第25話 黒い魔法

第25話 黒い魔法


 綺麗に回れ右をして、『天井の空いている』洞窟から天井の空いていない洞窟の方へ走った。

 つまり、洞窟の奥の方だ。

 元洞窟の入り口方向には黒龍がその身を少しずつ震わせて、今にも襲いかかってきそうな雰囲気を漂わせている。

 ドラゴンが吹っ飛ばした天井に向かって壁を登るのは時間がかかる。

 そもそも魔法や空を飛ぶことができない僕には無理そうだ。

 暗い洞窟に入ってやり過ごすのが無難な策だろう。


 しかし、それも叶わぬ夢だった。


 体全体に衝撃を受け、足が宙を浮く。

 ゴツゴツとした感触と重い圧力を体の周りに感じた。


 僕は龍の手に掴まれていた。

 上を向くと、4mかそこらの距離にギロリとこちらを睨む目。


 体のどこに力を入れても、抜け出せる気がしない!


「アキヒロ!」


 チトセの声がした。

 元洞窟、『現』谷の、上から人影が降ってくる。

 手に赤く光る炎龍のナイフを持ち、頭から銀の粒子を振りまく人影だ。


 僕を掴む巨大な拳に着地した彼女は、同時にナイフをゴツゴツした皮膚に突き立てる。

 刺さった!……が、

 チトセが着地できるほどに大きい拳に対して、そのナイフは小さすぎる。

 その拳から頭だけ出ている僕の目の前で、ナイフが黒龍の皮を焼く。


「待ってて、今切断するから。」


 拳を両足と右手と左手のナイフで器用に龍の拳に乗っているチトセが、左手のナイフに力を入れる。

 しかし、ナイフは動かない。


 龍が吠えた。

 と同時に僕の視界が激しく揺れた。


「いいぃ……。」


 頭が激しく揺さぶられ、めまいがする。

 気持ち悪い。

 ドラゴンが腕を振ったのか。まるで手についた蚊を落とすように。

 チトセはその揺れの中でも振り落とされずに、ぴったりと拳にしがみついている。

 ナイフと両足の三点で彼女は彼女の体を支えている。

 龍が腕を振るのをやめた。諦めたか。

 まだ振り落とされてないチトセを見て安堵したのもつかの間、


「チトセ! 離れろ! 食われるぞ!」


 雷龍が大きく顎を開け、ゆっくりと僕らを口の方へと運んでいる。


「ダメ。守るから。」


 どうしてだ? 彼女はすぐに逃げれるし、2人一緒に死ぬことはないだろう!


「チトセ! 少し時間を稼げ! ほんの一瞬でいい! エオ!準備!」


 あ、この人を安心させるような、通る声……

 下からアランの声がする。


 チトセが腰からもう一本の炎のナイフを取り出し、ドラゴンの顔に投げつけた。


「サクッ」


 それはドラゴンの目に刺さった。

 ドラゴンが頭を上にあげて、吠えた。


「エオ!」


 その瞬間、ドラゴンの頭に半径5mはあろうかという巨大な石がぶつけられた。水平に飛んできたそれは龍の顎にぶつかり、砕けた。そして、龍はよろめいた。

 そのエオの魔法により、よろめいたドラゴンだったが、すぐに頭を元の位置に戻して何やら地面の先を見つめている。その先には、兄妹がいた。

 息を大きく吸う雷龍。そして、雷を吐いた。


 轟音があって、今度も痛くなかった。そう、雷は兄妹に向かってまっすぐに放たれた。


「アラン! エオ!」


 雷が放たれた直後から兄妹の位置に黒い半球ができた。エオの防御魔法のような、ただし色が白ではなく黒というところが明確に違っていた。黒い半球は雷を弾いていく。

 ほんの数秒。雷龍はすぐに電気を放出するのをやめた。黒い半球が解かれ、兄妹が立っているのがわかる。


「防いだのか。良かった。」


 しかし大きい方の影が倒れ、小さい方の影がそれを覆うようにしゃがみ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る