巡回任務はトラブルの契機

 それからしばらくの間、あたしたちは日銭を稼ぐではないけど依頼を受けてそれをこなす日々を過ごした。ドーリアよりも条件が良い依頼が多く、やはり都会は違うと変な感心をすることもあった。それとアルフたちはジェノバでの活動期間もそれなりにあり、彼のコネで比較的大規模な依頼にも参加することができていた。

 街道の巡回の依頼を受け、あたしたちは城門から外に出る。ジェノバは半島の先端に築かれた港町だ。南のみ地続きで、北と西は大きな橋で陸地とつながっている。

 あたしたちが入ってきたのは西の橋で、今回は南側からソール平原に出る。いくつかの関門をくぐり、半島の根元にある砦を抜けた。冒険者の資格は非常に便利である。ほぼフリーパスであった。


「シェラ、周囲の警戒を」

「あいよ!」

 ジェド様のリーダーっぷりも最近は板についてきた。もちろんアルフの補佐も見事なのだが、とっさの時の判断は見事だとアルフ自身が漏らしている。

 今回の依頼は大公国からのもので、ここから南の砦までの街道を回り、害獣の駆除や破損個所の確認を行う。人を襲う肉食の獣や、敵対する獣人族が商隊を襲うことがしばしばある。それを未然に防ぐことが目的だ。

 同様に街道に落とし穴を掘り、馬車などを足止めしてそこを狙う盗賊団などもいる。故に街道の状態や破損の確認、そこに不自然な点がないかなどを見る必要がある。

 一定の距離を進んで休息を取り、再び進む。南の砦まではほぼ1日の行程だ。現地で一泊して明日にはジェノバに帰還する。そして復命の後報酬をもらうことになるはずだ。


 日が傾き始め、徐々に周囲に薄暗さが増してゆく。猫獣人のあたしにはどうとでもなる暗さであるが、人族などはちょっとした石を踏んでしまって蹴躓いたり、くぼみに足を取られる危険が出てくる……らしい。

「シェラ、いやな感じがする。警戒レベルを一段上げよう」

「ジェド様の勘かい?」

「ああ、そうだ」

「わかったよ。任せな!」

 阿吽の呼吸で答える。

「アルフ、いつでも交戦できるようにしておこう」

「承知しました」

「しかしあれですな。ジェド様の副官は私よりもそちらのシェラの方がいい気がしてきますな」

「それはどういう意味だ? 俺はアルフにとても助けられている。不満などないぞ?」

「いや、なんと言いますか……長年連れ添った夫婦でもこうなならないってくらいの意思疎通ぶりを見ておりますと、ねえ」

「「んなっ!?」」

 完全にハモった叫びにアルフほかのメンバーがくすくすと笑いだす。だがさすが歴戦のメンバー、誰一人として気を抜いていない。

 だが襲撃者はそうは思わなかったようだ。笑い声を上げているあたしたちを見て油断していると判断したのだろう。松明を灯し包囲していることをアピールしてきた。


「身包み全部おいていきな! 後その女もだ!」

「断る!」

 ジェド様が一言でぶった切る。うん、そういうところは嫌いじゃない。とりあえず黒塗りのダガーを大口空けている間抜けに向けて投擲する。

 過たずその口の中に突き刺さったダガーにくぐもったうめき声を上げ倒れ伏した。ほぼ同時に詠唱を終えたリースが呪文を起動させる。

「輝きよ!」

 事前にリースの合図で全員が目を閉じていた。そして盗賊たちはその光をまともに目に受け悲鳴を上げる。そしていち早くレザが動いた。

「烈風の刃よ!」

 真空の刃が二人の首を切り裂く。あたしは弓を引き絞って一人を打ち倒す。

 同時にジェド様とアルフは別方向に突進し目つぶしにうめく盗賊たちを切り伏せてゆく。ざっと気配を探ったあたりでは20人ほどいたはずだが、半数は始末したはずだ。

「深追いはしない、このまま砦に向かうぞ!」

「「「了解!」」」

 ジェド様の指示に異口同音に返答する。

 短剣を手に砦の方向に立っていた盗賊に向け突進する。だがあたしは囮で、本命はあたしの背後にぴったりくっついて走るアルフだ。

 あたしが盗賊の目の前で横っ飛びに身をかわす。一瞬そっちに気を取られ、あたしの背後のアルフに気付いたときにはすでに手遅れ。バスタードソードのサビとなった。

 アルフ、リース、レザ、あたしの順に走る。最後尾はジェド様だ。山の稜線に日が最後のきらめきを残して没してゆく。

「もうすぐ砦の兵からの視界に入る。リース、明かりを!」

「承知ですわ」

 光を浮かべてそれをやや高く打ち上げる。そうすることで周囲を明るく照らす。あたしは目の上に手をかざし極力その光を目にれないようにする。

 照明があるということはその照らされている範囲外はまず見えない。けれどこちらは明るく照らされているので丸見えだ。だからあたしは敢えて光を遮りその明かりの範囲外から狙ってくる相手がいないかを見る。

 幸いにしてというべきか、弓を持った盗賊はいないか、すでに倒してしまっているようだ。あらかじめ砦方面に逃げると予想して兵を配していたようだけど、突破と逃走のタイミングが予想以上に早かったため包囲網を構築しきれなかったのだろう。あたしたちの背後には30名ほどの盗賊が追いかけてきていた。

 というかたった5人をどうこうするのにこの人数はやりすぎじゃないかと思う。

「目的は金というより、お前とリース殿だな」

「へ? そりゃどういう?」

「女だからだろ」

「うげえ……」

 奴らの意図を聞いて心からげんなりした。どうせならいい男なら相手する気にもなるけどねえ。そして脳裏に浮かんだ顔を必死に打ち消す。今はこんなこと考えてる場合じゃない。ンだけど、しばらくジェド様の顔はまともに見れない気がしていた。なんだい、あんたらが夫婦とか茶化すからだよ! と逆切れしておくことにする。


 砦に近づくと状況を確認したのか門がすぐに開いた。普通は誰何があってから開くんだけどね。門主変に一小隊を置き、付け入りされないように防備を固めつつ、別の一小隊が騎兵を先頭に突進する。

 訓練された兵の前に盗賊は算を乱して逃走する。ただ、暗くなってきていることもあって追撃はしないようだ。

 実は何度かこの巡回を経験していたこともあり、砦の兵隊さんの中には顔見知りもいた。それで、身分の確認は最低限で済んだけど、聞き取りは深夜まで及ぶことになった。


 翌朝、護衛の一小隊が付いたうえでジェノバに向けて帰還する。昨夜の戦いの後には盗賊たちの死体がそのまま残されており、あたしたちの戦いの証明となった。

 というか、奇襲を察知して待ち構えたとしても、5人で10数名を一気に倒すとかどんだけと兵がこぼしている。余計なお世話だ。

 おかげさまで事もなくジェノバに到着し、ギルドに報告した。巡回で未帰還のパーティもいることが判明し、ギルド側でも対応を協議しているという。確かにあのまま包囲された状態で戦い続けていればじり貧だっただろう。最初の包囲網を抜けた時点で砦に走るのは最善手だったと今更ながら思う。

 今回の盗賊団の撃退で、ジェド様の名が上がったらしい。その見事な銀の髪にちなんで白銀のジェドって二つ名が付いたとかなんとか。というか、疾風のシェラって言うのはどこのどちら様なんでしょうかねえ? このあたしに二つ名が付くとか笑い話にもなりゃしない。

 盗賊討伐の報奨金も出たし、予定外の戦闘で疲労もあったので次の日は休暇となった。あたしはいつも通り宿舎の部屋でぐーすか寝こけてたんだけど、激しいノックの音で目を覚ました。

「シェラ、ギルドから呼び出しだ」

「了解、すぐ支度する!」

 ギルドに赴くと依頼張り出しの掲示板の前は人だかりができていた。何なんだろねと思っているとなじみの受付嬢がやってきた。

「これって何事だい?」

「ソール平原の盗賊団が最近大規模になってるらしいの、それで大公様が冒険者から義勇兵を募って討伐しようって事みたいよって……疾風様じゃありませんか」

「その名前で呼ぶにゃ!」

 恥ずかしさから噛んでしまった。そして背後から咳払いが聞こえる。なぜかジェド様の耳は真っ赤だった。

「あ、ジェドさん。ギルドから指名依頼が出ています。今回の盗賊討伐について、参戦してほしいと」

「ふむ、条件は?」

「これが依頼書となります」

 そこには破格の条件が記載されていた。今回の巡回任務を何十回やったらこれだけ稼げるのかって金額だ。

「承知した。受けよう。皆もそれでいいか?」

「あいよ!」

「了解です」

 報酬の金額も魅力だけど、この依頼に成功すればジェノバ上層部とのコネができる。それはこの町でのし上がるのに必要なものだ。

 あたしたちはギルド控室に赴き、担当官から詳細な情報を受け取りに赴くことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る