第26話 装填済み

第26話 装填済み



「兄さん!兄さん!」


 エオの悲痛な声が聞こえる。

 防げていない!何か…「良くないこと」があった?


 雷龍は兄妹を無力化したと思ったのか、食事を再開した。

 つまり、再び口を大きく開けた。


 アランとエオの助けがない!チトセは頼もしいがナイフで何ができよう。このままでは僕とチトセは食われる。


 龍の手の締め付けが強くなる。

 ポケットの中のアイボーの角が当たって痛い。接地面が多くなって熱い。


 ……やるしかない。


「チトセ!僕の頭に抱きつけ!僕を信じろ!」


 チトセが、感情のないその目をこちらに向け、「じっ」とこちらを見た気がした。

 そんな時間は経っていないはずなのに。

 黒龍の口が時間を圧縮したようにスローモーションで近づいてくる。


「わかった。」


 チトセが炎龍のナイフから手を離してこちらに飛びついてくる。

 細い両腕が黒龍の手から出る僕の首に巻かれ、少女の髪が発する銀色の粒子と、柔らかい頬の温かさが感じられる。

 僕は黒龍に締め付けられた左手をポケットの中へと動かそうとする。

 しかし巨大な手の締め付けは強く、左手は微動だにしない。

 ドラゴンの口の中が見える。歯と牙が32本。

 何で呑気に歯の数を数えてんだ。そんな場合じゃないだろ。

 僕は焦る。

 僕の焦りを感じたのか、チトセの声が聞こえた。


「大丈夫、私にはわかる。あなたには生き延びる力がある。」


 そうだ。大丈夫。銃弾からも、炎龍からも僕は生き延びてきた。

 そしていつだって彼女の声に導かれてきた。


「いっ、ぐっ。」


 歯を食いしばって、少し自由な方の腕、右腕を「無理やり」外に出した。

 右手は右脇腹から脇を通って、チトセの体を避けて外へ。


『ボギッ』

「〜〜〜〜〜!!!!」


 激痛。右腕の関節が外れたような音がした。

 右腕を外に出した瞬間にできた空間を埋めるように体を右に寄せて左手をポケットに突っ込む。

 角ばった熱さが左手の指先に触れた。


 激痛に耐えながらも、自由になった右手で銀髪の少女を抱き、しっかりと僕と離れないようにする。


 そして僕は再び、スイッチを押した。




 このキーホルダーを中心にして、球状の半透明の光の膜が現れた。その半径は、自分のいる位置から、ちょうど黒龍の顎の下、『逆鱗』があるあたりだ。その膜の表面に閃光が走り、バチバチと音を立てる。最初はその音の間隔がはっきりと耳でわかる程度だったが、だんだんと、1秒間に10万回、静電気が放電しているみたいにやかましくなっていく。


 先ほどの僕まで黒龍の雷撃が届かなかった現象について、一つの仮説を立てていた。

 僕はあの兄弟のように、魔法で防ぐことなんてできない。

 「雷の子」も何もしていないと言っていた。

 でももし雷撃が、届かなかったのではなく、何かに『吸収された』としたら……。

 そして、キーホルダーは熱くなり、その目のランプは緑色になっていた。

 これの設計者が天邪鬼でなければ、その意味はこうだ。

 僕の持っている携帯バッテリーの説明書にあった言葉と同じ。


「ランプが緑色になったら満充電の直前で、すでに使用可能です。」




 半径2mのテレポート装置は僕らの周りを丸々、『切り取った』。

 これと携帯バッテリーの使い方が同じなんて、根拠は全くなかったし、一か八かの賭けだった。

 雷龍の手と顎は切断され、その切断面から赤い血が噴き出る。

 龍の手から解放され、僕らは落下した。だけど、ドラゴンの手に掴まれていた高さではない。

 せいぜい2mといったところ。


 赤い血でベトベトだ。

 倒れた体を起こし、血で汚れた目を拭って、チトセに目をやる。


「チトセ、大丈夫?」


 この半径2mの逆ドーム状の穴ぼこで、チトセはすでにすくっと立っていた。

 そして、空を見つめている。

 僕も空を見上げる。

 あの路地裏だ。見覚えのある非常階段と電線。

 戻ってきた!戻ってきたぞ!


 僕らのすぐそばにはあの黒龍の頭の、三分の二ほど『切り取られた』頭が落ちている。右目と、開いたままの口。頭の後ろにはテレポート装置に切り取られた際の断面がある。血が大量に滴っている。


「うげっ。」


 その巨大な目を見つめているとなんだか吸い込まれそうになる。

 と、そのとき、穴の上から聞き覚えのある声がした。


「クソがああああ!!!!俺の両腕を返しやがれぇえええ!!!!」


 これは、ボスの声だ。おかしいな。もう何日も経っているはずなのに……。


「アキヒロ、息止めて。」

「へっ?」


 突然、チトセが座っている僕の襟首を掴み、持ち上げた。


「えっ、ちょっ。」


 そのまま投げた。

 その投げた先は、雷龍の頭の口の中だ。

 僕は血と唾液の中へと吸い込まれた。

 肉の感触が気持ち悪い。

 なんとかヌルヌルの口内の肉を押し抜け、息のできる場所を確保した。


「チトセ! 何をするんだ!」


 これは外に聞こえているのか?


「なるべく奥に入って!! 銃弾が来る!」


 口の外から微かに、甲高い音が聞こえた。

 キーーーーン、と。


 そうか、「ボスの叫び声」と「セックスピストルズの銃弾の音」で合点がいった。


 こっちでは『時間が進んでいない』んだ。


 ボスがセックスピストルズを僕に撃ち込んだあの瞬間から、1秒たりとも。


 つまり僕はこれから、対象を執拗に追い続けるあの銃弾から、逃げなくてはならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る