逃亡生活と言うにはぬるい日常
「ありがとう。君たちの勇戦と尽力に感謝する」
テミス領に着いた後ジェラルドさまはそう言って、護衛部隊を解散した。逃走資金の残金はあたしたちが山分けにしていいとのことである。というか、もうあの国には戻れないだろう。下手するとギルドで仕事もできないかもしれない。そういうことを考えると、もらった資金は甚だ心もとない気がした。
「これからどうするのです?」
アルフがジェラルドさまに問いかけた。
「わからない。まずは情報を集める。あの場にいたのは間違いなくアルデ侯爵だ。彼は当家を目の敵にしていたからな」
「目の敵程度で伯爵を謀殺しますか?」
「どういうことだ?」
「実は、私の真の雇い主はあなたの弟君です」
「なに?! ダグラスが?」
「このたびのオーク討伐、何かと都合がよすぎると思いませんでしたか?」
「たしかに。オークどもを手引きした者がおるということか?」
「そういうことが可能かはわかりませんが、仕組まれていたことは間違いないと思われます」
「そうだな。バラスが寝返っていたことも考えるとそうとしか思えぬ」
「ダグラス卿はバラスの動きを懸念し、私を使わしました。どうか御身を大事になさいますよう」
「わかった。期を待つとしよう。ここにいる皆はすべて貴公の仲間か?」
「いえ、私とリース、レザだけです。他の皆は……」
「そうか。ならば問おう。私の力になってくれるものはおらぬか? 事なった暁には十分な褒賞を出そう。口約束にすぎぬが、命に替えても違えぬと誓おう」
そう言うと、剣を少し抜きすぐに戻して柄と鞘を打ち鳴らした。剣にかけて誓うとの意思表示で、騎士にとってはこの上もなく重い誓いだ。
たかが冒険者風情にこれほど誠意を見せる貴族様はまずいないだろう。それにどうせもうあたしはお尋ね者だ。ならこの風変わりな若様に付き従うのも面白い。
「いいよ、あたしでよかったら」
「シェラザード殿。ありがとう」
「シェラでいいよ、若様」
「む、若様と言うのはちとあれだ。ジェドでよい」
「そうかい、んじゃジェド様ね」
「う、うむ。よろしく頼む」
あたしが声を上げたことでほかの連中も踏ん切りがついたようだ。アルフ以下18名がそのままジェド様の配下に入った。自然と一番ランクの高いアルフがリーダー格になっているが、どこからも異論が出ていない。
そしてあたしはなぜかジェド様の護衛を命じられた。
「あたしが護衛? いいのかい?」
「君は信用できる。無理にとは言わないがお願いしたい」
「その根拠は?」
「カンかな。あとは、斥候をしてきた時に的確な情報を持ち帰ったし、気配に敏感で夜目も効く」
「一応能力的なものを見てくれてたのかい」
「当り前だ。じゃなきゃ推挙しない」
「ふん、まあいいさ。報酬を弾んでもらおうじゃないか」
「それはもちろん。約束しよう」
あたしは無言でアルフの差し出してきた手を握った。やれやれ、うまい話にゃ裏があるっていうけどねえ。
さて、当たり前だが護衛はあたし一人じゃない。そしてこの若様、いろいろとなんかの毛皮をかぶってらっしゃったようだ。先日の演説の時は人情味ある人だと思ったんだけどねえ。何この仏頂面。
というか、まったく口を開かない。無言で動き回り、言葉は最低限だ。表情も不愛想で不機嫌そうに見える。だが、よくみるとこちらに細やかな気遣いをしていることも感じられる。お茶などを淹れてくれたりお菓子などを分けてくれたりだ。
とりあえず寝泊まりできる部屋があって、食事が出るならばとりあえず文句はない。もともと根無し草だし。
と言うか、ある意味一番生きた心地がしないのはジェド様だろう。陰謀に巻き込まれ継ぐべき所領を失った。そして今どうなっているかの情報を待っている状態だ。その結果いかんで身の振り方が決まるんだから大変だ。
あの時のあたしはそんなふうに、まだまだ他人事のように考えていた。けどあの時手を上げた、その瞬間から一蓮托生だった。その覚悟も自覚もなかったんだから笑ってしまう。
本当にのんきだったのさ。
そしてついに情報を持った密偵がテミスにやってきた。逃げ伸びてからすでにひと月が経っていた。
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