戦雲

 実に困ったことになった。ジェド様も頭を抱えている。

 ラフェルに滞在していることはすでに知られており、なし崩し的に防衛に協力することになってしまった。こっちにいるクランのメンツは10人ほどで、戦力としては大したことがない。

 ドーリア方面の事情を探ってきた密偵によると、物資の集積にあとひと月はかかるはずだったが、バラスの配下が功を焦り、食料は現地調達にすればいいと進言し、よりによってバラスがそれを容れてしまったらしい。

 さらにラフェルの物資集積基地のありかを探られていた。高原を抜けた後、騎兵中心の足が速い部隊をラフェル北にある基地に向かわせているようだ。数はまだ不明だが、そこそこ大規模らしい。

 ここは軍事物資を置いているわけではなく、交易のための食料を置いてある。ここで略奪などされたら飢える地域が出てくるのだ。


「クランの手勢に招集をかけろ」


 ものすごい仏頂面でジェド様が指示を出した。あたしはそれをアルフに伝えに行く。


「なんつーかだが、バラスってのは軍事にあんまり明るくないのかね?」

「さあ? よくわかんない。雲の上過ぎてね」

「ふむ、とりあえずだ。今回の行動だが、博打が過ぎる」

「んー?」

「要するにだ。先行している部隊が食料を確保できなかったら負けだ」

「ああ、そうだね」

「なにか勝算があるのか……?」

「実際問題として、もともとただの倉庫みたいなもんだから、野盗のたぐいくらいしか想定してないんだよね」

「ふむ、防備が整う前に攻め込めば落ちると踏んだか」

「ああ、ジェド様からクランを招集だって」

「そうか、わかった」

「とりあえず現地を見て来るよ」

「頼む。シェラの偵察次第で勝ち負けが決まるかもしれん」

「うっ。プレッシャー掛けないでよね」


 手をひらひらと振ってアルフの前から立ち去る。スカウト技能を持つ冒険者3人ほどを引き連れ、北へ向け走る。

 途中、進軍を聞きつけた現地住民とかがラフェルに向け避難していくのが見えた。彼らの無事を祈りつつさらに北へ走る。

 半日ほど移動したところで集積基地が見えてきた。やや小高い丘の上に築かれ、倉庫が立ち並ぶ。コソ泥が入れない程度の高さの塀ではあるが、軍人の部隊であれば、攻城魔法などであっさりと砕ける程度だ。ここの警戒に一人残し、残り二人を周辺の偵察に出す。

 あたし自身は高原との境界に向かってさらに北上する。敵部隊の位置を確認するためだ。

 バルク丘陵付近で警戒網の兵から報告が入った。クランで雇っている傭兵隊だ。彼らは危険になったら即時撤退を命じてある。

「シェラ殿ですか。敵はここから2日行程ほどの位置で野営しております。数は騎兵500」

「500もいるのかい!? これはまずいね」

「とりあえず落とし穴とか、森林に足止め用の罠とか仕掛けてきましたがどの程度効果があるかは……」

「いや、助かるよ。気休めでもなんでもやんんきゃね」

「はっ。それで、我々はどうすべきでしょう?」

「そうだね。バルク丘陵付近に伏せていてくれるかい? ジェド様から指示が行くはずだよ」

「承知しました」

「ああ、そうだ。手勢はどれくらいだい?」

「80名です」

「頼もしいね。よろしく頼むよ」


 とりあえず全力で戻ることにした。集積基地周辺にはラフェルの守備隊と冒険者義勇兵が集まりつつある。あたしらは成り行きとはいえ防衛に参加する戦力となっている。クランメンバーは108名。そのコネや伝手をたどってなるべく多くの頭数を集めるよう依頼している。

 後は小規模な傭兵隊をかき集める。これでジェド様の配下には500ほどの手勢を集めた。寄せ集めというに程があるっていうレベルだが。

 ドーリア国内とも連絡を取る。本隊が抜けることで、国内の警戒網が緩む可能性が高い。遠征軍を叩けば一気に転覆も可能かもしれない。

 だがその前に、騎兵中心の500を叩かねばならない。騎兵は強力だ。並の歩兵ならば倍以上いても蹴散らす。ましてやラフェル中心は平たんな地形が多く、騎兵の運用には最適だ。

 いけないね、考えれば考えるほど不利な条件だけが積みあがってゆく。

 ついてきたスカウトたちは何かあったときの連絡役として一人を基地、二人をバルク丘陵の傭兵隊のもとに残し、あたしは全速力でラフェルへと駆け出した。


「予定を繰り上げる。クビラ殿に会見の申し出を」

「って下交渉も何位もなしに? 無茶です!」

「アルフ、彼らの力なくして勝てないんだ。おそらく本隊は3000に届くぞ?」

「とはいえ、我らには彼らを説得する材料が全くありません」

「高原の部族は力を示せばいいと聞く。ならば、どうにかしてみる望みはある」

「わかりました」

「ジェド様。敵軍はバルク丘陵からあと1日半の距離だ」

「そうか、時間がないな。シェラ、戻ってきてすぐで悪いがついてきてくれ」

「わかった!」


 ジェド様に付き従ってあたしとアルフ、あとラフェルのえらいさんが一人ついてきた。高原の実力者であるラートル族のクビラとの会見って急すぎるねえ。

 まあ、ジェド様なら何とかするんだろうと、とりあえずついて行くことにした。

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