第20話 雷雲
第20話 雷雲
――と僕はあの一戦の動画を見直す。
あの一戦、実は途中から自分の目で追うことを諦め、文明の利器に頼っていた。
セックスピストルズの上部にホログラムにより仮想ディスプレイが出る。
銃の標準を合わせて録画しておいたあの一戦を、スローモーションで確認する。
あの攻守一戦以降、チトセは一層にエオウィンにべったりだった。
顔面にシャレにならない威力の回し蹴りを食らうところであったのに、怖くないのだろうか。
それとも、武術家は強いものに憧れるということなのか。
スローモーション映像のおかげで、2人の動きがどうなっているかはわかるようになったものの、どうしてそんな動きができるのかは全くわからない。
「これができないとこの世界では生きていけないのか?」
ボソッとつぶやくと、左肩をバシンと叩かれた。
「オレらが守ってやるから気にすんな。」
盾の大男、ウィーゴがニコニコ顔でそう言ってくれた。
「よし、休憩終わり。」
アランが次の行程について説明をする。
「今からあの山を目指す。ふもとの洞窟で休憩し、雨をやり過ごす。」
「これから雨が降るんだ?」
「後ろを見てみろ。」
僕らの後方、はるか遠方に入道雲が見えた。
「あれが、『龍の巣』だ。」
青空に巨大な灰色の入道雲、成層圏まで届いたそれはそれ以上に伸びることができず、四方に広がる。鉄床のようにくびれを持ったその積乱雲はしかし、黒いということのほかに普通の積乱雲とは違う特徴を持っていた。
鉄床の上面から伸びる雲が何本か。それらはまるで蛇の頭や尾のようだ。
「風向きはこっち方向だ。あれに追いつかれたら、この草原には隠れる場所がない。そして雷を防ぐ手段もない。いや、できないことはないがここで無駄に疲れたくない。」
「あの中には龍がいるの?」
「電気を自在に操る雷龍がいる、らしい。」
「らしい?」
「聞いたことはあるが、見たことはない。」
「ちょっと見てみたいな。」
「興味があるか?それとも雷龍に充電してもらうか?」
アランはニヤニヤしている。
「や、遠慮しとくよ。話の通じるやつじゃあなさそうだ。」
炎龍の凶暴な姿が嫌でも思い出される。
と、そこで黒雲の合間でピカッと光るものが見えた気がした。
「いま光ったのは何?」
「ん?雷はよく発生するよ。」
「へぇ、ちょっと見てみようかな。」
僕は銃を構えて、命令した。
「ズームアップ。」
『了解しました。』
銃の上部にホログラムが展開され、仮想ディスプレイに雲が積み重なるその間が拡大されて映る。文庫本ほどの大きさのディスプレイに映っていたものは、
『炎龍の仲間と思われます。新……失礼、ロックオン開始します。』
いま新種って言おうとしただろ。その機能オフにしたのに!いやそれよりも…
「ドラゴン!?すると雷龍か!」
アランがすぐに僕の右肩から画面を覗き込む。
「こんな安全なところから見れるとは。僥倖僥倖。」
そう言ってウィーゴも左から覗き込む。むさ苦しい。
仮想ディスプレイには飛翔する黒龍の表面に細かな稲妻が走っているのが見える。
口から稲妻の波を垂れ流し、吠えている。
「何かと戦っている…?」
「ちょっと!私にも見せてよ!」
剣の男と、盾の男は天使の声を無視し、
画面を凝視し、もっと近くで見ようと僕に寄りかかってくる。
「二人とも重いって。」
僕は倒れないように足を踏ん張る。
グググと、後ろを見てみると、男2人の隙間から顔を膨らませている天使の姿がちらと見えた。
「二人とも邪魔!」
エオウィンが二人を引き剥がそうとしているが、大男たちは動じない。
「待って、今いいところだから。」
「アキ、もうちょっといい感じの角度にしてくれ。よく見えん。」
ウィーゴの注文に合わせて銃の角度を調整しようとするが、上手くいかない。
というか、正面からもよく見えなくなっていた。
それもそのはず、僕たちのまわりは白い光に包まれていた。
もう一度後ろを確認すると、エオウィンが何やらブツブツと呪文を唱えていた。
「二人とも!後ろ!」
大男二人が後ろを向こうとしたその瞬間、二人は左右に吹っ飛んだ。
急に背中が軽くなったので、僕は後ろによろめいてしまった。
「いっ。」
と同時に背中を支えられた。
そして、耳にささやいたのはエオウィンだ。
「私も見るから、ちゃんとそれを支えておいて。」
大きくよろめいた僕は、両肩を柔らかい手に掴まれ、背中から体を密着させられる形でエオウィンに支えられた。
つまり、この形は、背中にほのかに感じる形は、天使の胸……?
悲しきかな男のさが……
再三の後悔と反省にも関わらず、僕は背中に全神経を集中させてしまった。
文字通り、全神経なので、手の神経などは意識の外だ。むしろ可能ならば手のひらの神経を背中に移動させたいとすら思った。いや、一瞬だけね。とにかく、一瞬、手の力を緩めてしまった。
だから、僕は銃を落としてしまった。
「あっ。」
ポロッと手からこぼれる最新鋭の銃、もちろん軍用に耐えうる設計なのは間違いないが、精密機械を落としてしまうのは少し心配だ。
僕は地面に落ちる前に銃を拾ってしまおうと右腕で宙を掻いた。
『パンッ』
よしよし、間一髪のところで銃をつかむことができた。ん……?
「パンッ、って?エオ、魔法使った?」
すでに僕の背中を離れている天使は首を横に振る。
そして、僕の手へと指を指した。
右手の中指と親指でしっかりと銃はつかまれている、中指はトリガーの上にあり、
トリガーはもうすでに『引かれた状態』にあった。
そして、また僕がヘマをこいてしまったと決定づける機械音声が流れた。
『銃弾は対象に向けて、正常に発射されました。』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます