転変

「さて、今後の方針だが……」

 なぜかあたしたちは大公に呼び出されていた。いつぞやの離宮ではなく、大公宮の会議室である。

 あの離宮であっても十分に豪華だった気がするけれども、こっちの内装とかはさらに凄い。なんというかため息すら出ない。

 あのツボ一つでいつもの定食屋のご飯が何回食べられるんだろうか? 下手すれば一生だなとか埒もないことを考える。


 会議は進んでいた。あたしはジェド様の護衛という立場のため彼の後ろに直立している。内容は……正直よくわからない。

 ジェド様のクランは冒険者100人ほどが在籍している。戦力としては、ちょいとした騎士団を圧倒できるそうだ。かなりすごいことだと思う。

 厳選を重ねた人選だとジェド様は疲れ切った顔で呟いていた。アルフの目が死んでいた。レザは机に突っ伏して寝ていた。普段人前で気を抜かない奴がぐったりしているだけでも珍しい。


 さて、方針が大体決まったようだ。ドーリアの王都は森林地帯のただなかにある。そこから高原地帯に出て、独立都市ラフェルに至る。

 何度か行ったことがあるけど、とても綺麗なところだった。温厚な市長と勇敢な兵士たち、港町のたたずまいは穏やかで、ゆっくりと時間が流れているようだ。

 中立を宣言し、どこの都市とも組まず、そしてすべての都市との交易を行う。ある意味小ジェノバとも呼べる都市だった。

 ラフェル冒険者ギルドはジェノバに次ぐ規模を誇る。交易で得た収益のかなりの部分を冒険者の支援に回しており、駆け出しからベテランまで、多くの冒険者が拠点を置いている。


「ラフェルと同盟を結ぶ」

「ほう、どのようにだ?」

「大公の後ろ盾を使わせていただきます。そして手段を選ぶ気もありません」

「ドーリアはバスティーユを攻めたがっています。そしてその中継拠点としてラフェルを狙っている」

「仮にそうなれば……?」

「ええ、身の破滅です。要するに自国以外の全ての国、小国を含めてですが、全てを敵に回すことになる。ラフェルはすべての国と盟を結ばず、そしてあらゆる国に手を伸ばしている。

 彼の都市の交易がなければ干上がる国や地域は枚挙にいとまがない」

「うむ、それゆえ我も武力行使は避けていたし、あえて細かい交易には手は出さずにいた」

「賢明な対応かと」

「世辞は要らぬ。して、その手段を選ばぬというのは」

「ラフェルを陥落させ、その後奪還します。ジェノバ大公率いる軍によって」

「くくく、面白い。我に出陣せよと?」

「示威行動だけで結構です。高原地帯に進出していただければ、まともな指揮官ならばそこで退却するでしょう」

「まあ、阿呆に一国を乗っ取ることはできぬな」

「ですが、そこがやつの限界でしょう。国を治めるには思慮が足りず、武断に偏りすぎます」

「ふむ。なればこそそこに付け込むか」

「ええ」

「しかしあれだ。ドーリア国内の権力闘争であるが、そこにラフェルを巻き込むに躊躇はないか」

「手段は選ばぬと申し上げました。殿下の手を取ったとき、ドーリア騎士であることを捨てました。今の私はただのジェラルドです」

「ふむ、それは良い。だが、ドーリアをまとめる旗印はどうなる?」

「弟に」

「ああ、ダグラス卿か」

「ご存知……ですか。ええ、弟は今国内に潜伏しておりますので繋ぎを取って情報を探らせます。同時に工作を仕掛けさせましょう」

「ふむ、遠征までは行わせる。がら空きになった国を改めて乗っ取るか。そして高原地帯で会戦に持ち込む」

「御明察です」

「国内の残存戦力の糾合、会戦に勝利する段取り、情報取集。為すべきことは山積みだな」

「そうですね」

「ふむ、そなたは弟を旗印に祭り上げそれを裏から操ると」

「人聞きの悪い。自分よりも弟の方が人の上に立つ資質があると見込んでのことです」

「そうか。そなたがそう思うならばそうなのだろう。思うままにやるがよい」

「ありがたきお言葉です」

「ふむ。ところで、だな」

「はい?」

「我とそなたは義理とはいえ兄妹であろうが。その硬い口調はどうにかならぬのか?」

「は、はい?!」


 珍しい、ジェド様が不意を突かれてる。なんか耳まで真っ赤だ。


「いやなに、我はこういう生まれでな。今まで対等に付き合える友がいなかったのだ。故に、そなたにそれを求めてはいかぬか?」

「いや、それは……立場上まずいのでは?」

「ふむ、なればこのような場のみでよい。公式の場でそのような態度では我の鼎の軽重が問われると言いたいのだろう」

「その通りです」

「だがな、我はそなたの魂に惹かれた。その在り様にだ。金にも権力にも興味、未練を示さず、そなたの思うがままに生きる姿は、欲得に塗れた者に囲まれた世界において珠玉に等しい」

「買い被りを……」

「まあ良い。これでも人を見る目は確かだと思っている。我の言葉が買い被りかどうかはいずれ証明されるであろうよ」


 こうして事態は加速してゆく。あたしはジェド様の護衛として付き従う。情報が集められそれに従って細かい方針が定められ、それを実施してゆく。

 書類を見てみると、目が眩みそうな金額が書かれていた。まあ、100人単位の冒険者を動かすのだからそうなるのかということは何となくわかるが理解の域を超えている。

 なんだかいろいろと感覚がどっかにす飛んでいきそうだった。


 ドーリア国内の遠征準備は整えられてゆく。それに伴って周辺諸国の緊張も高まる。特にラフェル周辺は物資が集積され冒険者がかき集められて義勇軍が編成されていた。

 それによって小口の交易が支障をきたし生活の窮乏が引き起こされている地域も出始めている。防備に支障が出ると分かっていてもラフェル上層部は物流を止めはしなかった。それこそ、ドーリアに渡る物資が出ることが明白なものであってもだ。

 そしてついに、バラス公爵率いるドーリア軍が出撃した。その一報が来たとき、ジェド様とあたしたちはラフェルにいた。

 ラフェルからその北の高原地帯に盤踞するカルタゴ族を取り込もうとしている工作の真っ最中だった。

「クッ、早すぎる」

 ジェド様の焦燥の声は、私だけに伝わり、事態の急変を否応なしに自覚させられた。

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