不意打ちとだまし討ち

 息を潜めて歩を進める。まだ交戦していなかったとして、あたしたちが襲われては全く意味がない。そして本隊のいる位置に近づくと、怒号と剣戟が聞こえてきた。

「アルフ、始まってる」

「そうか、全員戦闘態勢。ここからは走るぞ!」

「「おお!!」」

「シェラに続け!」

「ちょっと待って!? あたしに真っ先に斬り込めと?」

「いや? 中衛で支援を頼む。君は視野が広い。危ない仲間をなるべく助けてくれ」

「うん、それならできる。わかったよ! こっちだ、あたしについてきな!」


 剣戟が聞こえるほうに足を進める。火が放たれたのか焦げ臭いにおいと、血の匂い。種族的に鼻が利く方じゃないがそれでも濃密に立ち込めた戦いの匂いが容赦なくあたしたちの鼻を刺激する。


「前衛部隊、盾を並べて防戦せよ!」

「はっ!」

「弓隊構え! 放て!」

 何とか守りを固めて凌いでいるみたいだ。盾を持つ兵に棍棒を振り下ろそうとしているオークの背後に潜み不意打ちをかます。あたしの突き出したダガーはするりとオークの首の後ろに滑り込んで神経の束を断ち切る。

 断末魔を上げるオーク。その声で何体かがこっちに気付く。振り向いたオークの顔面に投げナイフを命中させてやった。

「かかれ!」

 アルフの号令で冒険者部隊が攻撃を開始する。何人かが組んで一隊のオークを確実に仕留める。あたしは相手の背後から斬りつけたり、投げナイフを使って牽制し、敵に的を絞らせない動きを取る。

 アルフは片手剣と言うにはでっかい、片手半剣バスタードソードを振るい、一撃でオークの首を斬り飛ばす。ってリースがアレフの背後にくっついてた。バカ、後衛がなんで前線にいる!?

 大柄なオークがリースに気付きその拳を振るう。まともに食らえば頭蓋すら砕かれそうな重い一撃。それを手に持った両手持ちの棍棒でいなす。そして裂帛の気合とともに振り下ろされた一撃はオークの脳天を砕く。

 思わず見とれてしまったが、別のオークが棍棒を振り下ろそうとしているのを目撃し、ナイフを投げ付けると、たまたま目玉に突き刺さった。怒号と言うか悲鳴を上げる暇もなく、アルフの突き出した剣先がオークの喉を貫く。

「呪文が行くぞ、下がれ!」

 後方の冒険者から合図が来る。本隊に襲い掛かるオークの群れの最後尾をめがけて火球や氷弾、かまいたちが降り注ぐ。後方を叩かれたことによってオークの攻撃が緩む。そこに温存していた槍兵を叩きつけて押し戻した。そしてひときわ「高そうな」鎧を着こんだジェラルドさまが剣を抜いて切り込む。総大将が白兵戦やっていいのかな? とかずれた疑問がわくが、こっちもオークを必死にさばく。

「はあああああああああああああああああああああああ!」

 ジェラルドさまが振り下ろした袈裟がけの斬撃はオークの肩口から入り、腰の上あたりまでを両断した。

 どうもそのオークがボスと言うか、指揮官だったようで明らかに怯んでいる。手を振って後方から兵を差し招くと、一気に攻撃を仕掛けた。

 さすがに奇襲を受けただけに追撃の余力はない。だがオークを撃退したことで一瞬気が緩んだ。そしてそこに矢が降り注ぐ。

「なにっ!?」

「かかれ! 疲れ切った兵を討つなど赤子の手をひねる様なものだ。者ども、励め!」

 張り付いたような笑みを浮かべ、バラスが兵を指揮している。その後方にはやたら高そうな鎧を着こんだジジイがいた。バラスの何倍もいやらしい笑みを浮かべて。

「くっ! やはりか!」

「ふふふ、オークごときに苦戦しているっようだからの。助太刀じゃ。じゃが運悪くジェラルド殿はオークのえさに。こういう筋書きじゃのう」

「貴様の思い通りにさせん! 者ども、あの痴れ者を討ち取れ!」

 だが形勢は無情で、オーク相手に全力を振り絞った挙句、倍近い兵に勝てるはずもない。次々に討たれていく。

「若、ここは撤退を。若が生きていればお家再興はいつの日か叶います」

「だが!」

「アルフ殿、すまんが若を頼む。隣のオルレアン家であればかくまってもらえるだろう」

「承知……と言いたいところですが、報酬は?」

「これを持っていけ」

 アルフの手に渡されたのは金貨が詰まった袋だった。あたしの食い扶持なら数年は行けそうな額だ。そして忠義の騎士ロカは残された手勢を率いて防戦を行い、ついには玉砕したらしい。

 らしいって言うのは、後日亡命先で聞いた話だからだ。オルレアン領にたどり着いた後、オルレアン伯の伝手を頼って隣国に逃れることになった。

 今思い出してもこの時のジェドは抜け殻みたいだった。政敵の陰謀にはまって手勢を失い、敗戦の責をすべて押し付けられてしまう。こうなっては貴族としての相続は夢物語で、所領没収の上処刑は免れないとかなんとか。

 森を歩く。追手はオルレアンに入るときに何とかまいたが、移動ルートを読まれていればここも安全とは言えない。神経を張り詰めっぱなしで、たまに意識が飛ぶ。そんな状態でも足はちゃんと前に進んでくれていた。

 数度の傭兵や冒険者の追撃を何とかかわし、国境を越えた。さすがに隣国で刃傷沙汰はまずいと思ったのか、追手は来ていない。オルレアン伯の使者が先触れで入っており、クリスタ王国の都市、テミス伯のもとに身を寄せることとなったのである。

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