第3話 剣と盾と魔法
第3話 剣と盾と魔法
『指紋認証不一致。この銃は登録者しか扱えません。』
マジかよ。実物を見るのは初めてだったから、知らなかった。最新の銃はこんなセキュリティがかかっているのか。なるほど、これなら奪われても敵に使われることはない。
いやいや、感心してる暇なんかないだろ。炎龍の方を見ると、何やら空を見て、デカい口を大きく広げ、めいいっぱいに息を吸っている。龍の胸が一回り大きくなるほどに長く、深くだ。
生き物が大きく息を吸った後はどうなる?当然、”大きく息を吐くことになる”。
「まずい…」
炎龍の口から放たれた炎が、一直線にこちらに向かってくる。
人間がドラゴンからこちらへと一直線に向かってくる炎を見た後はどうなる?当然、”生きることを諦める”。
本日、4、5回目の死を覚悟した。おやすみなさい、永遠に…。
ドラゴンに背を向け、銀髪の女の子を守るように抱きしめて丸まる、と言ってもあの炎の大きさからみて意味がないだろう。悲しいかな男の性…。
轟々と炎の迫る風の音が彼女と僕を包む。暑い。この後、火傷の痛みの中死ぬとなれば、さっきの路地裏で銃弾に頭を抜かれて死んだほうがマシだったなぁ。
待てよ…今ならあれやこれも見放題じゃないか?どうせすぐ死ぬんだし。
さっきまで、守ろうとしていた女の子のスカートに手を伸ばした。
あれ…待て、なんでスカートに手を伸ばす時間があるんだ。
死の直前だから、時間がこう…圧縮されて、火事場の馬鹿力で光の速さでスカートに手を伸ばすことができた?んな馬鹿な。
それに僕さっき、「暑い」と思わなかったか?「熱い」じゃなく「暑い」と…。
「––––!––––!」
外国人の女の声が聞こえた。1ヶ国語しか操れない僕は、その意味がよくわからないが、なんとなく僕に向かって叫んでいるようだったので、顔を上げた。
「…––––!––––!」
それは、深々と純白のフードコートを羽織る天使だった。
ああ、やっとお迎えが来たんだ…
それにしてもこんな金髪の外国人の天使にお迎えされるなんて、僕はなんて運がいいんだ…
最後まで紳士だったからだろうな…、ありがとう、おばあちゃん、僕は良い子に育ちました…
だけど、どうせなら日本語を喋ってくれれば良かったのに…
地球では小さな島国のローカル言語である日本語は、天使界でも全く普及してないようだった。
「…ーー!ーー!」
「…!……!」
僕に向かって何か言っている天使のそばに、もう一人焦るように天使をなだめる人物が現れた。その手に剣を持つ男だ。
なんだよ。しかも男付きかよ。
「〜〜!〜〜!」
叫ぶ声を聞いて、もう一人男がいることに気づいた。なんだこの仕打ちは。おばあちゃんめ、天国で会ったら文句を言ってやる。
最後に叫んだ男の方を見ると、大きな盾でドラゴンの炎を弾いている。
そこでやっと僕はまた助けられたことに気づいた。
あはは…どうやら今度も運良く天国に行きそびれたみたいだ。
「…ーー!ーー!」
「なに!?言ってることわからないよ!!!」
天使は何かを僕に伝えようとしているらしいが、僕はてんでわからない。英語の試験は990点中250点だったし(ちなみに問題は全て選択式である)、そもそも英語かどうかもわからない。見かねた剣の男が、白フードの女の子の肩に手を乗せて、なにやら耳打ちをする。
すると、白フードの女の子は不満そうに、手に持っていた杖を掲げた。
「変態!変態!」
「今そんなことを言っている場合じゃないだろう!」
「うるさい!こんなやつ、助けなくて良かったのに!」
「まぁまぁ、これから死ぬって時だから彼も魔がさしただけさ。男だからしょうがない。」
「アランもそうなの!?」
女の子が剣の男に睨みを利かせて詰め寄る。
「いや、俺はそんなことないよ?」
「じゃあどうゆうことよ!」
なんだ。日本語話せるのか。最初からそれで喋ってくれよ。
しかしあの天使が僕に投げかけていた言葉が、まさか最低な男に対する最高レベルの罵倒だったとは。少しショックだ…
「今までよく頑張ったね。」「かっこいい!」「素敵!」
とかかと思ってたのに…
「おい!大変真剣な話し合いの途中で悪いが!こちらもちょっとばかし大変なんだが!」
炎を一人で防いでいる、筋肉質の男が怒鳴る。
「あ!ヴィーゴごめん!交代!」
白フードの子が、杖を振り上げた。
「半球型防御陣!展開!」
杖の先から、白い膜が広がり盾の代わりにドラゴンの炎を防ぐ。
盾の男が後ろに下がる。
「ゼェ…ゼェ…悪い、少し休憩。」
僕はドラゴンの炎さえ弾く白い膜が不思議でたまらない。
「なんだこれ…」
「白魔法、見たことないのか?」
「魔法?」
「そう言えば、聞いたこともない言葉を話していたな。どこから来た?」
え?これは今あなたも話している言葉ですけど?
「おい、そんな話後でいいだろ!次は物理攻撃が来るぞ!」
筋肉質の男が盾を構え直す。
一瞬で距離を詰めてきたドラゴンが白い膜に爪を立てる。龍の右腕の爪が、布を破くようにそれを右から左へと破いていく。
そのまま、白フードの彼女に爪が当たるというところで、盾の男が、それを弾く。
「うおっ。」
ドラゴンの腕も弾かれたけれども、盾の男も2mほど吹っ飛んだ。しかし、彼はうまく回転して再び盾を構え直す。
「ドラゴンがよろめいている間にその子を連れてヴィーゴの後ろへ逃げるんだ。」
僕は急いで銀髪の女の子を背負い、盾の男の後ろへと駆け込んだ。白フードの子もそれに続く。
さらに、遅れて、剣の男が来た。
「今の隙に二撃ほど剣を入れてみたんだが、駄目だ。全く歯が立たない。オリハルコンでもこのざまだ。」
男の剣は刺身すらまともに切れない包丁みたいにボロボロだ。ドラゴンの方を見ると、再び大きく息を吸い込んでいる。
「お、作戦会議の時間が取れそうだぞ。」
「今度はもうちょっと実のある話をしてくれよ。」
盾の男が前へと出る。
正確な時間はわからないが、ドラゴンの予備動作と炎を吐いている時間はかなり長かった。
「エオ、跳躍魔法の準備を。」
「わかった。」
「あー、炎が消えたら君は逃げろ。方向はあっち。」
剣の男を指す方角に、かすかに、塔が見えた。
そして、ドラゴンの炎が放たれる。
盾の男がうまく弾いているが、すぐ後ろにいないと、体に引火してしまいそうだった。
よし、炎が消えた瞬間、塔の方向、ドラゴンの炎と同じ方向に走ろう。でも…
「でもあなたたちはど、どうするんですか?」
「剣に毒を塗って目に叩き込むんだ。」
「うまくいくんですか?」
「さあな、初めてやるからなんとも。」
「初めてなんですか!?」
「いや、ドラゴン自体は初めてじゃない。今までは毒矢で仕留めてたんだが、うちの射手がいなくなっちゃってね。」
「え、それって死ん…」
「いやいや、給料が低い上に重労働だって辞められちゃった。」
「当たり前でしょ!何でもかんでも、赤字の依頼だって引き受けるんだから!」
エオ、と呼ばれていた少女がため息をつく。
「おい!ちゃんと作戦を立てろと言ってるだろ!」
盾の男が急かす。
「逃げないんですか?」
この人たちなら、全員一緒に逃げられるはずだ。
「それは無理だ。近くにあの塔の街があるからね。助けないと。」
そうか、彼らは助ける側の人間か。
対して僕はどうだ?
助けられてばっかりだ。
自分で勝手に諦めて、死を受け入れて。
そんなのは生きているとは言えない。
「戦って…」
さっきの銀髪の女の子の言葉が頭の中で繰り返される。
手の中の銃が重くなる。こいつさえ動いていれば。誰だよ指紋認証なんか発明したやつは。
ん?待てよ?
「絶対に目に当たる飛び道具があればいいんですよね!?」
「ん、まぁ…でも、それだけの腕を持った射手は世界に10人といないね。」
「僕がやります。」
「ほう…」
「バカじゃないの?アラン、こんな変態の言うことなんて聞く必要ない。」
「自信がありそうだな。」
「はぁ…またアランの悪い癖が…」
「面白そうだ。一度だけ、君の言うとおりにやってみよう。」
「ありがとう、まずは…」
あの…『ボス』の…
「僕をあそこに落ちている、右腕と左腕のところまで連れて行ってください。」
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