5-この世界の仕組みを

「ガキどもが、粋がりやがって……」



 ドリク・ホーミスは、壁に並べられた通信機に向かって歯ぎしりをした。分厚い眉を寄せた眉間には深い皺が刻まれ、分厚い顎の肉を覆う髭が震える。通信機からは次々と、砦の外の戦況を伝える声が飛び込んでいた。


 ウルミの街――つい数カ月前まで、甥のグレイ・ホーミスが領主として支配していた地だ――の領主である、の手勢がここ、ホーミスの本拠地であるナグエルプールの城に攻撃を仕掛け始めてから、数時間が経過しようとしていた。


 野盗のガキが街ひとつを獲ったところで、長続きするはずがない――そう高を括っていたはずが、こちらから差し向けた軍勢は撃退され、周辺の村は「土地に代々伝わる騎士の家柄」の出であるというレスパーを支持して傘下に入り、勢力を拡大して今や、ホーミス家の喉元にまで迫ってきている。その事実は受け入れられるようなものではなかった。



『西門側、敵が来た……機甲全身鎧フルプレートだ! 騎士が来たぞ!』


『だれか! こっちに援護を!』


『こっちも手一杯だ、なんとかしろ!』



 複数の通信機を介し、怒号が飛び交う。どうやら、向こうには機甲騎士が数騎いるらしい。


 レスパーの手勢はホーミス家の息のかかった土地の支配層――名主や代官を襲撃し、徹底的に虐殺する一方で、荘園を住人に解放し、運営を任せていった。その中で土地の若者を中心に戦力を集めているとは聞いていたが、ここまで装備を揃えて来るとまでは思わなかった。


 ドリクは窓の外を見た。夜闇の中に銃火が輝いている。紅い光に照らし出せれ、一騎の機甲騎士が浮かび上がる。



『ホーミス家の賊徒よ、聞け!』



 スピーカーを通し、がなる声がドリクの元にまで聞こえてくる。



『お前たちの命は、ここチャタラの地の正統なる君主、レスパー・ウルミが握っている! 長きに渡りこの地の民を苦しめたお前たちを、レスパーは許さない』



 声の主は紋章官ヘラルドとして活躍するカルノだが、ドリクにはその名を知る由はない。



『だがレスパーは騎士道に免じ、お前たちに反撃を許す。討って出てくるがいい! レスパーが配下の騎士、リファ・グドーと機甲騎士『ロックステップ』が相手になる!』


「……よく言うぜ、どうせそいつも野盗の一味だろ」



 背後からした声にドリクが振り向くと、背の高い男がドアを開けて入ってきたところだった。



「叔父貴、俺も出るぜ。あんなバラガキども、俺と『鬼騎団』が蹴散らしてやる」



 甥であるハーマン・ホーミスのが長い顎を動かして言うその言葉に、ドリクは内心、失笑した。ホーミス家の威光を傘に着て、中古の機甲全身鎧フルプレートを乗り回す、騎士きどりの若者たち――名主や代官の息子たちの集まったそれが『鬼騎団』であり、ハーマンはそのリーダーだった。外の連中と大差あるものではない。



「さっさと出ろ」


「へいへい」



 部屋を出ていくハーマンの後ろ姿を見送りながら、ドリクは考えた。『鬼騎団』は四騎の機甲全身鎧フルプレートで構成される一団だが、戦力として宛てに出来るものではない。勢いに乗った敵に押されれば、あいつらはすぐ逃げ出すだろう――それでも、相手方の機甲全身鎧フルプレートに対する抑えにはなる。



「ミファド候からの援軍は、連絡はまだか!?」



 ドリクは通信機のひとつに怒鳴った。


 ここ一帯で一番の勢力を誇る大君主である、ミファド・カナマはドリクに、騎士位の叙勲を約束してくれた。王族に口を聞いてくれるという。この状況をまさか、見捨てるようなことはするまい。



『ど、ドリク様、ミファド候が……』



 通信機の無効から返事が返ってくる。来たか――これであのガキどもを黙らせられる。しかし、その期待はすぐに裏切られることとなった。



『ミファド候の紋章をつけた機甲全身鎧フルプレートが、敵方に加わっています……その数、10騎……』



 ドリクは顏から血の気が引いていくのを自覚した。


 * * *


「この度の城攻め、ご苦労なことだったな」



 ミファドは目の前に立った少々小柄な男に向かい、ねぎらいの言葉をかけた。男は落ち着きなくニキビを指で撫でながら、曖昧に頭を下げる。



「……どうもっす」


「貴公の働きも見事だったと聞いている。機甲全身鎧フルプレートをまるで手足のように操っていたとね」


「はぁ……そっすかね」



 リファ・グドー――レスパー・ウルミの配下の騎士だというが、どうせファミリーネームは適当に名乗っているものだろう――頭をかいた。緊張しているのだろうか、あどけなさの残る顔に目が泳いでいる。褒められるのにも慣れていないのかもしれない。


 ミファドは紅茶のカップを置き、膝で手を組んで身を乗り出した。



……貴公はこの後、どうするのか?」



 そわそわとしていたリファの動きが止まる。



「どうするって……?」


「チャタラの地で騎士として生まれ、ホーミスに終われたレスパーは今、そのホーミスを滅ぼし、自身の領土を取り戻した。今度、チャタラの地の王にも謁見し、正式に『ウルミ領』の君主として、領土を安堵されることになる。ま、私がとりなしたのだがね」



 ミファドはリファの眼の奥を覗き込んだ。リファは目を伏せ、ミファドは続ける。



「君たち、レスパーの一党はそれで、この後どうしたいんだね?」


「どうしたい……」



 リファはミファドに誘導されるように、ゆっくりと口を開く。



「レスパーは、スゲェ‥‥…スゴイ、やつなんです。仲間のこと、みんな家族だって。舐めた真似するやつは絶対に許さない。世界が俺たちのことを無視できないようにしてやるって。それで実際、領主になっちまった。ほんとスゲェ。そんで領地の住人も喜んでる」


「そうだな。それで」



 リファの眼の奥に揺れるものがあるのを、ミファドは見逃さずに言葉を畳みかける。



「サー・リファ、貴公がこの後、成すことはなんだね?」


「俺が……?」



 ミファドはにっこりと笑った。



「貴公の器は、一介の騎士で終わるものではないと、私は思っている……私はレスパーよりもむしろ、君を買っているのだよ」



 リファの顔が赤くなった。わかりやすい男だ、とミファドは内心、ほくそ笑んだ。


 * * *


 レスパーたちはその後、ホーミス家の本拠地であったナグエルプールの城を拠点にしていた。ここを中心に、ホーミスの支配していた領地をそのまま運営している。最近は、魔獣や野盗に脅かされている周辺の村なども庇護を求め、チャタラの騎士レスパーの傘下に入ろうと打診をしてくることもあった。


 リファはその城内、レスパーの執務室のドアを開けた。中ではレスパーとヤオがなにやら、話し合っているところだった。レスパーが気が付き、顏を上げてこちらに声をかける。



「おうリファ、ご苦労さん」



 リファが曖昧にうなずくと、レスパーは再びヤオとなにやら相談を始めた。



(これから、なにをするのか……)



 リファは部屋の中を見回した。よくはわからないが、質のいい木材を使って丁寧に作られた、格調高い贅沢な部屋だ。テーブルの上には紅茶のポットも置かれていた。


 遺跡の中をねぐらにしていたころからは想像もできない景色だった。リファ自身の暮らしだって、以前とは比べ物にならない。あの頃は毎日喰うものにも困っていたのに、なぜか酒だけは大量にあって、それを飲んでみんなバカみたいな話をして――



「なあ、お前もこれ、見てくれよ」



 レスパーがかける声が聞こえた。リファが視線を下すと、レスパーの隣に座っていたヤオと目が合った。



「今、街同士を繋ぐ輸送網についての計画を立ててたんだ。今のままだとなにかと不便だろ。傘下に入りたいって言ってくる街が増えたら、その面倒も見ないといけないしな」



 レスパーたちが囲むテーブルの近くまで来たリファに、レスパーが地図を示した。その地図にはなにやら、びっしりと色々な書き込みがされている。



「……レスパー」


「手始めに、離れた街同士で情報をやり取りする仕組みを作ろうってな……ヤオがよく言うみたいなこと、本当にできたら凄いと思わないか? 辺境まで情報も物資もいきわたれば、街のみんなの暮らしも良くなって……」


「なぁ、レスパー」


「ん? どうした?」 



 レスパーが地図から顔を上げた。その表情は楽しそうだ。リファはその顔を直視できず、少し目を逸らし、言った。



「俺たち、これからなにをするんだ?」


「……? なにをってどういうことだ?」


「ホーミスの奴らぶっ殺して、この城ぶんどって、ちょっといい暮らしが出来るようになったけど……レスパーのやりたいことって、これだったのか?」


「リファ?」



 リファはレスパーの隣のヤオを見た。



「いつか言ったろ。世界が俺たちを無視できなくしてやるんだって。それって俺、スゲェかっこいいなって思ってんだ。そのために俺はこれから、なにをすればいい? 俺、頭悪ィからわかんねぇんだ」



 リファはレスパーからも、ヤオからも目を逸らした。レスパーは少しの間、その顔を見返していが、やがて口を開いた。



「……そうだな。それじゃ、王様にでもなるとするか?」


「……え?」


「俺もさ、領主になってみて、ヤオから色々教えてもらって……ちょっとわかったんだ。世の中の仕組みってのが、さ」



 リファはレスパーを見返した。レスパーは続ける。



「領地に暮らすみんなが、どうやったらみんなが上手くいくか、仕組みを考える……そうすることで、世界から無視されている人々を減らすことが出来る。上に行けば行くほど、以前の俺たちみたいなやつらを減らせんだぜ」


「仕組み……?」


「今、ここらで一番偉いのはチャタラ王ってやつらしい。それすら知らなかったろ、俺ら。まぁ、今度会いに行くんだけどよ」



 レスパーの横から、ヤオが口を挟む。



「王の支配下に入り、ここの君主として認めてもらう代わりに、なにかあった時には王のために働くんだ。君主は自分の支配下にいる騎士に対し、領地や給料などの封土レーンを与え、騎士はその見返りに君主のために戦う。そういうのが何重にもなって、この時代の社会はできている。王の上には『皇帝』ってのがいる」


「……な? そんなの知らなかっただろ?」



 レスパーはそう言って笑った。


 この時代、携帯情報端末のような機器や情報メディアはまだ発達していない。まともな教育もなく、社会から離れて生きてきたリファやレスパーが、そういうことを知らないのは無理からぬことだ。



「世界に無視されなくなってもさ、俺たちが世界を無視してたら仕方ねぇからな。 そうやって、手の届く範囲を広げていけたら、ヤバいことになると思わねぇか?」


「まぁ、その前に今の領地をなんとかしなくっちゃね。ホーミスはいなくなっても、周辺の諸侯との争いもまた起こる」


「わかってるよ。領地の中のこと、外のこと、みんな含めての戦争だ。付き合ってもらうぜ」



 レスパーがヤオに向けそう語る表情は、リファが見たことのないものだった。その顔を見ながら、リファは呟いた。



「……やっぱりスゲェよ、レスパーは」


「ん? なんか言ったか?」


「……なんでもねぇ。今日はもう休むわ」



 そう言ってリファは執務室を出た。


 * * *


 リファが出ていくのを見送り、閉まったドアに向かい、ヤオが言った。



「あいつ……いずれ障害になるかもしれないね」



 レスパーはそれを聞きとがめ、顔を上げる。



「よせよ。急に状況が変わって戸惑ってるだけさ。あいつは本当にいいヤツなんだ」



 ヤオはレスパーの方へ振り向く。



「……、レスパー。君が王になりたいのなら、リファを……」


「やめろ! そんな話、聞きたくもない。リファは俺たちの家族だろ!」



 レスパーは強い口調でヤオの言を制した。



「……本当、人間の考えることはわからないよ……」



 ヤオは悲しげな目でレスパーを見た。

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