第2章-第1話 サンディエゴの事件
◇
サンディエゴに住む大学生のジェフと友人の韓国人留学生テヒョン、そして日本人留学生の彩(アヤ)は、3人でルームシェアをして快適な学生生活を送っていた。ジェフはサンフランシスコの高校を卒業後、サンディエゴの大学に進学し、テヒョンは韓国で高校卒業後2年間の兵役を終えてサンフランシスコの大学に留学していた。日本人女性の彩は、日本の大学を卒業後、サンフランシスコの大学院に留学した。この時にテヒョンと知り合いルームシェアをするようになった。今年になって、彩は大学院を卒業し、テヒョンはサンディエゴの大学に編入する事になったために、テヒョンの友人のジェフと3人でサンディエゴでの共同生活が始まったのである。
3人が住むアパートはサンディエゴ郊外の静かな都市計画地域で治安は良く、生活に便利な街だった。ある日、テヒョンと彩が日本食レストランで夕食を採ろうとアパートを出たところでテヒョンが大声を出した。
「彩!車がないぞ!」
「そんな馬鹿な!違う場所に停めたんじゃない?」
「そんなはずはないよ。間違いなくここに停めたんだ」
駐車場にあるはずのテヒョンの愛車「クーパーS」が見当たらないのである。周辺を1時間ほど探したがどこにもない。学校や友人宅に置き忘れてきたはずもなく、盗難されたことは明らかになった。そして警察に通報し、ほどなくしてやってきた警察官に事情を説明し警察からのその後の連絡を待つしかなかった。その日はやむなくコンビニエンスストアまで歩き、アパートで簡単な夕食を採った。
◇
エトロとサンドラは運転に慣れない事と交通ルールを知らないことから市街地では信号を無視し蛇行運転を繰り返し、周りの車はクラクションを鳴らして大騒ぎとなっていた。
管理事務所の車はあまりに目立つのでレストランの駐車場に乗り捨て、そしてその駐車場に停めてあった小型の車を拝借して乗り換えたのだが操作にはまだ慣れていない。
市街地での騒動が通報され警察はエトロが運転する「クーパーS」を追跡し始めた。車のナンバーを照会したところ学生から盗難届けが出ている車だと判明した。盗難事件であることは間違いなく、ヘリで追跡中の警察官は緊張しつつも犯人を逃さない決意で追跡した。
エトロは追跡してくる警察に気付きスピードを上げたが操縦を誤りついに歩道に駐車してあった別の車に追突して停止した。
二人の警察官が腰から拳銃を抜きながら「クーパーS」に近づいてきた。一人がエトロに向かって車から降りるよう手振りをした。初めて接触する地球人が人を取り締まる警察だとは思わなかった。
「なんて事だ。これはまずいぞ!」
車から降りたエトロは一人つぶやいたが警察官は大きな声で何か言っている。殺されると思ったエトロは思わずデル星の言葉で「やめろ!」と叫んでしまった。顔を見合わせた警察官の一人が叫んだ。
「お前はどこの国から来たんだ」
「何語で話しているんだ」
と聞いたがエトロには意味がわからなかった。エトロが左胸のポケットに手を入れトランスレーターのスイッチを入れた瞬間、警察官は拳銃を抜きエトロに銃口を向けた。
危険を察知した警察官はエトロが次の動作が始まった瞬間に引き金を引くつもりだった。
するとエトロの口が再び動き、胸の内ポケットから流暢な英語の声がした。
「私は怪しいものではありません。車で事故を起こしてしまい申し訳ありません。 車に乗っているのは友人です」
警察官は再び顔を見合わせた。
「両手を挙げたままパトカーに乗りなさい、警察署で話を聞く」
その言葉はエトロの胸元でデル星の言葉に変換されて繰り返していた。
エトロとサンドラはパトカーに乗せられ警察署に向かった。パトカーでは運転している警察官の隣の助手席にエトロとサンドラが持っていた大きな荷物を乗せ、後部座席では警察官が中央で、エトロは右側、サンドラは左側に座っていた。二人は手錠を嵌められ、警察官は拳銃を手にしていた。事前に身に着けている持ち物はチェックされ、トランスレータも外され、エトロが持っていたレーザーガンも取りあげられた。警察官は警察本部にテロリストの可能性が高いと報告していた。
パトカーの中で警察官は矢継ぎ早に質問してきた。
「君たちはどこから来たのだ」
「なぜあの車を盗んだのか」
「どこに行くつもりなのか」
トランスレータを取り上げられたエトロは意味がわかるはずもなく、サンドラにデル星の言葉で「スキを見て逃げるから」とつぶやいていた。
◇
警察から車が見つかったと連絡を受けたテヒョンは彩と共にジェフの車に乗り込み警察署に向かった。手続きをして「クーパーS」を引き取るとテヒョンと彩はアパートに戻った。アパートに駐車場の「クーパーS」を止め、ホームセンターで買っておいた盗難防止用のステアリングロックを取り付けた。そして車を降りようとした瞬間、助手席の彩が座席の下に落ちているものを見つけた。
「なんだろう、これ?」
携帯電話ほどのサイズで全面が液晶画面のようになっている。タッチパネルに触れると画面には複数のアイコンが表示された。彩は最新式のスマートホンか小型コンピュータと思い、どうせ車を盗んだ犯人が落としていったのだから返す必要もないだろうとテヒョンには内緒で自分のバッグに入れた。
◇
緊急車両のサイレンを鳴らしていたパトカーは赤信号をスピードを落としながら通過し、大きく左折した時にエトロが叫んだ。
「今だ!」
エトロはドアを開け、すばやく身を交わして警察官と入れ替わり、警察官を車外へ突き飛ばした。サンドラは運転席の後ろから運転する警察官の首に手錠で繋がった両手を回し締めつけた。エトロは助手席に移動し警察官の腹に一撃して気を失わせ、軽い身のこなしで警察官を助手席に移し自分が運転を始めた。遠く空からヘリコプタの音が聞こえ始めていた。エトロはすぐに車を停め、警察官に取り上げられたトランスレータ、レーザーガンなどを取り返してバッグを持ち、サンドラと共に車から降り走り出した。ヘリコプタはパトカーを視界に捕らえ、そこから逃走する
2人の男女を発見した。エトロはビルの陰に隠れバッグの中からようやく装置を取り出し電源を入れた。立ち上がるまでに15秒。
ヘリは上空に来ている。
立ち上がった画面に自分の位置と自分を基準とした体積を入力し起動スイッチをONにした。
ヘリコプタの操縦席から捕らえていた2人の男女は忽然と消えた。エトロは非可視光線バリヤ発生装置で自分達を肉眼では発見できないようにしたのである。
この装置でのバリヤは約20分程度でエネルギーを消耗してしまうが約15分後にはヘリコプタの音は遠ざかっていった。
◇
アパートに戻ったテヒョン、ジェフと彩はすでに深夜になっていたのでそのまま眠りについた。
ピッ、ピッ、ピッ・・・
明け方、彩のバッグから電子音がした。目を覚ました彩は目覚まし時計の音と思ったがすぐに違う音であることに気付き、音源を捜した。バッグの中からその電子音は聞こえてくる。そして昨夜、「クーパーS」の中で見つけた端末機のようなものの存在を思い出した。端末機を取り出すと画面の右上には警告のようなマークが表示され全く見たことがない文字のようなものが点滅している。その点滅している文字にタッチしてみると、いきなり画面は映像に変わった。その映像は衛星からの地上の写真でサンディエゴのノースアイランド付近を強調表示していた。彩は画面をタッチしているうちにホーム画面から多くのアイコンで枝分かれしたアプリケーションが組み込まれている事に気がついてきた。
別のアイコンでは画面がカメラになりアパートのドアの方に向けてみるとスマホのカメラ機能と同様にドアが写るのだが、そこで左上のいくつかの機能ボタンにタッチするとドアを透視して外が見えた。別の機能ボタンではテレビで見る赤外線サーモグラフィのようなカラフルな画面になった。すごい小型コンピュータだと驚いきながらも他にどんな機能があるのか色々試してみたくなった。
物音に起きてきたテヒョンがテレビをつけるとそこに写っているローカルテレビが緊急放送をしていた。強力な低気圧が近づいていて局地的に豪雨をもたらす可能性があるとのことだった。豪雨をもたらす雷雲はちょうどサンディエゴ西側のノースアイランド付近に発生していて記録的豪雨となり被害が出始めているという。先ほどの小型コンピュータの点滅箇所は豪雨発生地域を示唆していたのかもしれない。
彩はテヒョンに「クーパーS」で見つけたこの装置の事を話した。
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