第2話 妙齢の女性と美容師
「独立して、もうすぐ3年になるんですよ」
カッティングチェアに座っている女性に話しかけながら、髪の毛を少し撫でる。
セミロングで柔らかめの髪質、カラーリングで少し明るくした髪色のせいか、少しぱさつき気味。
ちょっと油断すると広がってしまうから、上手くまとめたいという要望を受けている。
もう大まかには仕上げたので、あとは髪の毛を梳いて調整していくだけだ。
「へえ、もうそんなになるんだ?」
梳き過ぎると広がりやすくなるから注意。
「もうすぐっていうか、実は先週、三周年を迎えまして」
「あら、おめでとう」
女性はそう言いながら、もうすぐ四十路になるとは少し信じがたい笑顔を向けてくれた。
彼女、間宮さんは二年前からうちの店を贔屓にしてくれている。
見た目は30代どころか20代と言ってもいいくらいの若さがあるが、れっきとしたアラフォーで、その上子持ちの主婦だ。
自宅の近所という理由で、うちみたいな繁華街から離れたところにある小さな店に通ってくれている、とてもありがたい常連さん。足を向けて寝られない。
「何かお祝いとかしたの?」
「身内で小さく祝いましたよ」
「彼女と?」
「いやあ、家族ですよ」
「ああ、実家暮らしって言ってたもんね」
「あんまり儲かってないですからね、一人暮らしには厳しいですよ」
「美容室多いからねえ、このへん」
「弘前くんは、彼女作らないの?」
「作らないんじゃなくて、出来ないんですよ。忙しくて」
「仕事ばっかりやってちゃダメよお。それじゃ運命の出会いなんかこないわよ」
「そりゃそうなんですけどね。自分が仕事しないとごはんが食えないですから。個人経営者なんで」
「お店に来た子を口説いたりとかしないの?」
「しませんよ!」
「こどもはかわいいから、早くいい人見つけて作ったほうがいいわよお」
「お子さん、小学生でしたっけ?」
「そ、5年生よ。反抗期がはじまったみたい」
「あらら、早いですね」
「大変よお。最近は家族で外食にも行ってくれなくなっちゃった」
「あー。自分にも覚えがあります。家族と並んで歩くのが恥ずかしくなっちゃうんですよね」
「ま、その程度で済んでるから、かわいいもんだけどね」
「そうかもですねえ」
「実際かわいいしね」
「はあ」
「目の中に入れても痛くないわ」
「そうですか」
「実際痛くなかったわ」
「いやいや」
ぽつぽつと冗談交じりの世間話をしながら、毛先のバランスを整えていく。
これで終わり。
背面鏡を持ってきて最終チェックをしてもらう。
「どうでしょうか?」
間宮さんは鏡を見ながらあちこち頭を動かし、毛先を弄りながら確認していく。
要望通り、広がりを抑えてかつ重くならないように毛束感を作って軽さを演出した髪型は、彼女の明るい雰囲気にも似合って上手く出来たという自信がある。
でも自分が上手く出来たと思っていても、お客様が満足しなければ意味がないのがこの世界だ。
だから、最後のチェックはどうしても少し緊張する。
「うん、オッケーです。」
どうやら気に入ってくれたようで、満足した顔でそう言ってくれた。
良かった。
お客様に嬉しいと言ってもらえたこの瞬間が、この仕事のやりがいを感じる瞬間だ。
支払いの時、間宮さんと少し雑談していると、ふと思い出したように質問が飛んできた。
「そういえば、昨日、ここにうちの子が来たわよね」
「……は?」
思わず間抜けに聞き返してしまった。
「変な顔」
笑われてしまう。
「ミサキよ。ミサキ。あの子が昨日、ここにカットに来たのよね?」
「ええと」
「隠さなくてもいいのよお。あの娘、私には隠そうとしてるみたいだけど」
「……」
朗らかに笑う彼女はいつも通りの明るい間宮さんだった。
いつも通りすぎて逆に怖かった。
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