第17話 この世界に電気羊はいるか

第17話 この世界に電気羊はいるか




 「なんてったってこんな日を選んだんだ。」




 ゴーレムも逃げ出すような豪雨と雷、積乱雲が何層も高くそして広く重なりあって巨大な白い海を構成する。その激しい音と、頻繁に発生する雷の形が龍に見えることから「龍の巣」と言われる異常気象の下、だだっ広い草原に一つだけポツンとある孤児院があった。まるで水の中にでもいるような土砂降りの雨の中にもかかわらず、フードを被った何者かが孤児院の門の前に現れた。彼女が抱えているのは赤ん坊だ。もちろん二人ともずぶ濡れだが、暗い顔の母親とは対照的に赤ん坊の方はこの自然の水浴びを楽しんでいるようで、屈託のない笑顔を見せている。人が寄り付かない、そんな日に、孤児院に現れた母親がすることと言えば…




 彼女は、赤ん坊を孤児院の教会の入り口の雨の当たらないところへ置いた。




 その時、一筋の淡く、そして強い閃光が教会に落ちた。あまりにも強い閃光で、すぐにとてつもない轟音が響いたため、宿舎にいた神父は心配になり、窓から教会を覗いた。

 そして、強い光に目が眩んだ。しばらくすると目が慣れてきて、どうやら一番強い光があるところは教会の入り口のようだとわかった。


 「教会の入り口から火が出ている。」


 と思った神父は火事を消そうとすぐに自分の部屋から出て、階段を下った。

 雷の音のせいで起きてしまった子供たちと廊下や階段ですれ違う。その度に


 「心配いらないから部屋に戻っていなさい。それでも怖かったらシスターのところへ行きなさい。」


 と優しく声をかけた。


 それから彼は重い木の扉を開け、滝のような雨の中へと飛び出した。




 しかし、それは火ではなかった。ただの赤ん坊だった。

 いや、見た目はただの赤ん坊だが、状況から見れば明らかにただの赤ん坊ではない。



 崩れた教会の穴から入ってきた雨は彼の上に降り注いでいる。しかし、赤ん坊まで届くことはなかった。

 雨は彼に当たる前に全て蒸発していた。


 バチバチと、龍に似た微小な閃光が彼を中心にしてドーム状に広がり、それらが雨粒を消し去っている。

 神父にはその様子が、小さい龍たちが雨を食っているように見えた。


 神父に気づいた赤ん坊はその手を神父の方に伸ばした。

 すると、龍の傘は、その形を少しずつ神父の方へ伸ばし、ついには神父を包むように、まとわりついた。


 先ほどまで土砂降りの雨に当たりながら、この奇妙な光景を見ていたはずの神父はもうすでに濡れていなかった。




「…以上がこの世界で唯一の電気使い『雷に打たれた子』の逸話だ。」

「母親はどうなったの?」

「雷の直後にはもういなかったんだ。俺の考えでは、最初からいなかった可能性すらあると思っている。誰も外を出歩かない異常気象の日というならば、果たしてこの母子を見たやつはいるのか?甚だ疑問だ。噂は尾ひれがつく。」

「ならその子供も本当にいるかどうか…」

「それに関しては心配ない。」

「え?」


 ここでじっくりと僕たちの話を聞いていた老婆が口を開いた。


「雷の坊やはここに来たことが何度かあるからねぇ。」

「そうなんですか!」


 アランが端的に、一番聞きたいことを聞く。


「今、どこにいるかわかるか?」

「『セントラル』だよ。」


 もちろん僕はそれを聞いてもどこだかわからない。

 しかし、アランはそれをすぐに察してくれた。


「『セントラル』、その名の通り、この世界の中心で、一番デカい街だ。」

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