4-あくまでも、人として。

「投資……?」



 ミファドは目の前の若い男――黒い長髪を後ろに束ねた、自分を騎士だと名乗る男に、訝しむ視線を投げた。レスパー・ウルミと名乗ったその長髪の男は、ゆっくりとカップの中のお茶を啜っている。



「新しい社会を作るためです、閣下」



 ようやくカップを置いたレスパーが口を開く。組んだ手を膝の上に置き、真っすぐにミファドを見据えるその目に、ミファドは底知れないものを感じた。



「……君のことは聞いているよ、



 ミファドはレスパーの目を覗き返すようにして言った。



「ホーミスの荘園を奪ったのだろう? だが、ホーミスと今後も争うためには資金が必要だ……それで後ろ盾が欲しい、というわけだね?」



 ミファド・カナマは爵位を持った貴族の家柄であり、広大な領地といくつもの商会を抱える資産家でもある。いくつかの王家の継承権も持っている、この辺りでは一番の実力者だと言えた。


 レスパーはまるで、目を逸らしたら負けだとでも言うように、ミファドを見つめ返す。



「ホーミスの連中が騎士身分を欲しがってあなたに根回しをしているのも知っています」


「……それを知っていて、なぜここへ来た?」


「簡単です。俺たちに投資した方がメリットがあるからだ」



 ミファドの眉が動いた。



「先ほどから君は『投資』という言葉を使っているな。その意味を聞こう」


「あなたがホーミスに騎士身分を斡旋したら、その見返りとして、それなりの金を受け取るだろう。1回だけね」



 レスパーはティーカップを手に取り、言葉を続ける。



「カップの中の紅茶は飲み干せば終わり……飲み続けるにはお茶を仕入れなくてはならない。俺たちにはそれが出来る」


「……に一体、なにが出来ると?」



 ミファドはこの辺りの大君主である。当然、レスパーとその一味の出自についても、ある程度調べがついていた。しかしレスパーは全く動じずに言葉を返す。



「小作人を解放し、彼らに土地の所有を認めます」


「……! なんと……」



 この時代では普通、領主が所有している土地に農園や工場を建て、そこで小作人を働かせることが領主の収入となる。彼らに土地の所有を認めるというのは、財産を放棄するも同然の行為だ。レスパーは身を乗り出す。



「貿易事業にも手を出しているあなたならわかるでしょう、ミファド・カナマ閣下。生産して、それを売るだけでは商売は大きくならない。儲ける人間というのは、人が儲けるシステムを作り、それを握る者だ」


「……そのシステムを、お前が作ると?」




 レスパーに対して、鋭い視線を返し続けていたミファドが、口元をにやりと笑わせてティーカップを手に取った。



「近々、そちらに代理人を回す。細かいことはそいつと話せ」



 レスパーは立ち上がり、ミファドに一礼をして部屋を立ち去った。



「……よろしいのですか?」



 部屋の中にいたミファドの書記官が尋ねる。ミファドはカップの中の紅茶を飲み、息を吐き出した。



「いいさ。確かに、あいつに投資する方が儲かりそうだ」


「しかし、奴は騎士の家系などではなく……」


「別に構わんだろう。



 ミファドは立ち上がり、窓へと歩いてその下を見た。ちょうど、レスパーが出ていくところが見えた。



「……この私の手の中にいる内はな」



 ミファドの鋭い視線に気がついたかのように、眼下のレスパーが振り返った。


 * * *


 レスパーは後ろを振り返り、屋敷の二階を見上げた。窓からミファドが自分を見下ろしているのが見えた。



「……そうやって見下ろしてろ。もいずれ、俺がいただく」



 口の中で呟き、屋敷を出る。停めてあった車の後部座席に身体を滑り込ませると、運転席に座ったリファが車を発進させた。



「どうだった?」



 後部座席に座っていたヤオがかける声に、レスパーはふぅっ、と息をつく。



「協力してくれそうだ……お前の言っていた『経済』ってやつに興味津々だったよ」


「大した話じゃない。



 レスパーは改めてヤオの顔を見た。相変わらず底の知れない顔――しかし、こいつが悪魔ダイモンかどうかはともかく、少なくともこの得体のしれない少年を、レスパーは信頼する気になっていた。



「なあ、それってやっぱり、悪魔の魔術なのかい?」



 運転席からリファが声をかけた。



「魔術なんて迷信だ。そんな非科学的なもの、存在しないよ」


「でもさ、そういうのって『予言』とか言うやつなんじゃないのかよ?」



 ヤオが返す言葉に、リファが食い下がった。未来が見えているかのようなヤオの言動――レスパーたちはその言葉に従い、行動し、そして実際その言葉はほとんど的中しているのだ。


 ウルミの街を占領したあとも様々な場面でそれは発揮され、レスパーたちの領地経営を安定させていた。リファやカルノたちが魔術だと思うのも無理はない。



「……君に説明してもわからないよ」


「おい! 馬鹿にしただろ今!」


「よせよお前ら。リファ、前向いて運転しろ」



 レスパーが窘め、リファは黙った。ヤオは無表情に座っていた。


 レスパーにはなんとなくわかっていた。もし本当に、ヤオが悪魔ダイモンなのだとしたら――ひとつの「種族」が同じ意識と記憶を共有し、個体の枠を超え、悠久の時を生きる存在だとしたら。旧文明よりさらに昔から、この惑星ほしの歴史そのものを見守って来たのだとしたら。この時代より先、なにが起こるのかを予想するのは、きっと難しいことではないのだろう。


 そんな存在が、「戦争がしたい」と言って自分たちのようなチンピラの仲間に志願をしてきたというのは、一体どういうつもりなのだろうか?



「……ねぇ、レスパー」



 流れる窓の外の景色を見たまま、ヤオが言う。



「なんで君は戦うの?」


「……お前がけしかけたんだろ?」


「違うね、その前からさ。僕は手を貸しているだけだ」



 レスパーはヤオの横顔を見、そして運転席のリファへも目をやった。二人とも、レスパーの言葉を待っているかのように黙っていた。



「……仲間を傷つけるやつらがいて、仲間を守るため、舐められないように……いや、少し違うかな」



 レスパーは口の中で言葉を選んだ。それはわかっているようで、明確にはならない思考。レスパーにとって、戦うことは至極当たり前の選択肢だった。たぶん、それは――



「……俺たちのことを、無視できないように……だ」



 ヤオはそれを聞き、窓の外から車内のレスパーへと視線を戻した。



「騎士だとか貴族だとかがドンパチやって、領地を持って、商売して……そういう世界の仕組みから、俺たちは生まれつき無視されてんだ。そんな連中が集まって、俺はいつの間にかそのリーダーになってた」



 レスパーは窓の外を見た。ヤオの視線を頬に感じる。



「俺たちだけじゃない……毎日汗水流して働いて、わずかな金をもらってマズい飯を喰う。そんな風に世界から無視されてる連中が、俺たち意外にも世の中にはたくさんいる。だから、力を持って、ケンカして、俺たちのことを無視できなくしてやるんだ。そうしなけりゃ……」



 ――そうしなけりゃ、人間でいられない。


 最後の言葉を呑みこんだレスパーの顔を、ヤオはじっと見つめていた。運転席のリファもずっと黙っていた。


 車はそろそろウルミに着こうとしていた。ヤオが沈黙を破り、呟いた。



「……野生の動物も、同じ種族同士で争うことはある。だが、2つの陣営に別れて争ったりはしない」


「……そりゃぁ、そうだろうな」


「なぜ人間だけが『戦争』をするのか……少しだけ、わかった気がするよ」


「そうかい」



 レスパーはひとつ伸びをした。真面目な話をして肩が凝ったようだ。



「それで? 次はどうするんだい、兄弟」


「兄弟……?」



 何気なく呼びかけたレスパーに、ヤオがきょとんとした顔をした。先ほどまでと打って変わって、あまりにも無防備で幼いその顔に、レスパーは思わず噴き出した。

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