第3話 自爆テロ事件

 ◇

2060年9月。アメリカ国防総省では第61代アメリカ大統領のマイク・リチャードを囲み、クーガー副大統領、キャッシャー官房長官などアメリカ政治の要職者とミューラー国防長官を始め、統合参謀本部議長、陸軍参謀総長、海軍作戦部長、空軍参謀総長、海兵隊総司令官という軍の要職者が集結していた。

情勢不安が50年以上続く中東において、長くアメリカを敵対視してきた国際テロ集団「エルザイカンダ」は、反アメリカを中心とした闇国家との連携で再生プルトニウムによる小型核爆弾を開発していた。

アメリカを恐怖に陥れ、2000人を超える命を奪い中東戦争に発展した9.11事件から

50年近い年月が経過していた。エルザイカンダの指導者ラマナムは、核爆弾によりアメリカを破壊する計画を進めていた。すでに核の小型化に成功し核爆頭としてロケットに搭載する技術が出来上がっていたのだ。


ターゲットはワシントンDCとニューヨークの2箇所である。アメリカでは未だエルザイカンダの拠点や核搭載ロケットの配置地点など一切の情報を掴めていなかったがエルザイカンダはアメリカを敵対視する国際組織と結託し中東に大掛かりな海底地下工場を建設していた。核弾頭を搭載したミサイルはグアム島のアメリカ軍施設や日本を始めとするアメリカ友好国をターゲットとしてアラビア海海底施設に配置され、アメリカ本土への攻撃のために、アフリカ西サハラ沖の海底にも大掛かりな施設が建設されていた。


エルザイカンダはこの拠点から決定的なダメージを与えるべく小型核爆弾を30年間かけて開発し今回の歴史的テロを敢行しようとしているのである。

エルザイカンダのテロ計画は、すでにCIAが情報を把握しリチャード大統領に報告されていた。10日前にアメリカ国内に潜伏するエルザイカンダのスパイを捕らえ、その隠れ家から核を用いたテロ計画を示す書類が発見されたのだ。しかしその書類にはテロの時期、ターゲット、核爆弾の規模などの詳細は一切記載されていなかった。これに対しアメリカはエルザイカンダの拠点を発見できていないことから、対応策を講じる事ができずにいた。全米ネットワークテレビ局ののCNCはエルザイカンダのスパイを逮捕した事に加え、核爆弾による大掛かりなテロ計画までスクープし大きく報道した。


この報道によりアメリカ国内はパニックとなりアメリカから海外へ脱出する人が空港に押し寄せた。報道から1ヶ月間で20万人を超える在アメリカ外国人が帰国し3万人を超えるアメリカ人が海外へ移住して行った。


  ◇


「地球人はまだ殺し合いをしているのね」

「平和を願っているのに他の国の人を殺すことができるんだ。不思議な人類だ」


報道をテレビで観ていたエトロとサンドラは核爆弾で人間同士が殺し合う事に対して驚き、そのような事が起きてはならないと思った。核分裂や核融合により爆風や熱波、放射線を発して人類を殺害する核兵器は、デル星では兵器としては存在せず100年以上前には発電する方法として核を用いていたと学んだ事を記憶していた。


「地球では特に放射線については対応策がないのだろう、そしてそこにつけ込んだ テロリストが兵器として使っているようだ。」


デル星の宇宙開発局は宇宙滞在した時に大量の放射線を浴びるために高性能の放射線除去装置が開発されている。また宇宙開発局ではロケットエンジンの代替力として原子力ロケットの開発も行った経緯がある。

その際に平行して開発が不可欠だったのが原子核反応抑制装置だった。


「原子核反応抑制装置があるからこそ原子力の開発ができんだ。でも地球にはそれ が無いまま原子力を推進してきた経緯があるようだ。」


アメリカはエルザイカンダがどこで核ミサイルを開発しどこから発射しようとしているのか未だに発見に至っていない事をテレビで報道しており、夕食を採りながらテレビを観ていたエトロは言った。


「この地球はデル星と全く同じ進化を遂げてきているのは間違いない。犬や猫や豚 や牛などの動物も同じなら、美しく咲く花も全く同じだ。ただ違うのは地球人の 文明だ。街中を走る車はデル星のものとは異なるしこのテレビもキッチンもシャ ワーもすべてが大昔のものだ」


デル星では車は整備された道路の磁力で浮いた状態で滑るように移動し車同士は衝突することはない。目的地までをコントロールすることで渋滞することもなく最短距離で移動できる。昔は地球と同じようにオイルを燃焼させたり電気エネルギーを使った車が走行していたらしい。

ビルはほとんどが100階建てくらいで、各ビルの屋上からはヘリコプタが定期的に巡回し、通勤はほとんどこれを使う。エトロやサンドラのように厳しい職務で時間が無い者は背中に背負った反重力装置とイオンエンジンによって、自由に空を飛び簡単に目的地に到着することができるシステムを使う者も多い。約40年前にこの反重力装置が開発されてからデル星人の生活は大きく変わってきた。人類だけでなく装置や建築物までも一定時間は重力から開放することができる。地球にはそのような開発はできていないようだ。


「そうね、恐らく150年は遅れているわ。だいたいテロリストが核をこの星のどこ

 で開発しているのがみつからないなんて事があるはずがないもの。核を開発すれ

 ば特殊な熱エネルギーが放出されるし、ミサイルを作りどこかに移動させれば微

 弱電磁波が発生するはずなので簡単にわかるはずよ」


サンドラはそういって肩をすぼませた。そして食卓の後ろに並べたデル星から持ってきた解析装置の電源を入れ地球人が打ち上げた衛星GPSと同期させ熱エネルギーの放出地点を検索した。するとアメリカ国内だけでなくロシアや欧州でも核と思われる熱エネルギーが数箇所から放出されていることが判り、更にはアジア大陸の中東と呼ばれる地域の小さな町が真っ赤に表示されていた。


「これは!まさに核実験が開始されようとしているところだわ」


すぐさま放射線モニターに切り替えるとこの地点から核分裂による高濃度放射線が放出されていることが判った。


「アメリカ政府に連絡しなければ!」

「でもエトロ、私達はきっと警察にマークされているわ。それにどうやってそんな 情報を私達が得たのか尋問されてしまうに違いないわ」

「そうだな、だからわからないように警察に伝えないとならないな」


このままでは数ヶ月以内には核弾頭はミサイル発射地点に運ばれ、アメリカなど主要国に核ミサイルが打ち込まれることになるかもしれない。エトロとサンドラは頭を抱えた。


  ◇

テヒョンはジェフと共にロサンジェルスにいた。韓国から仕事でロスに来ているテヒョンの父親に会うためだった。彩は語学学校で臨時講師の仕事をしていたために今回は同行できなかった。彩はここ数日はテヒョンが置いていった「クーパーS」を運転して通勤していたが今日は同じく講師のリンダと帰りにカフェに寄る約束をしていたのでトロリーと呼ばれる電車で出勤した。学校の授業が終わるとトロリーの駅前で待ち合わせしていたリンダと会い、カフェに行き授業の事や生活の事、ファッションの事など今時の若い女性の会話で約2時間ほどを過ごした後、トロリーの駅で別れた。    


彩はトロリーに乗り自宅に向かった。3つ目の駅に停車し、しばらくしてドアが閉まる間際にいきなり黒い目出し帽を被った2人組みの男達が拳銃を手にトロリーに乗り込んできた。次の瞬間ドアは閉まり、トロリーはゆっくり動きだした。ドアの近くの女性が男達の容貌と拳銃を見て悲鳴を上げたため車内は騒然となった。奥の車両へ多くの乗客が逃げたが男に銃を向けられた乗客は足がすくんで動けない。彩はひとつ隣のドア付近にいたため男達の拳銃までは見えない位置にいたが異様な気配にパニック寸前になっていた。犯人は腰のベルトに小型爆弾をいくつもくくりつけていて自爆テロを計画しているようだったが今の乗客にはそんな判断はできなかった。


このトロリー・ブルーラインが次のトランジットセンター駅に到着したとこで爆破させれば被害はかなり大きくなる。トランジットセンター駅はダウンタウンの入り口にあり、人口も多く観光客も多く訪れている。1人の男が手に持った小型爆弾のタイマーを3分にセットしスタートさせた。腕時計を見ながらタイマーをセットしたということは綿密に爆破時間まで計算されたものだった。小型爆弾が爆発すれば男の腰に巻いた爆弾も一気に爆破しトロリーは吹き飛び周辺半径約500メートルのものは吹き飛ばされることになる。


気分が悪くなった彩はトロリーの床に座り込んでしまっていたが男達の視界には入っていない。そしてふと見ると自分のバッグの中で何かが光を点滅させている。

 

「なに?あ、そうだ端末機!」


端末機をバッグから取り出してみると画面の右上のアイコンが点滅している。アイコンにタッチしてみると、サンドラの顔が映った。「彩、あなた、今電車の中ね?爆発物が近くにあるわ。そしてタイマーがセットされていて後2分10秒後に爆発するの。」


彩は再び紅潮している男達と青ざめた周囲の乗客を見た。


小声で「どうすればいい?」と聞くと、


「この装置のホーム画面に戻るとアンテナのアイコンが表示されるわ。そうしたら

 それをタッチすれば私が次の操作を画面に送るからその通りにタッチしてくれれ

 ばいいわ。」

「うん、わかった」


彩はホーム画面に戻り画面の変化を待った。すると画面は次々と変わっていく。常にスタートボタンの表示が現れるので彩はその度にスタートをタッチした。恐らく爆弾の種類などを様々な方法で調べているのかもしれない。次のスタートをタッチしたところで画面一杯に「WORK」の文字が現れた。彩はすぐにタッチした。


すると耳をつんざくようなキーンという高周波音が車内に響き渡った。犯人の男達は何事かと拳銃を四方に向けながら周囲を探ったが高周波音がどこから発生しているのかわからないようだった。しばらくすると一人の男が右手に持ったタイマーの画面が消え、左手に持った小型爆弾と腰に巻きつけた爆弾の信管に繋がる配線がすべて焼ききれていた。

乗客の1人の男性が車内の緊急警報ボタンを押したため運転手はゆっくりとトロリーを停車させると犯人の男達はドアを開けて飛び降り道路を走って逃走した。その後、駆けつけたパトカーに追跡されたが男達は警察官に向けて拳銃を発砲したため追いついた警察官はやむなく犯人を射殺した。

走り始めたトロリーはゆっくりとトランジットセンター駅に到着し乗客はようやく悪夢から開放されたのだった。


彩は恐怖で足が震えたままだったがすぐにサンウに電話をかけ、事件の内容とこの端末機によってサンドラが爆弾の爆発を阻止したことを伝えた。


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