜まっていき、いつか発狂する。あるいはその前にしくじって死ぬ」

「じゃあ、どうするの?

「現代の戦争では色々な工夫がされた。薬を打ったり、憎しみを与えて相手を人間だと思えなくしたり、反射的に撃つように訓練したり。だが、俺からしてみりゃそれらは無駄だ。いいか、俺が今から言うことを繰り返せ。全てのことは反復だ」

「全ては反復だ」

「略すな。これも訓練だ」

 私は言い直した。

「全てのことは反復だ」

「よし、俺が言え、といったときにはその言葉をいつでも言えるようにしろ。朝も夜も、お前が死にそうなときもだ。よく見てろ」

 師匠はカバンから折りたたまれたスナイパーライフルを取り出した。太い指でそれを組み立てていく。ばらばらだったそれは見る見る内に形になっていく。最後に彼は標準を合わせると私の方を見た。これを自分が認めるまで繰り返すように彼は言った。

 私の顔から不服の表情を読み取った師匠は言った。それすらも私は空で言うことができる。これは最高の訓練だ。これを完璧に、何の感情も思考も入れずにできるようになったとき、お前は頭で考えるのではなく手で考えて人殺しができる。頭で考えれば殺人は難しくなる。そこには俺たちが教えられたくそったれな道徳が詰まってるからだ。

 私は言われた通り、朝から晩までその組み立てを始めた。少しの休憩時間の他には作業をし続けなければならなかった。時間をおけば手が忘れてしまうからだと師匠は言った。

 組み立てては分解する、その無意味な行動は私の精神に大きな変調をもたらした。始めのうちは苦しく感じた作業も何も感じなくなった。手が思考よりも先に動くようになるのを見るのは不思議な気持ちだった。手に裏切られているように感じた。三日目には目をつぶっても動かせるようになり、五日目に合格を言い渡されたときには一切の思考を介在させることなく組み立て、分解することができるようになっていた。

 私は要領が良いほうだったらしい。師匠が言うことには極めて短期間で学んでいった。射撃に護身術、遠距離射撃に関係する程度の気象学、ターゲットの尾行。今の私が知っている八割のことは彼から学んだものだった。

 そんな彼も死ぬときはあっけなかった。彼は間違いなく強かったがその内自分の待遇に不満を覚えるようになった。自らの欲望を抑えきれなかった彼は、献上金の一部を着服するようになった。その量は全体から見れば微々たるものだったが、上への背信行為と見なされた。私たちは追われ、セーフハウスの一つに逃げ込んだ。

 彼は自ら積み上げたキャリアが少しの欲望によって粉々に崩れ去ったことに茫然自失としていた。彼は弱気な発言を繰り返した。私だけが唯一の味方であり、裏切られれば死ぬしかないと自覚していた。

 私は彼の手を取り、こう励ました。勿論私はあなたの味方だ。あなたがどんなことになってもあなたに私はついていく。だって、あなたは命の恩人で、私に大切なことを教えてくれた。

 すべてのことは反復だ。

 私は練習で的を撃ったときのように、実戦で敵を撃ち殺したときのように、私はもう一方の手で彼の頭を撃ち抜いた。眼窩を後ろから打ち抜かれた彼の頭は爆ぜ、悪趣味なホラー映画のような中身を曝けだした。気取られないように静かに、冷たく。私は完全に思考と指を切り離すことに成功した。

 

 仕事が順風満帆であったとは言えなかった。師匠との一件が響いていたというだけでなく、私が女性であることも理由だった。業界は一昔のSF並みに男性至上主義だ。ギャングが横の繋がりを重んじ実利のために動くのとは対照的に、彼らは家族、イエを重んじる。そこには親子の上下関係があり、男女にもそれが当て嵌まる。認められるには実績を上げなければならないが、その実績をあげるチャンスが来ない。多少の貯蓄はあったが装備のメンテナンスなどを考えれば余裕もない。才能を認められないという不満とそもそも才能などないのではないかという不安の中、漠然と日々を過ごしていた。

 私が一人の女性と知り合ったのはその時のことだった。彼女は男性社会の組織において自分を効果的に活用していた。彼女は売春婦だった。ある程度の場所代を支払うことと性病検査を受けることを条件として管轄内での売春行為を認められていた。彼女は美人というわけではなかった。欠けた前歯、リンゴのように赤くまんまるとした頬、体形は痩せぎす。だが、愛嬌があり話が上手だった。私は一時期彼女に雇われて護衛をしていた。当時売春婦を狙った連続殺人事件が起きており、彼女のような組織から一定の距離を置いている人間は自衛の必要があったのだ。

 彼女と取り立て仲が良かったわけではない。彼女のトークはビジネスのためのものであり、私には癇癪じみた言葉を投げかけることの方が多かった。

 それでも、機嫌のいいときには彼女はよく自分の家柄の話をした。自分は裕福な家の出だが、意地悪な叔父によって遺産を全て奪われた。裁判で争ったが継母は冷酷な弁護士を雇って嘘八百を並び立て勝訴したのだ。後半の部分は頻繁に変わった。当時の恋人や弟を人質に取られ裁判を取り下げたことになっている日もあれば、浮浪者を雇って彼女をレイプさせた場合もあった。

 彼女たちにとって嘘は化粧の一つだ。自分が売春婦に身をやつした理由をできるだけ悲劇的に語り男性から同情を誘うのだ。彼女らは少ない知識を繋ぎ合わせ、もっともらしい話をするが多くの場合は滑稽だった。しかし、彼女に関しては違った。彼女は滅多にいない、自分の嘘を本当だと信じられる人間だった。目配せから間の置き方まですべてが事実を語るようだった。彼女は詐欺師ではなかった。おそらくその自覚もなかっただろう。彼女は嘘を使うことができない。なぜなら、彼女は嘘の中に生きていた。傷つきやすい自分を嘘の繭に包むことで日々の苦痛に耐えていたのだ。

 クリスマスの日に訪れた男はみるからに怪しげだった。右目が痙攣するかのように上下し、彼女が声をかけるまで辺りを忙しなく歩き回っていた。冬にもかからず汗をかいており、コートを片手に抱えている。彼女も男と交わることに生理的な嫌悪感を抱いていたようだが、それ以上にお金が必要だった。やむを得ず男がポケットから出したしわくちゃになったお金で自分を売ることにした。

 私は二人の若干ぎこちない会話を聞きながら男を観察していた。その内、男の汗で透けた背中にうっすら蚯蚓腫れのようなものがあることを発見した。それは売春婦が必死に掻き毟った跡であると理解するのは容易だった。

 その後の処分には迷った。この場で彼女に忠告すればその場はしのげるかもしれない。しかし、私がいない間に報復される恐れがあった。警察に通報すれば彼女も違法行為で拘留される。連絡すれば組織が手を貸してくれるとは考えられなかった。この場で殺す。妻との喧嘩の傷跡であるならば大問題だ。私だけではなく組織を巻き込んだ住民の抗議運動や警察の排除が始まる。

 私は待つことにした。彼女が殺される寸前で射殺することに決めた。普段と同じく戸口の前に立って男が襲うのを待った。百を数え終わると同時に侵入した。彼がせっかちな殺人鬼であれば仕事を済ませ彼女の死体に鉢合わせることになるかもしれなかったが、男は余興を長く楽しむタイプだったようだ。彼女に乗りかかって焦らすように注射器を押し込もうとしていた。私は右肩の盛り上がって瘤になっている部分を撃った。彼は飛び上がるように跳ね、逃げた先の部屋の隅に縮こまった。彼は言った。彼からすれば私達は宇宙一淫売であり、地球を支配しようとする銀バエ型宇宙人が人類を堕落させるために送り出した刺客だった。彼は有名歌手のベスト盤のタイトルの頭文字を一曲目から繋げると真実がわかるとも言った。私は注文主の意向を聞いてから彼に致命傷を与えた。

 終わった後に処理業者に電話をした。そうすると運んで来れば処理してやるとの言葉を受け取った。交渉して出血の跡と弾痕の処理を相手に約束させた。彼女から中古車を借りた。それとブランケットを一つ借りて男を包もうとしたとき、まだ一グラムほどの生命を残していた男は最後の力を振り絞って私の腕に注射器を刺した。一撃必殺という言葉がどれだけ重い意味を持つか理解したのは後の話だ。

 彼は長身であり、死後硬直で折り曲げるのも難しく、助手席に乗せることになった。私は彼女にやがて来る男たちの指示に従えとだけ言い残しその場を離れた。

 車は中古車で一度も取り換えたことがないのではと思うほどツルツルのタイヤだった。それでも深夜の街道は人も空いていて運転することは簡単だった。信号機が青に変わるる間にラジオをつけようとした。男の死体が喋り出した。

 反射的に彼に刺された注射跡を見る。アンプルの中の緑の液体の中身を察した。カーナビを確認する。目的地まではまだ遠い。ここで気絶するかパトカーに捕まればすべてが終わる。

 頭が熱く、重く感じた。薬の効果は後になればなるほど酷くなっていった。ハンドルに頭を置いて休みながら少しずつ道を進んでいく。男の罵倒が二日酔いのときのように響いた。男は私を宇宙人と詰った。冷血で自分のエゴのために人を殺すと。 

 いつしか男は母の顔になった。彼女は薬にぶつけるのと同じ怒りを私にぶつけた。お前を生むべきではなかったと母は言った。あんなにも大切に育てたのに。あれだけの愛情を込めたのに。お前は悪魔の仔だ、誰もお前を愛せない。

 男はギャングのボスの顔にもなった。彼は悲哀を込めて語った。俺は居場所が欲しかっただけなのに。お前は卑怯だ。いざとなったら俺たちを捨てて逃げ出した。お前は俺たちを売ったんだ。

 師匠の顔になった。師匠は感傷的に語った。恩人を殺したお前に、心のないお前に未来などない。裏切りは連鎖し、お前もそのピースの一つに過ぎないのだと。

 私の顔になった。私は撃った。練習した通り上手に決まった。自分の顔がはじけ飛ぶのは興味深かった。

 自分を撃ってみたかった。死ぬべきだ、と悩んだこともあった。撃って快感や救いの感情を得られるのなら死んだほうがいいだろう。今、私には何の喜びもなかった。ただ撃って当たっただけだ。師匠の言った通りだ。

 人間の振りをするな、人間はお前よりかは上等だ。

 私が見ているものは隠れた良心でも懺悔の気持ちでもなかった。それは私の表面にへばりついた倫理と道徳を捻ることなく再生しているのに過ぎなかったのだ。気が付いた瞬間覚めてしまった。まだ幻覚は続いていたがそれになんの感情も抱けなかった。自分に倫理や道徳がないわけではない。情や愛がないわけでもない。だが、それを実践することはない。

 世界は矛盾で満ちている。薬品を嫌い有機農業を称賛するがその薬品によって今まで生かされているという矛盾、居場所を求める行為が逆に今ある居場所すら奪ってしまうと自覚しながら行う矛盾、全ての人を感情なく殺す方法を教えながら自分は殺されないと過信する矛盾。人の命を尊びながら、その殺人の手段を日々発展させる人間の矛盾。私はその先端に自ら身を置き、それで破滅した人間を横目で見ながら何が大切なのかようやく理解した。大切なのは理屈ではなく、意思の強度なのだと。矛盾を解くのではなく、矛盾に耐える強さなのだと。

 目的のガレージに車を駐車した時には日が昇り始めていた。車ごと処分されたため、もやのかかったような頭で明け始めの道を歩いた。散文的だった思考がようやくまとまり始めていた。逃げ回るだけの人生に一本の筋が通ったようだった。その時始めてプロとしてのスタートラインに立てたのだ。

 しばらくの間彼女の話は聞かなかった。軌道に乗り始め、五人目と六人目の依頼の間に彼女が死んだことを知った。何があったかは知らなかった。しかし、彼女を見知った人であれば誰でもその死因を理解していた。彼女は嘘に殺されたのだ。彼女が嘘によって生かされていたのと同様に。

 

 彼と次の仕事の情報は同時に入ってきた。私は暇つぶしに弄っていた銃を置き、郵便で送られてきた分厚い資料に目を通した。

 男は軍に所属して数々の戦果をあげ、いくつものテロを未然に阻止し、そして自ら指揮を取って要人の救出作戦を成功させた。

 輝かしい功績とは裏腹に私生活は悲惨なものであった。帰国後PTSDに苦しめられる。当時は心的外傷について理解が薄く、外的な傷害を受けたものに与えられる勲章も保障も十分ではなかった。彼を支えることは大きな負担をもたらし、「家庭は崩壊。包丁を手にして離婚した妻の元に押しかけた彼は留置所に送られ、そこで彼はある真理を悟る。自分は闘いの中でしか生きられない。

 彼はカウンセラーに意気揚々と語った。闘いは粋がったチンピラとの喧嘩では無い。闘いは純粋な理念の行使だ。闘いで死ぬ者を死者とは呼ばない。個人としての死を迎えようとも理念は死なない。理念の徒である彼らは殉教者なのだ。その理念に自らの全てを委ねれば死は敗北でなく妥協でなく哀しみでなく勝利だ。その理念を引き継ぐ同輩がいる限り。カウンセラーは彼を精神鑑定にかけ、彼は病院に送られた。

 退院後彼は自らの真理に基づいて体を鍛え直した。そして街に出て誰と争うべきかをその目で見定めようとした。青少年にドラッグを与え、善良なる庶民が稼いだ金を掠め取り、人を殺す屑共。彼は正義について考え、その正義をどのように実現するか考え、どのように闘いを始めようか考えた。

 彼の処理について話し合う会合が開かれる。恐らく彼はやってくるだろう。今の彼に慎重という言葉は存在しない。私の任務は護衛ではない。誰かが殺されるよりも早く彼を殺すことだ。最後にこれがラストチャンスであると伝えられた。失敗した暁には両手を熱した油に入れて二度と指を開くことができないようにする、それからゆっくり殺す、と。最後の文は彼らにとっての「おはようございます」や「おやすみなさい」と同じだ。つまり、意味がない。あの失敗以来私はほとんど死んでいるようなものだ。私でも死人は殺せない。

 

 過去を振り返る。牛が穀物を反芻するように繰り返す。もう味は残っていない。私が関わった全ての人は過去であり、死人だ。

 師匠にけしかけられある女性を無理やり堕胎させたことがあった。師匠は言っていた。男は手ぶらの方が気楽だ。そこに子供だの家庭だの持ってみろ、煩わしくてたまらん。必死に腹の中の子供を守る彼女を蹴り付けながら自分もいつかこのようになるような気がしていた。今の私からすればそれは啓示だったと思う。暴力に襲われるという意味ではなく、子を孕むという意味でだ。

 きっかけは退屈なものだった。一人の男と喫茶店で知り合った。何回かデートをしてから彼に告白された。愛情が薄いというだけで、実はそれなりに持ち合わせていたことに気が付いた私は彼と付き合い始めた。

 彼は寡黙な人だった。保険の勧誘員であるのが信じられないほど。そう訊ねるといつも彼はこう返した。伝える必要がある人には伝えるよ、でも君には必要ない。私は彼の無言の信頼に応え、自分の仕事がおぞましいものであることを伝えた。そしてそこから抜け出せないこともそれとなく言い渡した。彼はその全てを受け入れた。

 やがて妊娠した。組織は寛容だった。前述の通りの父権社会である彼らは女性が子を孕むことを容認した。妊娠は女性の義務だった。それに親というのは制御しやすい生き物だった。子供を誘拐してその指の一本でも送れば親はどんな要求にも答えるだろう。私が知る最高の親はナイフで自分の腹を掻っ切って心臓を取り出した。男は取り出した瞬間に死亡した。組織はその子をスーツケースに入れて返却した。

 妊娠してから情緒不安定になってほとんどの時間を不安と共に過ごした。彼の職場に頻繁に電話をかけた。彼は迷惑がることすらなく真摯に対応してくれた。彼にとっては妊娠期にありがちな感情の乱れだった。

 しかし、私にとってこれはそうではなかった。妊娠は当初想定していたよりも遥かに苦痛で不快だった。私は恐れていた。だんだん重くなっていく体は醜悪な丸みを帯びていく。体内の生命は寄生虫だった。性質が悪いのはその寄生された体を見て誰もが祝福の眼差しを向けることだ。代わって欲しかった。誰かにこの重みと苦痛を分け合うことができればどれだけ楽だったろう。

 私は子供など欲しくなかったのだとその時になって理解した。

 勿論人並みの幸せに憧れた時もあった。自分が明るい人生を送れるとは微塵も思っていなかったが、それでも幸せをそれなりに求めていた。仕事終わりのジェラートやアルコールのささやかな幸せ、人と触れ愛し合う幸せ、子を産み育む幸せ。これは幸せだった。自分にとって唯一殺せない人間が生まれようとしているのだから。そして、最大の不幸だった。これまでの自分の人生を否定する存在が生まれたのだから。

 子供が生まれた。私は赤ん坊を何度も殺そうとした。枕で口を塞いだ。蜂蜜を唇に塗った。体温計の中の水銀を飲ませようとした。逆さ釣りにして鬱血させようとした。彼を浴槽において蛇口を捻った。

 それは危機感からだった。自身の職業を、人生を全て否定してしまう存在だった。彼女を認めることは肌を引きはがすような痛みを伴った。

 それは恐怖からだった。もし彼女が私を殺そうとするのであれば簡単だ。私には抗う術がないのだから。だから先に殺さなければならなかった。

 それは愛したからだった。愛したからだ。殺せないほど愛したからだった。愛しかった。心の中から自然にあふれ出る愛情が恐ろしい。愛した。吐くほど。

 全ては未然に防がれた。私は子供を憎む犯人と身を挺してでも庇い愛する母の二面性を持っていた。子供は母が向ける悪意など知らずに育った。

 四歳の頃だった、いつものように彼女に洋服を着せ、託児所につれていくために車に乗せた。私は十五人目の殺人を犯そうとしていた。だが、調査の成果は芳しくなく引退も視野に入れていた。口封じに殺されるとは思わなかった。組織との信頼関係は子を産むことで一層深まっていた。家族ぐるみの交遊も少なからずあった。人殺しへの待遇としては破格のものだ。

 託児所への途中で怪しい車に尾行されていることに気が付いた。何らかのアクションを起こすべきか悩んだが結果的に無視することにした。まだ調査は前段階で今の時点で気づかれるとは思えなかった。尻尾をつかまれていたわけではなかった。しかし、ターゲットは非常に過敏になっていた。それこそ妊婦に危害を加えるだとは想像もつかなかった。

 前の車が急ブレーキをかけた。ブレーキでは止まらずに追突した。衝撃に前のめりになる。もう一度衝撃が襲ってきた。後ろの車はブレーキをかけることもしなかった。

 カーホルダーから拳銃を取り出した。全てのことは反復だ。全てを繰り返すにはどうしても邪魔なものがあった。チャイルドシートに守られていた彼女は突然の事態に泣き叫んでいた。ガラスの破片に頬を切られ、あの柔肌に赤々とした血が流れていた。

 最初からこうすればよかったのだ。

 矛盾があった。

 全ての人を躊躇いなく殺さなくてはならない。

 愛した彼女を殺せない。

 その矛盾に対処するには簡単だった。

 愛するから殺すのだ。

 殺人に理由など求めない私が生み出したただ一つの理由。彼女を襲撃者達の手に渡らせないため。彼女を利用する邪悪な人たちによって苦しめられ、陰惨な殺人方法で処分されないため。指を切られないように、スーツケースに詰め込まれ圧迫死することのないように、私は彼女を愛しているから殺すのだ。

 彼女は銃口を向けられたことにも気が付かなかった。そこに存在する悪意を彼女は知らなかった。私は撃った。撃った。撃った。がむしゃらに撃った。やがて彼女はぐったりして、死んだ。

 車から飛び出した。ハリウッドスターがするような無茶苦茶な戦い方だった。襲撃者からすれば驚いただろう。遮蔽物に身を隠すこともせず棒立ちで戦う人間は即蜂の巣にされるのが普通だったが、襲撃者たちは逃げていった。こんなくだらない仕事の、くだらない女の道連れになることは避けたかったのかもしれない。私たちの殺人もあくまでビジネスであり、上の仕事と下の仕事がある。

 ともかく私は母という呪縛から解放された。後々処理に頭を悩ませることになりそうだと思いながらも、今はとにかく歩き出すことにした。砕けたショーウインドーのガラスの破片を踏み砕きながら、流行りの音楽を口ずさんだ。生憎サビしか覚えてないその曲は、それでもないよりはずっとマシだった。タバコを吸わなくなった次の日の様に口寂しい感覚がずっと残っていた。

 喜びはなかった。刑期を終え、牢屋から放り出されたような安心感だけだった。やがてその安心感が興奮と共に冷めていくとある不安が頭をよぎることになった。本当に殺したのだろうか。

 その場から身を隠しずっとテレビを眺めていた。途中何度も夫からの着信があったが無視した。とうとう彼女が死亡したとニュースで流れた時、ようやく落ち着くことができた。罪悪感より安心が上回っていた。もう私が愛した彼女はいなくなり、残ったのは彼女の形をした物に過ぎなかった。物であれば壊せる。そしてこの世界のほとんどは物としか思えなかった。訓練の賜物だ。

 私が恐れる唯一のことは彼女が幽霊として化けて出ないかということだった。幽霊を殺せるのか、そもそも幽霊に銃弾で立ち向かうことができるのか。長年考えて、一つの答えにたどり着いた。もし、私の前に現れたなら、その時は、そう、抱きしめてあげよう。生きた彼女は愛せなくても、殺した彼女は愛せるはずだ。彼女がこの倒錯者を母として認めるかは別として。彼女が私の前に現れたことは今までない。

 夫は私が知る中でただ一人の生存者だ。生きることについて何の誇りを持たない人から見ればそうだろう。


 過去を思いおこし、こうして形にする。何度目かの追憶の末にようやくその理由に気がついた。自身の過去を振り返り、そこに後悔がないと自覚すること、あるいは違う選択を選ばないだろうことを反復することによって自身の心無い行為を肯定しようとしているのかもしれない。さらにいえば私は自分を「かたち」に帰属させようとしているのだ。全てのことは反復だ。私は過去を反復することで仕事の技術を自身のイデオロギーや存在意義にまで昇華させようとしている。私という最悪の人間を固定化しあり方として肯定している。その肯定はかっての夫がかけてくれたような暖かなものではない。道具主義者の肯定、誰かを殺し続ける自分の有用性の肯定だ。

 そう仮定すると今回の仕事に若干の意味を見出すことができた。彼は強さを「こころ」に求め、私は強さを「かたち」に求めた。善悪について私は語らない。それは私の専門外だ。私が言えるのは、彼の能力を支える意思の強度は常人の域を超えていることだ。彼を倒すこと、射殺することで何かが失われ、あるいは変わるわけではない。だが、避けられない相手であることは確かだった。 

 

 運命の日。私はあらかじめ狙撃位置を予測していた。ビルから吹き荒れる風と高さを考えればそれは難しいことではなかった。銃弾はまっすぐ飛ぶわけでなく風や重力の影響を受ける。その影響を限りなく減らさなければ狙撃は成功しない。そして、上に向かって銃弾を放つのは難しい。ほとんど不可能と言っていい。だとすれば、かならずターゲットよりも上のポイントに陣取るだろう。私はそれらのポイントの射線が通る射撃地点で彼を待った。

 違和感を感じだしたのは彼が姿を現さなかったせいではない。ピリピリと肌に刺さるような感触がしていた。口の中で苦い味がし、唾をその場で吐いた。彼が思い通りに動くとは考えていない。私はそこまで楽観的な性格ではない。しかし、相手の位置を割り出し相手から射線の通らない場所を陣取りそれを相手に悟らせないことができるのだろうか。それもこの高所の限られた場所で。

 ある。私は一つの可能性に行き着いた。あくまで私は要人を狙撃することを前提として射撃地点を計算していた。しかし、彼が要人を狙わず私だけを狙っているとすれば。理由はあった。彼は私と同じように自らの有用性を証明しようとしている。それは無抵抗な人間を殺すことではなく、まさに自らを殺さんとする人間を殺すことで達成できる。正義は勝つ、という慣用句は戦いにおいて誰よりも強いことが前提になければ成立しない。

 とはいえ、すべてのことは憶測に過ぎなかった。相手が気づいていない可能性もあるのだ。経験則と今までの反復に従えば動くことは適切ではなかっただろう。だが、私の中の本能が叫んでいた。動け、さもなければ死ぬ。私は迷わなかった。

 起き上がりスナイパーライフルを担いだ。そしてそのまま走り出した。走ることには二つの意味があった。一つには止まっているよりは銃弾が当たりにくいからだ。もう一つの理由は敵を焦らせるためだ。彼がもし銃弾を発射し、奇跡的に当たらなければ銃弾から居場所を割り出せる可能性があった。

 ビルの縁に足をかけた。迷うことなく飛んだ。距離にすれば一メートルにも満たない距離だがその体感時間は学生時代の走り幅跳びよりも遥かに長く感じた。溺れる者は藁をも掴むというが空中には藁すらない。それは地上でも同じだった。私は、何かとの、あるいは誰かとのあらゆる接点を排除していたのだから。

 着地する。衝撃に耐えるために動きが止まる。それを見越したように銃弾が放たれた。まだ射線の中に私はいたのだ。しかし、放たれた銃弾を認識できるということは私はまだ生きていた。

 撃たれたら死んでいる。銃弾とはそういうものだ。

 撓ませた足をばねのように弾ませその場を離れる。射撃地点を計算する。その場に遮蔽物は無かった。解答は一つだけだ。彼が撃つより先に撃つことだ。身を翻して膝立ちの姿勢で狙撃に移行した。スコープの中に彼の姿を見出した。

 その狙撃対決は初めから負けていた。彼が微修正を加えるだけで次弾を放てるのに対し、私は新しい条件で狙撃のプロセスを初めから追わなければならなかった。そもそも彼との撃ちあいに入る前、もっと言えば準備の時点で彼に圧倒的な差をつけられていた。今の撃ちあいはその差の体現に過ぎない。だが、一つだけ勝機はあった。それは極限状況で生み出した意味によってだ。

 私は原初のルールと再び向かい合った。

 一撃必殺。

 技術の話だけではないのだと知る。

 勿論、美徳でなければ、職業倫理でもない。

 それは規範だ。だが、私達の持つルールブックにはその一文しか書かれていない。それは無限の解釈を秘めたテキストだ。私達は続く一文を自らの手で書き示さなければならない。

 彼は正義について書いた。正義に妥協があってはならないからだ。だから、一撃必殺でなくてはならない。敵対者の息の根を止める確実な一手でなければ意味がない。今、彼は焦りか驕りか一撃を外した。彼の一撃必殺の条理は崩壊した。

 一撃必殺の後に私は書いた。なぜなら、私は銃の一部だからだ。コペルニクス的転換。銃を使うのではない、私は銃の撃鉄を起こし狙いを定め引き金を引く機能を担う銃の一部に過ぎない。そしてその銃弾は必ず当たる。当てなくてはならない。

 なぜならば銃は人を殺すものだからだ。私はそう証明し続けた。

 そして、今回もそれを証明した。


 騒動の発端が倒れ、騒動は急速に収束していった。一人の人間の強い義憤ですら人々にとっては狂騒の場、遊びに過ぎなかった。彼らはまた新しいニュースに騒ぎ、同じ速度で飽きていく。殉教者は誰にも知られずに死に、彼の闘争は終わりを迎えた。

 私はこれで三十五人の命を奪ったことになる。並べれば小さく感じる数字だが彼らの意思、価値観、あるいは朝何を食べるかといった多くの情報を過去のものへとしたことになる。猥雑な都市の交差点に立ち止まりそこから無作為に三十五人を消したとすれば街はどのように変わるのだろうか。

 一つだけわかるのは私が消えたとしても変わることはほとんどないことだ。スナイパーに見えるのはスコープ越しの遠い場所だけだ。殺されたときにすら自分を当事者として捉えることができない。ある笑い話で狂人は双眼鏡越しに覗いた景色が近くだと勘違いし、高い木から飛び降りて死んだ。彼は飛び降りることで覗いた景色に、または現実にどれだけ近づけたのだろう。

 

 最近つまらない考えをすることが増えた。自分の限界が近づきつつあるのだろう。私達は劣化する速度の速い消耗品だ。私はできるだけ長く保てるように勤めていたが、一度仕事に意味を見出してしまった以上衰退は必定だった。彼が妥協によって急速に劣化したように、「かたち」を繰りかえすことが彼との闘いによって、あるいは一撃必殺の条理によって意味を持ってしまった。意味を持てば引き金を引くのは指先だけのものではなくなり、頭を使うことになる。そうすれば理性や僅かな良心に常に頭を悩ませることになる。瞬間的に意味を持つことが爆発的な力を生んだが、蝋燭は消える前が一番明るい。

 なんという矛盾だろう。「かたち」の意味を知ることが結果として私を「かたち」から解放した。そしてその矛盾に耐えるだけの強さを私はすでになくしていた。強さとは鉄のように例えられるが実際はナイロンのような柔軟性を指すのだろう。矛盾に晒され続ければ柔軟性を失い脆くなる。私の限界はすぐそこまで来ていた。

 あるいは忌むべき「完璧」に私はなってしまったのかもしれない。

 熱で浮かされた時のような夢を見ることが増えた。多くは未来の夢だった。その誇大妄想のような夢の中で極めて興味深い考察をいくつか見出すことができた。自分なりに色々考えていたようだ。ベストコンディションの時に秘めていたそれを隠しとおせなくなったのだろう。

 その考察の一つにこんなものがあった。世界は多少の後退と停滞はあったものの日々改善されつつあるとある評論家はスピーチで訴えた。人類の歴史とは改良の連続である、と。人権が生み出され、大きな戦争を回避する取り組みが行われ、発明は人々の暮らしを豊かにした。

 しかし、一方で殺人も発展していった。それは武器などの個々のものではない。わかりやすく言えば殺人の工夫だ。倫理に囚われずに人を殺せる工夫、人殺しを効率よく行えるための工夫。遺伝子レベルでの変化もあるかもしれない。矛盾を乗り越え、時として武器にしてしまえるような新時代の人間。

 殺人が日々改良され続けるとすれば、私は今のところ最先端に位置するのだろう。それは驕りでなく三十五人を殺し、そして自分が生きていることが何よりの証拠だ。しかし、いつの日か私の手段が時代遅れになるだろう。その時私を殺す者はどのような工夫の結果なのだろう。彼のように「こころ」を鍛えた結果か、あるいは私のように「かたち」を繰り返した結果なのか。私自身がそれを確認することができないのは残念だ。

 願わくば例え時代遅れになっても私の技術を、そして一撃必殺に見出した答えを残してほしい。失うことしかできない自分が唯一育めたものだ。

 いずれにせよ「失われた時を求めて」を読み進めておこう。

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