第28話 白い部屋

第28話 白い部屋


 眩しい人工的な白い光に目を細めた。腕で目を塞ごうとしたが、両手首は後ろで縛られていて、顔の前に持ってくることができない。

 僕の体は重い金属でできた椅子に縛り付けられている。

 壁が一面、真っ白な部屋、床は灰色。足で踏みしめてみると、打ちっ放しのコンクリートのようだ。

 コンクリートには僕を中心にして、円が描かれている。複数の同心円。僕の方から「一メートル、二メートル、三メートル」と数字が振られ、五メートルまで。

 それを信じるならば、この部屋は、10m×10m、高さ10mほどの広さだ。

 そのように席を揺らしていると、後ろに縛られている手に誰かの肌が触れた。

 後ろを見ると、チトセも僕と同じように縛り付けられていた。

 僕と背中合わせに座らされている。


「チトセ! チトセ!」


 呼びかけても彼女は無反応だ。頭を垂れて、意識がないようだ。

 この状況を理解するために、頭をめぐらせていると目の前の壁の色が変わり、灰色のシャッターが現れた。

 上から順に、じゃばらに組み合わされたシャッターが降りていく。

 向こう側にも部屋があるらしい。天井の蛍光灯、複数の大小さまざまなモニター、炎龍の描かれた絵画、PC、ディスプレイ、長細い机、椅子、そして、

 それに腰掛ける白衣を着た男だ。

 三十代? 黒髪のオールバック、整った顔立ち、ノンフレームのシンプルな眼鏡、微笑。その好奇心を覗かせる眼はアランを思い出す。


「ようこそ、私の研究室へ。話すのは初めてだな。」


 会ったことはあるという話ぶりだが、僕には思い出せない。確かに、頭のどこかで引っかかる感じがある。


「えーと、これはどういうことですかね?」


 縛られた両手に力をかける。


「ああ、お前は確かにあの世界に行って、戻ってきた。記憶は見させてもらったよ。」

「いや、なんで拘束されているんだということなんですが。」


 僕の記憶を見た? 頭に何かされたか!?


「確かにお前は記憶を持ち帰ってきたが、少し短すぎるんだ。サンプルが足りない。」

「言っている意味がわからない……。」

「お前は早く戻って来すぎたということだ。想定外だな。」

「あの世界のことなら、話しますから早く解いてくれませんか。」

「記憶はもうあるから、その必要はないんだ。しかし、雷龍の頭を持ち帰ってきてくれたことには感謝している。あれは良いものだ。」

「僕はそんなものどうでもいいし、研究というなら協力する! 普段の生活に戻りたいんだ!」

「その二つを同時に叶えるのは無理だな。お前にはすぐにもう一度、向こうへ行ってもらうんだよ。」


 は?

 僕は放心状態だ。せっかく戻ってきたのに、またテレポートさせられるのか。

 僕は考えをまとめようとぼんやりとした目つきで空間の一点を見つめる。

 ふと、研究員の座る膝の上にうごめくものがあるのに気づいた。

 小さな赤いトカゲで、背中に羽が生えている。

 いや、それはあの炎龍をそのまま小さくしたような生き物だった。

 そいつは男の膝からぴょんと飛び降りて、度々、口から炎を吐き出した。


「なんだそれ……。」


 僕が小さな炎龍に視線を送っていることに気づいたのか、男が声を出して笑い始めた。


「ははは! 『こいつ』が見えるのか! やはり、やはりな……! これからが楽しみだ……。」


 なんだ? なんなんだ? 炎龍はこちらにもいるのか? それにしては小さすぎる。


「さて、また向こうへテレポートして、戻ってきてもらおう。」

「そんな馬鹿な! 何度も死にそうになったんだぞ! どれもあと少しで死ぬところだった! 記憶を見たというならわかるだろう!?」

「だから、彼女を連れて行け。そして、その腰のものもな。」


 腰にはセックスピストルズのホルダーがある。


「それと、保険をかけておくよ。いくら時間をかけてもらっても構わないが、一生向こうの世界で過ごしてもらっても困る。」


 研究室の、一番大きいディスプレイにある監視カメラの様子が映された。

 洋風の部屋、貴族のそれのような寝室のベッドに座っていたのは。


「母さん……。」


 保護されていたのではなかったのか?

 「保護した」と聞いたはずだ。

 首を大きく振ってチトセの方をチラと見る。


「彼女は人質として、預かっておく。お前のテレポートが成功したことで、彼女は再び、私の研究対象になった。」


 母親が『再び』研究対象となった。そして、『テレポートの研究』をしている。家で見つけた古い写真を思い出す。そうか、確かに面影があるような気がする。こいつが、


「お前が、父親……?」

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