第4話 流体力学対炎龍
第4話 流体力学対炎龍
「この子は任せたよ!」
「おう!」
剣の男に盾の男が応える。盾は草原に横たわる銀髪の少女とドラゴンとの間に立つ。
「私が引きつけるから。」
白フードの天使がおよそ人間離れした跳躍をし、盾の防御範囲から離れる。
跳びすぎだろ…
天使というのは例えだったけど、本当にそうなのかもしれない。
そして、着地と同時に落ちている石をドラゴンの方へと投げる。
…投げているんだよな?手を使っていないんだけれど。
投石により注意を引きつけられたドラゴンが、その向きを彼女の方へ変える。
「行くぞ。」
剣の男と一緒に、走り出す。
腕とコンクリートの元へ、全速力だ。
「ハァッ…ハァッ…ゼェ…」
脇腹が痛い。
「運動不足だな。」
剣の男が笑う。20mの全力疾走だったが、剣の男は全く息を切らしていない。
僕は即座に右腕を拾い、その指をトリガーに引っ付けた。
死んだ直後の生暖かい手、腕の切り口から血が滴る。
うっ。よく見ると切り口の血管が、骨が、気持ち悪い。
しかし、今回ばかりは血が滴っている方がいい。
指紋認証は『血が通ってなければならない』。
自分の胃から上ってくるものを感じたが、今はそれを吐いている暇すらない。
僕は吐き気をぐっとこらえた。
『指紋認証完了。目標に銃口を向けてください』
「指紋認証!その銃にはよほど繊細な魔術回路が仕込まれてると見える!喋る武器というのも初めて見た!」
剣の男、うるさいな!
「魔術じゃない!科学…です。」
「科学!はー、俺たちも科学にはお世話になっているよ。龍の毒とかね。」
龍に効く毒はあらかじめ銃弾に塗っている。
『目標補足完了。対象は爬虫類。狩人形態に移行。ピーー!ちょっと待ってください!』
「どうした!?」
『新種です!データを国際博物館に送信しますか?』
「そんなの後にしてくれ!!!」
『了解。どこに当てますか?』
「目だ!右目!」
『了解。対象の解析を進めます。10秒後、銃弾での追跡が可能になります。』
銃口の先のドラゴンは攻撃の手を緩めないが、白フードは踊るようにドラゴンの攻撃を交わしている。
10、9、8…
龍は、なかなか自分の攻撃が当たらないことにイラついているようだ。
突然、ドラゴンの動きが止まった。どうした?
7、6…ドラゴンの頭がこっちを向いた。
「おーい、こっちだってば!!」
白フードの天使が、必死に石を当てるが、ドラゴンは全く気にしない。
「ごめん!こっちに飽きちゃったみたい!!」
え、え!!ドラゴンが翼を大きく羽ばたかせる。そして、空中に浮いた。
…そりゃ飛ぶよなぁ。でっかい翼、持ってるもん。
5、4…
ドラゴンがこっちに向かってくる。僕は銃口を向け続ける。
3、2…間に合わない!
『解析完了。いつでも撃てます。』
機械音声が終わる前に、『ボス』の指でトリガーを引いた。
『パァンッ!!』
剣の男が僕を地面に伏せさせた。間一髪、ドラゴンの大きな顎がその上を通り過ぎた。
「で、銃弾だっけ?それはどこに行ったんだい?」
最短距離で当たることはできなかったらしい。
でも…
銃弾は空に放たれた。
放たれた直後から、銃弾の表面から無数の羽が生えた。古代カンブリア紀の海を泳いだアノマロカリスのヒレのような羽根、もしくは未確認生物の空飛ぶ魚、スカイフィッシュのような羽根だ。細かく波打つ無数の羽根は高速で回転する銃弾の軌道を少しずつ、繊細に制御していく。高速で回転する銃弾を制御するため、羽根は波打つと同時に引っ込んだり出たりを繰り返す。その羽根たちは空気を切り裂き、キーンと耳が痛くなるような高い音を発し始めた。その音は、ある程度の時間を置いて、地表に届くだろう。
続いて、空飛ぶ銃弾は重力の方向を計測し、その方向へと少しずつ曲がっていく。その表面では無数の羽根がうごめいている。銃弾は高速なため、急に曲がることはできないが、広大な空には何も障害物がないため、ゆっくりと曲がることができる。少しずつ、着実に地表の方向に軌道を修正された銃弾はついに地表へと向きを変えた。
それから下降する銃弾は銃本体の位置情報を元に『対象』がいるエリアへと向かっていく。ある程度、地表に近くなれば(と言っても飛行機の高度よりはるかに高いところだが)、銃弾の先に取り付けられた高解像度かつ1秒あたりのコマ数が数万画像であるスーパースローカメラが、地面の様子を捉える。銃弾は高速回転しているため、そのまま見れば何が写っているかなど判別することはできない。したがって銃弾の現在の回転速度を元に、一枚ずつ静止画を回転し直して並べる。そして、地表の詳細な様子が確認できるようになった。
空から、キーンと高い音が聞こえた。
そして、ドラゴンの右目から赤い血しぶきが噴き出した。
のたうち回るドラゴンの口から、そして身体中から噴き出す炎。
白フードの天使があの白い膜を展開し、僕らに下がるように促す。
「しばらく様子を見る。」
僕はその間に、銃に指示を出す。
「所有者変更。」
『了解、元の所有者の指をかざしてください。』
僕は『ボス』の指をトリガーに再び添えた。
『指紋認証完了。新しい所有者の指をかざしてください。』
次は、自分自身の指をトリガーに添える。
『指紋登録完了。新しい所有者の名前を登録することができます。登録しますか?』
「ん?ああ、アキヒロで頼む。」
『了解。アキヒロ、よろしくお願いします。』
「こっちからもよろしく頼むよ、アキヒロ。」
剣の男が、こちらに握手を求めてくる。
「ああ、よろしくお願いします。えと、」
「アランだ。」
「アランさん、よろしくお願いします。」
白フードの天使はというと、動かなくなったドラゴンの腹を、確かめるように何度も杖でツンツンとつついていた。
あそこまで刺激を与えても何も反応がないことを考えると、どうやら勝ったらしい。
安心すると同時に、死に物狂いの全力疾走の後で、しかも自分が血の滴る他人の腕を持っているんだということに気づいて、
堪えきれなくなって、吐いた。
その後の記憶は、ない。
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