3-侵略

 「悪魔ダイモン」――人間と同等かそれ以上の知能を有する、人間以上の生物。人間に仇なす存在でありながら、人から崇められ、また畏れられる混沌の主。


 正教オーソドックスがエゥディカ全土に普及するより前、各地で進行された土地ごとの神、または精霊と同一視されることもある。魔術を操り、また魔獣を使役する力を持ち、旧文明期には国をひとつ、丸ごと滅ぼしたこともあるという――



「……まぁ、お前くらいの歳の子どもが、そういう妄想に取りつかれるのはわかるがな」



 戸惑っている一味の空気を切り裂くように、レスパーは言った。



「妄想……なるほど、そういう概念も新鮮だ」


「まだやるのか。いい加減ボコるぞ。命は助けてやるが……」


「まぁ、待ってよ」



 ヤオは瓶を持った手を掲げてレスパーを制止する。子供の姿ではあるが、やけに堂々としていた。



「君たち人間が『悪魔ダイモン』をおとぎ話だと思っているのはよくわかってる。僕も興味があって調べてみたんだけどね、確かに、『悪魔ダイモン』の伝説はほとんどが嘘か、誇張されたものだ」


「おいてめぇ! わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ!」



 誰かが投げつけた罵倒の言葉はしかし、それまでとは違う感情から発せられたものだろう。すなわち、未知の不気味さからだ。怒りではない。


 レスパーは正面からヤオを見た。不敵な笑みを浮かべ、金髪をくゆらせているその顔は、少年らしいあどけなさが一切感じられなかった。リファやカルノなんかよりも、よほど落ち着いている。



「ああ、そうか。この個体の身体だから信憑性がないのかな。あいにくと、今は幼体の身体しかなかったもので」



 ヤオはレスパーの視線に応えるように言った。レスパーは、手に持った酒瓶を煽って続きを促す。



「続けろ」


「ありがとう。とは言っても、なにを話せばいいのかな……」



 ヤオはそう言って、自分も酒瓶を煽った。いつの間にか、周囲にいた一味の面々もその言葉を待っている。ヤオは数瞬、思案したのちに言葉を発した。



「例えば今この瞬間、イアラ・デンの町の郊外で、騎士同士が機甲全身鎧フルプレートを持ち出してケンカをしている」


「はぁ!?」


「僕の個体のひとつがそこにいるのさ。僕たち悪魔ダイモンは、。君たち人間とは、扱っている情報の量が違う。それが『魔術』の正体さ」


「出まかせだ! イアラ・デンまで何日かかると思ってる!」



 誰かが叫ぶ声に、ヤオは冷たい目を向けた。



「……信じなくても構わないし、気に入らなければ僕を殺しても構わないよ。個体がひとつなくなるだけだ」



 ヤオの言葉に気圧されたのか、反論の声は上がらない。沈黙する一味を見回し、レスパーは苦笑した。元々、頭のいい連中ではないし、教育をまともに受けているわけでもない。そもそも、ヤオの言うことを理解できている者もほとんどいないだろう。



「それで」



 レスパーはヤオに向けて言った。幾分、口調が砕けていた。



「その『悪魔ダイモン』の目的は? なぜ俺たちに?」


「目的ってほどのことじゃない」



 ヤオは両手を広げ、言った。



「僕を仲間にして欲しいんだ」


「はぁあ!?」



 思わずトーンの上がったレスパーの返事に、ヤオは淡々と返す。



「この一味の中に入りたいんだよ。だめかな?」


「……お前、『悪魔ダイモン』なんだろ? それがこんなとこ入ってどうするんだ?」



 ヤオはレスパーの眼を真っすぐに見返した。口元には相変わらず笑みを湛えているが、その目は笑っていない。



「……戦争」


「……なに?」


「戦争がしたいんだ。一緒にやろうよ」



 白い肌の中に浮かんだ紅い唇から紡がれたその言葉は、あまりにも冷たく、そして甘美な響きを伴っていた。


 * * *


 その日は、いつもより早く辺りが暗くなった。昼間は晴れていたはずの空に、夕暮れと共に暗雲が立ち込め、急速に太陽の光が失われていく。


 額に雨粒が落ちた。レスパーは驚いてそれを指で拭う。



「本当に降ってきたな……」


「言っただろ? 嵐になるって」



 装甲車の上から顔を出したヤオがレスパーに声をかけた。ヤオのの通りに、どんどんと濃くなる暗雲が雷鳴と共にこちらへ迫って来るようだった。



「なぜわかるんだ?」


「風向きと気圧、湿度……まぁ色々あるけどね」


「ふぅん……」



 ヤオの言うことをすべて信じたわけではなかったが、これが悪魔ダイモンの「魔術」か、とレスパーは思った。


 エゥディカ各地にいるヤオの「個体」が、すべて同じ意識と同じ記憶を有し、数百年以上に渡ってその意識を保持している――そうして蓄えた知識と技術。レスパーたちの一味もそうだが、無知な人間たちから見ればそれは、魔術のひとつと映っても不思議はないのかもしれない。



「そろそろ行こう。ちょうどいいタイミングだ」



 ヤオはそう言って、装甲車の中に引っ込んだ。レスパーはそれを一瞥し、自分が乗り込む騎体へと歩み寄った。


 グレイ・ホーミスを殺すついでに奪ってきた機甲全身鎧フルプレート――確かヤツは「ヴォルカノ」と呼んでいたが――色を灰色から深い緑に塗り替えて、となったそれの、ハッチを開けて中に乗り込む。



『どうだい? 乗り心地は』



 中に入ると、早速カルノから通信が入ってきた。テストも兼ねてのことだろう。



「まだわかんねぇよ」


『そりゃそうか。ぶっつけ本番だな』


「なんとかなるだろ。手筈通りに頼むぜ」


『OK』



 そしてレスパーは、全体通信チャンネルを入れて前進を指示した。


 装甲車と自走一輪車輛モノローダーの一団に囲まれ、機甲全身鎧フルプレートが走る。雨足はどんどんと強くなり、もはや10m先も見通せないほどだ。


 おぼろげに街の灯りが見えてきた。レスパーは通信機を通じて指示を出す。一団がいくつかに分かれた。



「いいか、9時ちょうどに行動開始だ」



 通信機に向かって念を押しながら、レスパーは走る。目的地は昨日と同じ、グレイ・ホーミスの館だ。



『グレイが死んだという連絡はすでに、ホーミスの本家に行っているはずだよ』



 通信からヤオの声がする。



『一族の別のやつか、または代官か……既に私兵団を率いて今日あたり、館に入ったはずだ』


「大丈夫なのか?」



 街に近づき、ライトを消してスピードを落としながら問うレスパーに、ヤオの返事が返って来る。



『やつらはグレイを殺した野盗を狩り出すつもりだからね。まさか来るとは思ってないさ。しかも今日のうちに』



 レスパーは時計を見た。



「時間だ」



 通信を通じ、合図を送る。そして、機甲全身鎧フルプレートを動かし、走輪ローダーは使わずに、両の脚を交互に踏み出して歩を進めていく。


 堂々と、音を立てながら、農園の中を進んでいく鋼鉄の塊。そこに付き従うように、サーチライトをつけて進む装甲車。


 なにしろ昨日の今日である。住民たちは不安げに様子を覗いているのだろうが、表に出ては来なかった。


 そろそろ、館の私兵団が動き出すころだろう。レスパーは機甲全身鎧フルプレートの足を止める。



「……よし、やるぞ」


『OK』



 通信の向こうでカルノが答え、その次にはスピーカーのスイッチが入る。



『この村に住む人々よ! ホーミス家の支配から解放されるべき人々よ! グレイ・ホーミスは倒れ、搾取の時は終わった! なぜなら今、ここにいる騎士、レスパー・ウルミが、愛騎『ウィンドライダー』と共に、この地に戻ってきたからだ!』



 そういえば、騎体の名前を決めてなかったな――「ウィンドライダー」はカルノがつけた名前だろうか。悪くはないが、レスパーはカルノの意外な才能に苦笑していた。



『レスパー・ウルミはかつての英雄、フォーバー・ウルミの血統に連なる由緒正しい騎士の男であるにも関わらず、ホーミスの一族にこの地を追われたのだ! そしてレスパーは今、君たちに自由と安定を約束する! 搾取されるか、するかではない、真なる人としての暮らしを、この地にもたらすためにこそ、レスパーは戻って来たのだ!」



 紋章官ヘラルドとしてカルノが語るレスパーの由緒はもちろん全て嘘っぱちである。これもまた、ヤオの吹き込んだものだった――とはいえ、それを堂々とここまで演じるカルノも大したものだ。レスパーは感心していた。自分を悪魔だと名乗るヤオが何者かはわからないが、このままいけば、面白いことになりそうだ――


 突然、前方から光が照らされた。


 装甲車の一団が前方に現れ、レスパーたちを半ば包囲する。



『この盗賊どもめ! なにが騎士だ!』



 向こう側の車輛も、スピーカーを通じてがなり立てて来た。



『そもそも、その機甲騎士はグレイ様のものだろう! 強奪したものを掲げて由緒あるなどと、全く腹立たしい!』


『反逆者の家の者どもよ、我々は、ホーミス家がウルミ家から奪ったものを返してもらったに過ぎない』



 カルノは即座に反論する。



『しかし、サー・レスパー・ウルミは寛大だ。今ならお前たちの所業を許し、再び傘下に加えてくださる。ゆえに、投降することを勧める。さもなくば、『ウィンドライダー』が相手になることになる』



 侵略する先の村の真ん中で、自身の正統性を主張する紋章官ヘラルドの演説、そして、相手の主張に屈しない舌戦――




〈旧文明が版図を広げる時に、よく使ってた手さ〉



 ヤオがレスパーとカルノに語ったことだ。実際のところ、どちらにより正統性があるかなどということは問題ではない。。結論はどうせ、この後――



『ええい! やれ!』



 ホーミス側の代官がわめく声と共に、装甲車の砲塔がレスパーの機甲全身鎧フルプレート――名づけて「ウィンドライダー」へと向けられた。



 ドォン!



 その時、装甲車の列の後方から轟音が響き、火の手が上がった。



「タイミングばっちり。さすがロイ!」



 レスパーが素早く追従操作機構トレーサーを動かし、左手に構えた砲塔を前に向ける。



 轟音、振動。そして炎を上げる装甲車。



「いくぜぇー!」



 通信機をオンにして叫びながら、レスパーは走輪ローダーを降ろして滑走を始めた。



〈正統性は問題じゃない。正統性を……それが国を盗るコツだ〉


「くく……なるほどな! こいつは面白ぇや!」



 右手に槍を構えた深緑の機甲騎士が、混乱する装甲車の列に突っ込んでいった。



 この日、レスパーの一味はこの村を侵略し、「ウルミ」の名をこの地に冠した。レスパーは旧文明時代から血脈を繋ぐ由緒ある騎士の家系として、この地の領有権を主張する。


 元々が土地の若者であるホーミスの私兵団は、その半数以上がレスパーの部下となった。ホーミスが抱えていた小作民たちも、その支配者をレスパーに変えることについては従順に従った。

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