5・脱走

 都会の真ん中にある動物園で、例の話が進められていた。


「オーイ、オイ。ペリカン、起きてるかい?」


 深夜、アライグマは向かいのペリカンに声をかける。


「うるさいわね…… 起きてるわよ!」


「この間の話、考えてくれたかい?」


「……えぇ、やるわよ。こっちは全員やる気よ!」


「本当に!? よし、これでまた仲間が増えぞ!」


 喜んでいるアライグマを見てペリカンは呆れた様子。


「ねぇ? 仲間が増えるのはいいんだけど、作戦の方はどうなってんのよ? 作戦がしっかりしてなきゃ、仲間を増やしても脱出なんか出来ないわよ?」


「大丈夫だって。これからまたチンパンジーさんのエリアで会議だから!」


 アライグマはニヤニヤしながら檻を抜け、チンパンジーのエリアへと向かう。


「うっ!」


 アライグマはチンパンジーのいるエリアの手前で立ち止まった。飼育員と夜間警備員がいたのである。


「……………………」


 自らの檻からは出られるのだから動物園からも、っというわけにはいかなかった。都会の真ん中に位置するため、動物が逃げ出さないよう警備は厳重。檻から出るのにもかなりの苦労があった。


「ふぅ…… 危うく見つかるところだった」


 周囲を十分に見回し、慎重にチンパンジーのエリアに入っていく。


「リーダー、こんばんは」


「おぉ、アライグマ君。よく来てくれた」


「どうやら全員集まったみたいだな……」


 渋い声を出したのはカピバラ。細い目をさらに細める。


「それでは、脱出作戦の会議をはじめる」


 チンパンジー、アライグマ、カピバラ、タカ、アルマジロ、ワラビーと動物園の各エリアの代表が集まった。


「で、何か良い案は思いついたか?」


「…………」


「……………」


「……」


「………」


 カピバラの問いかけに誰も答えられず、またカピバラ自身もそうだった。


「やっぱり我々の頭じゃ何も思い浮かばないか……」


「すまない」


 チンパンジーがボソッともらす。


「リーダー、あなたが謝ることないですよ」


 タカがボソッと慰めると、アライグマは空気をかえようと質問をした。


「そういえばリーダー、亀じいには話を?」


「あぁ、聞きにいったよ…… だが亀じいも良い案は思いつかないそうだ。」


「……そうですか」


「動物園の中で長生きしても何も学べないと言っていたよ」


「……」


「…………」


「………」


 またしても黙り込む一同。


「うちの動物園にフクロウでもいたらなぁ、ねぇリーダー?」


「あぁ、全くだ」


 その話題にきたとき、情報収集役のリスが現れ、リーダーの肩に乗り耳打ちをした。


「みんな、たった今、リス君から朗報が入った」


「朗報ですか!」


 小さな手を叩いて喜ぶアライグマ。


「あぁ。今、アライグマ君の隣に新しいエリアを作っているだろう?」


「はい、工事は終わったようですが」


「なんと、そこに新しく入るのは、あのオラウータンだ!」


 の時点で各エリアの代表達はで大喜びしていた。人間に一番近いと言われてるあのオラウータンが来る。『必ずいい計画を練りだしてくれるに違いない!』という思いが代表達の頭をめぐる。


「そこでアライグマ君」


「はい?」


「君に交渉役を頼みたいんだが……」


「もちろん! やります!」


 二日後、そのオラウータンが動物園にやってきた。


「ん? 騒がしいな、オラウータンが到着したのか?」


 アライグマは木陰からヒョイっと出てくると、隣りのエリアに近づいていく。


「ふぁー、ようやく新しい場所に着いたか。車だ列車だ飛行機だ…… 本当に旅は疲れる」


 オラウータンはゆっくり歩き回り、自分の新しいエリアを確認する。


「……随分と狭いな」


「あの、オラウータンさんですか?」


「ん? どこからか声がする……」


「こっちです、こっち」


「ん?」


 オラウータンは声のするほうにノソノソ近づいていく。


「おや、君はアライグマかね?」


「はい。よく知っていましたね。さすがオラウータンさんだ!」


「買いかぶりだよ? 前の動物園にも君のお仲間さんがいたから知っていたんだよ」


 アライグマは一度小さく咳払いをしたかと思うと、丁寧に喋りだした。


「先ほど、随分と狭い、そうおっしゃいましたよね?」


「あぁ、確かに」


「そこで一つ相談なのですが……」


「なるほど…… 脱出計画に参加して欲しいと?」


 アライグマの口は開きっぱなしになっていた。あまりにも凄い頭の持ち主に驚きを隠せずにいる。


「脱出計画には乗るよ。で、何をすればいいんだい?」


「あの、脱出の計画を立てて欲しいんです」


「計画ね……」


「実際の動きは僕たちのほうで何とかするので、計画を……」


「わかった。けど少し時間をくれないかい? 長旅で疲れも溜まっているし、じっくり計画を練りたいからね」


「ありがとうございます! 今日の夜、さっそく皆に知らせます。あと、何か情報を集めたいときは僕かリス君に頼んでください」


「わかったよ。あぁそうだ、一つ質問があるんだ」


「なんですか?」


「脱出した後のことは考えているのかい?」


 アライグマの口は開きっぱなしになっていた。あまりにも凄い頭の持ち主に驚きを隠せずにいる。


「い、いえ…… 全く」


「いや、それならそれでいいんだ。そのことも考えておくよ」


 その日の夜、アライグマは迅速かつ慎重にチンパンジーのもとへ向かった。


「待っていたよアライグマ君! それでどうだった?」


 アライグマはいきさつを全て話した。激しいジェスチャーを織り交ぜながら。


「なるほど。いやぁ、実に頼もしい!」


 カピバラは嬉しさのあまり、さらに目を細めた。


「あっそうだ! あのリーダー!」


「ん? なんだいアライグマ君」


「オラウータンさんが、計画が出来るまでの間、個々のスキルアップ、仲間との連携、団結力を高めておいて欲しいと言っていました」


「一秒も無駄にするなということか。リス君、リス君!」


「はい! ここにいます!」


「今のことを各エリアの動物たちに伝えてくれ! 大至急だ!」


「了解しました!」


 その日から四日後、ようやく脱出計画が完成した。


「皆さん、オラウータンさんをお連れしました」


「どうも皆さん初めまして」


「あなたがオラウータン…… 初めまして私はチンパンジー、一応この脱出計画のリーダーを務めています」


「では早速……」


 脱出の計画会議は連日おこなわれ、計画の手順を暗記し、数回行われた仮想訓練も成功の連続。動物達の団結力はますます強固になり、自信もつき始めた。この脱出計画が失敗しても悔いは無い、そう思う動物たちがほとんどだろう。彼らは脱出に成功しても失敗しても動物界のいや、人間界の歴史にも消えない足跡が残せる。

 計画完成から三週間、日が昇る少し前の青い世界で、リーダーは声をあげる。


「ついに脱出のときが来た。準備はいいか!」


 リーダーの声に皆が応える。


「よし! 合図を出せ!」


 その日、ニュース番組に速報が届いた。


「えぇ、番組も終わりなのですが速報が入りました。ショート動物園で動物達の大脱走があったようです。えぇ…… しかし、脱走は失敗に終わったようですね。情報によると動物達の脱走に、三週間ほど前にロング動物園からきたオラウータンが気付いたようで、身振り手振りで飼育員に知らせたそうです。ですがコメコメさん、本当ですかね?」


「まぁオラウータンは非常に頭のいい動物で、人間に一番近いと言われてますからね、本当かもしれませんよ」


「そうですか…… ちなみにオラウータンは脱出阻止のご褒美として新しい遊具、高級バナナ、エリアの増築が与えられるようですが、コメコメさん?」


「まぁ他の動物達は脱出に失敗したが、オラウータンは狭い空間から脱出成功、といったところでしょうか」


「えぇ、本当ですね! それではまた明日」  

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