第30話 疑惑

第30話 疑惑


 空は青い。地面は赤い。

 一面の赤い岩石。遠く地平線まで赤い砂と岩。

 僕がいるところは大きな一枚岩の上らしい。異質な盛り上がりはオーストラリアのエアーズロックを思い出す。


 テレポートした時と同じ、この壮大な景観に似つかわしくない椅子に座っている。すぐ下の地面は、あの白い部屋のコンクリートをそのまま削ってきたのだろう……灰色が半径2mの円形に広がる。

 手を縛っていたロープはすでに地面に落ちている。テレポートした時に外れるように細工してあったのなら、あの父親はなんて手間のかかることをしたのだろう。確かに僕の生存率を上げるならば、外した方が良い。僕の記憶という成果を僕に持ち帰らせたいための利己的な気遣いだ。


「チトセ、大丈夫か?」


 返事がない。

 僕は彼女の方を向き、椅子に座る彼女をそのまま『押し倒した』。

 まだ、眠っている様子の彼女に馬乗りになり、肩を押さえつけた。


「起きろ。」


 僕は彼女の肩を揺らし、覚醒を促す。

 彼女はゆっくりと目を開いた。

 そして、


「アキヒロ、どうしたの?」


 僕は彼女に確かめたいことを単刀直入に聞く。


「チトセは本当に僕の味方か?」

「私はアキヒロの味方ではない。」


 左手は右肩の上、左肘は左肩の上。僕は彼女を抑えているその左腕にさらに力を入れた。


「じゃあ、僕の父親の味方か?」

「違う。どちらでもない。私はあなたを守ると命令されているだけ。」

「信用できるかよ! 君は母を保護したと言ったじゃないか! だが母は僕の父親に捕らえられていた!」

「知らない。仲間とは連絡が取れていないからわからない。」

「僕の父親の目的は異世界の調査だとわかった。僕の記憶を読み取って、この世界の情報を集めようとしている。君はそれを手伝っているのではないか?」

「それも知らない。私はあなたを守るだけだから。」


 くそっ。苛つく。


「僕の行動が君にコントロールされているとしたら、僕は君をここで殺す。」

「私はアキヒロの味方じゃないけど敵でもない。あなたを監視したことも、ましてや制御したこともない。でもアキヒロがそうしたいならそうすればいい。」


 チトセは、彼女の太ももにあるホルダーを手に取り、僕にナイフの柄の方を差し出した。

 彼女の力を持ってすれば、僕なんか簡単に抑えられるのに、それは意外な行動だった。

 彼女の有無を言わさぬ気迫に押され、僕はその炎龍のナイフを右手で取る。


「あなたを守れと命令されているから、私はあなたを守る目的以外では傷つけられない。」


 彼女は僕の右手を掴んで、僕の手の中にある燃えるナイフを彼女の首に添えた。

 そのナイフを突き立てれば、彼女の喉は焼き切れる。

 この少女を殺せば、血がたくさん出るだろう。

 それはテレポート装置のせいでもなく、炎龍のせいでもなく、他でもない僕の所為だ。

 そして、僕は人殺しになる。

 それから、僕は一人になる。

 今、僕はこの世界のどこにいるかもわからないのに。

 その事実が僕を不安にさせる。

 孤独と、殺人の罪に苛まれながら、この世界を生き抜かなければならなくなる。


 僕はナイフを振り上げ、刃先を下にして、振り下ろした。


「ドスッ」


 とナイフが地面に刺さる。

 僕は先ほどの不安を隠すように精一杯の虚勢を張って、こう言った。


「チトセ、君には協力してもらう。僕がこの世界を生き抜けるように戦い方を教えろ。」


 チトセが僕の父親の仲間であったとしても、もしくは彼女の言うように国の機関の一員であったとしても、「僕を守る」という目的は変わらない。

 少なくともこの世界にいる限り、チトセは僕を「生き残らせる」はずだ。

 僕を元の世界に返さなければならないのだから。

 ならば、「僕に生きる術を教えること」は彼女の目的に合致する。


「わかった。でも私を殺したらそれはできない。」


 僕は苦笑する。彼女は一言一句伝えないと理解しないのだろうか。

 感情の読めない彼女らしいと言えば、彼女らしい。


「殺さないし、君を信用するよ。少なくともこの世界にいる間はね。」

「そう、わかった。」


 僕はゆっくりと力を緩め、彼女の上から退いた。

 彼女は上半身を起き上がらせて、周りをキョロキョロと確認した後、すくっと立った。


「私の技術を教えることに関して了承した。できなくはないと思う。」


 彼女の含みのある言葉に僕は聞き直す。


「『できなくはない』?」

「実際、普通の人に私の技術を教えることは無理。なぜならば、手術を必要とするから。」

「体を改造するのか?」

「違う。頭を手術する。頭に、脳の働きを補助する電気回路を埋め込む。」

「な……」


 僕は絶句した。彼女の頭には精密機器が入っている。


「神経伝達の電気信号を制御することで、人間の運動の限界を引き上げることができる。」

「そんなの、ここで埋め込めるわけないじゃないか。」

「アキヒロはさっき、『記憶を読み取られた』と言った。」

「それがどうした?」

「記憶を読めるのは、あなたの脳から、電気回路をインターフェースとして情報を取り出したから。その方法以外に記憶を読み取る術はない。」

「何を言っているのかわからない。」




「つまり、あなたの脳にはもう既に電気回路が埋まっている。」


 医者にガンを宣告されるのとどちらがよりショックだろうか。

 自分の脳みその中に人工の異物があると宣告され、頭がクラッとした。

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