ジェノバへ
それは悲報だった。アルデ侯爵の讒言が全面的に受け入れられ、嫡子ジェラルドはオーク相手に不覚を取って討死とされた。次子であるダグラスは母親の実家であるロディ子爵家にかくまわれている。二代に渡って不覚を取ったということで、ダグラス自身の立場もかなり危うい。
伯爵領は主君の仇を取ったということでバラスが代官として赴任することになった。領民からは嫌われているようだ。もともと尊大な男で、選民意識が強い。ジェラルドの戦死を聞いて領内は動揺しているがそれを強圧的な対応で無理やり黙らせたらしい。
「なんということだ!」
テーブルに拳を叩きつけるジェド様。けどその姿はすごく無理をしているように見えた。なんとなく、だけど。そう、こういう場面では怒りをあらわにすべきだと思うからそう見せている。
貴族の若様ってのは大変だねえと、そのときは気楽に考えていた。
「ジェラルド殿、どうなさる?」
「決まっています。バラスを討ち取ってオルセリアを取り戻す!」
無表情が精いっぱい頑張っている。作り物の仮面をつけて。あたしはこのひと月で、あの不愛想で仏頂面のジェド様が素顔だと思うようになっていた。
「冷静になれ。そもそもお主は今徒手にも等しい状況であろうが。如何にしてそれを成す?」
「くっ……」
この時ジェド様は様々な可能性を考えたって後で聞いた。テミス伯の助力を得るのは難しい。軍を借りれば大きな借りを作ることになるし、そもそも同盟国とはいえ他国の介入を招けばそれだけで謀反人扱いされかねない。そんなことが頭を駆け巡ってたそうだ。
あたしでも知ってる情勢だと、クリスタ王国とジェド様の故国ドーリア王国では規模が違う。対抗できるとすれば、バスティーユ共和国とウィスベリア連邦くらいか。あとはジェノバ大公国は先日ドーリアとバスティーユの講和を仲介してから発言力を増している。
交易でその経済力を増しており、あの国の大公は世界一の金持ちと言われてる。そしてジェノバは国軍は最低限で、冒険者ギルドと強く結びつき、いざ何かあれば冒険者が味方する。ギルドの最大のスポンサーなのだ。
「わかりました。では、ジェノバへ向かいます」
「あの国は中立を保っている。助力を得るのは不可能だぞ?」
「そうですね。だからまずは冒険者として名を上げようと思います」
「どういうことだ?」
「わたしには実績がありません。その焦りを付け込まれました。ドーリアのギルドには立ち入りはできませんが、ジェノバならば大丈夫でしょう」
「そうか。ジェノバで力をつけてくると言うのだな?」
「はい」
「うむ、お主の父もそうやってジェノバで様々な人とつながりを持った。国を超えた人脈と言うのは、時に思いもよらぬ力を発揮する」
「ええ、ですが一つお願いがあります」
「ダグラスの事か」
「はい、ロディ子爵のもとに身を寄せております。ですが場合によっては……」
「よかろう、引き受けた」
「ありがとうございます!」
「だがな、この国を出た後は追手がかかるものとして覚悟せよ。当地は同盟国ゆえ下手に手出しができぬ。だがジェノバ周辺は魔物の領域も多い。要するに人の統治が行き届かぬ場所だ」
「それゆえに何があっても不思議ではないと?」
「うむ、わかっておるならばよい。気をつけてな」
「ありがとうございます」
「なに、お主の父上にわしは世話になった。その恩を少しでも返せるならば喜ばしい事じゃ」
「いえ、それでも危険を顧みず私をかくまっていただきました。このご恩、必ずや」
「ならばお主の城を取り戻して見せよ。父君に劣らぬとそれで示すのだ」
「はい!」
なんか演劇にでもありそうなシーンだなと思った。テミス伯に従う騎士は感動して涙ぐんでるのもいた。あほらしい。三文芝居で腹が膨れたら苦労はしない。けれど見栄とメンツで切り盛りしてる貴族様には必要なことなんだろう。
「ふう……」
「ジェド様、大丈夫かい?」
無言で頷く。っていうか返事くらいしろよ、口に出してさ。
だが、目線で感謝の意を伝えてくる。っていうか熟年夫婦か! 目を見れば何を言っているのかわかるとか……って何考えてんだ。いつか伯爵さまになったらどっかから綺麗なお姫様がこの人のお嫁さんになるんだろう。あたしには関係ない。けど、なぜか少し胸がちくりと痛む。その時はこの感情が何か理解していなかった。
テミス領を出立する。やはり見張られていたようで、複数の目線を感じた。敵も馬鹿じゃない。いろいろと手は打っていたのだろう。
ドーリア周辺よりも鬱蒼とした森林のなか、襲撃を受けた。だがそれは奇襲にならず、逆にこちらの仕掛けた罠にはまり込む。ジェド様は強い。アルフも舌を巻く剣技だ。そして魔法も使える。魔法剣士と言うやつだ。騎士らしい真正面から切り伏せる剣技かと思えば、魔法を使った目くらましや、魔法弾を使ったりと片にはまらない戦い方をする。
汚れ仕事を担当とする連中だったようだが、騎士のお坊ちゃんとなめてかかっていたのがありありだった。まさか罠を張っているとは思っていなかったようだ。
あたしは木の上から弓で援護を行い、レザは魔法を使って落とし穴を掘っていた。
薪を取りに行く振りをしてわざと分散する。そこを狙って襲撃してくる。だがジェド様の思わぬ武勇に混乱しているとこに、背後から戻ってきたこっちが挟み撃ちにする。
そういえばジェド様の戦い方は冒険者をしていた父上から教わったらしい。
今回の襲撃を撃退した後、ぽつぽつと話してくれた。
「いいかジェド。騎士の後ろには無数の無辜の民がいる。お前が倒れるということは彼らを危険にさらすということだ。貴族とは彼らに食わせてもらっている立場だ。それゆえに何かあったときには命がけで彼らを守らねばならない。だから搦手を使うことは恥ではない」
「わかりました!」
「鍔迫り合いのさなかに足を払ってもよい。剣先から目くらましの魔法を使うのもありだ。相打ちは敗北と心得よ。その時は良くても、守り手を失ったとなれば、再び危機が訪れたときそれを防ぐことができぬ」
そうして毎日のようにジェド様はコテンパンにされたようだ。えらいぶっちゃけた教育をうけたもんだ。けど、何があっても生き抜くという姿勢は冒険者向けだ。
というか昨夜のジェド様がおかしかった理由を後で知った。まともに人を斬ったのが機能が初めてだったようだ。それで少し動揺していたらしい。
あたしと話して気がまぎれたならそれでいいかと、深く考えなかった。
そうして、二月をかけて、その間片手の数では聞かないほどの襲撃を退け、何とかあたしたちはジェノバの門をくぐることができたのだ。
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