おんなのこの大切なもの

芹沢 右近

第1話

♩あなたに女の子の一番

大切なものをあげるわ

小さな胸の奥にしまった

大切なものをあげるわ

愛する人に 捧げるため

守ってきたのよ

汚れてもいい 泣いてもいい

愛は尊いわー

誰でも一度だけ 経験するのよ

誘惑の甘い罠♩


「ひと夏の経験」/山口百恵


俺 社会人1年生

1コ下の後輩女子のYさん 4回生


三月の初旬の寒い夜、Yさんから呼び出しの電話があった。

「先輩、もし今空いてる時間があったら私の部屋まで来て欲しいんです。あの...先輩には今までのお世話になったんで、お礼と言ってはなんなんやけど、アタシの今まで大事にしてたものを受け取って欲しいんです!」


「え、そんなやぶからぼうに、何くれるの?」俺は動揺を隠しきれなかった。


「先輩には、公務員の先輩として、この一年間ずっと公務員試験対策とか教えてもらったり、関連書籍をもらったりして、お世話になりました。お陰で地元の地方公務員に合格することができました。だから、私の卒業前に少しでもお礼をしたいんです。」


「えーなんかええもん?デカイ?なんか袋持って行った方がいい?」


「うーんと、手ぶらで来てください!ていうか、身軽で来てください。」


「なんだろなー。気になるなー。」


「きっと先輩、喜んでくれると思いますよ。なにせアタシが大事にしてきたものだから...」


・夜中の突然の呼び出し

・卒業前

・女子が大事にしてたもの

・俺が喜ぶもの


こ、これは、もしかして

いや、早とちりは禁物だ。

しかし万が一...


頭の中はもう妄想満載で、Yさんのワンルームマンションへ駆けつける。


部屋のチャイムを押すと濡れた髪を乾かしているYさんが出てきた。

「あ、早かったんですね。私、シャワー浴びたてで、ちょっと髪の毛乾かすから、部屋の中入ってオコタでも入っといてください。」


・夜中の女子大生宅訪問。

・ワンルームに無防備に男子を招き入れる。

・私が来るのをわかってるのにシャワーを浴びている。


こ、この状況は!

もしかして、俺もシャワーを浴びてくるべきだったのか!?


髪を乾かし終わったYさんは、コーヒーを淹れてくれ、それを一緒に飲み、そろそろ卒業だねーみたいなどうでもいい話をしていた。


座っている私の後ろには彼女のベッドがあり、立ち上がればすぐにでも寝そべれる位置。そして、Yさんの髪を乾かした後のシャンプーの香りとベッドの気だるい彼女の残り香が、コーヒーの香りに混ざって、なんだかいい感じだった。


まて、ここであせってはならない。

Yさんは、ここまで勇気を振り絞って俺を部屋に呼んでくれたんだ。夜8時、まだ焦る時間帯じゃあない。と、はやる気持ちを自分でなだめた。


コーヒーを飲み終えたところで、Yさんはたちあがり俺の横に来てベッドに座った。Yさんのシャンプーのいい香りがただよってくる。


え、いきなり!?


「じゃーん、プレゼントを発表します!はい、どうぞ!」


Yさんの手から私に鍵が手渡された。


「なに?これ?」


「私が今まで大事に使ってきた自転車のキー。まだ買って一年もしてないんだよ。卒業して田舎に持って帰ろうにも荷物になるし、先輩に使ってもらったら嬉しいなあと思って。この前、先輩自転車壊れたって行ってたでしょ?ちょうどよかった。」


「あ、ああ...ありがとう。...助かるわ。うん、確かに嬉しい...よ。」


「え、なにか?」


「いや、びっくりしたんで...」


「喜んでくれてよかったー。じゃあ、もうそろそろ冷えてくるし、自転車漕いで帰るなら、早く帰った方がいいんじゃない?自転車は玄関の赤いやつだよ。」


「あ、あ、そうだね。もう遅いしね。ありがとね。じゃ。」


「バイバーイ!先輩ホント一年間ありがとー!」


部屋の玄関で見送るYさんの挨拶を背に、慣れない自転車にまたがって部屋を後にした。


Yさんが言ったように、三月初旬の夜はまだ寒く、妄想で爆発しそうだった俺の頭を冷やしてくれた。


Yさん!思わせぶりな前フリすんなよーーー!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おんなのこの大切なもの 芹沢 右近 @putinpuddings

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る