第21話 逃走

第21話 逃走


 10mの恐るべき跳躍と人間離れした速度で草原を走る5人組がいた。

 その足10本全てに白い粒子がまとわりつき、それぞれが通った後に軌跡を残す。


「前方注意しながら跳べ!跳べ!跳べ!」


 アランが僕に走り方を教えてくれる。エオウィンの魔法により、強い脚力を得た僕は一歩10mで草原を走る。


「いいいぃー!怖ぇえー!」


 ゆったりと草原の旅を満喫するはずだったのに、どうしてこうなったのだろうか。

 10分前、僕は喚いていた。




「君たちのせいで!最後の弾がなくなった!こいつのおかげで僕は安心して旅ができたのに。」

「いや、すまん。」


 ウィーゴがエオウィンに吹っ飛ばされたその体勢のまま、応える。

 草原にゴロンと仰向けになって、空を見上げて、全く誠意がないように見える。


「あなたが銃を落としたのが悪いんでしょ。」

「あれは体がよろけたからだ。」

「私がしっかり支えてたじゃない。」


 白い手と、胸で。


「や!君も悪い。君が後ろに来たから。」

「何でよ。行かないと支えられないじゃない。」

「魔法で支えてくれれば良かったのに!」

「直接支えるのも魔法で支えるのも変わらないでしょ。何か違いある?!」

「あるだろ、気が削がれるんだよ!」

「何言ってるかわからないんだけど!」

「や、君の!」


 命綱の弾丸を失った焦りのせいで、その先も言ってしまった。

 指差しも合わせて。


「その胸…」


 そこで後悔した。


「…が……。」


 天使は僕が指差した場所。自分の胸に目線を落とした。

 それから天使の顔はみるみる赤くなった。

 その後、僕は頬に硬い木の感触を感じて、「ああ、またかぁ。」と思った。





「……おい!アキ!起きろ。」


 頬を何度も叩かれて、目を覚ます。

 アランだ。


「そうだ!アラン!弾がもうない!」

「知ってる知ってる。だけど今の問題はそこじゃない。」

「なんでさ。僕の命綱が……!」

「今、一番の問題は、君が『雷龍に喧嘩を売った』ということだ。」

「いや、あんなのに喧嘩を売るわけないじゃないか。」

「向こうはそうは思っていないんじゃないかな。」


 アランが、セックスピストルズの仮想ディスプレイを指差す。

 先ほど録画されたであろう映像が再生されている。


 その画面にはこちらをジロリと見て、そして大きく方向転換し、こちらへ向かってくる雷竜の姿が映し出されている。

 その黒い雷雲の一部がドラゴンについてくるように伸びて、飛行機雲のように巨大生物のあとを引く。

 いや、飛行機雲という表現は正確ではない。ドラゴンの尻尾から雷雲に繋がるまでは、竜巻のように拡がっている。

 僕は思わずディスプレイから目をそらし、雷雲の方向を見た。

 まだ、遠くてはっきりとは見えないが、光るものがこちらに向かっている……?


「おそらく、アキの撃った弾丸が当たったんだろうな。とてつもない精度だ。」


 僕がやるべきことは、エオウィンたちを糾弾することではなかった。

 僕がすべきことはすぐに空中の銃弾を『キャンセル』することだったのだ。


「アラン、嘘だろ? 倒せる? 倒せるよな?」

「ちと厳しいんで、逃げるぞ。」


「”走行補助”!!」


 エオウィンがそう言って、杖を掲げると、白い粒子がアラン、エオウィン、ウィーゴ、チトセ、僕の5人全員の足にまとわりついた。

 僕は、体が軽くなるのを感じた。




 「――森に入ったらすぐに洞窟がある。そこに飛び込め!エオ、ドラゴンの様子はどうだ?」

「まだ遠いけど、もう視認できる位置に入ってきてる。」

「急ぐぞ!」


 一歩10m、前方の森と山がぐんぐんと近づいてくる。あと、十歩くらいで森に到達しそうだ。


「森の手前でより高く、より遠くへ跳べ!上に45度だ!両足で踏み抜け!3、2、1……!」


 跳んだ。木々を飛び越え、山へと一直線の5人。放物線の頂点に来た時、前方の山のふもとに洞窟が見えた。


「うわぁぁあああああーー!」


 5つの放物線運動物体はその穴へと吸い込まれていった。

 僕は着地に失敗し、ゴロゴロと洞窟の奥へと転がり込んで、最終的にうつぶせに倒れた。

 頭は入ってきた入り口方向、足は洞窟の奥の方向だ。


 チトセが僕の後を追って、着地、綺麗に受け身を取って、僕のとなりにすくっと立ち上がった。

 僕の目の前にはウィーゴが立っていて、その盾を洞窟の入り口に向けている。

 後ろを見ると、アランは手に松明を持ち、エオウィンは杖の先を明るくして洞窟の奥を伺っている。


「アキ!銃口を入り口に向けて警戒!」

「お、オッケー!」


 僕はうつぶせの状態からウィーゴを避けるように右に一回転し、入り口に銃を向けた。

 仮想ディスプレイが展開され、暗い洞窟を赤外線センサによって暗視した。

 画面には「Nothing」の文字だ。


「今のところ何もいない!」


 入り口の安全を伝えると、逆に後ろからは、”危険”を伝えられた。


「良かった。しかし、こっちはダメっぽい。」


 僕が後ろを見ると、松明と魔法の光に照らされた巨大な影がうごめいている。

 洞窟を塞ぐほどに丸々と巨大な体に8本の細い足(確かに体に比べれば細いのだが、これを細いと言っていいものかどうか)、びっしりと毛の生えた顎に、四つの単眼。

 それは、蜘蛛だった。


「『アグラゴ』。普段は一番奥にいるのに……。はぁ……。」


 アランが大きくため息をついた。

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