ギルドマスターとの会談

 ジェノバは一言で言うと大都会だった。門をくぐると都市の中心部へと渡る橋があり、いくつかの櫓が立てられていた。櫓を挟むように門が作られており、普段は解放されているが有事には閉じられて防御施設へと変わるらしい。

 雑踏を埋める人々は様々な人種が溢れている。だが虐げられたもの独特の昏さはなく、自由を謳歌しているようでもあった。それは何時命を落とすかもしれない危険と背中合わせでもあったが、腕っぷし一つですべてを手に入れられる。そんな活力にも満ちていたのだ。

 街並みを守る兵は腕利きの冒険者からも選抜されているという。大公国の騎士ともなればその俸給で一族郎党を養って余りある、地方貴族並みの生活が約束されている。大公国の経済力に裏打ちされた武力を背景にジェノバは殷賑を極めていた。


 ジェノバ大公レイモンドは先代からの方針を引き継ぎ、3国の中継を行うことで交易の利益を吸い上げている。幾度かの攻撃を受けたが先代大公ミハエルが武勇を振るって撃退した。冒険者を保護するギルドのスポンサーという位置も大きく、冒険者は国家に所属する者もいるが基本は国に属さない根無し草である。それゆえに報酬次第では徒党を組んで遠征軍の本拠をかく乱したり、補給線を遮断したりとのゲリラ戦を行う事の躊躇はない。正々堂々とは負け犬の遠吠えと言い放つ面の皮の厚さである。そして腕っぷし一つでのし上がろうとする連中である。並の兵では太刀打ちできず、いいようにやられていたというのが実情だった。

 結果、武力ではとても敵わないと結論付け、友好関係を築くことでその利益を享受しようとするに至ったのである。

 無論、3か国が共同で攻撃をかければさすがにジェノバとて矢尽き刀折れ、いつかは落ちるだろう。だが其れには前提として、3か国が統一された指揮系統のもとに一糸乱れぬ連携を見せて、犠牲を顧みない戦いが必要である。要するに夢物語であった。となれば現実を見ての政策に転換するのは当然であろうか。


 さて、上記の説明をあたしはジェド様とアルフから聞いた。あくびを何度もかみ殺したのは内緒だ。そしてギルドに着いたんだけども……下手な貴族の邸宅よりでかい。だがそれを使い切れと言わんばかりに多くの人が出入りしている。中にはけが人が担ぎ込まれたりもしていた。併設された酒場からは豪快な笑い声が聞こえてくる。良くも悪くも活気にあふれていた。

 ジェド様とアルフが並んで受付へ行く。あたしはほかの連中と一緒に待合の椅子に座りぼーっと人波を眺めていた。

 ふと視線を感じる。むっつり若様がこちらをじっと見ていた。あたしはそれをこちらに来るようにとの合図と解釈し、ほかの仲間に声をかけて向かった。

「シェラ、パーティ全員でマスターの部屋に来るようにとのことだ」

「あいよ。けどなんで声をかけてくれなかったんだい?」

「いや、そうしようとしたら君が立ち上がってこっちに来たんだ」

「おや、じっと視線を感じたからなんか用でもあるんじゃないかと思ってね」

「あんたら熟年の夫婦か……」

 アルフのツッコミにはひとまず奴のつま先をピンポイントで踏み抜いてやった。するとジェド様もわき腹に肘を打ち込んでいた。ナイスコンビネーションだ。

「やっぱり……熟年の夫婦どころじゃねえ」

 ジェド様と目が合うとなんか機嫌よさげな目つきだった。ちょっと頬が熱くなっちまったのは気のせいだと思うことにする。


「ようこそ、訳アリの貴族様。ジェノバギルドは君たちを歓迎する。マスターのジョゼフという。以後お見知りおきを」

 ギルドマスターと名乗った男は、風采は上がらず、歴戦の戦士としての威もない。だがその眼光は鋭く、その眼差しにはすべてを見通すような力があった。


「ありがとう。だがギルドは当人の過去は問わないんじゃなかったのか?」


 平然とジェド様が答える。すげえ、あたしだったら声の一つも震えるわ。というか、一介の冒険者を消すなどマスターの身からすれば簡単なことで、あたしたちとマスターの差は人と虫けら以上だろう。

「そうだ、俺たちは過去を見ない。大事なのは今とこれからの事だ。励んでいただきたい」

「無論だ。帰る国もない俺たちはここで身を立てるしか生きる術がない」

「結構。それほどの決意を持って臨んでおられるならば、ドーリアからきている通知は私の権限で握りつぶしましょう」

 にこりともせずに爆弾を落とす。実に性格が悪い。まあ、素直な好人物がこんなところのマスターなんか務まるわけがない。

「ああ、よろしくお願いする」

「ふふふ、なかなかに肝が据わっておられる。先が楽しみですな」

「誉め言葉、ありがたく受け取りましょう」

 なんかこの二人の間に見えない火花が散っているようだった。剣呑な雰囲気に冷や汗がにじむ。互いが互いを品定めしようとしている。こいつは利用できるのか。どれだけ使えるのか。魂の奥底まで探る様な目線には怖気がせりあがってくる。

「結構、冒険者向けの宿舎を用意している。あなた方のパーティ向けにひと棟だがよろしいか?」

「マスターの厚意に感謝する」

 ジェド様はすっとお辞儀をした。それは貴族の若様らしくとても格好良く、けれど現状を考えると非常にむなしい作法だった。

 その礼をもって会談は終了し、あたしたちはマスターの部屋から退出した。扉を閉めた瞬間、ジェド様が深いため息を吐き、手巾で汗をぬぐっている。この会談はジェド様にとっても非常に緊張を強いられたのだろう。

「お見事でした。ギルドマスターを相手に一歩も退かぬ態度、感服いたしました」

「世辞は良い。圧倒されないだけで精いっぱいだ。あれも一種の化け物だな」

「あのジョゼフ殿ですが、元は僧侶だったとか」

「ほう?」

「孤児院を経営していましてね。そこで引き取った子供たちに間諜の技を仕込んでいたそうです」

 その一言にジェド様の表情が歪んだ。この人は非常に正義感が強い。力なき孤児たちを利用するかの所業に心を痛めてくれているんだろうか?

「そう、か。そして集めた情報を利用してのし上がったと?」

「そうです。油断ならぬことはこれでお分かりいただけたかと」

「冒険者から上がってくる膨大な情報を一手に握るのであれば、世界をも動かせるな」

「左様です。故に大公に次ぐ権力者です」

「ああ、注意することにしよう」

 そしてあたしたちは割り振られた宿舎とやらに到着する。ドーリア時代の安宿と比べれば雲泥の差で、雑魚寝ではなく個室がある。それだけでもありがたい話だ。

 そしてその日は各自割り振られた部屋で休息となった。あたしは部屋に鍵をかけベッドに倒れ込むと、久しぶりに気を抜いて寝られる幸せに身を任せ眠りに落ちていったのだった。

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