第2話 重要なミッションの開始

作戦決行の命令を受けたライルは宇宙開発局内でできうる限り安全性の高い着陸作戦の立案を進めた。宇宙開発局員からは宇宙船ジオ号が地球の大気圏に突入し着陸調査後に再び圏外へ脱出した上、安定軌道を取りつつ帰還することができるか否かについて慎重に意見も交わされた。大気圏に突入する際に宇宙船が受ける熱は約1500度。これはデル星の大気圏突入時と変わらず何ら支障はない。

着陸時に使用する小型離着陸船(バーディー号)が帰還時に地球から宇宙へ脱出するエンジンについては搭載している分子ロケットの能力からすれば十分である。過去のアンタイル銀河で同僚クラウドが殉職した時のように地球に水素ガスなど危険なガスが充満していることもない。

最も懸念される事は、見知らぬ人類がいる新たな惑星に着陸するという事はその星の人類からの攻撃を受ける可能性もあるということだった。


ライルがジオ号に指示したミッションはこうだった。


ジオ号は地球の大気圏に突入したあと地球上空800km程度まで地球に接近し、成層圏上空の中間圏付近に停止(実際には地球の自転に合わせて移動)する。ここからエトロとサンドラはバーディ号に乗りかえ地球への着陸ミッションを行う。ニスラム船長はジオ号に残りエトロ達に指示を出す。地球滞在時間は24時間。地球が1周自転をする時間は24時間でデル星と全く同じであることはすでに調査済みだった。

地球の着陸地点はニスラムの調査データに基づき地球人に最も発見されにくい地点を選択する事になった。ニスラムは地球人に離着陸を感づかれないようにしさらに滞在中にバーディ号を発見されないようにするために地球人の存在が確認できない広大な原野地点をジオ号からの観察で特定した。この地点に着陸し移動車を使って地球人に近づき調査を行うというのだ。

24時間の調査を行った後、バーディ号は自力で離陸しジオ号に向かう。バーディ号を回収したジオ号は大気圏を抜け2300万光年先のデル星を目指して約7年の帰還の途につく。


 ◇

このミッションを聞いたエトロは思わず身震いし、はるか遠くデル星に残した母に心の中でつぶやいた。


「デル星の未来は俺が守るから」


「いよいよミッション実行ね」


サンドラはエトロよりも宇宙経験は豊かだったが重要ミッションの不安から覚悟を決めることができずじっと宇宙船の丸い窓から地球を見つめながらつぶやいた。

ミッションは明後日の夜明けと共に開始される事となった。明日までは宇宙開発局から送られた計画を具体的に実行に移すためのシミュレーションが繰り返し行われることになる。


翌日、三人は装置確認で終日を費やした。地球の大気圏突入の際の破壊に繋がる破損等がないか、船外活動にてジオ号の外周を調査したりバーディ号のロケットエンジンや計器類点検など、それぞれの任務で慌しい1日が過ぎた。ニスラムはその夜の宇宙開発局への報告においてジオ号の体制を維持する4つの小型イオンエンジンの推力がばらつき傾向にあり一時的にジオ号のバランスを崩す事がある以外は問題となる事項が無いことを報告した。

宇宙開発局の回答はイオンエンジンの推力のばらつきは過去同じ宇宙船でも同様の事例があるがこれによって体制を維持できない事ではないため特に問題視しないと言う。

いよいよ明日の明け方にミッションは実施される。今日は着陸後の調査についての綿密な最終打ち合わせである。バーディ号はジオ号から離れた瞬間からステルスバリヤと非可視光線バリヤで覆われることで地球人のレーダーや視界には写らない。そして着陸後は移動車に乗って約250キロ西方向の町を目指す。町に近づいたら地球人との接触を避けつつ地上のオゾン、放射能、大気汚染、温湿度、臭気などの環境計測を行う。


また、地球人の軍備、文化、食生活、医療レベル、宗教活動、アミューズメントなど時間の許す限りの調査を行う。ようやく見つけたデル星に似た星「地球」。まずは僅か24時間の調査となるが、次の第二次調査に繋げるためにできるだけ多くの調査データを集める必要がある。


 ◇

いよいよミッション当時の朝、コクピットに示された地球時間は午前4時となっている。地球の付近には地球人が打ち上げたと見られる衛星がいくつも周回しておりその中の時刻電波を発信している衛星から時刻を受信したものだ。

宇宙船の3人はいつものようにミッションを開始する際に互いの手を中央でひとつに握り合い成功するよう祈った後、ミッション実行30分前のカウントダウンボタンを押した。ニスラムは宇宙船の指令室に入り、エトロとサンドラは操縦席に移り計器の最終確認を行って、カウントダウンは残り1分を迎えた。

ニスラムは指令室から言った。


「君たちのような勇敢で才能のあるメンバーと、この壮大なミッションに参加でき て心から嬉しい。君たちを誇りに思う」


「僕達もさ、素晴らしいリーダーと一緒にこの歴史的なミッションに参加できたん だ」


エトロとサンドラは笑顔で親指を立ててニスラムに応えた。

カウントダウンが続く。

「10,9,8,7,6,5,4」そして「3,2,1」。ニスラムは叫んだ。


「ミッション1、スタート!」


ジオ号後方のエンジンに着火し、大気圏目指してスピードを上げた。

コクピットのフロントガラスはいきなり真っ白になりとてつもないGに押しつぶされそうになった。大気圏突入である。デル星に帰還するたびにデル星の大気圏突入には慣れているが地球ではどのような危険が待ち受けているのか分からないため不安がよぎる。

数10秒後、フロントガラス一杯に青い地球が急に近くなり大陸が目前に見えた。地球から高度815Kmの地点でメインエンジンを停止し制御エンジンにて静止した。ここから地球着陸開始までの4時間の間で地球についての予備調査を行う。高精細カメラで地球人の生活を把握し、超指向性高感度集音マイクで言語を集音し、携帯型トランスレーターにインプットする。基本的にデル星人と地球人の文明は非常に似ている事は確認している。背格好、男女の性別、衣服、食事など、カメラが捕らえた地球人は間違いなくデル星人と見まがうばかりである。ただし、デル星では今は見ることのできない丸いタイヤで走行する車が右へ左へと無秩序に動いている。

この僅かの予備調査だったが、この眼下の大陸は「アメリカ合衆国」と呼ばれる国であり、宇宙へ行くことのできる技術を有し、地球人同士の対立のために強大な軍備をもち、ウランと中性子による核を平和と軍事に利用している事などがわかった。


つまり地球人同士で大掛かりな「戦争」という殺りくを行うような遅れた認識を持つ人種の住む星であることが分かったのだ。


「なぁにデル星でも200年ほど前まではデル星人同士で小さな戦争もあったのだ。

 しかしそれは国家の問題であり人類すべてが凶暴なのではない。恐らく地球人も 同じだろう」


ニスラムは父親から聞いた過去のデル星人の過去の戦争の話を思い出して二人に話した。


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