第5話 塔の街

第5話 塔の街


「貧血だね。しっかり食べてる?」


 医者が笑いながら診断をする。何度も死地をくぐり抜けてきたというのに、ただの貧血だなんて少し恥ずかしいじゃないか。


 医者と言っても、白衣のそれではなく、ダボっとした麻のズボンに、白のシャツ、そしてその上に釣りに行くようなポケットのたくさんついたベストを着ている。


「いや、釣りに行ってきた帰りでね。」


 本当に釣りだったのか。


「一番の趣味は釣り、二番目が医者だ。」


 医学も趣味かよ。しかも二番目。片手間に人の命を扱うな。


「大丈夫、彼の腕は保証するよ。」


 僕の考えに応えるように、剣の男、アランがそう話し出した。


「腕の骨折を1週間で直してもらったこともある。足の炎症も。」

「なぁに。私はただ、人に備わる自然治癒力を増幅させただけさ。治ったのはアランくん自身の力だ。」


 医療詐欺の常套句みたいなことを言いやがる。

 しかし、まぁ、こうしてベッドの上にいられること、それ自体は感謝すべきことだ。


「ありがとうございます。先生、そしてアランさん。」

「いやいや。こちらこそおかげさまで効率的なドラゴン討伐ができた。今までで最速なんじゃないか?」

「本当に、本当に死ぬかと思ったんです。」

「君の力さ。」

「いえ、僕なんて、そんな…」

「それにさ、俺たちはドラゴンを倒した仲間だろ?その王様に話すような口調をやめてくれ。」

「ああ、すみません。癖で…じゃあ、アラン。」

「それで良し。」

「アラン、僕にはここがどこなのか。僕たちがどうやってここに来たのかさえわからない。」

「あー、込み入った話は飯の後だ。あれだろあれ?」


 アランが医者の方をチラッと見る。


「貧血だ。」

「そう、貧血。血が足りない。とにかく、たくさん食べろってことだ。ドラゴン討伐祝いのディナーだ!行くぞ!」

「でも、彼女が…」


 隣のベッドを見ると、銀髪の少女が横たわっている。


「彼女は私が見てるから大丈夫。それに、病人は食べるのも仕事。」

「ああ、よろしく、エオ。」

「バイバイ、アラン。それと、ド変態さん。」


 白フードの天使はにっこり微笑んだが、それは最上級の作り笑顔だった。ま、まだ怒ってらっしゃる?


「お言葉に甘えて、行ってきます…」



 石で作られた宿から、外へ出る。これからアラン一行の行きつけの飯屋に向かうらしい。


「悪いね。エオ…エオウィンは気の強い子なんだ。俺の妹でね。あんな感じだが、俺のためにパーティに参加してくれている。」

「そうだったんですか…あ、いや、そうだったんだね。アランは黒髪だし、わからなかった。でも確かに目の色は同じ、青だ。」

「俺の家族はみんな金髪で青い眼だ。俺だけ、出来損ないさ。」

「そんなこと…ないよ。」

「はは、ありがとう。才能がなくたって、要は決断力と頭の使いようさ。そうすればドラゴンも倒せる。」


 彼は謙虚だけど、僕の目には自信に満ち溢れているように見える。


「ドラゴンなんてものは普通、一生見ることない生き物だけど、この街に関しては違う。龍の住処が、近くにあるからだ。」


 アランは西の空を指差した。地平線、でもしっかり見える、星が瞬く夜空を追っていくと、その先にほんわりと赤い空が見える。


「あの下にあるのが、龍頭山。ドラゴンの親玉がいるらしい。」

「あんなのがまだいるのか。」

「あれは俺が見た中でも一番でかい部類だ。よく来るのは、人間くらいの大きさのやつ。」


 あのドラゴンは、僕の身長の3倍はあった。


「全部、火を吐くの?」

「いや、色んなのがいる。この塔の街は小さい街だけど、奴らのおかげでちょっとした要塞都市だ。」


 アランにこの街のことを聞いた。レンガ造りの家や入り組んだ路地、高低差をつけて守りやすく、攻めにくくしている。隠し通路が至る所にあり、外敵からすぐに逃げられるようにしてあるらしい。

 話を聞いているうちに、周りと同じ、レンガ造りの、しかし周りより騒がしい、一軒の建物についた。酒場だ。

 

「うぉーい!目が覚めたか!!みんな、今日の主役の登場だ!!!5m級の炎龍を一発で仕留めた謎の旅人!!!アキ…えーと…アキだ!!!!」


 店中から大きな歓声が上がり、視線がこちらに集まる。

 その中心にいるのは、筋肉質で、こんがり焼けた黒い肌、黒茶色の長髪に口周りのもっさりとしたヒゲ。盾の男、ヴィーゴだ。

 片手にビールの入った大ジョッキを持ち、相当ご機嫌なようだ。人の名前を忘れて勝手に短縮してしまうほどに。

 泥酔した様子のヴィーゴは、僕の肩に腕を回した。


「ヒーロー!今どんな気分だ?」


 出た。無茶振りだ。

 店中の視線が僕に集まっている。


「あ、どうも、『アキヒロ』です。」


 とりあえず自己紹介をすると、客たちから野次が飛んできた。


「こっちこいやアキ!!」

「どーやってあんなでかいドラゴンを倒したんだ!?アキ!!」

「ヒーロー!アキ!!!」


 どいつもこいつも話を聞かない。これだから酔っ払いは!!


「悪いな、アキ。みんな悪気はないんだ。」


 悪気がないからこそ厄介だ。

 つーかアランまで…。

 ここではもう、自分の名前の半分を諦めるしかなさそうだった。

 アランが助け舟を出してくれる。


「みんな!アキは昨日の戦いで倒れ、今やっと起きたばっかりだ。そこんとこよろしく!」


 周りからブーイングが起こる。

 すると、アランは、


「その侘びと言っちゃあ何だが、今日は俺のおごりだ!飲め!」


 周りから、歓声が上がる。

 素晴らしきかな金の力…


「お前も飲め!」


 ウィーゴからジョッキを渡される。

 黄金色の液体に泡が立ち、白いふわふわが上に乗っている。


「乾杯!」


 ヴィーゴにジョッキをカチンとやられ、恐る恐るアランの方を見ると、

 どうぞどうぞと言うように、アランもジョッキを打ってきた。

 じゃあ、


 まずは一口、ゴクッと飲んでみる。


 …うまい。苦味は少なく、それでいて喉越しが良い。ゴクゴク飲めるビールだ。これはつまみなしでもイケるぞ。


 あっという間に飲み干してしまった。


「くぅ〜、うまい!」

「そうだろう!そうだろう!」


 また、歓声が上がる。

 ヴィーゴが料理を持ってくる。


「これ食ってみろ!!」


 その手羽先にがぶりと食いつく。


「この鳥もうまいな!」

「そりゃ鳥じゃない!カエルだ。」


 ウィーゴがケタケタと笑う。

 うげぇ。自分の常日頃から思っていた『大体のゲテモノは鳥の味がする説』がさらに有力になってきた。

 カエルを洗い流すように、再びビールを飲む。

 …その後のことはよく覚えていない。ただ楽しかったことだけ覚えている。そう、ゴロツキに絡まれるまでは。


「…だからぁ!ヤクザに絡まれたわけ!そんで、『これ』ね!これ!」


 僕は腰の「セックス・ピストルズ」を指差す。


「これをぉ!撃たれたの!バンッ!」

「何回目だその話ぃ!」


 周りの客が腹を抱えて笑う。


「したら、女の子が現れてバーン!で、僕がスイッチをポチッ!で、どーなった?」

 

 ヴィーゴが笑いながら答える。


「相手のかしらの腕が吹っ飛んだ!」

「そう、それ!!!」

「で、僕と女の子がビューンてここに来たわけ!わかる!?」

「全くわからん!!!」

「それ!僕もわかんねぇ!!!」


 ヴィーゴと僕は笑い合う。アランもみんなも笑っていたと思う、たぶん。

 突然、隣の席から机をバンと大きく叩く音がした。


「さっきから聞いてりゃよぉ!こんなもやしがドラゴンを討伐したぁ?信じられねぇな!」


 斧を背中に背負った鎧の大男が、ずいとこちらに向かってきた。

 店がシーンと静まる。

 僕はこんな状況なのに、いや、こんな状況だからこそ、気が大きくなってしまっていたから言ってしまった。


「なんだぁ?男の嫉妬は見苦しいぜ。おデブさん。」

「なんだとテメェ!」


 しまった。左手で右肩を掴まれて、チラと見えたのが、大男が右腕を引いて、握りこぶしを作っているところだ。

 これ殴られたらドラゴンを倒した意味がないじゃないか。人間はある一定の衝撃以上を食らえば、等しく死ぬんだから。


 その瞬間、大男が吹っ飛んだ。

 大の男が吹っ飛ぶのを見るのは2回目だ。

 

 目の前では、宿で寝ていたはずの銀髪の女の子が、髪から粒子を振りまきながら上段回し蹴りをキメていた。

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