第31話 不自由落下
にわかには信じられない。もし僕の頭に電気回路が入っているとしたら、どうして入っているんだ?
決まっている。僕が気絶している間に僕の父親が頭に埋め込んだに違いない。
奴のやることは全てが常軌を逸している。
もちろん、『もし入っているなら』の話だ。
「回路を使うための第1段階はあなたの頭の中に回路があると知ること。」
「はは……まだ、信じられないな。」
「少しくらい疑っててもいい。すぐに知ることになる。」
彼女は僕の頭に手を置き、何やらボソボソと唱え始めた。
その言葉が止まった瞬間、チトセは僕を『蹴り落とした』。一枚岩の上から、10mはあろうかという高さの上から。
「ちょっ! うあ。」
死ぬ。いや死にはしなくても骨折する。いややっぱり死ぬ。
僕は頭から赤い地面に落ちていった。
だが、そのままではなかった。
全身にビリっとした痛覚が走り、いつの間にか体は空中で回転して、足が先に地面に着く。
そのまま右側に回転、接地面はつま先からすねの外側、ももの外側、背中、肩と流れるように移動し、衝撃が分散される。
一瞬で移り変っていくはずの視界はスローモーションで、その間もはっきりと思考ができた。
無意識に両腕はがっちりと頭を守り、くるっと側転して、立ち上がった。
着地の結果、無傷だ。
「運が良すぎる……。いや――」
自然にそのまま落ちたらそうなったわけではない。
自動的に体が動いて、そうなるようにコントロールしたのだ。
あれは僕の意思ではなかった。
僕は自分の体が動かせるかどうか心配になって、うつむいてから手のひらをくるくるしてみた。
「大丈夫だ……。あー、あー。声も出る。」
足で地面を二回踏んでみる。やっぱり普通に動かせる。
僕がうつむいて、自分の体の無事を確かめていると、地面にすっと影が映った。
鳥か?
僕は空を見る。
あ、チトセ。
チトセも飛び降りたらしい。空中にいる彼女は陽の光と重なり、影を作る。そこから漏れた光は、例によって銀の粒子を振りまく。
彼女も足が先に地面に着き、そのまま右側に回転、接地面はつま先からすねの外側、ももの外側、背中、肩と流れるように移動し、衝撃を分散させる。
見える。わかる。「彼女も僕と全く同じ動きをした」ことが。
それを見たら、僕を突き落としたことを彼女に咎めようとしていたことを忘れてしまった。
すでに目の前で立ち上がったチトセが、僕に話しかけた。
「わかった?」
「何が?」
「アキヒロの体に私の反射神経をコピーさせた。」
「なんて?」
「アキヒロの体に私の反射神経をコピーさせた。」
「どうやってだよ。」
「アキヒロの回路に、コマンドを音声入力して私の反射神経の一部をコピーした。だからアキヒロは怪我をしていない。」
落下中のスローモーションの中で感じた目の覚めるような思考は、今まで感じたことのなかったような頭の回転の速さはなんだ?
その余韻がある今、僕の中で答えは出ている。しかし、頭ではわかっていても心では信じられない。
「いや、僕にはパルクールの才能があったんだ。」
パルクール。地形を活かし、走る、跳ぶ、登る。体系化された移動術だ。もちろん落下時の衝撃吸収の方法もあるはずだ。
「じゃあ、もう一回落ちてみる?」
今僕らが落ちてきた10mの崖を僕は見上げた。
「ごめん。それはやめて。」
「わかった?」
「ああ、僕の頭の中には……どうやら何かが入っているらしい……。」
「電気回路。」
「わかったから、はっきり言うな。」
「私たちは単に『チップ』と呼んでいる。」
もう少し、他人を気遣うことを学んでくれ。
「降参だ。次に、第2段階に進んでくれ。」
「それより先にすることがある。」
「まだ何かあるのか。」
チトセは空高く登る日、その太陽かどうか定かではないもの、を指差してこう言った。
「早く水か街を見つけないと、脱水症状になる。」
ここは岩石地帯。一面、赤い岩石と砂の乾燥帯だ。
10mから落下した今、すでに僕らの喉は乾き始めていた。
「そうだな。」
僕はそう応えてから、腰の銃に手をかけた。
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