第22話 洞窟サンドウィッチ

第22話 洞窟サンドウィッチ


 蜘蛛はアランのため息を待たずにその足を伸ばし、兄妹に襲いかかった。

 複数の足を器用に伸ばし、兄妹を攻撃する巨大蜘蛛。

 兄アランは剣で弾き、妹は杖で弾く。


「こっちは大丈夫!入り口の警戒を続けろ!」

「了解!」


 僕とウィーゴはじっくりと入り口を見張る。

 チトセは蜘蛛の方を向き、防御体制をとっている。

 ウィーゴがボソッとつぶやいた。


「龍と蜘蛛に挟まれたら、さすがの俺たちもただの食料だぜ。」

「怖いこと言わないでよ。」


 僕の隣に立っているチトセを見ると、蜘蛛の動きを目で追って、その度に少し体を緊張させる。

 まるで獲物に狙いを定める猫だ。

 うつぶせの体勢のまま、目線を入り口に戻しドラゴンが来ないか警戒をしていると、足元に『何か』を感じた。


『ぐちょっ』


 ネバネバした何か。そして、体が後ろへ引きづられた。


「うおお?!」


 仰向けになって足を確認すると、白いネバネバが足にべっとりと付いている。ロープのように巻きついた。それは僕の体をいとも簡単にひきづっていく。

 僕は持っていた銃をそのネバネバのロープに合わせた。


『ヤマシログモ科の蜘蛛の糸です。この種は口から糸を吐き獲物を捕らえます。』

「弱点は?弱点!」

『タンパク質なので燃えます。』


 火だ!火!

 アランを見ると、すでに糸に松明を当てながら、剣を叩き込んでいる。


「太いなぁ。」


 巨大蜘蛛の攻撃を防ぎながらであるためか、糸がだんだんと引っ張られていくからか、あまりうまくいっていないようだ。

 洞窟の地面の凹凸に手を引っ掛けてみるも、引きづられるのは止まらない。

 このまま蜘蛛の腹の中は嫌だ!


『蜘蛛は、獲物を消化液で溶かしてから食べられる部分だけ腹の中に入れます。』


 もっと嫌だわ。というか俺の心を読んだような解説をやめろ。


「アキヒロ!足を開いてじっとしてて!」

「え?こう?」


 チトセが地を滑る僕の前に出てきて、僕を抑える。

 右足と左足の間にチトセの体が入り、僕を押し倒したようにしっかりと押さえる。

 これはまずいでしょ。妹的にまずいっしょ。だけど大丈夫、彼女は防御中でこちらは目に入らないはず。

 妹は背中、蜘蛛側に例の白い防御陣を張って、こちらを鋭い目つきで凝視していた。

 はいアウト。


 速度が弱まったところでチトセは反転し、僕の右足を右腕でがっちりとホールドした。

 地面に両足をつけ、僕の右足を持ち手のようにして、巨大蜘蛛の糸を引っ張り、僕たちは止まった。

 まるでチトセは巨大蜘蛛と綱引きをしているようだ。

 そして現在チトセの背中が僕の両足の間にある。

 妹は例の白い防御陣を張って、こちらを嫌悪するような目つきで凝視していた。

 はいアウト。


「チトセ、右足めっちゃ痛い。関節とれそう。」

「今切るから待ってて。」


 チトセが空いた左手でナイフを取り出す。先が綺麗な曲線を描いて尖り、背にはギザギザのあるサバイバルナイフだ。そして、最大の特徴はこれが先の炎龍の皮膚から加工されたものであることだ。

 そのナイフは外気に触れると、黒い刀身にまるで溶岩のような赤みを帯びて激しく発熱した。


『ザクッ』


 やっと解放されると思ったそのとき、ジリジリと蜘蛛の糸の焼ける音ではなく、耳を突き破るような高音と轟音が響いた。視界が真っ白になり、チトセと僕は吹っ飛んだ。


 そしてすぐに薄暗い洞窟に戻る。


「何が起こった!?蜘蛛の糸は切れたっ…みたいだ…」


 足にはまだ蜘蛛の糸が巻きついているものの、引っ張られる感じは全くしない。


「蜘蛛が死んでいる。」

「えっ。」


 巨大蜘蛛がいた方向を見ると、そこにあるものはチトセの言う通り、ただの亡骸で、

 しかも頭と腹の上部が丸々、綺麗に円柱状にくり抜かれた亡骸だった。


「上が無くなってる……。」

「無くなったのは蜘蛛の体だけじゃないぜ。」


 ウィーゴがそう言ってため息をつく。

 アランが洞窟の奥から松明を振って、エオウィンとアランの生存を伝えてくる。


 ただ、松明はまるで豪雨の向こうにあるようにボヤけて見にくかった。

 違う。そうじゃない。

 洞窟であるにも関わらず、僕とアランの間には雨が降っていた。


 上を見上げると、天井に穴が空いていた。


『ドンッ』


 そしてもう一度爆音が鳴り響き、『洞窟の天井は全て無くなった』。

 天井が無くなった洞窟、もはや洞窟とは呼べなくなったもの、の両側の縁またがり、下にいる僕らに向かって吠えるのは、


 青みがかった黒い皮膚を持つ、雷龍。

 ウィーゴが再びため息をついた。


「ハァ…山を吹っ飛ばしやがった。こいつぁ規格外だ。」

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