第15話 つながりゆくもの 3

 よのなかにはいやなことがいっぱいある。とおじいさんはいっていました。

 それとおなじくらい、いいこともいっぱいある、とわたしはおもいます。

 いい人もいっぱいいるって、わかったから。

 いんさつじょのダーナさん、ほけんじょのおにいさん、ほんをつくってるおじさん。みんな、わたしのことも、みーちゃんのこともしらなかったのに、とてもしんせつにしてくれました。

 その中でも、おじいさんは一ばんです。だまっていなくなっちゃったけど。

 あの日、おじいさんはわたしに「ありがとうよ」といいました。たすけてもらったのはわたしなのに、へんなの、とおもったのでそういったら、「そのうちわかる」といってわらっていました。へんなの。

 あの日のつぎの日にママがかえってきました。こんどのしょうきんくびはてごわかったそうです。みーちゃんがいなくなったことをはなしたら、「そうか」とだけいいました。「かわりがほしいか」ときかなかったのが、わたしはママをりっぱだとおもいます。

 このぶんしょう、へんですか?

 でも、みーちゃんはものじゃないから、なくなったらかわりをもらうわけにはいかないんです。みーちゃんはきっと、みーちゃんのママといっしょにいるとおもいます。

 はなれていてもともだちです。

 でも、やっぱりちょっとさびしいです。


「ルカー? ちょっと降りてきて!」

「はーい」

 階下から父に呼ばれて、少女は書きかけの日記を閉じた。

 階段を降りて店の方へと行くと、調理場では父親が魚を捌いていた。店内の混み具合はほどほど。

 カウンターに座っていた若い女性が、

「よっ、ルカちゃん」

 とまるで友達にそうするみたいに片手を挙げた。もう片方の手には透明な、きつい酒の入ったグラス。顔はもう真っ赤になっている。

「おねえさん、のみすぎじゃないですか」

「ルカちゃんのパパのお料理が、おいしすぎるのが、わるいのよっ!」

 にゃはははは、と女性客は笑う。酒癖が悪い。けれども今日は上機嫌だからマシな方だ。これで機嫌が悪い日は「誰がちびっ子じゃあ!」と叫ぶ。

 両親とは古い知り合いであるらしい。交際のきっかけを作ったのだとも。普段は遠くの街に住んでいるのだが、仕事でこちらに来たときは必ず顔を出す。

「こんかいは、早いですね」とルカは訊ねた。

 おねえさん、の来訪はだいたい月に一度のペース。前回の来店は先週だから、予定どおりならあと三週間はこちらには来ないはずなのだが。

「んー。それがちょっとトラブルでねえ。密航があったのよ。そいつをとっ捕まえて、まさか連れて行くわけにも行かないから引き返してきたってわけ」

「みっこう」

「そ。これからそいつを、元いたところに突き返すの」

「その人、どうなるんですか?」

「どうかなあ。それはルカちゃん次第?」

「え?」

 密航者の処遇がどうして自分次第なのだろう、とルカは訝った。「おねえさん」はニヤニヤ笑いながら身をかがめ、足下に置いていたものを手に取るとカウンターに乗せた。

「み――――――――――――ちゃ――――――――――――ん!!!」

 そう、それは、ケージに収められたルカのともだち、猫のミケだった。

 ミケはルカの顔を見ると、みゃう、と甘えるように鳴いた。



 見知らぬ土地に――これまで通りすぎるばかりだった土地――降り立ったのは、灰色の猫を連れた老人だった。田舎と呼ぶには人が多いが、都会と呼ぶには背の低い建物ばかりの土地。

 街に入る前に、大河にかかった鉄橋を越えた。

 新しい橋だった。

 これからの街、なのかも知れない。

 自分がこの街の発展を見ることはないだろうな、と老人は考える。

 街の成長は、子供の成長ほど早くない。彼が老衰で動けなくなる頃になっても、この街は、せいぜい一回り大きくなるだけだろう。

 だが、それでいいのだろうと思った。

 鉄橋は十年をかけて建設され、その何倍もの期間、人々と、その思いを運び続ける。

 老人は猫を肩に乗せ、四十年ぶりに、客として改札を出た。

 駅舎を出て左右を見回す。

『全国鉄道連盟・新人研修センター』と大書された看板を見上げ、老人は猫をなでた。

(俺にだって、残せるものがあったじゃねえか、なあ?)

 老人は改心の笑みを浮かべ、研修センターの門を叩いた。

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大鉄物語 上野遊 @uenoyou

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